第12章

疑惑








 “神魔団”との死闘、激闘を終えた戦士たちは、出発した日の夜中に砦へと全員が帰還を果たした。
「そうですか。ムレミックとルフィールがブラッドに……」
 気丈に振舞うレリムだが、彼女自身もヴァリスとの戦いで負傷しており、どうやら肋骨が2本折れているらしい。いつもならば立ってメンバーたちに話をする彼女も、今ばかりは椅子に座っていた。
 彼女だけではない。今日出撃した他のメンバーもそれぞれ満身創痍で、ウォーの左太もも肉離れ、ミュアンの右足首を骨折、ゼロのあばら骨折と、戦闘に関わったメンバーはレイ以外みなぼろぼろだ。だが、それと比較しても生きているだけ立派なのかもしれないが。
 ムレミックとルフィールの犠牲により生還を果たしたロゥとメルシーだったが、普段ならロゥに寄り添っているメルシーがどこか余所余所しい態度でロゥと距離を置いていた。
「こんな言い方はしたくありませんが、こちらとしても“神魔団”のリーロ・オーグをミュアンが撃破し、ゼロとレイによりゴーストを撃破していることを考えれば、今回は痛みわけですね」
 全体的に、少しだけ空気が明るくなる。数だけでみれば、引き分けだが、戦力的に見れば後継者の方が優勢だ。
「では、今日はこれで解散とします。各々傷を癒し、次の戦いに備えてください」
 レリムが立ち上がり、自室へと姿を消す。
 松葉杖を突いて、ミュアンがゼロとレイの方へ寄って来た。
「レイくん、あの、ありがとね」
 普段なら先にゼロに声をかける彼女だが、今回ばかりは事情が違った。それに対しレイはにこっといつも通りの笑みを作る。
「ミュアンちゃんは半分自分で歩いてたやん。そんな負担やなかったで」
 倒れたゼロを担ぎ、上手く歩けないミュアンに肩を貸し、そんな状態でレイは砦まで戻ってきたのだ。
「ま、ゼロがいてくれたから勝てたわけやし、これで貸し借りなしやけどな」
 ゼロはゆっくりと立ち上がり、少しふらついたところをレイに支えられた。
「今ばっかりは、返す言葉もない」
 レイに肩を借り、自由な左手でゼロはミュアンの頭を撫でた。
「無事でよかったよ」
 その言葉に、改めて自分の勝利を実感する。そうだ、自分は“神魔団”の一人を倒したのだ。その事実が、ミュアンの気持ちを高ぶらせた。
「かえろっか」
 にっこり微笑んだミュアンにゼロとレイは頷き、3人は砦を後にした。


「メルシー」
足早に砦から出て行った少女を彼は引きとめた。
「俺、情けなさすぎだな……」
 少女は振り返らない。彼は言葉を続ける。
「でも、次は……。いや、これからは! 絶対に俺の前じゃ誰も死なせない」
 ロゥはそこで一度呼吸を整えた。
「だから、これからも俺の側にいてくれないか?」
 そこで初めて少女は歩く足を止めた。
「絶対だよ?」
「あぁ」
「約束。破ったら許さないかんね!」
 振り向きざまに少女が彼へと飛びつく。彼は彼女をしっかり抱きとめた。
 しばらく抱き合った後、二人は家へと戻っていった。


「しばらくは戦いを控えねばなりませんね」
自室に戻ったレリムは、ダイフォルガーとウォーを前にして話をしていた。普段は気丈な彼女も、流石に疲れきっている。それは、ウォーも同じようだ。
「あぁ。しばらくは情勢を見守るしかないな」
 ウォーも相槌を打つ。
「ま、今日のところは上々の成果だったろう。犠牲を伴ったとはいえ、これで残る“神魔団”の敵は二人だしな。じゃ、俺は先に帰らせてもらうよ」
 ウォーが部屋から出て行く。彼の気配が砦から消えたのを確認してから、レリムが口を開いた。
「ダイフォルガー、少し、泣いてもいいですか?」
 窓の方を向いたまま、彼女は唐突に切り出す。
「天師の、望むままに」
「……ムレミック……ルフィール……すみません……」
 数秒後聞こえたレリムの声は、少し掠れた、涙声だった。




