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明日から29日まで、テキサスにいる次男とその妻と六歳の息子がやってくる。息子については、親子心としては「帰ってくる」と書きたいところだが、妻子ある一人前の男性に、「帰ってくる」などというのは、語弊があるだろうし、「帰郷」というには、彼にとって、ふるさとは東京なのか、バンクーバーなのかよくわからない。本人も、バンクーバーが「行く」ところなのか「帰る」ところなのかは、微妙なところだろう。その妻や子に至っては、「行くところ」であるのに間違いはないけれども・・・とか、理屈を言いつつ、あれも、これも と話したいこと、食べさせたいものなどを考えながら・・・ しかし、14日から、なぜか背中が痛くて、姿勢を変えるにもつらい状態で、それが、薬のおかげでやっとでおさまったばかりなので、何よりの準備は、その痛みが、彼らの来ている間に再発しないようにすること・・と割り切って、心しずめに、7月7日に行った新渡戸ガーデンの八橋とかきつばたを思いながら、伊勢物語を書いてみる。高校時代の補習授業で初めて接したこの文章だが、十六歳の私は「まあ、こんなに都を離れるのが寂しいんだったら、別に東下りなんかしなくてもいいんじゃないの?」と思い、また、ことごとに涙を流しているらしいのも、なんだか情けないと内心思ったのだが、そうもいっていられないので、次々を指名されて答えなくてはならない品詞分解さえできればよいような読み方をしてしまったのが、もったいなかったなあ・・とは思うのだけれども、基本的な感慨は今も変わらない。自分で、都にいてもしかたがないと思って出てきておいて、なんで、そんなになくのだろう。夫の仕事がバンクーバーになったからといって、無条件でついてきてしまった自分が、日本をなつかしがったりするのも、他人から見れば、この旅人ご一行さまのようなものなのだろうと、ちょっと反省。自分の姿の都合の悪いところは、なかなか自分では見えないと実感しつつ・・・「むかしをとこありけり」
July 23, 2018
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カナダのBC州あたりでは、合歓は珍しい。それなにの、公園に植えられた苗も、枯らしてしまっては、植えなおすこと、数年。とうとう、一昨年から試みはあきらめられたらしい。ゴルフ場に近い住宅地にあった大きな合歓も、家が売られたと同時に切られてしまい、また、うちの近所にあった私の背丈くらいの合歓も、土地の再開発でなくなってしまって・・・・・・と思っていたら、散歩の折に、わりと近いところに、立派な合歓が花を咲かせているのに気が付いた。個人のお宅だったら写真はとれないのだけれども、住宅地の入り口にある共有地だったので、失礼して写真を撮らせていただいた。きっと、今頃、植物園の合歓が咲いている頃だ。盛りがすぎてしまわないうちに、行ってこよう!!!
July 19, 2018
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日本のテレビで、「フランスで日本料理がたくさんあって、繁盛している」という趣旨の放送をしていた。そう、カナダでも、日本料理はかなりの人気。Sushi と言われて、知らない人はめったにいないと思う。しかしまあ・・・ もし、料理がちゃんとしていても、看板がちゃんとしていないと、料理までどんなものかと思われて、とても入る気がしない。たとえば、この看板!「これではおかしい」と、店の人が誰も気が付いていないのか、気づいているけれども、費用がかかるから直さないのか、また、「いやあねえ」と思っていても、わざわざ注意しに店に入る気がしないのか・・・とにかく、これで営業が成立しているから、お客の方も、どうでもよいのだろうし、私の住む街の日本料理は、こんな程度のものと思われても仕方がないし、実際、そういう手探りなのだろう。もっと恐ろしいのは、私も、自分の知らない文字で何かを書写するとしたら、こういう類の間違いをするかもしれないということだ。ハングルとか、キリム文字とか、インドの文字とか・・・
July 13, 2018
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BC Super Week の自転車レースを、また見に行く。駐車場がいっぱいになってしまうと面倒なので、応援に行くのは、公共交通機関でいけるところだけと決めて、今日の ガスタウンのレースを見に来た。定められて、交通規制をしているサーキットを何回も回るレースなので、スタートに近い歩道に立つ。このレースは、交通の便のよいせいか、バンクーバーでは歴史のながいレースだという。(日本の某大学のチームも参加していた。)レールは、夕方の5時半開始で、youth, women, men の順に行われる。今回は、DELTAのレースよりも、YOUTH部門の参加者は多いが、何回か回ってくるうちに、選手たちの様子もわかってきて、熱が入ってくる。目的はもちろん、孫の応援だけれども、自転車レースを詠んだ歌はあまり多くないように思うので、ここらで、何首かの種が拾えれば、もうけものというもの。1600年も、人々が詠んできたのだから、同じような題材を詠むのではなく、題材を広く求めるのも、方法の一つ・・・と、これは、主婦なのに、夕方から遊びに出ることへの弁解。
July 11, 2018
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暑いなあ・・・と思いながらゴルフをしていたら、いつのまにか雲が増えて、太陽が雲の影に入ったとたんに、すっと涼しくなった。Oh、circle rainbow ! と誰かが言ったので、思わず太陽の方をみそうになったが、サングラスをしていても、やはりまぶしくて見られないので、これは見ない方がよいと思い、そっぽを向いて、デジカメを太陽の方向と思われる方に向けて、何枚か写真をとったら、こんな写真がとれた。空気中の水分が増えてきたから、明日あたり雨が降るかな・・・? と言ったら、それは希望的観測にすぎず、この晴れの記録はまだ当分続くそうだと、スマホを見た人に言われた。ま、いいか! 夏が夏らしいのはしかたがない。
July 8, 2018
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午前中のお茶会の後、一休みしてから、自転車レースの応援に行った。この二年ほど、孫が自転車競技にはまっていて、今月はBC Super week と名付けてたくさんあるレースに、50ドル出すといくつでても参加費は同じということで、できるだけたくさん出ようと思っているらしい。私も、今シリーズは、二回、見に行く予定にしている。で、今日は、Tour de Delta という、田舎町だが、町の平たんなコースを何周もするレース。最初に、小さな子供たちが、三輪車やら、小さい自転車に乗ってひとまわりしたあとは、YOUTHの番。⒔歳から16歳くらいだろうか?うちの孫もそこに参加する。(http://tourdedelta.ca/race-details/mk-delta-criterium/)Youth Division の参加者は、あまり多くないが、それぞれのクラブで訓練を受けている結果を出そうと、真剣!こんな場面やこんな場面やこんな場面があったあとで、汗のおさまったところで、表彰式。今日は、作戦がうまく行き、最後にハラハラするほどのアタックをかけて、二位に入ってバンザイしている。そして、それからmen division が始まる。
July 7, 2018
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ご縁があって、裏千家のお茶の先生から、七夕の茶事にお招きいただいた。最近、足の親指の関節がおかしくて、和室での立ち居がちゃんとできないし、正座もしばらくしていないので迷ったのだが、「かまいませんよ」とやさしくおっしゃっていただいたので、思い切ってお言葉に甘えた。場所は、ブリティッシュ・コロンビア大学の構内にある新渡戸稲造記念公園の本式のお茶室。前回、ここでお茶席に招いていただいたのは、もう三十年も昔の端午の節句だったような・・・。気持ちの切り替えがうまくいくように、早目に到着して、回遊式庭園をひとめぐり。八つ橋のかかった池に、かきつばたが美しい。(八つ橋には、魔除けの意味があるそうだ。 なんでも、悪魔はまっすぐにしか進めないので、こういうまがった橋にしておけば、悪魔がわたってこられないのだとか。)主菓子は、葛でできた天の川を思わせる涼し気なお菓子。小さな金箔を振って、星に見たててあって美しい・・。一門の方のお手製だそうだ。お作法とおりに、ご亭主に声をかけていただいたときに戴き始めてしまったので、写真はとりそこねた。お干菓子は、星と短冊。お懐紙はもっていったのだが、お心遣いで、それぞれがお皿も、黒文字の楊枝も配っていただいた。お作法はお作法として、初めての方もいるようだったら、そのようにちゃんと心をつかってくださるのが、ありがたいなあと感心。主茶碗は、ふつうだと上のひらいた夏茶碗を使う時期だが、今の天皇陛下の在位中では最後の七夕ということで、白樺の「おしるし」が描かれ、菊の御門のついたお茶碗を特別に出していただいてあった。また、数茶碗の方は、風鈴などがえがかれたガラスの茶碗。私はガラスのお茶碗は初めてみたが、正倉院の御物にも玻璃椀、瑠璃椀 があるのだから、考えてみれば不思議はない。拝見など、本来は、正客からお願いしなくてはいけないのに、作法を知らない、あるいは忘れまくっている私たちのために、それとなく先生が、英語と日本語で説明してくださる。なごやかに、くつろいだ雰囲気の中で拝見できて、本当にありがたかった。お床には、「天の川」の字がかかり、お花のかわりに、短冊のついた笹竹があって、まったく臨機応変。終わってから、木戸の外でお客を送り出してお話をしていらっしゃる先生の姿が、「絵になるなあ」と思った。で・・・ のちほど、「七月七日の七首」を仕上げたのだけれども、これはコスモスに投稿したので、ここにUPするのは控える。もちろん、お茶の作法を知った方同士が、なめらかに進行していうお茶時もよいけれども、こうして、それとなく教えていただきながら、和やかにお茶を戴くのも、本当の意味のお茶会だと思わされるよいお席だった。
July 7, 2018
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カナダの建国記念日。今年で、カナダは151歳になる。日本の近代国家としての誕生、明治維新も、1868年でカナダの建国と同じ年だ。毎年のことだが、この日は、ふつうの神経をもっている人なら、国旗の色の赤と白の服を着る。ゴルフ仲間も同じことで、赤と白の服を来て表れて、Happy Canada Day !
