学生時代のバイトの話しをしよう。
以前何度も話したことだが、学生時代に私は「マネキン」をしていた。
「マネキン」というと、スタイルが良くて・・・・きれいな洋服を着て立っている・・・と誤解される方もいるようだが、そんなかっこの良いものではなくて、スーパーの店頭などで声をからして品物を売っている・・・・そんな「店頭販売員」のバイトだ。
一般には、スーパーやデパートの食料品売り場で・・・お客さんに試食させながら、ソーセージとか焼肉のタレ・・・その他いろいろな物を売っているおばちゃんのことを「マネキン」と呼ぶのだが、・・・・私の場合、雑貨、家庭用品、調理器具などを売る「マネキン」で、スーパーやデパートで売るならまだしも・・・・ときどき商店街のセールの時・・・あるいはお祭りの縁日で売ることもあり・・・・「テキヤ」と呼ばれる人たちと大差ない仕事であった。
つまり・・・もっとわかりやすく言うと・・・・「フーテンの寅さん」のようなことをやっていたわけで・・・・・
しゃべりながらモノを売るということは・・・・シャイな私には向かないような気がしたのだが、・・・・これがなんとドンピシャ・・・私にあっていたようで・・・・大学卒業まで続けてしまった。
たしかに稼げる。
そのころの大学の友人たちがやっていたバイトと比較しても・・・・何十倍もの稼ぎがあった。
大学卒業で就職した時の初任給が「七万円」だったことを考えると・・・・
いや、いまさら言うまい・・・・・・
しかし、私がこのバイトを続けたのにはもう一つわけがある。
夏休み、春休みになると・・・・・地方に巡業に出かけられるのだ。
夏休みは・・・・札幌、帯広、函館・・・・主に北海道に会社の金で行かせてもらった。
春休みは九州方面・・・・・・
私が生まれて初めて飛行機に乗ったのも、このバイトでのことだった。
全国の県庁所在地は・・・・とりあえずこのバイトですべて周らせてもらった。
そう言う意味では面白いバイトだったのだが、・・・・歩合制だから売れなければ収入もない。
私がさんざんな目にあったのは・・・・・数ヶ所ある。
なかでも・・・群馬県T市・・・・「ぶんぶく茶釜」で有名な「M林寺」があるこの町のスーパーでは・・・・正面出入り口前に陣取った私の前を横切ったお客さんは・・・・開店から閉店までで10人。
3人ほどのお客さんに品物は売ったのだが、こんなんじゃホテル代も出ない。
あとで聞いたのだが、・・・ほとんどのお客さんは裏口から入ってしまうらしい。
とにかくひどかった。
そして・・・・今日はもう一か所のお話をさせてもらおう。
そこは・・・・「J郎長親分」で有名な「S岡県S市」
そこのスーパーもひどいお店だった。
とにかく客が入らない。
「ほかのスーパーに客を取られて、最近はちっともお客が来ない。」
これはその店にテナントとして入っていた旅行会社の従業員で・・・・実はこれからするお話しの主人公が私に教えてくれたことであった。
「へえ・・・・それで一日どれくらいの客が入るの?」
「土曜日曜祝日なら・・・・それなりに入るけど・・・・平日の今日なんて・・・・きっとお客さんの数より従業員の方が多いと思うよ。」
この言葉で・・・・・私は商売をやる気がうせた。
長いと読んでくれない人が多いんで・・・・この「小説もどき」は短めにして続きます。
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