 もう日も変わろうかという時刻に、ミュアンを送り届けたゼロとレイはようやく家に辿り着いた。秋といえども真夜中となればかなり冷え込む。寒さが傷に響くのか、ゼロは足早に家の中へ入った。
「全く自分が情けないよ」
 手早く着替えを済ませ、ベッドに横になったゼロは折れたあばらをさすりながら隣のベドで同じように横になっているレイに話しかけた。
「まぁ、打った背中じゃのおてゴーストの斧に押された柄があばらに食い込んで骨折っていうのは、ゼロとしては情けないやろな」
 レイの言うとおり、ゼロの骨折は言ってしまえば力負けによるものだった。自分でもそれほど筋肉があるわけでもないとは思っているゼロだが、今回ばかりはため息しかでないようだった。
「明日から筋トレするか?」
 レイの皮肉にゼロはむっとした表情を見せる。
「無駄な筋肉は動きを遅くするだけだ。それに、パワーは俺のタイプじゃない」
 拗ねた子どものように転がってレイに背中を向ける。それが可笑しくて堪らないといった風に、レイは笑い声を洩らした。
「たしかにムキムキのゼロは見とおないわ」
「ったく……」
 一通り今日の反省を含めて話をしたあと、二人はどちらともなく寝息をつき始める。
 秋の澄んだ夜空には、満天の星が輝いていた。




 翌日。日課としている朝練を控えたゼロはレイを起こさないように起き、風呂の支度をしたあと朝食を作り、一人で先に済ませ、さらに手早く入浴したあとしのび足で家を出た。
 朝の空気はまだひんやりと澄んでいて、少し肌寒かったがどことなく心地よかった。少し足早に歩を進ませ、目的地へと急ぐ。
 まだそれほど慣れ親しんでいない砦に着き、中に入るとやはりほとんどのメンバーは来ていないようだった。
 少し話がある人を見つけられず、来ているかどうか尋ねようと思ったゼロはレリムの部屋の扉をノックした。
「ダメです」
「は?」
 普段ならば落ち着いた風格のある声で「どうぞ」と返ってくるはずなのだが、今の声はどう考えていても焦りを含んでいた。
「レリム?」
 再び扉を叩く。
「もう少し待ってください。今入ったら、許しません」
 何やらその言葉からただならぬ気配を感じ、微妙にその声に気圧されたゼロは仕方なく彼女が出てくるのを待つことにした。

「全く、何の用ですか?」
 扉から出てきたレリムは少し苛立った様子でゼロを睨んだ。身長こそゼロの方が10センチほど高いが、伊達に“エルフ十天使”に続き“平和の後継者”のリーダーを務め、中央五本指に入る彼女の眼差しは何か鬼気迫るものがあった。
「わ、悪い。その、ウォーさんに会いに来たんだけど」
 視線を動かしながら、機嫌の悪そうなレリムの姿を改めて観察して、ゼロはあることに気付いた。彼女の金髪が濡れていて、頬はまだ少し赤く、目が充血している。
「あ、風呂上りだった、のか?」
 目をそらされ、ゼロはもう少し遅く来ればよかったと後悔した。レイにばれないようにと急いだのだが、レイよりも怒らせてはいけない人の神経を逆撫でしてしまったようだ。西にいた頃、ユフィやセシリアなどは入浴直後だろうと話しかけても笑顔で応えてくれていたが、やはりレリムは言ってしまえば他人に部類される。セットしていない状態を晒すのには抵抗があるのだろう。
 ゼロは叱られている子どものように萎縮した。
「ウォーなら、今は自宅の方へ戻っていますよ」
レリムは変わらずの態度でそう言い放った。
「住宅地の中の一番外れに、他の家と異なった家があります。行けば分かるので、会いたいならばそちらに行きなさい」
 そう言う間もずっと髪を梳かしていたレリムは、そこでようやく普段の表情でゼロと向き合った。やはり、彼女の目は充血していた。
「昨日の今日で、私にも感情というものはあります。貴方が何を望もうと勝手ですが、相手の都合も考えられるようにならねば人の心を掴めませんよ?」
「あ……」
 昨日の戦いで、ムレミックとルフィールが亡くなったのだ。発足以来の仲間を失った彼女が、悲しまないわけがない。目の充血は、寝不足などではなく、泣き腫らした後なのだろう。
「悪い……」
「いえ、分かればいいのです。それと、身体の方も大事にしなくてはなりませんよ? 現状のまま“神魔団”に攻められては、彼らと同等に戦える人さえも失いかねません。早期の回復をお願いします」
 ゼロは小さく頷く。彼女の言う同等に戦える者とは恐らく彼女とウォー、レイ、そして自分だろうと容易に想像がついた。
「怪我を治さなきゃいけないのは同じだろ?」
 ゼロはそう言い残すとウォーの家へ行こうと立ち上がった。
「次回からはタイミングに気をつけるよ」
 後ろ向きに手を振りながら、彼が姿を消す。
 レリムは、小さくため息をついた。


