できるところから一つずつ

できるところから一つずつ

リトル・サトウ (2012)



夫婦して不妊治療を受けゐると息子が話す夜の電話に

テキサスで家庭を持ちて十余年子なきはやはり寂しいと言ふ

子を持つも持たぬも人は寂しいと言ひさして止む 汝はわれの子

ノーキッズ、ダブルインカム、猫二匹 幸せさうでそれもよいのに

インビトロも視野に入れての治療なり 医療は進みすぎてはゐぬか
           (インビトロ(in-vitro)=体外受精)
『不妊治療はつらくない』といふ本を借り納得せんともう一度読む

悩みつつ二人の出しし結論に母は〈専任心配係〉

 *

「グッドニュース!」半年経ちて子の妻がスカイプ電話にVサインする

「やったね」とハイタッチする真似をして我もスカイプ画面に触れる

予定日はわが誕生日と同じ頃七十一歳違ひのベビー

 *

逢ひに行く 子にも子の妻サリーにもまだ五カ月のその胎児にも

音楽をなりはひとして子は住まふ四千キロの彼方の町に 

幾重にも襞を重ねて広がれり夏なほ雪を被くロッキー

飛行機が高度を下げて眼の下に森の緑と町が見えだす

空港に迎へくれたる子の妻のおなかにもするハグのまねごと

向日葵が黄色い帯のやうに咲く陽炎揺れるハイウエイ沿ひに

どの家もカーテン降ろし静まれり三十九度の昼を遣りつつ

さるすべり庭の三隅を占めて立つ花びら少し芝に散らして

油蝉鳴けど〈セミとり少年〉は一人も見えず ダラスは猛暑

「寒いね」とショールをまとひ子らと行く冷房強きショッピング街

「案ずるよりも産むが易し」と言ひかけて英語が出ずに少し手間取る

ひさびさにパステルカラーの中に立つベビー用品専門店で

ベビーカー、ベビーベッドにカーシート凱旋軍のやうに買ひ込む

グリーンの幌のかかれるベビーカー猫が早速昼寝に使ふ

五ケ月の胎児の動画DVD夜(よ)のもてなしに見せて貰へり

闇深き母体の中の小宇宙エコー画像が確と捉へる

「心臓モ手足モ異常アリマセン。黄疸検査モ無事済ミマシタ」

足の裏がはつきり白く見えてをりくすぐりたくなる小さき右足

もぞもぞと蹴りて動きて男の児「そこでしつかり育っておいで」

「Little(リトル) Sato(サトウ) 」とママがおなかに呼びかける 真(まこと)に小(ち)さきちひさきサトウ


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次点にしていただいた。
この時の受賞は、斉藤梢さん。 被災地からの迫力のある一連。

私のは三位。
「二位からは大分差がありますが・・・」という評。

奥村晃作・木畑紀子さんが推薦してくださったが、奥村さんからは、個人的に最初の方は無い方が、焦点がしっかりした」という評をいただいた。


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