なせばなる、かも。

なせばなる、かも。

Shaggy 2


 翌朝、早くに目覚めた俺は早速トレーニングルームに向かった。習慣とは恐ろしいものだ。べつにこんなに早く起きる必要などなかったのだが、軍のサイクルがすっかり見に染み付いてしまっているらしい。外をランニングするにはまだちょっと不安もあるので、髪が伸びるまでは室内の器具で鍛えるしかないだろう。
 うっすらと汗がにじんて来た頃、玄関で人の気配がした。俺はとっさにドアのふちに身を寄せ、気配の主が現れるのを待った。気配の主は鼻歌交じりで鍵を開けるとすぐ、こちらにやってきた。

「わっ!びっくりしたぁ。なにやってるんだ、お前は」

 ジェフだった。

「何って、トレーニングだ。お前こそこんな時間に帰ってくるなんて、どこほっつき歩いてたんだ」

 あまりにも気の緩んでいるジェフにむっとしながら、俺は問いただした。

「どこでもいいじゃないか。無粋なやつだなぁ。それより、そんなぴりぴりした気配を漂わせていたらそれこそ周りから変な目で見られてしまうぞ。お前はもう、軍の人間じゃないんだろ?」

 ジェフに言われて俺ははっとした。

「レイナたちがすぐに俺たちを使わないのは、その軍人くさいぴりぴりした空気を消させるためだ。まず一般市民として、普通に生活することに馴染まないと、次の行動には移せんぞ。トレーニングを続けて鋭い感性も失わず、しかも一般人のように大衆にまぎれて生きる。これが俺たちに課せられた課題だな。ま、がんばれや。俺はちょっと一眠りさせてもらうよ。じゃあな」

 ジェフは言いたいだけ言うと、さっさと2階へあがっていった。

 トレーニングを一通り終えて自室でシャワーを浴びていると、ドアをノックする音がした。タオルを腰に巻いてドアを開けると、ミュウだった。

「朝ごはん出来たから降りてきてって…! キャー!! ミックのエッチ! バカ! 変体!」
「えっ??」

 俺が何も言わないうちに、好きなだけ叫んでミュウは階段を駆け下りていった。驚いたのはこっちだろう。突然やってきておいてエッチだばかだと言いたい放題。俺が唖然としていると、ジェフがやってきた。奴もミュウに声をかけられたのだろう。

「ははは。ミック、ここは軍じゃないんだぜ。年頃の女の子の前にそんな格好で現れたらそりゃあ驚くだろう」

 ジェフは期待通りだとばかりに大笑いしていた。そうか、子供だと思っていたがミュウも世間で言う年頃の娘なのか。俺は今更ながら納得した。

 広間に向かうと、穏やかな朝食の香りが漂ってきた。

「おはよう」
「おはよう、ミック。昨日はよく眠れた?」

 レイナがエプロン姿でコーヒーを配っていた。俺は昨日のベランダでの出来事をふと思い出し、どきっとしてしまった。ばかな、あれはミュウがいたずらでやったことだぞ。俺は自分に言い聞かせた。で、当のミュウはさっきのタオル姿が災いしたようだ。俺を見るとぷーっと餅のように膨らんでそっぽを向いてしまった。

「ミュウ、すまん。年頃の娘に見せるものではなかったな」

 しょうがなく俺は素直に謝った。こういう年頃の子供は、そっくり返りだすと止め処がない。今のうちに誤ってご機嫌を直しておくに限るのだ。

「どうしたんですか」

 シュージがミュウの様子をみて尋ねてきたが、俺の口からは言いづらい。すると横からジェフが楽しげにさっきの様子を話して聞かせた。シュージのことだ、きっとうまくミュウを手なずけて、笑って済ませてくれるだろうと思っていたが甘かった。

「ミック君!うちの娘はお年頃なんだよ。今後このようなことのないように気をつけてくれ給え」
「申し訳ない」

 あまりの気迫に俺はたじろいだ。それを見ていたミュウが眉を上げて得意げに笑っていた。ああ!これだから子供は苦手なんだ。

 朝食が終わると、ジェフは大きなあくびをして「もう一眠りするか」と上がっていった。レイナとシュージは軍に出勤していった。出掛けにシュージが俺を呼んだ。

「広間の奥に本棚があります。空いている時間にできるだけいろんな種類の本を読んでおいてください。君は軍の色にどっぷり染められているようですね。いろんな文学に触れて、その色を洗い流してください」
「シュージ、すまない」

