虹の色エンピツ~心日和~

虹の色エンピツ~心日和~

大学生時代~1・2年~



「ピアノの勉強が出来る!!」と意気揚揚と入った私の前に立ちはだかったのは、
周りの人達とのレベルの差と言う大きな壁。


再びピアノを初めて最初の挫折だった。


当時ショパンの「幻想即興曲」は私にとっては難易度の高い曲だったから、
ちょっといい気になってたのがバカでした。
しかもピアノ科はムリ、と言われていたので入ったのは総合音楽コース。
ものすごい劣等感と、ピアノ科の人達の演奏がみ~んな上手く聞こえて、
私からしたら何の曲かサッパリプーだった。

入って早々、「私には無理」とブルーな気分に。
でも5月にあった2年生の学内演奏会を聴いて、再びやる気に。
この頃の私は人の意見に流されやすくて、あまり自分の意見を持ってなかった。
持ってなかった…と言うよりも、言えなかったって感じかな。
とにかくマイナス思考だったし、初めての一人暮らしでホームシックにもなってた。

同じクラスの「うきちゃん」(本当はゆきちゃんなんだけど、うきちゃんってみんな呼んでた)
は凄く積極的な子で、何でも私を引っ張っていってくれた。
自分の意思をはっきり持っていて、夢も持っていて、
そのためにバイトしてお金を貯めていてダンスも習っていて、
歌も頑張っていて…と言う当時の私とは正反対の人。
ちょっと怖いな、とも思っていて、「合唱部に入るよ!!」と言われて、
嫌と言う事が出来なくて入っちゃったww
でも今思ったらその強引なところが私にとって良かったんだろうな。
私に持っていないものを持っていたから、苦手だったんだと思う。
現にその合唱部で知り合ったちはる先輩達のお陰で今のピアノを弾いている私がいるんだから。

1度目の挫折から立ち直ったのも、その先輩達の学内演奏会を聴いたから。
知り合いが出ていなかったらきっと聴きにいってなかったからね☆
在学中に何回挫折したかな…ピアノ。
2年生の後期までは全然まともに弾けなかった。
その度にピアノを見て、泣き出したり、楽譜を放り投げて練習室に楽譜が散乱していたり。
一回ちはる先輩に見られて、「どうしたの~!?」って言われた事もある。
試験の一週間前まで調子よく弾けていても、
急にガクンと弾けなくなって、どうしても元に戻らなくて失敗…とか、
本番緊張しまくって、弾いてる途中で止まってしまって再起不能になったり。
2年前期の試験はまさしくコレだった。
この試験で良い成績を取らないと、3年にあがれないかも…と言う深刻な状況だったのもあって、
きっと緊張もピークだったんだろうな。
あまりにも酷い失敗にかぁなりショックを受けて、7~9月までピアノを全く弾かなかった。

9月には(大学以外で習ってた所の)発表会があったので、
一応7月中には弾けるようにしていたんだけれど、
試験の時の悪夢がよみがえっちゃって、先生に連絡もせずに無断で発表会に出ないことを決意。
確か発表会は9月5日だったんだけど、前日先生から電話がかかってきて、
「絶対に出ないと許さない、今からすぐに家に来なさい!」の一言。
その頃の私には逃げ癖があって、嫌だと思ったら放棄したりしてたんだ。
今はそんな事考えられないし、一度やると決めたことは最後まで責任持つけれど。
そして先生のところに行って、全然ピアノに触ってない事や、
今はピアノが嫌でたまらない事を言ったんだけど、
「何が何でも明日の発表会には出なさい」と厳しく言われて、
家に帰ってから必死に暗譜した記憶があります。
でもこの先生がいなかったら弾ける様にもならなかったし、卒業演奏会への出演もあり得なかった。
発表会当日も私は出たくなくて(前日にやったから当たり前なんだけど^^;)
電話して「お腹が痛くて…」とかゴニョゴニョ言ったんだけど、
当たり前にも見抜かれて、強制連行w
結局は無難に弾く事が出来て、良い経験にはなりました。
そしてこの先生の厳しい言葉から、無責任な事をしてはいけないって事も学んだ。