July 1, 2018
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コスモスの大先輩、山口昭子さんの「昭和挽歌」を読み終わった。お謡いの「吉野天人」を、ベージュの地に白字であしらった、おしゃれなカバー。昭子さんが指定されたのだろうか。さすが、「短歌を詠むには、短歌以外にも趣味を持つと、歌が深まる」と教えてくださった山口さんの歌集の雰囲気をまず味合わせてくれる好ましい装丁で、そういうところも、おそらく他人任せにはなさらなかったであろう本の制作過程がうかがわれた。いろいろ書きたいことがあるが、それは作者にお送りしたので、ここでは、私が好きな20首を抽出して、感想とするが、中でも一番好きだったのは、刻まれしブルーの星を飲むやうに江戸切子にて冷酒いただくここにも人生の達人がいらしたとかんじさせられる、おしゃれな一首だと思った。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・山口昭子歌集『昭和挽歌』より 二十首選 釦彫る無想の時間窓の外を桜花びらきらめきて降る 血の中に栄養がしみてゆく如きおいしい歌にあひし幸せ 昼灯しさいさいと釦彫る室の玻璃鳴らし過ぐ雪を呼ぶ風 老い屈み歩めぬ姑が遺したる白足袋百足真新しきを 乾きても夫のにほひの残りゐる木綿のシャツをぱしぱし畳む 十六夜の月の光が座り居りわたしのゐない仕事場の椅子 はなびらを綴りし如く自在なり片仮名書きの世阿弥直筆本 つきつめてもの思ふときいつかわれ眼鏡を外し透明になる 刻まれしブルーの星を飲むやうに江戸切子にて冷酒いただく あめつちを繋ぐがごとし金色の同じ速度に降りくる銀杏 ぎいーつと八十歳の身を起こし旨き朝餉を夫につくらむ 粗大ゴミに出すべく磨く彫刻機油注しありがたうのリボンを結ぶ 残されし時間しつかり歩くため人工関節手術を受けむ 転倒留意体重維持杖使用療養計画書もらひ退院す 金星が三日月の環(わ)に近づきて言交はしたりあたり煌めく 点滴も薬も拒否し水のみの自然死えらびし夫を諾はむ 東京の底ひを走る大江戸線ゆく先は杳き過去かもしれず 「運命」の最終楽章終りさうで終らぬひくき弦のたゆたひ 萩焼の手づれの茶碗に茶を供ふささいなことで喧嘩もしました 独りして生きてゆけるかと笑みうかべ病む夫問ひき暑き夏の日
June 30, 2018
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NTTの無料オンライン講座 gacco.org に、江戸時代の狂歌の「組織」というか、日々の研鑽の方法ついて出てきたのだが、それが現在の短歌や俳句の組織や勉強方法とそっくりなので、びっくりした。例えば、今の短歌の場合、全国規模の「結社」(この名前、少々物騒だが、いつの間にか慣れた)が、それぞれの中心人物の考え方に賛同するものによって作られている。私の所属結社「コスモス」は、宮柊二が創設した結社で、各地に支部や勉強会があり、それぞれのところで歌会をやっている。 そして全会員が、本部に毎月作品を出して、選者が選んだものが「コスモス」誌に掲載されて、会員のところに送られてきて、会員はそれを見て、さらに勉強をするという仕組みだが、江戸時代の狂歌の場合、「側」(そく)が、この「結社」の役割をしているらしい。で、その下部組織に「連」があり、月例狂歌会を持ち、判者によるコメントが「披講」されたり、連をとおしたり、作者が直接だってりで、作品を「側」に送ると、入選作品が印刷されて、「月次集」として配布される。たとえば、吉原の遊女たちも、たいへんな勉強家で、「四方側「」の下部組織の「新吉原連」に所属していて、毎月、狂歌作りに精を出していた。そこでは、月次評価会が開かれ、評価会の結果などをまとめた作品集も出された。天保5年(1834)の「月次狂歌合」の成果をまとめた『俳諧歌世継百首』は、現在、東京都立中央図書館に「東京誌料(しりょう)」の名のもとに所蔵されるものと、長野県飯田市の飯田図書館に所蔵されるもの、九州大学附属図書館と、高橋所蔵本の四部の所蔵先が確認されています。と講義に出てきたが、今度の帰国では、ぜひ、東京で見られるものだけでも見たいと思う。この本の末尾には、「甲乙録」があり、そこに評価の結果がでているというのも、興味深い。各巻に月日に加えた「披講」とは「開巻」の際の行事で、おおむね10日程前に提出期限を迎えた作品が公開の場で開かれ点数を付けられ「講評」が付け加えられたこと、を意味します。と話が進んでくると、バンクーバーの短歌会が、記録をとって、東京の松尾祥子先生(コスモスでは選者だけれども、狂歌風に言えば判者)にコメントを付けたものを返送しているのと変わっていない。「披講の前に出された作品を批評の対象にする」とか、も同じだし、私が「コスモス」に毎月作品を送ると、コスモスの選者が選をして、よい作品を選んだり、多少の添削を加えたりして、コスモス誌に載せ、その雑誌が会員に送られてきて、「あら、特選だった」とか喜んだりするのとおなじようなものだ。(特選になっても、浮世絵で挿絵をつけていただけるわけではないけれども、結社賞受賞者の方々は、表紙の原画などをいただいているし。)遊女というと、無縁の人々のように思っていたけれども、今にうけつがれているこういう面もあったのかと、びっくりした。
June 30, 2018
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先ごろ行われた、高校同期会に際してよせられた、同級生の「近況報告」の一覧が届いた。「How are you?」の心境で、ついつい、他の用事に優先して読んでしまったら・・・ なんと、まあ、足腰に問題がある人の多いこと!実は、私も、二週間ほど前、ドクターに定期健診に行ったときに、「背中から腰にかけてとても痛いときがあるけれども、どこか悪いのではないでしょうか?」(以前、胃潰瘍をしたときに、そういう症状が出たことがあったので、今回ももしかしたら、胃が悪いのではないか? とか、ひそかに疑っていた。)と、質問したら、"Natural wear" (「年相応の症状ですよ」とでも訳そうか?)と、笑いとばされてしまい、「ま、それはそうだけれども・・・・」と思ったことがあった。でも、今回、みなさんの「近況報告」を見てから考えてみると、きっと、ドクターは、次から次へと高齢者患者に同じようなことを言われて、もう、うんざりしていたのだろう。まだ自分が老人になった経験のないドクターから、"Natural wear" という返答があっても、しかたがないなあ・・・。
June 27, 2018
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人を待ちながら、タブレットで漢字パズルをやっていたら、最後に 不□文字 が残り、□に入れる字の候補側には、「立」しか残っていなかった。でも、意味を知らなかったので、検索すると、以下のような解説にであった。水上勉が文章上に使っているのが用例にでているから、実際に使われることばなのだろうが、初めて出会った。知ってみれば、日本文化によく似合う言葉だ。(禅が日本の発祥でないにしても)そして、とかく文字でみなければ信用できない私としては、耳が痛い言葉でもある。更に言えば、夫の両親も、私の両親も姉も、禅宗のお寺の墓地に眠っているのに、このくらいの知識はあった方がいいなあ・・・と思った。今回はたまたまパズルでであったが、こういう言葉に感心するのだったら、たまには禅の本を読んだ方がよい時期にきているのかもしれない。(でも、これはカナダでは通じない。思ったことをはっきり文字にするなり、声に出して言うなりしないと、「何を思っているかわからない、不気味な人物になってしまう)パズルをする言い訳のようだが、こういう収穫もある。案外、パズルを作った人は、苦し紛れだったりして。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・不立文字とは。意味や解説。悟りは文字や言葉によることなく、修行を積んで、心から心へ伝えるものだということ。悟りは言葉で表せるものではないから、言葉や文字にとらわれてはいけないということ。 禅宗の基本的立場を示した葉で表せるものではないから、言葉や文字にとらわれてはいけないということ。▽禅宗の基本的立場を示した語。「文字もんじを立たてず」と訓読する。不立文字の用例 加えていえば、そんな生活にあけくれつつも、己れは不立文字の禅境を説くに、いくたの文をなした。不立文字の類義語 以心伝心(いしんでんしん)、教外別伝(きょうげべつでん)、 拈華微笑(ねんげみしょう)
June 25, 2018
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Grade 7 を明日で終わる孫が、「明日が通知表が渡される日」だという。そこまでは、私や私の子供たちの頃の言葉とかわらないのが、その続きがさすが21世紀。「受け取る前から、内容はもうわかってる。 だって、今回から、学校のホームページにログインすれば、もう昨日から見られるようになっているんだよ」という!ふーん・・・。そうなんだ! なるほど・・・。じゃ、いっそ、紙の通知表はいらないんじゃないの?と思ったが、そうもいかないらしい。で、「成績は?」と聞いてみたら、一番悪いのは、先生とうまくいかなかった科学で、70%から上がBなのに、ぎりぎり70%のB だと、本人が笑いだす。「おいおい、よかったねえ」と私も一緒に笑う。で、よかったのは? と聞いてたら、体育で96%。クラスで一番だったという。小・中・高を通じて、体育はいつもダメ以下にダメだった私としては、それを聞いて大喜び。「すごい、すごい!」と大騒ぎしたら、本人曰く、「でも、ママは、体育でよい成績でも、そんなの大事な科目じゃないと言っていた」という。そりゃあ・・・ 水泳が大得意だし、マラソンも、今でも走るようなママさんにとっては、体育が一番なんて、普通のことなんだろうな・・・。(孫が体育の成績がよかったのは、ママさんの遺伝だ。まちがいなく)でも、私にしてみれば、同じく体操がだめだった母に、「あなたの曾孫が、体育で一番だったのよ」と仏壇の前でお経の代わりに言いたい心境。それに、あんまり私が体育がだめだったので、もと軍人だった父が「おまえには、おれの遺伝だってあるんだから、もう少し体育ができてもいいはずだぞ・・・」と、ぼそっと言ったのも思い出し、こちらにもまた、「あなたの曾孫が体育で、クラス一番でした」と言いたい気分。今でも付き合いのある、私の体育苦闘時代の友人にも、「孫が体育で暮らす一番になった」とメールしてしまった。ああ、これで体育ダメ遺伝子も、三代かけて、とうとう淘汰されたかなあ?
