スナック「モン・プチ」に彼女を連れて行ったのは、
もし本当の親子なら、「彼女とのまじめな交際を認めてもらうため」
違ったとしても「経験豊富なママさんに、彼女を見極めてもらうため」・・・・・
どちらにしても、このお店には必ず連れてこようと思っていました。
でも、お店の中には、いつも閉店の時間になればママさんを迎えに来る、「今現在のママさんの男」が、早い時間から、飲んでいたようでした。
「もしかしたら、彼女がいちばん逢いたくない男」・・・・・そう思った私は、一寸緊張をして背中の彼女を隠そうとしましたが、背中から意外な言葉が出てきたのです。
「あら?・・・お父さん来てたの?」
「ああ、紀子・・・ずいぶん早かったなあ・・・・お前が今日お店に来そうだって聞いたからな・・・・たまには一緒に飲んでもいいかなって先に来て待ってたよ。」
「エ?・・・エエエッ???・・・お父さん?」
その時、お店の外から、手にタバコを10個ほど持ってママさんが入ってきたんで す。
「アラ、内藤君・・・いらっしゃい・・・紀子、ヤッパリこの人だったかい」
驚くでもなく、平然としたママさんの様子が、なんとも不思議でした。
「内藤くん・・・・おととい、娘が誕生日ケーキ買ってきたとき、あんたの話を聞いてたんだよ・・・近くの地下道の工事に来てる人で、”内藤”って言う人と今晩会うんだ・・・って」
つまり、彼女と喫茶店で会う前に、彼女は誕生日のケーキをここに届け、私の話をしていったらしいんです。
「でもねえ・・・あんた気の利かない男だねえ・・・・娘だって、ご飯食べてなかったんだよ?・・・それも食べさせないで、・・・・遅くなってからここに来て自分だけ・・・”おなかがすいた”なんてよく言えたねえ・・・・」
笑いながら、あたしにそう教えてくれました。
「あんたの会社の牛山さんが一度、ここに連れて来たでしょ?・・・・そのあとも、あんたの話がよく出てくるから名前はすっかり覚えちゃったんだけれど、娘からあんたの名前が出てきたときはビックリしちゃったねえ!」
そう言えばおととい、この店に「久しぶりに」顔を出したのに、私の名前を覚えていてくれたのが不思議でした。
「で、その晩遅くなってから、一人でここに来て・・・・おなかがすいたような話をしたからね・・・・”娘にご飯食べさせなかったんだな・・・こんちきしょう”って思って、わざと娘の買ってきたケーキ食べさせたんだよ。・・・・だから言ったでしょ?・・あんたみたいな悪い男って・・・・アハハハハハ・・・」
「いい男」になったり「悪い男」になったり・・・そうか、そういう理由だったんだ・・・
ママさんは、今日の「お通し」に、「イカのわた和え」を出してくれました。
イカを切って、その内臓と味噌で熱めながら和えたもの・・・・私の田舎では「イカの腑焼き」って呼ばれているもので、私の大好物でした。
「でもね・・・・昨日あんたから娘を連れてくるっていわれたとき、もし間違ってたらと思って、赤いメガネの話をしたり、社員寮に住んでる話をしたんだけど、あまり反応がなかったから、今朝早起きして、あんたの現場を見にいっちゃったよ。」
確かに、会社には内藤と言う名前の社員はもう一人いました。
「バカなことしてたねえ・・・鳶の親方と賭けをしてあんな高いとこに登ったりしてサア・・・でも、あんたが娘のいってた男だと思って安心したよ。」
でも私には疑問がありました。
「ちょっと聞いてもいいかな?・・・・・・八戸の悪い父親の話は?」
「あたしと亭主は八戸で所帯を持ったんだよ・・・・漁師だったのは本当さ・・・・怪我をしたのも本当だけど、この人はもともとまじめでね・・・青森の知り合いの会社に就職して食わせてくれたんだよ」
「じゃあ、女連れ込んだっていうのは?」
「まじめな男だっていってるだろ?・・・・女はあたしひとりで充分!ねえ父さん!」
そう言って、隅でニコニコしながら話しを聞いていた男に同意を求めましたが、父親はただただニコニコしているだけでした。
「もうひとつ聞いていい?・・・ジャアなんで一緒に暮らしてないいんですか?」
それは、紀子が答えました。
「いま、新入社員研修で、私その係りなのよ・・・寮に泊り込んで新人の管理してるから・・・・・それに、いま、自宅を改装中で・・・・両親はアパート一部屋借りてるんだけど、あたしは寮に寝泊りすれば、お金がかからないでしょ?」
そのあと、それまで黙っていた父親が続けました。
「父親にとって一人娘の彼氏っていうのは、敵みたいなもんさ・・・・でも女房からあんたのことを聞かされても、腹が立たなかったねえ・・・・うちのが認めた男なら、だまって認めてやろう・・・・いま改装中の自宅も、二階の工事を変更して、新婚用の二世帯住宅にしなくちゃな」
彼女と出会って、まだ10日・・・・2回のデートで、なんとなく自分の結婚が決まってしまったような気がしましたが・・・・私にとっては「嵌められた」っていうような「気分の悪い」物ではありませんでした。
居心地のいい、「モン・プチ」の家族の一員になるのも悪くないなあ・・・・
そう感じながら、「モン・プチ」一家と静かな夏の夜をすごしたのでした。
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