 俺は今朝のミュウに対する失礼を詫びた。

「ミュウのことは気にしなくていいですよ。多感な年頃です。何でも大げさに言いたいんでしょう。それに、君が軍にどっぷり染められているってことは、それだけ軍では優秀だったって事です。期待してますよ」

 シュージはそう言って俺の肩をぽんとたたいて出掛けていった。

二人を見送ると、あたりは急に静けさを取り戻した。俺は言われたとおり広間の本棚から1冊の本を取り出し、朝の光が差し込む広間のソファに座って読み始めた。
ふと顔を上げると、ミュウが庭の花壇に水をまいていた。この年頃の娘にありがちな華奢な体格、手足が妙に長く腰が細い。昨日帰ってきた時、レイナをママと呼んでいたな。そして、今朝はシュージがミュウのことをうちの娘なんて……。まさか! じゃあ、レイナとシュージは夫婦って事か?いや待てよ。仮の家族って事もある。そう焦って決め付けてはいけない。しばらく様子をみていよう。

ぼんやりとそんなことを考えながら、ミュウを見ていた。それにしてもミュウは色が白いな。向かっているハイビスカスの濃いピンクと見事なコントラストだ。と、視線に気づいたのか突然ミュウが振り向いて目が合った。なぜか俺はドキッとして、慌てて手に持っていた本に視線を落とした。そして、次に顔を上げたときには、ミュウの姿はどこにもなかった。俺はなぜかほっとした気分になった。

 一冊目を読破し腕をぐっと伸ばして筋肉をほぐすと、いいにおいがしてきた。そうか、本に夢中になっていて時間のたつのを忘れていたのか。しかし誰が料理しているのだろう。俺は厨房の方を覗いた。レンジの前ではさっきの短パン姿の上に白いフリルだらけのエプロンをつけたミュウが鼻歌交じりにハンバーグを焼いていた。フライ返しを上手に使って返していく姿を見ていると、ミュウが振り返った。

「ほう。上手いもんだな」

 俺が言うと、ミュウはちょっと得意げに鼻を上に向けた。

「料理にはちょっと自信があるの。レイナ仕込だから味は保証つきよ。ねえ、それよりこのエプロン見てよ!かわいいでしょ?? 学校の近くのお店で見つけたんだ」

 ミュウはモデルを気取ってくるっと回って見せた。しかしそんなものを見せられても俺にはよくわからん。「ああ、そうだな」と適当に答えているうちに、焦げ臭い匂いがしてきた。

「ああっ! ハンバーグ!忘れてた!!」

 ミュウは慌ててフライパンに向き直り、急いでハンバーグを返していった。

「やだー、焦げちゃったよぉ~」

 まったく騒がしい奴だ。

 何度声をかけても起きてこないジェフのことは諦めて、俺たちは先に食事を取ることにした。テーブルにミュウと差し向かいで食事することになるとは、なんだか居心地の悪いものだった。ミュウはさっきのこげたハンバーグを申し訳なさそうに運んできた。もう借りてきた猫そのものだ。なんとなくかわいそうになってフォローしてやった。

「うん、うまいぞ。焦がしたのは失敗だったが、中身は肉汁が詰まっていて充分にうまい」

 実のところは外が焦げ臭く、中身は半生で塩味が強すぎるのだが、子供にこれ以上要求するのは無理だろう。折を見て自分で作るようにさせてもらおう。

 気をよくしたのか、ミュウは食事が終わるとうれしそうにしっぽをピンと立ててつま先歩きで食器を厨房に運んだ。そして、エスプレッソを入れて持ってきた。こちらの方は本当にうまかった。
ミュウに礼を言って、再びソファに戻って次の本を読み始めると、急に睡魔に襲われた。こんなにのんびりと本を読んだり食事をしたりするのは何年ぶりだろう。外は夏の太陽がじりじりと照りつけ、陽炎さえ上がっているが、室内は快適だ。俺は不覚にもそのまま眠りに落ちていった。
眠りに落ちる直前、ミュウがそばに来てごろごろとのどを鳴らしながら擦り寄ってきたような気がしたが、気のせいだったのだろうか。