June 21, 2018
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友人が紹介してくれた、バンクーバー市内の治療師さんところに行ったのが19日。用心して、電車とバスをのりついて、自分の車で行けば20分のところを、50分もかけて行ったのが正解。治療後は、頭も体もぼーっとしていて、車の運転をしていたら、事故はおこさないまでも、どこかちょっと摺るくらいなことをしていたかもしれない。バスの低いステップを上るのはともかく、降りるときに、膝の感覚がしっかりしていなくて、とても怖かった。その日の帰宅後は、身体がだるくていてもたってもいられない感じで、気がつくとすぐ眠っていた。後で考えると、タクシーを呼んで帰ればよかったのに、どうして、出かける前に電話番号を調べて行かなかったのかと思うが、そこが普通でなかったのだろう、やはり。(次回に備えて、夜になって、バンクーバーのタクシーの番号をしらべて、ケータイに入れた。)20日になったらすっきりするかと思ったが、痛みはとれたものの、自分の体が、地上1フィートくらいなところに浮んだままのような感じがして、ふらふらとたよりなく、行動がスロー。ものを読んでも頭にはいらない。(ぼけたラ、こういうもどかしさを感じるのであろうと想像)治療師さんを紹介してくれた友人が心配して「どうしてる?」とメールをくれたので、正直に書いたら、”I call that feeling “spacey”. ”だそうで、彼女も、以前に、針治療を受けたとき、そういう状態になったと返事が来た。「そうか、spacey か・・・。space が入っているから、宇宙の無重力状態のような感じを言うのかな?」と思ったので、早速、オックスフォード英英を引いてみたら、spacey そのものには、説明がなく、 spaced-out と同義とある。では、spaced-out は・・・というと、 informalな形容詞としてnot completely conscious of what is happening around you, often because of taking drugsとある。ドラッグのお世話になったことはないけれども、そうなのか、ドラッグってこういう感じなのか・・・。 いやだわ、こんなチンタラした状態!それにしても、別に宇宙にいるような、無重力感覚だという記述はなかったので、SPACEから宇宙を想像したのは、間違いだったかな?たしかに、今の状態では「宙返り何度もできる無重力」というわけにはいかない。夕方、夫の迎えにちょっと運転をしたが、その緊張がよかったらしく、その後は、少しちゃんとしてきた・・・と、自分ではおもうのだが、スローな感じはぬぐえないので、あと数日は、運転を控えておこうと思った。今日は、家にいることに決め込んで、たまった書き物などをやろうと思ったが、そうもいかず、なんだかぼんやりとすごしてしまった。いまになって考えると、spacey は、宇宙の無重力状態にいる時の感覚よりも、宇宙飛行から帰って、宇宙船から出てきたときの宇宙飛行士の状況に似ているのではないだろうか。宇宙飛行士が、帰還後、抱きかかえられるようにしていたニュース映画を何度も見たことがあるのを思い出した。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・後日談spacey な状態は、二日ほどで終わり、三日目からはふつうに生活。歩くのはよいことだが、ゴルフのスウイングは考え物だと言われていたので、ゴルフ仲間の後をついて、ゴルフ場を歩くこと三回。6月26日に、おそるおそるハーフだけ打ってみたら、終了後も問題なかった。ショットは、怖くて体の回転ができなかったにもかかわらず、アタリは普段よりもよいくらい。たぶん、ナイスショットをしようとかいう欲がなかったのが、よかったのではないかという説が優勢。
June 21, 2018
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息子の家に一週間ほどホームステイしていたフランス人の高校生二人と、うちの孫の話を漏れ聞いて、わからなかった「poutine」というものを、一度食べてみたいと思っていたのだが、料理の本をみても、なかなかピンとこない。孫が作ってくれると約束してくれたのだが、なかなかお互いの予定があわず、かなわないでいたのだが、今日は、たまたま 庭隅に作らせてもらっている畑の手入れをしていたときに、孫がかえってきたので、「Poutine を買いにつれて行ってよ」と頼んでみた。カロリーの高い、ジャンクフードなのに、しょうがないオバアチャンだけれども、そこは、ママさんも理解してくれて、孫とつれだって、コーナーストアに買いにいき、ママさんと三人でたべた。とても一人ではたべきれるものではない。簡単に言えば、ポテトチップスの上に、チーズをかけて、オーブンでやいたものだけれども、プレインのものが今日は売り切れていたので、鶏肉がちょっと入っている。これは、カナダの東部から広まったもので、いわば、日本食で言えば、「チャーハン」とか「豚汁」とかいう感じで、あまった材料を集めてオーブンで焼いたふつうの家庭の普段の料理だけれども、観光客が喜ぶので、最近では、祭りの屋台だとか、空港のフッドフェアなどで手軽に食べられるのだと、これは孫の解説。かといって、レストランで食べられるようなものでもないし、西部のバンクーバーなどには、1990年代になってから入ってきたのだというから、私の子育て時代にはまだはやっていなくて、ながくカナダにいても、知らなかったのだろう。ふだんなら「そんなジャンクフードを食べたがるんじゃありません!」というのが、親なり祖母の役目なのだろうが、ママさんも大目に見てくれた。
June 14, 2018
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短歌会でお会いしたときに、ガーデナーのAさんから、鉢植えに仕立てた萩をいただいた。苗からそだてて、鉢に移せるまでに育て、「今は、まだこの鉢にうつしたばかりで、苗も落ち着いていないから、しばらくそっとしておいて、秋ころになったら、もっと大きい鉢に移してやってください」とのこと。萩をベランダで育てるなんて、できない相談だと思っていたので、鉢仕立てにしていただくと、とても楽しい。今年のお月見が、もう楽しみになってくる。ところで、支柱 兼 持ち手の木枠(?)に、なにやら結びつけてある。「もしや?」と思ったとおり、半紙を縦長に折ったもの。ひろげてみると、短歌一首、墨書してある。昨年、水引草をいただいた時にも、歌がついていた記憶がある。(一年後、すっかりあたらしくなって、元気に葉を拡げています。)なかなか思うようには書けないけれども、たまに墨書の歌の交換も、なにやら優雅でよろしい・・・というわけで、私も、一首詠んで、お返事。返事の方は、写真を撮らないで出してしまったので、控えがないのが、幸いといえば幸い。だが、ついつい、書きやすい字を選んでしまうので、短歌としてはどうかな・・・という作品になってしまった気がする。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・書家は、短歌を書くときに、視覚を重んじるので、勝手に同音の違う字を使ったり、ひらがなを漢字に替えたり、行を好きなように替えて許されるそうだ。以前、ある書家の先生が、当地の大学で展示会をなさったときに、啄木の歌を二行書きにして出品されていたのが納得が行かなくて、私の書道の先生に伺ってみたら、それは「書」としては許されると教わった。啄木は、いい加減な意味で三行にしたのではないので、あれはもう三行書きでなくてはいけないというのは、あくまでも歌人からみた場合の意見で、書家としては、「私の勝手でしょ」ということらしい。「それなら、自分の歌を、自分でいじる分には納得が行くわけだから、自分の歌を自分で書くようにしたい。」と、これも書の先生に言ったら、「それは、一つの完成形だな。」と言われて、まだ若かった私は、無謀にもそれを目指したのだが、今度は、「この歌はこういう字で書いてほしい」というイメ―ジに近い字が、書けない。自分の字だから仕方がないけれども・・・つまるところ、自分の中の短歌愛好家と書愛好家が、おたがいに相手を非難して、うちなる喧嘩ばかりしてしまい、一生かかっても、目標が達成できそうもない。そのうち、65年も教えをうけた書の先生は、故人になってしまわれた。今ごろ、「できるもんならやってみろ」笑っていらっしゃるのかもしれない。
June 8, 2018
