時空剣劇ファイターズ(その一)



(1)


 里中新三郎がテレビで脚光を浴びるようになったのは、ここ一二年のことである。
 もともと斬られ役専門の大部屋で、年齢を重ね四十を越えてやっと悪役を演じられるようになったが、それでもシナリオでは三行以上のセリフをもらった事はない。そのまま老齢を迎え、泣かず飛ばずで俳優人生も終わるだろうと先が見えてきた矢先、里中にとっての転機が来た。
 プロデューサーの大城洋一が、マンネリ化したテレビ時代劇の新機軸を打ち出したのである。
「水戸光圀世直し旅」
 それが新番組の題名だった。
 大城は、この時代劇をホームドラマとして作り上げた。それがバカ当たりした。平均視聴率二十パーセントを越え、ドラマのワンクール三ヶ月が常識になったテレビ界で、三年にもわたって連続放映され続けるお化け番組になったのだ。
 その配役に起用されたのが、無名の悪役、里中新三郎である。
 ところが、テレビは水物だ。里中の晩年の栄光も、そんな世界の中では長くは続きはしない。世間で、水戸様といえば里中、里中といえば水戸様、といわれるまでになったころ、徐々に番組にも陰りが見えてきだした。平均視聴率が五パーセントを越えることはなくなり、スポンサーも苦言しかいわなくなった。
 大城は苦悩のあげく、ついに番組の打ち切りを決断した。
「しかたないです」
 と、里中新三郎はある意味、現実を達観していた。老人の思考回路とは、常にそういうものである。
「最後にいい夢を見させてもらいました」
「これからどうします?」
 と、大城はすまなそうに尋ねた。
「もう芸能界は引退しようかと思っています」
「そうですか、しかたないことかもしれませんね。しかし、あなたは本当にすばらしい水戸黄門を演じられた。日本中の視聴者はいつまでも忘れないことでしょう」
 ……いいや、それはないだろう。と、里中は皮肉な気持ちで思った。
 芸能界など浮き草の上で生きているようなもの、テレビに出なくなれば、三日もしないで里中新三郎の名前は世間から忘れられてしまうに違いない。
「控え室のお荷物はどちらへ?」
 大城はすでに事務的な口調になっていた。その口の端から、一刻も早く次の企画に移りたいという気持ちがありありと伝わってきた。企画と俳優の関係などこの程度のものである。芸能生活の長い里中には当然解っていなければならない事実だったが、やはり一抹の寂しさは感じる。
「娘の家へお願いします。突然のことで、まだ身の振りようを決めていないので」
 里中はしばらく間を置いてそう答えた。
 事実、里中は今後について途方にくれていた。撮影所の近くに住居しているマンションも、局で借りてもらっているものだ。番組の打ち切りと同時にそこからも出て行かなければならない。
 里中はすでに妻と死別していた。唯一の肉親は一人娘のサヤカだが、彼女は若手人気俳優の木村祐樹と結婚して二児をもうけ、豪邸に暮らしている。里中には、普通のじいさんに戻って娘のところでも行き、孫と一緒に静かに暮らせればいいのだが、という期待がかすかにあった。
 とりあえず、荷物は娘のところへ。
 ……ただ里中は、その娘にもまだ番組の打ち切りは伝えていない。


 最後の収録を終え、花束を両手に抱えて個室の控え室に戻ったとき、里中新三郎は萎びた老人の顔に戻った。
 これから先のことは強いて考えないようにしていた。何も考えないでいると、そのうち頭の中身まで真っ白になってしまったような気がした。
 突然、付き人がドアを開ける音に驚いて、里中は振り返った。
「先生、娘さんが来ていますけどお通ししますか」
「ああ、そうか」
 里中は嬉しそうに立ち上がった。水戸光圀の扮装のままだった。
「孫も一緒に?」
「いえ、お独りですよ。ところで先生……」
 付き人を兼ねている若い弟子がもぞもぞと口ごもった。 
「何だ?」
「僕のことですが……」
 里中には最後にやらなければならないことがたくさんある。そのひとつが弟子の今後を考えてやることだった。もちろん、それだけは怠りないつもりである。
「『必殺殺し屋稼ぎ人』の緒方先生にお願いしておいた。君にとっては悪くない話だと思うよ」
「緒方先生ですか!」
 弟子の顔色に赤みが差し、見る見る明るくなった。若い者にとって、どういう師匠に付くかは今後の俳優人生を大きく左右する。落ち目の芸能人から早く解放されたいと思うのは当然のことだろう。
 しかし弟子の変節を目の当たりに見るのはあまりいい気持ちではない。
「すぐ通してくれ」
 つい、里中が怒鳴るように命じると、弟子は慌てて部屋を飛び出した。
 入れ替わりにサヤカが入ってきた。芸能人の妻らしく芸能人のように派手な格好をしている。
「やあサヤカ」
 里中の目じりが下がった。
「今プロデューサーの大城さんに詳しいことを聞いて驚いたわ」
「残念だがそういいうことだ」
「長い間お疲れ様でした、お父さん」
「まあ潮時だよ。でも、俳優人生の最後にいい仕事ができてよかったと思っている。しかし久しぶりだなあ。孫はふたりとも元気か。早く顔を見せてくれ」
「これから? ごめんなさい、今うちで大人しく勉強している時間だわ。そんなことより……」
 サヤカの顔は強張っていた。
 俳優というのは人間の表情を詠むことにかけては心理学者並みの能力を持っている。里中は即座に娘の心情が読めてしまった。
 サヤカは明らかに行き場のない老人を迷惑がっている。
 が、彼は表情を変えない。
「私の荷物がお前の家に送られてきたと思うが……」
「ええ、それで飛んできたの。とりあえず荷物は空けずに預かっています。次の住所が決まったら、教えてね。それまでちゃんと責任を持って置いておくから」
「ああ、そうするよ、すまない」
「ゆっくり探すといいわ。なんなら主人にも相談してみようかしら」
「いやいや、お前たちに迷惑をかけるつもりはないよ」
 里中は笑って見せた。この程度の演技は簡単なことである。
「もう帰りなさい。私はこれからまだ一仕事あるんだ」
「そう、今晩は一緒にごはんでもと思ってたのに……」
「ははは、それよりも子供に美味しいものを作ってやることだ。こんな老人に付き合うことはないよ」
 最後は少しばかり皮肉を交えてみたつもりだったが、サヤカは気付きもしないようだった。
 サヤカが部屋を出て行ったあと、里中はさらに何歳も老け込んだように背中を丸めた。なんだか何もかもが嫌になってきた。
 里中の存在が、俳優としても父親としても、世の中から少しずつ忘れ去られていく。
 それは今の彼にとっては死よりも苦しい痛みであり、耐え難い恐怖でもあった。