 眠っている間に、俺は夢を見ていた。季節は春。咲き乱れる花の中で、大の字になって俺は眠っていた。時折春の風が穏やかに俺の頬をくすぐる。あたりは花の甘い香りに包まれている。少女趣味でおよそ俺には似つかわしくない夢だった。
 目が覚めると、目の前に顔があった。春の風だと思っていたのはこの小さな鼻からでている寝息だったのか。まだどこかぼんやりとそう思っていると、その顔がやおらに「ん~ん」とうなりながら動き、俺の口元にその唇を押し当ててきた。そして、あろうことかその瞬間にその目がパッと開いてしまったのだ。

「何てことするのよ!」

 顔を真っ赤にしてミュウは飛びのいた。

「なっ…!それはこっちのせりふだ!大体何でおまえが俺の横で寝ているんだ」

 俺は焦ってつい大声を出した。ミュウは驚きと恥ずかしさで目に涙までためていた。

「だって…。だって、ミックがあんまり気持ち良さそうに寝てたから、つい私もお昼寝したくなって…」

 揺れていたミュウの涙が堪り兼ねて頬を伝った。俺は子供相手に怒鳴ったことを後悔した。

「悪かった、大声だして。だけど、ミュウも年頃の娘なんだから、簡単に若い男の横になんぞ添い寝してはまずいぞ。どんなことになるかお前だって知らないわけじゃないだろ」

 俺は気を取り直して極力穏やかに言った。ミュウは首をかしげて聞いていたが「わからない」とつぶやくと下を向いてしまった。そして少し考えてから
「私の勘違いだったのね。ごめんなさい。今度からはちゃんとミックに断ってから添い寝するね」というと、自分の部屋に帰っていった。う~ん、それも違うだろう。俺は階段を上がっていくミュウに心の中でつぶやいた。

2冊目を読み終える頃、やっとジェフが起きてきた。

「ほう、ミックが文学青年だったとはね」
「まさか、シュージに言われたんだ。できるだけたくさんの本を読むようにってね」

ジェフはその真意が分からないかのようにへえっと言っただけで、興味なさそうに厨房に入っていった。

「うわ! ミュウの奴、また派手にやらかしたな」

 冷蔵庫から自分の分のハンバーグを出してくると、ジェフは頭をかいていた。

「しょうがない。外で食べるとするか。おい、ミック。あいつには言うなよ」

 ジェフはそう言って、皿の上のものをゴミ箱に捨てた。

「誰に言うなですって?」

 突然、広間の入り口から鋭い声が飛んだ。振り返ると今にも破裂しそうな頬でミュウがにらんでいる。

「ああ、ミュウ。悪いなぁ。手が滑ったんだ」

 ミュウは目を細めて鋭くジェフをにらんでいたが、くるっと踵を返して玄関に向かった。

「私、ちょっとお買い物にいってきまーす」

 ミュウが出て行ったのを確認すると、ジェフは肩をすぼめて「おおこわ」っとつぶやいた。

「ところでどうだった? あの猫娘の味は?」

 ジェフが冷やかしてきたので、こちらもさらっと流してやった。

「外見はともかくとして、中身はやわらかくて結構よかったぜ」
「なに!お前もうあの小娘と…? 見直したぜ、ミック。お前がそこまで女を落とすことが上手だったとは知らなかった」