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ゴルフ場のクラブハウスのテラスで夫を待っていたら、となりのテーブルに50代から60代くらいの四人連れの男性ががやってきて、・・・おしゃべりを始めて・・・しばらくすると、急に、夫の名前が聞こえてきた。「おっ!」と、聞こえてくるままにしていると、"He is just an old man.""Yes, he is at least eighty"なんて言葉が聞こえてくる。「そうだよ。80歳だよ。でも、それだけじゃあ、そんな口調で言われる筋合いはない。口の悪い夫のことだから、きっと何かやらかしたんだろうな」と、私としては、親のような気分。で、引き続き、あれこれ、言いたい放題の悪口が聞こえてくるうちに、なんだか席を立ちにくくなってしまったら、そこへ「待ち合わせをしていた夫」がやってきて、彼ら(私にではなく)に声をかけた。すると、なんと!悪口放題を言っていた男性たちが、表情ばかりか声まで変えて、ニコニコと立ち上がって、「一緒に飲まないか」などと誘っている。この豹変が、まるでテレビのドラマでも見ているようで、むしろ、面白い。夫は、あの笑顔につられて、「若い人たちにいつも誘われる」とか言って、ドクターストップがかかっているお酒を飲んでくるのだな! ショウモナイ。・・・と、夫が彼らと和やか風に談笑しているうちに、そっと席を離れた。(考えてみると、私もいやなヤツだ)運転手として迎えにきていた私が待っていることを言いそびれて、夫が、社交辞令で誘われたのも気づかづに飲んでくるという場面も、今までないわけではなかったので、「10分待ったら、一人で帰ってしまおう」と、ビルにサインを済ませて駐車場に出る。待つこと約5分。事情に気がついていたらしい親しいウエイトレスさんに、”Noriko is waiting for you”と言われた夫が「いやあ、ひきとめられちゃって」とでてきた。さて、その後、男性版井戸端会議がどのように展開したやら。そして、こういう場合は、私はどう行動するのが、正解だったのだろう??悪口をさんざん言ったあとで、「妻だ」と紹介されたら、彼らだって具合がわるいだろうし・・・。この話、登場人物の中で、一番賢かったのは、二十代のウエイトレスさんだったように思われる。
June 3, 2018
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今日のテレビ ニュースで何度も繰り返し放送されている動画。パリのアパートのベランダの手すりから、どういうわけか落ちそうになっている幼児を、隣の人が、ベランダの仕切りごしに手を伸ばして、支えているところを、たまたま下にいた青年がみて、ベランダを一つずつ昇って(すばらしいスピードで)、その子の左腕をひょいとつかんでベランダの内側に収容して救助した。何度見せられても感動的。スパイダーマンと呼ばれたこの青年については、https://www.nytimes.com/2018/05/28/world/europe/paris-migrant-hero-spiderman.htmlに出ているが、とっさにこれだけのことが出来てしまう人だから、当然といえば当然ながら、筋肉隆々とした鍛えぬいた青年で、その体にふさわしい心が発揮されたのだと思う。フランスの首相がさっそくに、市民権が得られるようにし、消防士としての仕事も得られるようになったのだから、「情けは他人のためならず」の格言を地に行く話。このように、即座に動ける政府というのもすごい。(msn ca より)それは、もちろん美談なのだけれども、四階や五階のベランダに、道具も使わず、あんなに簡単に余裕を持って登れてしまう人がいるということを、もっと私は意識しているべきだったと反省した。わが家は11階だけれども、三階までは駐車場になっていて、その屋根が庭園になっているので、実際には、8階のようなもの。ベランダ側は、ガラス戸になっているが、まさか、そこからは誰も入ってこないだろうと思って、昨日までは、ちょっとくらいの外出のときは、(冬は別として)鳥が入ってこられない程度にすきまを開けて、もちろん、鍵もかけないで出かけていた。でも・・・実は、人が、こんなに簡単に登れて室内に入れるのだとすると・・・ それはいかにも不用心。というわけで、今日からは、ベランダの戸にも、きちんと施錠をしていくことにした。私のような行動には、「羹に懲りて膾(なます)を吹く」という格言もあったけれども、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」という格言もあるなあ・・・。
May 28, 2018
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日本語の「パワハラ」という言葉あが、22日のニューヨークタイムズの記事で使われていた。日大VS関西学院の試合中の、違反タックルの話と言えば、日本のニュースでは何度も何度も繰り返されているから、日本中で知らない人はいないとは思ったが・・・・スポーツの問題としてよりも、カルチャーの問題として取り上げられているのが、むしろ、おそろしい。(以下、New York Times 5月22日記事より、引用)The Football Hit Felt All Over JapanTOKYO — The violent hit to the defenseless quarterback came from behind, after the first play of a game between two storied college football teams. Ordinarily, the illegal tackle would have simply drawn a severe penalty.But it happened in Japan, where the play — and what led to it — has touched off nationwide examination of deep-rooted cultural dynamics, including what the Japanese call “power hara,” or harassment by those in power who force underlings to do things against their will.・・・・(まだまだ続く)参照:https://www.nytimes.com/2018/05/22/sports/football/japanese-football.html?rref=collection%2Fsectioncollection%2Fsports&action=click&contentCollection=sports®ion=stream&module=stream_unit&version=search&contentPlacement=4&pgtype=sectionfront
May 22, 2018
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いつも、土曜日には一緒にゴルフをする仲間の八人の中で、今日は、二人もキャンセルが出たし、来た人も、なにやら肉体疲労のせいか、ショットが全般に芳しくなかった。とはいえ、出てきた人たちは、しゃべることしゃべること・・・・。しゃべる合間にショットをしている感じだった。(ハリーがどうした、メーガンがこうした、チャールスがめずらしく立派だった、女王様はお疲れだったろう、ジョージとシャーロットがかわいかった!! 等々、近所のおばあちゃんの視線だ、これは。)理由はわかっている。バンクーバーでは夜中にあたったハリー王子の結婚式の実況を見始めたらとまらなくなり、気が付いたら朝。それから頑張って眠ろうとしても、眠れないので、ビデオを見て、また目が冴える。仕方がないから朝食をとり、テレビをつければ、どの局もウエディングの放送ばかり。私たちのティータイムは11時過ぎだから、そこまで完徹をしたケイさんとシーラさんが、ゴルフをしない選択をして「これから寝るから、今日はキャンセル」というメールを送ってきたのは、9時頃だった。いくら近所とはいえ、ゴルフにでて来る元気がある方が不思議だ。まして、二人は、八十代の後半なのだし、往復の車の運転だって心配だし!!!そうはいっても、ゲームに出てこなかったのは、80代後半の人だけで、60代も70代はちゃんと出てきたばかりでなく、しゃべりたくてうずうずしているのが見えみえ。こういうところが、カナダはまだ英連邦の一員という意識が残っている証拠かもしれない。カナダ暮らしがながいとはいえ、私は、朝のテレビのニュースでハイライトを見たくらいだから、意識がずいぶん違うなあ・・。二人が結婚の誓いに、それぞれ「I will」と答えていたのを見て、「そこまで簡単に誓って大丈夫なのかしら。」ひそかに危ぶんでいたのだから。(「完徹」は、私の学生時代には、よく使われていた言葉だったけれども、今は、死語かな?)
