サルデーニャの海と風と

サルデーニャの海と風と

1992年 再会



まあからの手紙はいつも授業中に書いたもので、だいたいが付き合っていた女の子と
うまくいっていない話でいっぱいだった。

しかもほとんど毎回違う名前の女の子の話なので、“女運悪いなあ”
とつくづく思っていた。

しかし私のほうも大して変わらず、付き合っていた人の文句から始まり、
友達との難しい関係、進学のこと、バイトのこと、家族への感情、将来への不安など、
誰に話していいのかわからなかったようなデリケートな問題をつらつらと書き続けた。

こうして知らず知らずのうちに、私とまあは“遠くても近い関係”を築いていったのである。


1992年の9月、まあが日本に来た。

東京の友達の家に長く滞在して、私の実家には一泊した。

新宿駅でまあを友達の竜太から引き取り、横浜へ。
この年の10月からバイトが決まっていた横浜のホテルを一緒に見に行き、
そこから歩いて中華街まで行った。

中華街で入ったレストランで、まあは焼きそばをフォークでくるくる回しながら
“スパゲッティーこうやって食べるんだよ、知ってた?”
と教えてくれた。

日本ではバブル経済に乗って“イタ飯”がはやりまくっていたので
スパゲッティーの食べ方ぐらい知っていたが、
“あっそー、知らなかった”と言ってまあを喜ばせてあげた。

実家では、オペラ大好き、イタリア建築大好きの父と、サッカー気違いの兄に
大歓迎された。
会話はすべて名詞、<バッジョ>、<パバロッティ>、<マリア・カラス>、<ワールドカップ>…
夜の海岸で何時間もおしゃべりに花を咲かせていると、
御用邸見張りの警官に職務質問までされた。


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