 ジェフは一瞬驚いて、次には呆れたように言った。

「女を落とす?ハンバーグのことじゃなかったのか?」

俺が問いただしたのでジェフははぁ?っと顔を歪め、次には腹を抱えて笑い出した。

「お前のくそ真面目にはもうついていけん」

 俺はむくれながらも2人分のコーヒーを入れてやった。ジェフはブラックを苦そうに飲みながら言った。

「お前、ミュウを見て何も気づかないか」
「しっぽなら、今日目撃した」
「それに、人間離れした運動神経を持っている。奴はもしかしたら例の異星人の一人かもしれんな」

 ジェフが俺の言葉に続けた。

「もしそうなら、彼女の目的はなんだ」

 俺はコーヒーにクリームを入れながら言った。

「わからん。しかし、今のところ危害を加えるつもりはないようだな。そうでなければお前の隣で丸くなる前に、首を絞めるなりナイフで刺すなり望みどおりだったはずだ」

 俺は飲みかけのコーヒーを噴出しそうになった。

「要するに俺を実験台にして見てたってわけか」
「まあな。悪く思うなよ。あんなところで寝てしまうお前も悪いんだ」

 そう、なぜあんなに眠気が襲ってきたんだろう。それについては自分でも違和感を感じていた。だが、このままジェフにそれを言ったら、奴はミュウを今までと違う目で見るようになるだろう。それは避けなければいけない事のような気がした。

「さあて、俺もそろそろ出掛けるか」
「ジェフ。お前、昨日といい今日といい、どこに行ってるんだ?」
「ああ、まだ言ってなかったな。港区のショットバーでバーテンダーをやってる。小遣い稼ぎ程度だけどな。巷のうわさも聞けたりするから、いい情報源になるんじゃないかと思ってな」
「へぇ、お前がねぇ」

俺は改めてジェフを見た。しっかり鍛えているのにがっちりとはならず、どちらかといえば着やせするタイプだ。髪も随分伸びて後ろでくくっている。デザイナーか何かに見えなくもない風貌だ。確かにバーテンダーあたりが適職か。ジェフは自室に行ってジャケットを持ってくると、さっさと出掛けてしまった。


空の色が微妙に変わってきた。日が翳ってきたのだ。庭のブーゲンビリアが風に揺れていた。ふと俺は、今朝見ていたミュウの姿を思い出した。ミュウが異星人?確かにベランダを飛んでいったのには驚いたが、料理の腕も今いちだし、感情をすぐに表に出してしまう。そんな奴が異星人のエリートなのか? 俺には想像もつかなかった。
今日のしっぽだって当てにはならない。最近の若い女の子たちは訳のわからないものを身につけたがるものだ。変なメイクが流行ったり、つめに長い付け爪を貼り付けたり…。どうせしっぽだって、よくできた作り物に違いない。

気分治しにもう一杯、コーヒーを飲もう。俺は厨房に入ってカップとコーヒーメーカーを出した。コーヒーメーカーの横にはエスプレッソの器械も置いてあった。そうか、あの味はミュウの腕で入れたものではなかったのか。そう思って器械を見ていると、わずかだが白い粉が付着しているのに気がついた。
思わず指にとって確かめる。睡眠薬だ。やっぱりミュウが俺に薬を飲ませたのか。だがこの薬は軍で使用しているものと同じだ。どういうことなんだろう。いやな予感が脳裏を掠めたが今は決めつけずにいたかった。

 だが、一度浮かんだ考えは、どうしても引っかかりを残してしまう。俺は誰もいないのを良いことに、何か確信の持てるものがないか辺りを調べることにした。厨房、広間、階段、共有するスペースはこれといって違和感のあるものはみつからなかった。一度、自分の部屋も見ておこう。
俺は自室に戻って部屋の中を確かめた。あった。造りつけのデスクのすぐ横に小さな盗聴マイクが見つかった。ベッドの裏側にも。俺は背中に寒いものを感じていた。そして、再び広間を探すと、いつもシュージが座っている席のすぐ横の植木の培養土の中にやはり埋め込まれていた。厨房の流しの下にもあった。
巧妙なまでにうまく隠されている。これは軍にかかわりのあるものでなければできない芸当だ。俺は鮮やかな夕暮れの赤を眺めながら、途方に暮れていた。