May 19, 2018
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今週は、月曜から金曜まで、孫の学校で 選択科目としてのミュージカルの研究成果の発表、つまり上演があり、なんとこのオバアチャンは、火曜・木曜・金曜 と三晩も、同じミュージカルを見に行ったのでありました。(カナダの制度では、エレメンタリーが七年、セコンダリーが五年になっているので、GRADE 8 の孫の場合は、こちらでは、セカンダリーの一年生、日本で言うと中学二年に当たる十四歳。実は、約四十年前、三人の小学生を連れて日本からやってきた私は、その違いを知らず、日本と同じとばかり思って、三人の子供を、一年ずつ上の学年に入れてしまって、ずっと気づかなかったという失敗歴がある。)私の高校時代にも、選択科目はあって、「音楽、絵画、書道、職業科、家庭科」からえらぶことができ、私は書道を選んだのだが、孫は、ミュージカルを選んだということらしい。学年末が近くなったので、昨年の秋から練習していたミュージカル「美女と野獣」の公演を、学習成果の発表として行うという次第。役柄には、それぞれが立候補して、オーディションがあって決めたということだが、うちの孫の場合、オーディションのときはまだ変声期前だったのに、昨今は、変声期真っ最中で、声がよく出ない。マイクをつかっても、声が不安定なので、とても心配だった。実際の舞台になると、せりふは、なんとか聞こえるのだが、歌となると、かすれてしまって、とてもききろりにくい。周囲の友人たちが、うまく補ってくれてはいたが、ソロにしかならないところは、やっぱりうまくなかったなあ・・・・かわいそうに。単に、このミュージカルでの出来が悪いというだけでなく、この時期に、五日も連続で、歌を歌ったら、声帯にもよくないと思うのだけれども、そこは、先生でも父母でもない私には口をだせないのが残念。私くらいの年になると、その年齢では、音楽は楽器にしておいた方が、声変わりが終わったときに、よい声が出るようになり、その後、かなりの年齢になるまで、ちゃんと歌える例をたくさん見ているのだけれども・・・。でも、とにかく、本人は、いたって平気で楽しんで、友達もたくさん増えたようだ。さあ、もうじき始まる。場面は、城の中。野獣にされた王子と、ティーポット、カップ、時計、調理台などにされた召使が話をしている。こちらは、町の中。美女(Belle)と、ガストンと、その友人のフロー・美女さんは、フランス語の「美しい」という意味のBelle という名前だが、まあ、日本語でも美子さんという名前もあるのだから、同じことだ。とても美しい声をだすお嬢さんで、プログラムをみたら、HONOKA さんという名前。どんなご両親だろう、最近のキラキラネームの一つではあろうが、ひらがなで「ほのか」と書いたら、すてきだな・・・。フロー役の少年は、芸達者で、さしずめ助演賞。のびのびとふるまっていた。ガストンは、最後に王子と決闘して死んでしまう、ちょっと高慢な役どころだが、孫がやりたくて、オーディションで獲得した役。悪役なので、家でやったり、言ったりしたら、叱られるようなことを、やりたい放題。これはさぞ、日ごろのうっ憤の発散になるだろうと、両親も私も大笑い。客席から笑いがくると、素直にうれしそうな顔になってしまうところが、役者さんとしては未熟ですぞ。美女の愛のおかげで、野獣の呪いがとけて、王子さまに戻り、ダンスをするところ。最高学年は18歳だから、ドレスをきたりすると、まあ、美しいこと!(中には、プロとして、モデルをしている女生徒もいて)フィナーレに、一人ずつ出てきて挨拶するときの、ガストン君。思いっきり気障に、マントを払ってみせる。マクロナルドのおじさんみたいだよ。同じくフィナーレ。裏方が出てきて挨拶するのを、出演者たちが舞台で待っているところ。最終日なので、これから片付けてから、打ち上げパーティーなどあるようだった。yo
May 18, 2018
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加古里子さんの訃報を、ネット新聞で見た。「かこさとし」さんとして、私の記憶に残っていた童話作家。享年92歳とのことだが、今、五十代前半になっているうちの長男と次男が、幼稚園から小学校の低学年のころ、ぼろぼろになるまで、かこさとしさんの本を愛読していたのを思い出す。特に、あまり童話を好まなかった長男が読んだ童話といえば、かこさとし作だけと言ってもよいくらい。最初に読みはじめたきっかけは、本人の名前「さとうたかし」となにやらひらがなで書いた感じが似ている・・というだけのことだったが、大人が読んでも楽しい童話を次々を図書館から借りてくるので、私まで楽しかったし、次男にも自然と親しみやすい本になっていた。童話といっても、科学の要素が入っていたのが、今思うと、長男には魅力だったのかもしれない。おひめさま童話のことを、「かったるい」と、言っていたし。また一つ、時代が過ぎてしまった気がする。https://mainichi.jp/articles/20180508/ddm/041/060/160000c
May 14, 2018
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短歌会で、お仲間からいただいた満天星つつじの花。かわいらしくて、含羞の趣のある小さい花。カナダで満天星つつじを見ることは滅多にないし、日本に行くときには、いつも秋か冬なので、紅葉した満天星つつじを見ることはあっても、花は忘れてしまっていた。「何の花ですか?」「どうだんつつじです」「あ! そういえば・・・」みたいな問答があったのは、ちょっと恥ずかしい。
May 11, 2018
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このあたりでは、毎年、ふつうに住宅街で黄花藤が咲いていたのだけれども、再開発が進んで、めっきり少なくなって、植物園に行かなくては見られなくなっていたのだけれども、今日、夫が見つけて、案内してくれた。塀越しに、見事な花房が下がっていて、美しい。ふと隣を見たら、桜の木にもう、さくらんぼがなっていた。植物園で見られるのもありがたいけれども、こうして「普通」に咲いているのも、自然でうれしい。
May 11, 2018
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バンクーバー短歌会の中で、短歌結社「コスモス」の会員が三人いる。たった三人ではあるが、何か、足跡を残しておきたいと思い立ち、ここ二年の作品の中から、自選30首と、助っ人のNさんのもとに18巻完成した連句の中からの四巻をまとめ、多少の散文もおさめて、全体で25ページほどの冊子「やまぼうし」第一号を作った。費用も、手数もできるだけそぎ落として、製本もホッチキスでとめ、レポートカバーをつけたものにし、表紙も特別な紙は使わず、私のプリンターでプリント。(なので、家庭用のプリンターでプリントできる大きさの紙にした。) 部数も徹底的に抑えて30部ほどにして、あとは、オン・ディマンド。今は自分の一冊しかプリントしたものは手元にないが、必要ならその場で印刷して、製本(?)することができる。参加者には、データも渡してあるので、もっとこった装丁にしたかったり、自分の作品を追加したかったら、それも自由だし、pdf版もある。私自身は、断捨離世代でもあるし、送料も考えないで済むので、全部pdf版でよいくらいに思っているのだが、ま、紙の方がよいという人もいたし、作るのも面白かったので・・・と計算した紙の版30部ということ。ただ、「短歌は、ひとさまに見ていただくことによって鍛えられるのだから、勇気をもってみていただきなさい」と、母が生前よく言っていたのも思い出すので、日本の歌友で見ていただきたい方には、秋に日本に行ったときに、日本でプリントして、国内便で送ったり、手渡したりして、見ていただくことも予定している。ま、そういう「ゆる~い」記録誌にしたら、これからも毎年一度くらいは出せるだろうという考えでの試みである。もちろん、費用や手数よりも、内容の方が問題であることは、忘れてはいないので、第一号で終わりにあうるかもしれないけれども。
May 5, 2018
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5月5日は、夫の誕生日。しかも、今年は80歳の誕生日。ありがたいことなのに、本人はあまりありがたがっている様子もない。いつも付き合っているのが、毎日のようにゴルフをしている人々ばかりなので、本人はそれが普通のように思っているふしがあるが、ちょっと考えが甘い。お祝いには、いつも赤飯を蒸す。今年は、夕食は息子のところでお祝いしてくれるというし、朝食には、ちょっとお赤飯は重いというので、おむすびにして、お弁当にもっていって、ランチに食べてもらうことにして、昨夜から準備しておいたお米と小豆を、早朝からふかす。(写真の時間が夜中になっているのは、カメラの時計がまだ日本時間のままであるからです。)何年か前までは、蒸篭を使っていたのだが、ある時、底がぬけてしまってからは、蒸し器を使うことにしている。もうすぐ日の出。今日もよい天気になりそうだ。(日本時間だと、22時3分!)息子の家で用意してくれたバースデーケーキには、”Happy Birthday, Ojiichan" と書かれたチョコレート板が載っていた。お店の人に、Ojiichan と書いてくれるようにたのんだら、なぜか、その言葉を知っていて、「あ、グランパね」みたいな感じで、書いてくれたという。 すばらし。
May 5, 2018
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英語研修に、フランスからやってきた中学生が二人、息子の家に六泊ほどしていたのだが、あともう一泊のあと、明日、出発して、モントリオールに二泊を経てフランスに帰るという。今夜が最後の夕食だったので、少年二人と、息子一家と、私たち夫婦で、所属クラブでおわかれ夕食会をした。その席で、モントリオールには、一昨年、フランス語研修で行ってきた孫が、「モントリオールのプーティンよりも、バンクーバーのプーティンの方がおいしい」という話をして、少年たちと、孫の母と、孫とで盛り上がっている。「え? プーティン? そんなもの聞いたことがない。どんなもの? たべもの?」と、話についていけない私が訊いてみたら、今度は若者たちがびっくり。いろいろ説明してくれて、なにやら、とてもコレステロールの高そうな、不健康な食べ物らしいとはわかったものの、もう一つ、ピンとこない。「メニューにはないけれども、ここでも作ってくれるかもしれないから、ウエイトレスさんに聞いてみたら?」と孫が言うので、ウエイトレスさんが来たときにたずねてみたら「え、ノリコはプーティンを知らないの? キッチンで作ってくれるかどうか聞いてみるわね」と、訊きに行ってくれ・・・ すぐ戻ってきて、「ここではできないって。残念だけど。でも、ながくカナダにいて知らないなんて・・・。 」と、私が知らないというショックが、頭を去らないらしい。同じテーブルにいて、さっきから沈黙している夫に聞いてみたら、「そんなの知るか。知りたくもない」と、さすが80歳。知らないことも威張る種。 息子はどうかなと思ったが、知らないで、若者にバカにされると気の毒なので、息子にはたずねないでおいた。ウエイトレスさんだけでなく、孫もショックだったらしく、「名前では知らなくても、きっとどこかで食べたことがあるはずだよ。」と言い、さらに「明日は日曜だから、ランチに作ってあげるから、おいでよ」と続ける。「まあ、ありがと」と私。明日は、ゴルフのティータイムがとってあるのだのだけれども、即、スマホでティータイム表を開いて、自分の名前を消した。そりゃあ、美しい五月晴れの中でゴルフをする方が、ゴルフをとりけして、コレステロールの高そうなランチをたべるよりも、ずっと健康的なのはわかっているんだけれども、健康に悪いものは、たいていおいしいし、まして、孫が作ってくれるのだったら、ゴルフの負けだ。ゴルフは、木曜日にも、今日もプレイしたし、明日休んでも、また火曜日と、次の木曜日にも約束があるので、仲間のひとたちには、正直に理由を言うことにしよう。(いやなヤツだ、私は)参照https://en.wikipedia.org/wiki/Poutine
