NOUNOURS NOYEの日常

俺って、弱ぇ~な~。(そうなった理由)


と、毎回弱くなる度、思う。

一回弱くなると、体にインプットされてしまうのか、
形状記憶合金のようにきっかけがあるとにょっこり出てくるのだ。

今回はムートンの入園にあたって、
ムートンの辛い状況と、先生の嫌な態度が原因で
また、にょっこり出てきた。

にょっこり出てくると、引っ込める事が出来ない。

この弱い自分の“弱い”は
へなちょこになる”弱い”自分と
対人において“弱くなる”自分の事である。

つまり、怖い人がいて、その怖い人に勝てないのだ。

その怖い人とは、”フランス人”。

フランス人恐怖症とでもいえるだろう。

彼らの言動や行動、仕草、反応に敏感になってしまう。
”俺は俺”というスタンスが持てず、”すいません”的な気持ちを抱くのだ。

これまで、痛い目にあってきた事は隠せない。
それでももっとこの国で生きていて、痛い目に会っている人は
私レベルではない、とても痛いレベルであろう。

でも、レベルの話でなく、
言語が通じない時に感じる屈辱感や、
人種差別的な行為を受けたり、
単に孤独感を得たり、海外だからと理解されにくかったり
色々味わった。一応。

いきなり何故か長期なホームシックにかかった時があった。
フランスに来てから4年目の春だった。
今になると、それが全ての発端であったような気がする。

その後、弱い自分を誕生させた出来事が、学校のディプロムだった。
気が遠くなるほどの大量の制作と自分の発表スタンドの準備を
2ヶ月間、ラパンが仕事の合間に手伝ってはくれたが、
一人でこなした。

誰の助けがないというのは、
人間にとって精神的にこんなにも辛いものだとは知らなかった。

しかし、ここで問題なのは、
”助けて”と言えない自分だった。

”助けて”と弱音を吐くのは良くない事で、
努力とは自分のキャパを超えるまでするものだと教えられ育った。

だから、出来る限り自分した私だったが、
最後の2週間は毎日睡眠1~2時間で
24時間、私の横でプリンターが動いている状態であった。

その間、完成できるのだろうかという不安で
情緒不安定に陥り、呼吸困難に陥る事数回、
そのための精神安定剤の注射をケツに数本、
一回は全身の筋肉が固まって呼吸できず、
あっあっと苦しむ私を見てラパンが泣き出したほどだ。

それでも、限界まではと、自分に言い聞かせ、
(十分限界でしょう、と今では思うが。)
卒業制作は終わらせた。

異常な疲労状態に陥っていたらしく、
その後毎日10日間疲労回復のため、強烈なカルシウムの注射吸入をした。
(フワァと体が暖かくなって、イッチャッている感じになるんでよー。)

それからか…弱くなったのは。







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