 玄関で人の気配がした。ほどなく元気な声がしてきた。

「ただいまー」

 ミュウだった。

「ミック、手伝ってよ」

 俺が玄関に行くと、カートに山のように食料が積まれていた。

「これ、全部食べ物か?」
「うん、レイナが書いていったメモの通りよ。もう重くて重くてくたくたなの。厨房まで運ぶの手伝ってよ」
「ああ」

 俺はカートごとひょいと持ち上げると、厨房まで一気に運んでやった。

「うわぁ! すごいなぁ。やっぱり鍛え方が違うんだね」

 ミュウは面白そうに俺を見て言った。

「調味料はそっちの流しの下に入れてね。私は冷凍食品を先に入れちゃうわ」

 ミュウは慣れた手つきで冷蔵庫に食品を移していった。そして一段落するとエスプレッソを入れ始めた。

「ミックも飲むでしょ?」
「ああ」

 普通のコーヒーにしなかったのは、俺が褒めたからか。

「はい、エスプレッソ。あっ…、お髭だいぶ伸びてきたね。明日の買い物はミックも一緒に行こうよ。帽子をかぶればわかんないでしょ? それにこんなかわいい子を連れてるなんて、軍の人たちも思わないだろうし、ね」

 ミュウは胸を張って言った。

「考えとくよ」

 確かにこのままこの家に閉じこもっているより、気が楽かもしれない。俺はミュウの誘いを断らずにおいた。

 エスプレッソを飲んでいると、また誰かが帰ってきたようだ。

「ただいま」

 シュージだった。

「パパ! お帰りなさい」

 ミュウが飛びついた。

「ミュウ。こらこら、重いだろ。ミック、どうでした。本は読みましたか?」
「ああ、結構面白いもんだな。ところで、ちょっと相談があるんだが」

 俺が言いかけると横からミュウが割り込んできた。

「だめ! パパは私とお話するの」
「ミュウ、君のパパは5分で返す。ちょっとだけ貸してくれ」

 ミュウは膨れっ面でしばらく睨んでいたが、シュージがコーヒーを入れてくれと言うと、厨房に飛んでいった。

 俺はシュージに盗聴器を静かに指差して見せた。そして、口ではまったく関係ない話をはじめた。

「今日はゆっくり本なんか読んで、食事もそれなりにおいしくいただいて。随分気分がほぐれたよ」

 そういいながら手帳に盗聴器が見つかったこと、今日の不自然な眠気のこと、エスプレッソの白い粉のことを手早く書いて見せた。

「そうですか、それはよかったですね」

 シュージは俺の目配せでことの次第を理解してくれた。そして言葉を合わせながらメモを読み、黙ってうなずいた。

「明日はちょっと街にでも出て気晴らしすればいい。ミュウ、明日はミックにこの街を案内してあげなさい」

 シュージは後半を厨房に向けて言った。

「ええ? ミックとデートするの? しょうがないなぁ、パパの頼みなら」

 ミュウはそう言いながら、ちょっと嬉しそうにしていた。シュージがそれを見逃すはずもなく、問いかけるような目で俺を見た。俺はただ肩をすぼめるしかなかった。

 少し経って、レイナが帰ってきた。ミュウとレイナが厨房で食事の支度を始めた頃、シュージがちょっとっと手招きした。俺が黙ってついていくと、シュージは自分の書斎に俺を招きいれ、天井の収納庫への階段を引きおろした。そして、階段を上がっていったので俺も続いた。
階段を上がりきると、俺はあっと驚いた。半円形の屋根だと思っていた部分は透過性の高い素材でできており、ゆったりと満点の星を眺められたのだ。

「ここなら気兼ねなく話ができます。ここは僕の本当の書斎です」

 よく見ると端の方には何台かのパソコンや通信機器が並んでおり、彼が軍の通信司令官であることを物語っていた。

「ここの器械からだと衛星間のやり取りでも傍受できます。実際のところ、軍の通信部よりグレードは上だと思いますよ」

 俺は初めてシュージの得意げな顔をみた。

「今日、君の元上司だったグレイビー長官にお目にかかりましたが、あまりあせっている様子がなかったので私としても不信感を抱いていたのです。ですが、もう少し様子を見ておきましょう。ところで、今後のことですが、さっきレイナから手紙を受け取りました。ちょっと見てください」

 シュージは簡素な便箋を手渡した。

「手紙? 今の時代に?」

 俺はその白い便箋を受け取りながらシュージを見た。

「ええ、そうです。今の時代だからこそ、手紙が安全なのです。電話もファックスもメールも盗み見られてしまいます。でも、手紙なら確実に相手にだけ手渡せる。そうでしょ?」