May 5, 2018
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朝のニュースで、リッチモンドの古い家で、二人が射殺されているのが見つかったと聞いたときには、私もリッチモンドに住んでいるので、びっくりしたが、さらに、通りの名前と番地を聞いたときには、もっとびっくりした。うちのすぐ近くであるばかりか、よく一緒にゴルフをする86歳の一人くらしの女性Kさんのお宅と、背中合わせのうちなのである。あたりは、再開発中で、その事件のあった家も、KAYさんの家も、すでに開発会社に買い取られ、Kさんは、実際の工事が始まるまで、買い手に家賃を払って、住んでいる。彼女は、家も庭もよく手入れをしているし、子供・孫も大勢いる大家族が、かわるがわる訪ねてきているので、彼女の家は、ちゃんとしているが、今度の事件があった家は、同じ買い手の手にわたってはいるものの、住む人もなく、荒れ放題。なんとなく不用心な感じではある。朝、2時半頃、銃声を聞いた近所の人からの報告で、警察がうごいたと、テレビで言っていたので、Kさんにあった時に「怖くなかった?」と聞いたら、「私は狙われることなんかしていないから、大丈夫」と気丈に言う。その年齢になっても、若い頃ほどではないにしても、ゴルフの飛距離もけっこうあるし、5キロのランニング大会の常連だし、私たちが体の不調を言うと、「それには、これを使って、こうしなさい」と、年をとったことのないドクターよりも、よほど実際的な指導をしてくれるだけのことはあって、自分の体との付き合い方の達人だ。今回のことだって、そのニュースを聞いただけで、寝込んでしまいたくなる高齢者がいてもおかしくないのに。http://theprovince.com/news/crime/two-people-found-dead-inside-richmond-home-following-sound-of-gunshots
May 1, 2018
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フランスの中学生31人が、英語研修にやってきて、そのうちの、2人が息子の家に泊まっている。背が高くて、笑顔のやさしい少年達で、英語もかなりできるような感じ。玄関に置いてある靴なんて、ジャイアント馬場よりおおきいんじゃないかと思うくらい。昨夜、「とってもいい子たちだから、遊びにおいでよ。」と息子から電話がかかってきたので、今日、夕食後に出かけてみた。英語の研修にきて、私の英語を聞いたのでは、勉強にならないから、遠慮する方がよいのかと考えたときもあったが、息子の妻が「何をいってるの。カナダは他民族国家なんだから、そういう実情を見せるのも勉強よ」というので、心つよく・・・。あわよくば、フランス語会話の練習もできるかもしれないし。「さて、どうしたるのかな」と思いつつ、 Bonjour ! と家に入っていったら、リビングルームのソファに、三人の少年が並んで座って、寡黙にスマホを、チクチクといじっていた。大きな体に小さなスマホの対比が面白くて、思わず笑ってしまった。(失礼なバアチャンだ。ゴメンナサイ。)昨日は一日中、学校であれこれ見学して、孫と一緒に帰宅。今日は、市内観光。明日は、早くでて、ビクトリアに行き、明後日は学校・・・・という風に、普通の観光旅行と、学校の授業見学をうまく組み合わせてあって、なかなか楽しそうである。
May 1, 2018
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運転中、ふとメーターを見たら、1234XXになっていた。もうすぐ、123456になる!そうしたら、写真にとろうと思って、気にしながら運転していたつもりだったのだけれども、ふと、信号で停止したときにメーターをみたら、123470 になっていた。残念!数年前に、100000 になったときも、写真いとろうと思ったら、橋の上になってしまって、写真をとるどころではなく、とれなかったのを思い出して、123456 は撮りたかったのに・・。ま、写真に残せなかったといっても死ぬわけではないが、もし、それに気をとられて事故でも起こしたら、死ぬこともないとは言えないのだから、ま、このくらいでちょうどよいのだろう。こういうところが、私が「一念がない」とか「望み方が強くない」とか言われるゆえんだろうけれども。
April 28, 2018
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春が来るたびに気になっている、ご近所の黄色いモクレン。多分、今頃咲いているだろうと見に行った。案の定、きれに咲いているが・・・・なんだま毎年、色が薄くなって、白に近づいているように見えるのは、気のせいか???
April 27, 2018
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しばらく留守にしていたのに、ベランダにおいた鉢のパンジーがちゃんと花をつけていた。まあ、春だから・・・・とそれは納得するのだけれども、夕方になったら、オシロイバナがぱっちりと黄色い花を開いた。あれ? この花、本当は、10月頃から咲くはずなのだけれども・・・実は、昨年も季節を間違えて咲き、夏の終わりまで次々と咲いていたという変わり者正露丸と間違えそうな黒いタマの種がこぼれて咲いたのか、鉢の中にあった生姜のような根から生えてでたのか・・・その他にも、小菊も、マーガレットも、韮も、パセリも、三つ葉も、みんなそれぞれ元気。気まぐれに、東京のダイソーで買った100円の鯉のぼりを鉢にさしてみたら、風をうけて、けっこうなびく。広大な国、カナダに住んでいるにしては、こせこせした楽しみ方だけれども・・・そうそう、一番心配していた、水引草。二月には、枯れてしまったような感じだったのに、東京から帰ってきたら、根本から、新しい葉が数枚でてきた。どうやら、無事に冬を越してくれたらしい。すずらんがダメだったなあ・・。かわいそうに。
April 17, 2018
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短歌会の日。午前10時に始まるのだが、日本時間だと、14日の午前2時。まだ時間に適応できていない私としては、ドライブが心配で、時間は3倍くらいかかるだろうが、バス→電車→バス と乗りついで行くつもりにしていた。が・・・ 起きてみると、天気は荒れ模様。大雨だし、風も強い。家から駅まで歩くうちに、もうびっしょりになりそうだし、階段などもすべりやすいし・・・と、自宅の駐車場から、会場の地下駐車場まで雨に濡れずに行ける方が、安全なような気がして、急遽、車に変更。でも、途中で眠くなったら、いつでも停車して、降りて雨にあたって、シャンとできるように、バスで家を出るのとあまり違わない時間に、余裕を持ってでかけた。(もちろん、WAKE-UP という目覚まし薬も呑んで)早くでるということは、通勤ラッシュにあたることもあり、雨の日の常でもあり、道路混雑があって、緊張したせいか、眠気もおきずに、無事到着。会場の日系会館への道には、雨にぬれた桜並木が、美しかった。短歌会では、一回休んだ後だったので、ちょっとはしゃぎ過ぎたかもしれない。
April 13, 2018
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UPしてみて、カメラの時計がまだ日本時間のままだと気づいた。やはり、17時間の差は大きく、私もそうだが、夫はもっと苦労しているようだ。でも、長い冬を超えて、自然は元気いっぱい。ご近所のMINORU PARKの桜は終わったが、今は、街角のモクレンが満開。これからしばらく、種類を変えて次々とさく桜や、モクレン、マロニエ、花水木、桐の花、ハンカチーフツリー、藤 など、木に咲く花が美しい。アレルギーに苦しむ人たちには、春が来て、桜が満開になるころが一番苦しく、花水木が咲くころになると、少し楽になるという人が多い。体が慣れるということもあるのかもしれない。
April 12, 2018
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帰った早々だけれども、「図書館に行ってごらん」と孫から言われたので、行ってみたら・・・ドアを入ったばかりのところに、孫の写真があって、びっくり!昨年の HERITAGE FAIR の時の写真がポスターに使われていた。見回すと、目の前にあったのは孫の写真のあるポスターだったけれども、円形のホールの高いところに、ぐるっと何枚もあって、昨年、優秀賞にえらばれた数人が、それぞれに、上から見下ろしていた。そうか・・・、もう一年たったんだ!「実は、エディソンは電球を発明した人ではなくて、カナダ人の兄弟が発明。エディソンはそれを商品化した人である。」という発表をしたのであった。
April 11, 2018
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最初の計画よりだいぶおくれて、本日夜 娘に見送られて日本を出発し、本日夕方に、カナダに到着して、息子の出迎えをうけた。ありがたい話である。バンクーバーも、東京と同じで、日々の温度が安定せず、あたたかいと思うと冬が戻ることの繰り返しだったらしく、たまたま、本日は、寒い日。到着が放課後だったので、つい10日前に、羽田で別れたばかりの孫が、父親について、空港まで来てくれて、あれこれ世話をやいてくれたものだから、私は一瞬、自分がどこにいるのかわからなくなりそうな気持ちになった。さて、これから、留守の間にたまっていることも多いし、ゴルフも始まるし、いそがしくなりそう!!