 砦を出発してから中央市場には歩いて15分足らずで辿り着いたが、そこから住宅街まではまだ少し歩かねばならない距離があった。
現在は朝の9時頃。だいたいの店が開店し始めていた。
「あれ? ゼロさんじゃないですか!」
 店にはわき目もふらず歩いているときに、唐突に背後から声をかけられゼロは少し驚いたように振り向いた。
「おはようございます。どうしたんですか? こんな時間に一人で市場に来るなんて」
「あぁ、ゼリューダか」
 レイとミュアンを除けば最もゼロに話しかけに来る後継者の仲間であるゼリューダは、何故かエプロンを着ていた。
「あ! こ、これは実家というか家業というか、砦に行かない日はこうやって家の手伝いをしてるんですよ。そこの喫茶店なんですけど、どうですか?」
 ゼロの視線に気付いた彼は、少し照れた様子で、だがしっかりと店のアピールをした。そんな彼の様子を見て少し微笑ましくなる。
「後で来るよ」
 彼の頭をぽんと叩きゼロはまた歩き始めた。
「そっちの格好の方が似合ってるぞ」
 少し進んだところでゼロは振り返り、臆面もなくそう告げる。
 ゼリューダがまだ何か言いたげだったがゼロは再び歩き出した手を振るだけだった。

 住宅街は、その名の通り中央で生活する者のほとんどが宅を構えている場所である。それは覇権を競う戦士たちも例外ではなく、後継者のメンバーの中にもここに家を構えている者もいる。レイが借りた家だというゼロたちが寝泊りしている場所は、市場の中から外れた場所なのだが。
「外れの、少し変わった家、か……」
 ずらっと立ち並ぶ家々を見て、ゼロは少しため息をついた。とりあえず、外回りに歩けばそれらしい家を見つけられることを期待して、彼は三度歩き始めた。

 30分後。
「これか?」
 確かにその家は他の家とは異なっていた。ほぼすべてが二階建ての建築物に対し、それだけが一階建てで、横に広い。
 意を決し、家の呼び鈴を鳴らした。
「はぁい!」
「お?」
 明らかにウォーの声ではなかった。というよりも、男の声ではない。女の、しかも子どもの声だ。
「どちらさまですかー?」
 扉を開けたのは、ゼロよりも頭一個半は小さい女の子だった。純粋無垢な瞳が、ゼロを見上げていた。
「えっと、ウォーさんはいるかな?」
 その子の視線に合わせ膝を曲げる。元々子ども好きなゼロは出来る限り笑顔を作って話しかけた。どこか、不自然な笑顔だったが。
「ちょっとお待ちくださいね」
 少女が家の中へ振り返る。
「おじさーん!!」
 元気いっぱいの叫び声が響く。
―――おじさん?
 てっきりウォーの子どもだと思ったのだが、よく考えればウォーとこの子は全然似ていない。
「ニーサどうした?」
 右手の部屋から出てきたウォーは、ゼロを見かけるや苦笑した。
「ま、まぁその、なんだ。何もないが、とりあえず上がってくれ」
「……はい」
 ゼロも、苦笑するしかなかった。

