型をこよなく重んじるも、嵌ることをめっぽう嫌がる作曲家の日記

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2021.10.04
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カテゴリ: クラシック音楽
ヤクルト1000のCMを見た時のことです。
ピアニストの辻井伸行氏が出演しています。
このCMにはあまりにも考えさせられる要素が多いです。
CMとしては辻井氏のストレス緩和にヤクルトというコンセプトのようです。

「ただ楽譜どおりに弾いただけでは音楽としておもしろくないので、
辻井伸行にしか出せない音楽っていうのを常に探しているので、
自分自身との闘いだと思います。
半端な気持ちでは臨みたくないので、表現を突き詰めたいと思っています。


上記の本人の言葉に続いて ”ストレス緩和、睡眠の質向上” のキャッチコピーが出ます。
まず、「楽譜どおりに弾いただけでは音楽としておもしろくない」件、
ポジティヴに受け取れば、 ”楽譜に書いてあることからさらに自分らしさを表現したい”
ということになると思うのですが、それだけでもない気がしています。

彼は聴いた音から自分の演奏を考えていき、後から楽譜を検証したと推察します。
そして楽譜を隈なくチェックした時に、演奏の細かな部分で想定と違っていたり、
楽譜に書いている内容よりも彼なりにおもしろくできる発想が湧いてくるのでしょう。
そこで、楽譜に自分の発想を付け足して演奏すると解釈できます。

従来のクラシック演奏は楽譜から作曲家の音楽的な意図を読み取り忠実に再現する、
それが演奏への正しいアプローチであり、その中で演奏家の個性を表現することでした。
優秀な演奏家は楽譜どおりに演奏しても、随所に個性的な表現が聴かれることで、
その演奏家しか出せない音楽が聴き手に感銘を与える結果となっていました。

さて、この台詞に話を戻すと、まず、自分の考える世界やスタイルがあるのであれば、
演奏は楽しい作業のはずなのですが、「自分自身との闘いだ」と言っています。
「自分の可能性を常に突き詰めて探している」と一見謙虚な勇姿として見えますが、
そこには彼自身の音楽表現そのものをもっと評価してほしいとも推察されます。

辻井氏の音楽は、淀みのない美しい音で揺るぎない逞しさが特徴かと思われます。
どの演奏を聴いてもその特徴はわかりやすい反面深さや円熟と言える要素は少ないです。
その意味ではまだ若く、嘗ての巨匠の円熟した名演奏には及ばない部分も感じられます。
ただ、彼からはハンディを考慮した賛辞よりも演奏の中身を誇示したいことも感じます。

一方ネガティヴに捉えた場合、 作曲家やピアニストから非難を浴びるかもしれません。
「ただ楽譜どおりに弾いただけでは 音楽 としておもしろくない」ではなく、
「ただ楽譜どおりに弾いただけでは 演奏 としておもしろくない」ならわかるのです。
秀逸な作曲家は楽譜どおりに弾いてもらいたい願望があり、細かな指示を表記します。

いつの時代の音楽であっても表記されていることはそのとおり演奏するのが儀礼で、
書かれていないことについて演奏者に解釈の余地が生まれます。
おもしろくないからと言って作曲者の意思を超えて自分流に変更するというのでは、
今時によく見られる曲の本質が蔑ろにされた変更やカットの多い演奏と同じです。

今や作曲者は多少の音の変更やカットを受け入れて当然のような風潮がありますが、
あくまで考え抜いたうえでの音が書かれている前提を奏者は配慮すべきです。
辻井氏の言葉をネガティヴに受けとめると、作曲家からの反論も考えられますが、
若い演奏者も楽譜は自分のやりたいように変えていいと思うかもしれないのです。

さらに押し進めて考えてみます。 辻井氏はこの台詞をなぜ話したかに戻ります。
それはCMの意図する ストレス緩和 に行き着くお題に応えたものと考えられます。
もちろんもっと長く話した言葉の中からこの4行が切り取られたかもしれません。
いずれにしても接続詞「ので」が1行目と2行目の両方になることから、
推敲された原稿はなく、台本を読んでいるわけでもないと推察されます。

自然体を醸しつつも内容としては曖昧なインタビューが最近多いように思います。
著名人の意外な苦労話と立派なことを言っている雰囲気、そのような編集です。
世の中の編集されている映像はどんなに短いものでも、編集者の演出がなされます。
この場合は、辻井氏をどんなイメージで見せたいかが台詞と相俟って大きいのです。

辻井氏がこの台詞を言わされている痕跡は見当たりませんが、
このCMを見た人が辻井氏をどう感じるかは制作者の責任が少なくないと思います。
視聴者がSNSなどにさまざまな評価を書いても、それは辻井氏が受けることではなく、
まずは制作者が受けることであることを皆が享受しておくべきです。





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最終更新日  2021.10.04 00:48:26
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