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2014/07/31
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カテゴリ: 夫の介護 見送り
夫は享年76歳。私は4歳年下でした。
病名は「胆管癌」
どうしても入院したくない、自宅で終わりたいという希望を受けて、主治医と相談しながら最後を迎えました。

それまでの闘病期間は約10年。まだ現役で働いていました。最初は「前立腺癌」手術で摘出後、1年目に膀胱に転移しているのが見つかり、放射線で照射することになりました。それが強すぎたらしく、出血、痛みが止まらなくなり、尿毒症の畏れも出て来たので、腎臓から直接尿を出す手術をうけ、両足の脇に尿袋をぶら下げる生活がはじまり、その姿の儘定年まで働きました。
(大学の教員で72歳定年)

腎臓に負担がかからない食事作りと、尿袋の取り替え始末、が私の役目でした。
それでも、その後2年間は旅行にも行けたし、辛かったでしょうが普通に近い生活をしました。
定期的に検査も続けていました。尿量が減り始めて、何度も入院を勧められたのですが、頑として拒否。

車の運転が好きで腕は完璧でしたので、電車で通院するより自分で運転して行く方が楽だったようです。

亡くなる1年前頃から、性格が変わり、ちょっとしたことに怒鳴り暴力をふるうようになり、病気のせいだとは思うものの、いささか辛い毎日になりました。それでも病院に行くときは私も助手席にのり(運転免許とらなかったので)はらはらしながら付き添って、診察室の中にも一緒に入り、先生の説明をききました。

ある時、検査の結果が出るまでの待ち時間に、夫の横顔を見ましたら、やけに黄色いのです。
黄疸の現れだと直感。そして呼ばれて診察室に入りましたら、先生がおもむろに「腎臓よりも肝臓にきてます」と!

それもとても強い値が出ているというので、急遽自宅に近い病院のMRIを受けに、自分で運転して行きました。
運転しながら、何度も「肝臓?」「見間違いじゃ無いのか」と繰り返す夫の横顔は見るに堪えられませんでした。

結果、肝臓は全滅、その出口の胆管というところに癌が転移していて、余命1ヶ月、治療法無しとのこと。
すぐさまその病院に入院するように言われたのを無理矢理、断って帰宅しました。
癌は最後まで脳がはっきりしています。1ヶ月も保たずに10日目に我が家で臨終を迎えました。私だけが傍にいて、だんだん意識が遠のく間、手を握りしめて、少々きざっぽかったけど、それまでの感謝を伝えられました。
夫のまぶたがびびつと震えて、涙が一筋耳の方に流れたのが、最後でした。ご苦労様、と私は呟きながら、兼ねて打ち合わせ通りに、主治医と救急車に電話、息子と娘にも連絡。私介護は終わりました。












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最終更新日  2014/08/01 05:38:30 AM


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