 ウォーに案内され家の中へ入ると、そこにはゼロと同じくらいの女の子が一人、さらにまだ十歳前後と思われる子どもが先程の女の子も合わせて男の子が三人、女の子が二人いた。
「お子さんでは、ないですよね?」
 普段のウォーからは想像もできない光景に、ゼロはやはり苦笑するしかなかった。
「俺はまだ独身からな。こいつらはみんな戦いで肉親を失った孤児たちだよ」
―――そうか……。
 ゼロは何か心打たれる気持ちがした。
 先程のゼリューダもそうだったが、戦い以外にも皆にはそれぞれの生活があるのだ。
「こ、こんなものしか出せませんけど。ど、どうぞ」
 椅子に座ってテーブル越しにウォーと向き合って話していると、ゼロと同じくらいの女の子がそっと紅茶を出してくれた。
「あ、どうも」
 小さく頭を下げて礼を言う。彼女は恥ずかしそうにお盆で顔を隠してそのまま後ろ向きに歩いて奥の方へ消えてしまった。どうも、調子が狂いそうだ。
「お前たちも、ちょっと向こうの部屋に行ってなさい。おじさんはこのお兄さんと話があるんだ」
 手際よく子どもたちを部屋から追い出す。東西南北と違い、覇権を争う戦士とはいっても職業戦士ではない。ウォーの素性を知らなければ、気のいい保父にしか見えないだろう。
「で、何の用だ?」
 いったん咳払いをしてからウォーが改めてゼロに質問した。その目は、砦にいるときの目だった。
 少し気圧されるような気はしながらも、ゼロは彼の目を見返した。
「あいつは、レイは……本当に中央の出身じゃないんですか?」
 正直に馬鹿な質問だと思った。
「ふむ……どうしてそう思う?」
 笑われるかと思っていたが、そんなことなくウォーはゼロに問い返した。
「あいつの戦闘力。東西南北の常識からかなり外れています。俺だって伊達に向こうで最強の名を冠していたわけじゃない。昨日の戦いにしたってそうだ。前回は完膚なきまでに負けた相手に対し、互角以上に渡り合って最終的には勝った。正直、はいそうですかとは認められません」
 ゼロはひどく真面目に答えたのだが、ウォーの目が笑っていた。
「君も見かけによらず負けず嫌いだな」
「え?」
 彼の言葉の意味が分からず、情けない声で聞き返す。
「レイ・クラックスは正真正銘、東の出だ。俺がこの足で翁を訪ね、この口で質問し、この耳で聞いたんだ。間違いは無い」
 その答えを聞いても、ゼロは少し釈然としなかった。ウォーの言うとおり、負けず嫌いな節もないわけではない。
 そんなゼロの様子を見て、ウォーは言葉を続けた。
「強いて言うならば、レイも、君と似ているんだよ」
 その言葉にゼロは細い眉をひそめる。まさか、見た目などではないだろう。
「気になるなら、あとは本人に聞いてみるといい。最も、聞ければの話だけどな」
 ウォーが意地の悪い笑いをする。ゼロは苦笑するしかなかった。
聞けるわけがない。聞けるわけがないのだ。聞いてしまったら、レイにからかわれるに決まっているのだから。
「ま、君は早くその怪我を治しなさい。残りの敵はヴァリスとブラッドだ。どちらも中央五本指に入る最強クラス。怪我したまま挑んでも、返り討ちが関の山だぞ」
 直接見たことがあるわけではないが、ゼロは少し気合いを入れなおした。“神魔団”のリーダー、ヴァリス・レアーはレリムとウォーを二人同時に相手に出来る程の猛者で、ブラッド・ダークは今までに十天使の仲間を4人も殺した悪鬼だ。半端な覚悟では、ゼロも簡単に負けてしまうだろう。
「お話し、ありがとうございました」
 ゼロは席から立ち上がり、ウォーに一礼してから部屋を出ようと玄関への扉を開けた。
「わぁ!」
 すると、子どもたち全員が驚いたように声を上げる。
「お邪魔しました」
 代表として最初にドアを開けてくれた女の子の頭を撫で、子どもたちに手を振りながらゼロはウォーの家を後にして行った。
「おじさんおじさん! 今のカッコイイおにーさんはだれ?」
 子どたちがウォーの周りに集まってウォーに尋ねる。子どもに好かれることを意外に思いながら、ウォーは答えを探した。
「まぁ、俺たちの切り札、かな」




 “神魔団”との激戦から1ヶ月と少しくらいが経ち、“平和の後継者”の負傷者たちはミュアン以外はきちんと回復を果たしていた。元々普段から身体を鍛えていることもあり、ウォーは3週間で、レリムとゼロも3週間と少しくらいで完治させていた。ミュアンの負傷は場所が場所なだけにまだ少し時間を要しそうだったが。
「すっかり寂しい景色になってしまったのお」
 ゼロの淹れてくれた紅茶を口に運びながら、レイは窓を見てそう呟いた。紅葉ももはや美しさを失い、半分ほど裸になった木々が寂しさを思わせる。あと1ヶ月足らずで、今年も終わりだ。雪が降るまでまだ2ヶ月ほどあるとはいえ、寂しい季節には変わりない。
「俺が来てもう10ヶ月、か。ところでお前はいつから中央にいるんだ?」
「ムーンの徴兵が始まる頃やさかい、1年と2ヶ月くらい前からやな」
 自分の分の紅茶を淹れ、ゼロは自らもテーブルに腰掛けた。
「なんだかんだ言って、ゼロもそのエプロン板についてきたやん」
 向かい側に座ったゼロの格好を見て、レイがにやにやする。この家にはエプロンが一着しかないためこれを着ているのだが、白く可愛らしいエプロンは、あまり男物には見えない。
「慣れってのは怖いもんだ」
 小さく苦笑して、ゼロはカップに口をつけた。
「そろそろだな……」
 まるで独り言のように呟く。
「ああ、そやな」
 二人の胸には、ある考えが秘められていた。




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