April 10, 2018
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大相撲春巡業中に、舞鶴市長が挨拶中に土俵で倒れてしまわれ、とっさにかけあがった女性が、たのもしく応急処置をしている最中に、『女性は土俵から降りてください』というアナウンスが数回聞こえてきた。この情景は、なんどもなんどもテレビで伝えられ、「土俵に女人禁制なのはわかるが、人命にかかわる状況には不適切な対応だったと、誰もかれもが意見を述べている。私も、もちろんそう思う。そのことにまったく異論はないのだが、テレビ・ラジオの方々が、急に、ひとりのこらず「にょにんきんぜい」と読むようになっているのが、ちょっと気になった。「キンゼイ」でも「キンセイ」でもどちらでもよいはずで、ふつうには「キンセイ」の方がよくつかわれているように思ったからだ。事実、いくつかの辞書を見たが、両方が認められている。しかし、今は、そういうことが論点ではないのでどうでもよいけれども、ひとりのこらず、一度に「ニョニンキンゼイ」に統一されたというのは、ちょっと珍しいことではないだろうか。この変わり身の早さが、ちょっと怖いような気がする。
April 4, 2018
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今年の桜は早い。4月2日だというのに、せっかく満開になっていた桜が散り始めたので、ご近所の短歌の先輩のMさんをお誘いして散歩にでた。艶々とした白髪のMさんが、春らしいペパーミント・グリーンのカーディガンを着て、風に舞い散ってくる桜をにこやかに見上げていらっしゃると、まさに春うらら。写真を撮ろうと立ち止まっていただいたら、肩にもピンクの花びらがひらひらと落ちてきた。
April 2, 2018
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行ければ行きたいと思っていた東京歌会だったが、やはり行けなかった。息子の妻ならきっと、「それはnoriko の、望み方が足りなかったのよ」(You didn't wish strongly enough)と言うだろうな・・・と、一人で苦笑しつつ、出席なさった方から詠草を見せていただいた。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・☆ストッキングの伝染知らず歩くごと恥づかし、誤字に気付ける深夜(渡辺南央子)まあ! なんとぴったりした比喩!!!まさにぴったり。恥ずかしいけれども、うっかりするとくりかえしてしまう誤字(入力ミスも)は、まさにこういうことだなあ・・と、思った。やっぱり、行けばよかったなあ・・・会場の10票の中には、選者の2票があったが、2票とも女性選者。もしかしたら・・・ 男性にはわかりにくい感覚なのかもしれない。☆ 月あかりのみではたらずハクレンの花の下にて万歩計見る(黒岡美江子)万歩計をつけて、夜の道を歩くほどにはお元気だけれども、ちょっと視力が弱くなられたのかな?「何歩くらい歩いたかしら」と思って数字を見るのに、月明かり と ハクレンの花明りというのがまた情緒があってよい。スマホについている万歩計だったら暗くても見えし、字も大きいのに・・・なんて言うのはよけいなお世話。☆ 子のうちに子のゐる不思議さんぐわつの光あふるる空に桃咲く(松尾祥子)ああ、この上の句の感覚! これはやっぱり、「おかあさんのおかあさん」の感覚なんだろうな・・・と、はっとした。「おかあさんのおかあさん」ならではの歌だと思った。同じことでも、小さな子供であったころのヨメをしらない「おとうさんのおかあさん」だったら、こういう感じ方はしないかもしれない。下の句の喜びあふれる言い方、「さんぐわつ」の表記も効果的だと思った。
April 1, 2018
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3月8日の欄に書いた友人、周子さんの告別式に行った。ご自分の闘病も長かったのに、周囲の方々の面倒を実によくみて、みんなに頼りにされた方だった。繰り返すようだが、10月末にお見舞いに行ったときには、訪め来ればカズオ・イシグロを読みませり介護ホームに入りし友が(「コスモス」掲載歌より)という具合で、まだまだしっかりしていらしたのに、そして、室内なら杖もウオーカーもなしで歩けていらしたのに、3月8にお訪ねした時には、ひそかにお別れを覚悟せずにはいられなかったので、報せを受けたときには、悲しさや寂しさの他に、「もう十分がんばったわよね。」と声をかけたい気持ちだった。カナダだったら、こういう会は、Celebration of Life という名前を使うのだが、ほんとうに心から祝福できるご一生だったと思う。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・以下三首、コスモス四月号掲載作品。新年の亀戸川に早々とカヤックシングルすべるごとゆく初詣で願ふことなく手を合はす梅ほつほつと咲く香取神宮小春日のカフェテラスにてパリ思ふ食ぶるランチはクロックムッシュ二月締切の五月号作品も、提出されているそうなので、おそらく、名前に「故」の字がついて掲載されるのだろう。歌を詠む者にとっては、「故」の字がついた作品が所属誌につくのは、名誉なことだと教えられているし、自分でもそう思っている。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あとで聞くと、もう手に力がはいらなくなって、うすいうすい文字にしかならない原稿を、コスモスのお友達のKさんが、ご自分もご病気なのに、一生懸命に読み取って、お清書してコスモス社に送っていらしたのだそうだ。Kさんも、本当にえらい。
March 31, 2018
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”Two weeks of independence !" とか言って喜んでいた孫も、今日はカナダに発つ。4月1日が日曜、2日がイースターマンデーで学校がお休みだが、3日からは、普通に授業がはじまる。今回は、私たちが孫の相手をできるくらい元気で、孫の方も一人旅ができるほど成長しているという、二つの条件を満たす年だからということで、みんなで、頑張って実行した日本での三人暮らしだが、こういう時期はもう二度とないような気がして、頑張ったのだが・・・ ちょっと待って!!来年、シニア組がもっと体力が落ちたとしても、ジュニアはもっと体力がつくから、合計体力は変わらないし、もし、シニア組の体力がマイナスになって、他の人の世話にならなくてはならない時でも、ジュニアの力を借りればよい・・・のでは?あとは、旅費とお小遣いの問題だけである。(それは・・・やっぱり問題か?)Thank you for your hospitality と言って、主人と私と娘にハグをしてから、速足で羽田でゲートに入っていく少年の後ろ姿を見おくりながら、2004年の桜の頃に、この子が生まれたことなど思い出していた。
March 30, 2018
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明日は、孫がカナダに帰る日。来るときよりは、自信がついているようだが、親はまだまだ心配らしい。実は、祖母も心配。振り返ると、孫が、こちらに来てから、私は本当によく出かけたし、よく食べたし、よく笑った。いつもは、私たちが東京に来ていても、仕事が休めない娘には、3回か4回会えればよい方だったのだけれども、今回は、トシヨリが13歳・14歳のエネルギーについていけないのではないかと心配して、休暇をとって毎日のように顔を出してくれたのも、うれしかった。これからの日々に、よい思い出となるだろう。そんな日々のあと、今日だけは意識的に何も予定をいれないで、準備の日にしてあったが、それはそれで、かれも忙しくすごしているようではある。自分の子供を育てるときも、このくらい無責任に、大笑いして育てればよかったのかもしれないが、いろいろと規範意識が邪魔をして、年中叱っていたような気がする。もったいないことをした。
March 29, 2018
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横浜で、観覧車に乗った。以前、コスモスの記念大会で横浜に行ったときも、高くてこわそうだなあと思っていたのだけれども、主人も、娘も、孫も乗りたいのに、私が乗りたくないとは言えず乗ったら、動いているか動いていないかわからない程度のゆっくりとした動きで、あちこち眺めるのも、とても気持ちがよかった。考えてみれば、もうこのメンバーで観覧車に乗るなどということは、もうないだろうなあ・・・と思い、恋人ではないけれども、栗木京子さんの観覧車の歌なども、思い出してしまうひとときであった。more later
March 28, 2018