 重苦しい疲れが波のように襲ってきて、椅子にもたれたまま眠っていたようだ。
 人の呟きのような声に気付いて目が醒めた。
「誰だ」
 里中新三郎は自分でも驚くほどの大声をあげた。自分のその声ではっきりと意識が戻った。
 男が三人、目の前に立っているのがわかった。三人ともサラリーマンのようにきちんとしたスーツを着ている。ただ、どことなく奇妙だった。
 ネクタイの柄が背広に合っていない。というよりも、ネクタイの柄そのものが幾何学模様で、これまでに見たこともない異様なセンスである。ふと、ミステリーサークルのような模様だな、と思った。
 しかしよく見ると、変なのは格好ばかりではない、三人の表情がセルロイドの人形のように無個性なのである。まるで、粘土でも捏ねて造ったようだった。
「君たちは何だ」
 そう穏やかに尋ねると三人はしばらく顔を見合わせていたが、そのうち真中の男が口を開いた。
「私たちはあなたのファンでござる。お会いできて光栄至極」
 変なのは言葉づかいだけではなかった。その口調も機械音のようにキンキンと耳に響いた。
 里中は急に身の危険を感じて身構えた。すると、突然、三人の男たちは土下座を始めたのである。
「水戸様、どうか私たちを助けてください。これこの通りでござる」
「面を上げなされ」
 と、里中の口調も驚きのため奇妙な時代劇調になった。
「ははーっ」
 なぜか礼儀正しい奇人たちは正座したまま、立ちつくす里中を上目遣いに見た。
「あなたの記録映像は、私たちの教材でもありました。私たちは子供の頃からあなたの活躍を見てきたのでござる」
「教材?」
「いかにも。あいや、決してあなたたちに対して悪意があるわけではありませぬ。それどころか、私たちはあなたたちと交友のきっかけを掴むために一生懸命にその方法を模索し続けているのでござる」
 そのとき里中の頭の中で、あるハリウッド映画が思い浮かんだ。人の良い宇宙人がSF映画の俳優を宇宙の英雄と勘違いし、自らの星の危機に助っ人として招待するというベタな話である。
 まさかそれでは……とまで想像は膨らんだが、すぐに頭の中で打ち消した。
 あほらしい。
 ところが、そのあほらしい想像どうりに現実の出来事が進んでいくようでもある。
「あなたのお力をお借りしたいのでござる」
「君たちは、私を誰だと思っているんだね」
「水戸黄門様、世直しの大名であって正義の味方でござる。江戸時代であなたに敵う者は誰一人としていないということも知っております」
 確かに今の里中は水戸黄門である。しかし、それは扮装に過ぎない。
 どうも、頭がおかしい。
 もっとも彼らが本当に例の映画のような宇宙人でなければ、の話だが。
 里中は、とりあえず目の前の現実を理解しようと考えた。
 落ち着いているようでも、番組の打ち切りを契機に起こった一連の変化で気持ちが動転していたのだろう。頭がおかしくなっているのは、自分の方かもしれないと思った。
「ああ、そういうことか」
 里中も芸能界が長い。突然、里中の頭の中に理由がひらめいた。
 もしこれが悪ふざけではないとしたら、落ち目の役者を招待する地方周りの興行師たちに違いない。マネージャーなり事務所なりを通じて営業のアポイントメントを伝えるのが当然のことだが、よほど田舎者なのだろう、芸能人を呼ぶための手順がわかっていないのだ。
 しかし、それは微笑ましいことかもしれない、とさらに里中は考えた。
 今は俗世間から遠く離れ人のいない田舎へ行くのもいい。そこでゆっくりとこれから先のことを決めればいいのだ。もちろん、ギャラのことなど二の次である。これは、娯楽の少ない僻地の老人たちを相手にする慰問興行だ。気楽に水戸光圀を演じて、逆に自分の気持ちが癒されればそれに越したことはないではないか。
「あなたたちのお誘いは、まあ、考えてもいいが……」
「本当でござるか。ありがたき幸せ」
 三人の男たちは、再び顔を見合わせ嬉しそうに微笑んだ。
 というか、微笑んだ顔も何だかぎこちない。やはり、人間離れして見える。
 里中は、ぶるぶると頭を振った。
 いやいや、おかしいのは私のほうだ。現実をありのままに見つめよう。今や私は「ただの落ち目の芸能人」に過ぎないのだから。
 そう考えると、少し気が楽になった。さっそく立ち上がって、男たちに向かって質問をしてみた。
「そこへ行くと、いい温泉がありますか?」 
 とりあえず居場所の見つからない里中は、彼らについていくことにあっさりと了解してしまったのである。


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