その後夏休みも終わって大学が始まっても、私のピアノ嫌嫌病は治らなかったんだけど、
またまたきっかけがあって再燃。
そのきっかけは管弦打楽器科の友達の学内演奏会だった。
演奏している姿を見たら、私って一体何をしてるんだろうって、
すごーく恥ずかしくなっちゃって。
負けていられない、頑張らなくちゃ!!!と思ったのでした。(単純^^;)
その日からまたピアノの事が好きになって、
真剣に基礎から習い始めて、毎日がピアノの事でいっぱいに。
前期の試験は7月中旬、後期の試験は2月中旬だったんだけど、
大体みんな9~10月に曲が決まるんだ。
私が試験曲を決めたのは11月で、先生に相談もせず自分で勝手に決めてしまった。
当時の私のレベルから考えて、とうてい弾けないだろうと思われる曲だったので、
譜読みも終了して、先生を納得させるくらいまで弾ける様になってからレッスンで弾きたかった。
もう、私にとっては「絶対にコレ!!」って思った曲で変える気もなかったし、
自分の中で決めてから2週間みっちり練習してレッスンへ。
レッスンの初め、先生に言われたのは、「君にはこの曲は難しすぎる!」
とりあえず聴いて欲しかったから私も引き下がらなかったw
「試験で弾かせてくれるかどうかは聴いてから決めて下さい」
って、私にしては強気な発言をして…でも迷いはなかった。
今思ったらずいぶん思い切った発言をしたなぁと思うんだけどっw
そして、もう暗譜もしていたので楽譜を渡して全部弾いて、
先生の方を見たら「いやぁ、君ならやってくれると思っていたよ!」の一言。
正直「はぁ?さっきまでの態度と全然違うじゃん!!(怒)」って思った^^;

12月には学内演奏会があって、それが私にとって初めて止まらずに弾けた演奏会だった。
思えばそれでちょっとは自信がついたのかも?
でも、先生の批評は厳しいもので、「こんな演奏だったら3年生には上がれない」の一言だった。
その当時の私のレベルは25人中最下位の方だったので…。
そして待ちに待った(?)2年後期の試験(短大なので卒業試験&専攻科入試)
私は入試組だったので、受験番号順の演奏だったんだけど、
自分としては止まらずに弾けた事に満足…と言う感じだった。
あんなに練習したんだからこれで満足、落ちても思い残すことはない!とスッキリ爽快(笑)
終わった事に満足しきって、後はやっと友達と遊べる~!!!
ところがそれから数日後、講義に出たらピアノ科の人達の様子が何かおかしい^^;
私を見て聞こえる様にボソボソ「何であの人が?」「●●ちゃんの方が上手だったのに」etc…。
何の事だろう、と思っていたら友達が慌てて教室に飛び込んできた。
「あんた卒演の出演者として張り出されてるよ!!」
実は卒演の存在は知っていたけれど、行った事もないし意味が分からなくて頭の中は????
友達に掲示板まで引っ張って行かれて張り紙を見たら何故か私の名前があるし。
しかも成績は2番、どういう事~?と思う反面、凄く嬉しかった。
ずっとピアノ科の人から馬鹿にされていたから、見返した!と言う気持ちと、
純粋に練習の成果が出て嬉しいと言う気持ち。
実は総合音楽コースからピアノで卒業演奏会に出れたのは私が初めて、
そして専攻科に行ったのも私が初めて、と言う快挙だったらしい。

3年次にはピアノ科編入…と言う形になって、同等になれたのは凄く嬉しかった。
そのツケとしてか、ピアノ科の人達からは白い目で見られて、陰口も散々^^;
K先生には「卒演の出演を辞退させて下さい」とまで言いにいった。
もちろん「選ばれたのはあんたなの!!責任持ちなさい!!」と却下されたけど。
卒業演奏会当日は親も来てくれず、花束もなく孤独だった。
(終わってから先輩達がご飯食べに連れて行ってくれたけど♪)
しかも熱が40度近くあって結局上手には弾けなくて、悔し涙を流しました^^;
でもそれがあったからこそ、天狗にならずにすんだのかも。
この2年間はピアノ演奏の面でとても苦しんで成長した年月だったと思う。



→「 大学生時代~3・4年~ 」へ。



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