 シュージがいつもの穏やかな笑顔で言ったので、俺は納得して手紙を読み始めた。

―来週、港区にある国際会議場で先進七カ国による対異星人防衛会議が開かれます。軍上層部ももちろん参加します。チャンスだと思います。-

 手紙はそれだけだった。俺はシュージの言葉を待った。

「港区って言えばすぐ近くですよね。いい機会かもしれません」
「だが、どうやってその会議に加わるんだ? レイナは大丈夫だろうが、俺たちは」

 詰め寄る俺をチラッと見て、シュージは言葉を選びながら言った。

「私たちには奥の手があるのです。まだ、ジェフにも貴方にもお見せできませんが、たぶんこちらの希望通りに動くでしょう。要するに、先進七カ国の首脳、外相、軍の上層部の面々が揃ってくれるのを待っていたのです。一人ずつ面談して話し合いで解決したかったのですが、赤道直下にいる彼ら、え~っと、ラグーンという星から来たラグーン人といいますが、彼らは地球より高度な文明を築き上げた人々です。じきに地球の通信システムを理解し傍受するようになるでしょう。そうなったら…。今の先進国の考えを知ったらどう動くのか、分かるでしょう? のんびり交渉している時間はないのです」

 シュージは時計をみてはっとした。

「急ぎましょう。ジェフが帰ってくるころです」

 やっぱりシュージもジェフを疑っているのか。気が滅入りそうになる。シュージに続いて階段を下り、天袋用の扉を閉めたとたん、シュージが突然声を荒げた。

「ミック、今度うちの娘にちょっかい出したら、ただじゃすみませんよ。以後気をつけて。じゃあ、そろそろ食事に行きましょう。ここでの話はなかったことにいいですね」

 シュージがドアを開けると、すぐ近くにジェフが来ていた。

「やあ、ジェフ。帰ってたんですか?」
「ああ、なんだか大きな声がしたもんで、来てみたんだ」
「なんでもありませんよ。さ、食事に行きましょう」

 ジェフはちらっと俺を見ただけで、シュージに続いた。階下に下りると食事の支度がすっかりできていた。


 翌日、ジェフは買い物の続きに出勤すると言って出て行った。俺はシュージに勧められたとおり、ミュウと街に繰り出すことにした。
 Tシャツはジェフに1枚譲ってもらったが、着替えがないのはやはり不便だ。俺たちは商店街へと脚を運んだ。

「へぇ、決まってるね、君たち」

 カジュアルウエアの店の店長が声をかけてきた。改めてミュウを見ると、革のパンツに白のTシャツ。そこは俺とほぼ同じ状態だ。それに黒い皮の帽子をかぶっている。合わせたというわけではないが、雰囲気を揃えているらしい。ミュウの奴、わざと合わせたな。俺の考えが分かったのか、ミュウはチラッと俺をみて、にやっと笑った。
俺はその店で何点かの衣類を買い込むと、早々に引き上げた。俺一人なら、このままさっさと帰るところなのだが、ミュウを連れているということがこんなにもやっかいだとは思ってもみなかった。

デイバッグに買い物を入れたまま、遊園地に動物園、ゲームセンターや甘党の店までさんざん連れまわされた。遊園地のホラー館では、作り物のお化けにおお泣きされてしまった。動物園ではサルの鳴きまねをするミュウにサルたちが興奮して、係員に厳重注意を受けた。機嫌を直すために連れて行ったゲームセンターでは、景品のぬいぐるみをしつこく狙っていた。ぬいぐるみを手に入れるとのどが渇いたと言って甘党の店に飛び込んだ。

「ミュウ、もういいだろう。そろそろ帰ろうか」

 俺の言葉をさえぎって、「ねえ、海を見に行こうよ!」ミュウは目をきらきらさせて言った。俺は一瞬めまいを覚えたが、先月チームメイトと行った休日の海岸を思い出して、気持ちを持ち直した。トレーナーたちに精神的にも肉体的にも追い詰められた状態ですごしている俺たちにとって、休日の海岸はあまりにも眩し過ぎた。なにもかも、理性すら捨ててバカ騒ぎをしたもんだ。

「行ってみるか」

 俺が答えると、ミュウは俺の周りを飛び跳ねて喜んだ。


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