ごった煮底辺生活記(凍結中

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バトルラケッター 03



第2章 「プロレスラー ゲルフ・グレイバード」

 控え室。
 出場者の7人がそれぞれ準備をしている。緊張が支配していた。
 沢は黒皮のベンチに腰掛けていた。
 手に先刻わたされたラケットが置かれている。
 グリップを両手ではさみ、くるくる回した。
 聞いた話だとこのラケットには小型原子炉が組み込まれているらしい。
 言わば発電所。
 グリップにあるスイッチをオンにした。
 Y字の間から赤いスパークがほとばしった。
 そして、Y字の間に赤い面が作られた。これでボールを打つ。

「よかった!私だけじゃなくって!」

 声と共に沢の横に腰掛けたのは相原ひろみだった。
 空中バレリーナだったか。
 言葉の意味は女性の出場者が...という事だ。
 沢は笑いながら、
「うん、そうだね。がんばろうね」
 と言った。
 相原の顔がみるみる明るくなり、
「うん!!がんばろ!!」と。

 普通なら友人の会話だが、場合が違う。
 ここは選手控え室なのだ。
 案の定、血気にはやった男が女の子の会話にわりこんで来た。

「おい、女ども! うるせえぞ!」
 筋肉隆々の肉体からの怒声。
 プロレスラーのゲルフだ。
「だいたい、俺は女が出場する事じたいに不満があるんだ」
 上半身は筋肉剥き出しで黒いパンツ。足にレスリングシューズ。
「さっさと逃げちまえよ! 邪魔なんだよ!」
 沢はその怒声など無視しているかのように、あくびをした。
 それを見たゲルフの怒りは極限へ。
「てめえ! いてえ目にあいてえんだな!!」
 同時に沢に向け突進してくる。
 タックルである。巨大なダンプの暴走を思わせた。

 相原は青ざめ、ベンチから逃げた。
 が、沢は...ドシン、と音がした。
 ゲルフの突進はベンチを弾き飛ばした。
 沢の姿は見当たらない。
 ゲルフの突進は壁にひびを生じさせていた。まさか・・
「あああ?! 沢さん?」
 相原は最悪の状況を感じて叫んだ。
 ゲルフが壁から離れた。
 ああ、なんとそこには...沢がいた。
 突進力によってあけられた穴に埋まっていたのだ。
 ゲルフは沢の襟首を掴んでぐいとゲルフの顔の前まで上げた。
 持ち上げられた沢の足先から床までゆうに30センチはある。
 沢は気絶しているのか、目を閉じ、力なくうつ向いている。
 乱れた前髪がゲルフの荒い息で揺れていた。
 ゲルフはぐい、と沢を目前に近付けた。
「グフフ。俺様に逆らうからそんな目にあうんだぜ?」
 視線が沢の体をいやらしい動きでなめた。
「グフフ。ついでに楽しませてもらうか」
 と、言い終わるより早くゲルフの首筋に白い刃があてられていた。
「そこまでだ」
 黒装束の男の言葉はそれだけだったが、ゲルフを萎縮させる力があった。
 伊賀忍者、伊賀甲賀郎である。
「て、てめえ...」
 ゲルフは呻いた。
 伊賀から発せられる異様な気迫にさしものゲルフも押されているのだ。
 それは死の匂いを放っていた。

 その時、ゲルフに救いが入った。
「第一試合はゲルフ・グレイバードVS白金 沢です。
 出場者はグランドにお出でください」

 伊賀は刀をおさめた。
 突然の放送に、救われた思いでゲルフは
「けっ、まずはこの女か? 結果はもう出ちまったが、
 せいぜい楽しませてもらうぜ。ま、意識がもどったらだがなあ~」
 と、言うと沢を床へ落としてグランドに向かった。
 そして床に気を失った沢が残った。

 そして...なぜか...控え室が大爆笑に包まれたのであった。

「けけけ。あいつは出てこれねえだろう。へへ。
 後で楽しませてもらうからいいがなあ~」
 声援が渦巻く競技場。
 白い線で描かれた長方形のコート。
 ゲルフはその長方形の中に立っていた。
 顔に揺ぎない勝利が確信されている。

「ルール説明です。この長方形のコート内が戦場になります。
 敵を行動不能にすれば勝となります。
 基本はテニスですのでボールが一個用意されますがそれを使用しなくても結構。
 ただし、コートの外にでたら失格となりますので御注意ください」

 ルールであるが、ゲルフはこの一戦には必要ないと思った。が、

「なによ!? あたし、来ちゃいけなかったかしらあ!?」
 なんと、沢がいつのまにかコート内で、いたずらっぽい笑顔をうかべながら
立っているではないか。
 声援が高まった。
 呆然とするゲルフに、
「あたし、死んだ真似がとくいなのよ。驚いたでしょ?」
「な、なんだと!? ばかな...」

 天井から透明な囲いが落下した。
 そしてコートは外界から隔離された。
 ちょっとまて、コートの外にでられない。
 これでは失格にもなれないではないか!

「第一試合---はじめ!!!」

 アナウンスと共にコートの床から半透明のボールが現れた。
 バトル・ラケッターついに開幕であった。
 声援が爆発する。

 さすがはプロレス・チャンピオンであった。
 開始の合図のとたん戦闘体制に入っていた。
 中腰、両腕は肩の高さ、両手の小指を薬指にからませた。
 一方、沢は赤いエネルギー膜がスパークするラケットを右手に、パワーグローブを
左手につけて...ボーっと棒立ちしていたのだった。

「なめるな!」
 怒声と共にゲルフは突進した。
 タックルである。巨大なダンプの暴走を思わせた。

 沢は...いきなり後ろを向いた。
 そして、突進してくるゲルフとの間が限界まで迫った時、ゲルフの視界から
沢の後ろ姿が消えた。
 沢は神速とも言うべき速さでしゃがんでいたのだ。
 そして回転、後ろ蹴りをゲルフの足に。
 その蹴りはゲルフを重心を崩し、つんのめらせていた。
「うお!?」
 全体重をかけたタックルのパワーは、そのまま自分への凶器となった!
 目前に透明の壁が!!
 激突!!
 ゲルフは頭から壁に激突し、失神していた。
 なんという事だ。
 プロレスのチャンピオンが...19の小娘に手も触ることもできずに敗北したのだ!!

「あなたと、まともに組み合ったら負けるからね。悪いけど」

 沢はコート中央のボールをつかむと、
「勝ったわよ。開けて」
 と言いながら、ゲルフの沈んだ壁とは反対側の壁に投げた。


-04に続く



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