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横浜の海外移住資料館に行った。半分は日本人の孫は、日本からの移住者が開いたスティブストンという町にある学校に通っていて、彼にとっては、my hometown, Steveston ということになる。今日が誕生日で、14歳になるのだが、14歳といえば、先人のことを知っておいてもよい時期だと、誕生祝の一環として、英語のできる、カナダにも詳しいボランティアさんに、直接いろいろと説明していただこうと思った次第。 (以前、日系文芸祭で、カナダの短歌・俳句作品をまとめてお手伝いをしたご縁で、友達付き合いをしてくださる方がいて、いろいろお世話くださった。)カナダでも、点として知っていたいろいろな知識のそれぞれを、日本側からみると、どういう風なことなのか、また、日本からカナダ(あるいは、ブラジルに、ハワイに)行のがどういうことなのか、日本の文化を保ちながら、接点をみつけて、二世・三世の方たちが、今のような暮らしをしている後ろに、どういうことがあったのか。また、日本ではどういう風にその人たちを見ているか・・・などが、それぞれむすびついて、線になった。と、彼は言い、「来てよかった。ありがとう」と感謝してくれた。友達は、「ほんとかな?」と言って笑ったけれども。 (more later)
March 28, 2018
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滞在の残り少なくなった今日は、埼玉県の森林公園に行った。http://www.shinrinkoen.jp/17キロで 適度あアップダウンがあるというサイクリングコースに孫が興味を持ったので、美しい時期でもあるし、ちょっと遠いががんばってみた。 (more later)
March 27, 2018
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中野の桜。これもまた、商店街をつつむこむようなうつくしさ。二日早いが、今日は義妹宅で、マークの誕生祝いをやっていただいた。マークのリクエストで、「世界一おいしい、ちずさんの餃子が食べたい」と伝えてあったので、たっぷり出て、食べる方は大満足。あとで聞くと、90個の餃子がぱっとなくなってしまったそうだ。あんを作って、一つずつ包んで、時間がかかるのに、食べるときは、「おいしい、おいしい」とどんどんたべて・・・ 作る人は、あっけなかったのではないかしら。そして、これは、二日早い バースデー・アイスクリーム十四歳を無事に楽しく迎えさせることができてよかった!!
March 26, 2018
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話に聞いていた ふくろう・カフェ に行った。以前から行きたかったのだが、「一人でいくのも・・・」と気がすすまなくて、そのままになっていたのを、孫が察して、「おばあちゃん、いきたいんでしょ。一緒にいこうよ。」と言って、娘とつきあってくれた。腕にのせさせてもくれる。ちょっとした重量感!!
March 25, 2018
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日本のマクドナルドでは、最近、出前もしているので、店の裏にかわいらしい赤いスクーターがならんでいる。これは、カナダでは考えられないので、孫のマークは、さっそく写真をとったものの、それだけでは満足できず、「このスクーターになんとか、家に来てもらって、家の前で自分とスクーターの写真をとって、友達に見せたい」という。「日本ではマックが配達もする」というのは、それくらい、カナダでは想像できないことなのである。大人の知恵で、おばあちゃんは、「それなら、うちで出前をとればいいじゃないの」と提案して賛同してもらった。・・・と、そこまでは、一昨日のこと。実行は、本日。そういうことのきらいなおじいちゃんが外出するし、甥のためには、つきあいのよい娘がやってきて、さっそく実行。注文はネットで受け、2時間前が最終しめきり。12時頃にランチを食べたいので、9時半ころに、娘と、マークと、私の三人でコンピュータに向かう。配達用の値段は、少し高い。(しかたがない。)その他に、配達料がかかる。(それもしかたがない。)・・・ということで、ネットで10時前には余裕をもって注文を済ませたら、12時5分くらい前に、マンションの玄関の呼び出しチャイムが鳴った。「来た!」と、まちかまえていたマークは、建物のそばにとまっているであろうと推察されるスクーターを見に、すぐに階段をかけおりていき、それと入れ違いに配達の女性がエレベーターで上がってきて、受け取りと支払いをすます。娘が 「スマイル(無料)」という欄にチェックしておいたので、「はい、スマイル」と、ハンバーガーの紙袋に、マジックでスマイルのマークまで描いて、にっこり渡してくれて、なんと完璧。しかし、浮かない顔で下から上がってきたマークは、まだ配達の女性がそこにいるのをみつけて、見送り風に、私と一緒に一階まで下りてきて、「ありがとうございました」「お世話様でした」とあいさつを交わして・・・「さて、どこにスクーターを止めてあるのっかしら?」と、一緒に見送っていたら、配達の女性は、大きな袋を肩にかけて、どんどん歩きだし・・・車はまったくみあたらない。なんと、300メートルくらいしか離れていない最寄り店からだったので、歩いてきたのである!!!スクーターで来てほしかったのに!!! ・・・と思うと、残念がる孫を見て、悪いとは思いつつ、娘も私も笑いだしてしまい、つられて、がっかりしていた孫も笑いだす。随分、割高なランチのわりに、当初の目的は達せられなかったのだが、大笑いできたから、ま、いいか!今日だけで、三日分くらい、笑ったような気がする。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・最近は、セブンイレブンも、マックほどはかわいらしくはないけれども、かわいらしいスクーターで配達をしている。でも、うちの道路をはさんだお向かいに最寄り店があるから、横断歩道をわたるためだけに、スクーターでは来てくれないだそう。デニーズも、藍屋も、ジョナサンも、スクーターではこないだろうなあ・・・。すぐちかいから。今度は、注文書に、「スクーターで来てください」と書き込んでおいたら、そうしてくれるかしら?
March 25, 2018
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「どこへでも、ドライブしてあげるよ」と、旧友のA氏からオファーをいただき、図にのったようでワルカッタのだけれども、孫のたっての希望で、ツール・ド・トチギ の第二ステージ決勝点の、日光だいや川公園に行った。ちゃんとしたレースを見るのは初めてだったので、私もけっこう興奮。先導だの、大会役員だのの車だろうか、何台かの車が通りすぎたあと、いよいよ、先頭の選手が見え始めた。売店で主人が買ってきてくれた「ゆばむすび」をたべたり、大スクリーンにうつる途中の中継を見たりしながら、ゴールしてくる選手たちを待つ。・・・と思ったら、すぐに最初の一団がさっとすぎ、引き続いて次々 ゴールインとりあえず、たくさん写真をとって、あとから時間を見ると、12時24分の表示の中に、なんとまあ、たくさんの選手がゴールインすることか!表彰式も見てから帰途についたが、興奮しすぎで車の中で居眠り。ずっと運転をしてくださったA氏だって、実はお疲れだっただろうに、そういうそぶりもみせずに、ありがたいことだった。
March 24, 2018
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二階建て、屋根のない観光バスにのった。その名を、「おー。そら みよ」名前を思いついた人は、さぞ満足だろう。ただ、気になるのは、はとバス のことを、孫が「へいと・バス」ということ。Hato が ヘイトに見えてしまうのは、英語人には仕方がないけれども、音としてhate とおなじになるのは、外人観光客も想定しているハトバスとしては、ちょっとまずいのでは?東京は知っているようでも、こうしてみると、かなり印象がちがう。築地の場外が、意外に狭かったり、豊洲がもうすっかり出来上がった感じになっていたり、レインボーブリッジに行く道路では、標識が頭すれすれの位置にあるような錯覚がおきたり、道路の真ん中から見上げるビルの間の空が美しかったり・・・・「マークでもいなかったら、絶対二人ではこなかったね」と娘と話し合った。むか~し登ったことのある東京タワー。 まだ健在!最後は、バスを降りてから行った日比谷で見たシンゴジラ。このバスで、お花見をしたら、目の高さで桜が見られていいだろなあと思ったが、とっくに売り切れていた。
March 23, 2018
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