2005.10.26
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とんでもない大きな出来事が、それは、世界中を巻き込むような出来事が。

自分にも関係するってなったら、どうする?

きっと、誰だってそんなことは想像しないし、あまりしたくもない想像。

私自身もそうだった。

そうだったけれども。





世界中の研究機関、医療機関、各国の首脳から街の人まで、

「死に至らない病」についての見解を口々にした。

その中にはマスコミのフィルターを通された声もあっただろうけれど。

ある宗教団体に至っては「神の奇跡」だと、この病の患者をあがめたし、

また別の宗教団体は「世界を破滅に導く恐ろしい病」だと畏れた。

単純に言えば、「不老不死」になれてうらやましいって声と、

「不老不死」なんかになりたくないって声に、世界は分かれた。

それでも、口々にそう言う人たちは、自分に関係のないことだから、

そうやって口にすることができるんだろうと、私は冷めた目で画面を見ていた。

「患者」はすでに、報告されただけでも1000人を超えている。

これがこの病の、もっとも不可解な部分なのだけれども。

発症したひとは皆、国も、人種も、生活パターンも、持病も、

年齢や貧富の違いも。

まったくバラバラだった。

集団発症が報告された例もベトナムの1件のみで、

これが感染病だとはまったく考えにくいし、原因さえも分からない。

だから、ある意味「誰でも発症する可能性」は秘めているわけで。

けれども、報道する人間、報道を見る人間のほとんどが、

自分とは無縁のものとして、それを見ているのだろうと私は思った。





だけど、「患者」自身はどうなんだろう。

自分が望む望まざるを別として、発症してしまった患者たちは。

そして、目の前にいる、母は。

母は何も言わなかった。

ただ、目の前にあることだけを静かに受け入れていって、

そう、やっぱりどちらが患者か分からないくらいで。

看護婦を捕まえては世間話の相手にして、あまりにも暇だからと

やったことのない編み物まで始めようとして、

(それはすぐに飽きてしまい、病室のベッドの脇に数冊の入門書と編み棒、

 それに編み掛けの毛糸と毛糸の玉が転がっていたが)

自分の病気をまるで介していないかのように振舞った。





ワイドショーはその朝も「病」の報道。

このまま、この症例が広がって人口の○%がこの症状になったら、

今から○年後に世界の人口がどうこう、と、

コメンテーターが口早にまくし立てる。

だったら、どうしろと?

私は苛立ちを覚えた。

じゃあ、患者は死ねばいいの?

患者を全く人として見ていない気がして。

テレビのスイッチを、切った。

「あんたがそんなに不快を露にするのも珍しいね」

母はそう言って、お母さんのこともよ、と私は心の中で思った。





それは全く突然に起こった。

誰もが予想できていなかった訳じゃない。

けれども、確実にその知らせは、今までの「死に至る病」に対する

世間の考え方を一転させるには十分だったかと思う。





私がワイドショーに不快感を覚えたその日。

「患者」のひとりが自殺した。

不老不死になった自分を嘆くかのような遺書を残して。

彼は、母の次に発症したスイスの青年だった。





確かに、不老不死と言えど、それは何もしなければいつまでも生きているというだけで、

他の病気になれば死ぬ訳だし、怪我をして出血多量になれば勿論死ぬ。

窒息しても、毒を飲んでも死ぬ。

そういう意味では、そんなに死に対する距離は変わってない気もする。

なのに。

誰もがそんな単純なことに気付けないでいた。

と同時に。

その病を誰もが恐れだした。

滑稽なもので、不老不死になりたいと思っていた人があれほどいた筈なのに、

手のひらを返したように「死ねないという恐ろしい病」として、

「死に至らない病」は認識された。

そして、自分が発症することを恐れた。















母は、スイスの青年の報道を聞いて、

発症してから今まで一度も見せたことのない顔を見せた。

いま、思い出しても、ぞっとする。

哀しみなのか、絶望なのか、諦めなのか。

どういう感情か分からないけれども。

私は、その顔に言いようのない不安を覚えたことをはっきりと憶えている。





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Last updated  2005.10.27 23:27:17


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