べんとう屋のつぶやき

 



タイトル未定 その1



 賑やかな街も一歩二歩と奥へ入って行くと静かになる。
バブル期に建てられたのであろう瀟洒なマンション。エントランスは広く、
照明も煌煌と点いてはいるが、出入りする人は無く回りに植えられた木々が
寒々しく色の変りかけた葉を揺らしている。
 エントランスの明かりが届かなくなったあたりの植え込みにうずくまる人影。
顔を膝に埋めるように丸くなったその姿は、シャツは羽織ってはいるものの、
ジーンズから出た足は裸足・・・。昼間は暖かいが、夜ともなれば大分冷え込む
ようになってきているこの時期、その姿では夜風が冷たい。
たまに通る車のヘッドライトは、頭の上を掠め誰もその姿に気付かない。

 「つよし・・・」 小さく呟く声。
部屋を逃げ出してから、心が求めるのは相方のやさしい笑み。
聴きたいと願う のは声。
かろうじて落とさずに済んだ携帯をジーンズのポケットから取り出し、
ふるえる 指が探し出す・・・メモリの一番に入っているNO。
呼出し音が、聞こえる。  何回?
いくら鳴らしても出ない相方の事を思う。
「オレからかて判ってるんで出えへんのやろなぁ」 諦めかけた時、
「何や?」
「・・・・・・・」
期待してた訳じゃないが、諦めかけてた矢先の事で声が出てこない。
「用がないなら切るで」
「つ・・・つよ・・し・・・」
あまりにも弱々しい呟きに一瞬戸惑う。
「何や!オレなんかいいひんかていいんやろ?そんなんオレに何か用あるんかい。」
不機嫌な相方の声に、今更ながら自分がしてしまったであろうことを思い出す。
「ゴメン・・ゴメンなぁ  つよし・・・」
「今更や。あやまってもろうたかて・・」
携帯の向こうから聞こえてくるのはふるえる吐息。呟くような相方の声。
普段から自分の弱さを見せる事を嫌う相方のいつもと違う様子に不安を感じる。
「オイ、どないしたねん。ん、今どこや? 部屋なん?  光一、光一・・」
呼びかけても、「あぁ・・ゴメンなぁ・・」と呟くばかりで、剛の言葉は耳に入ってない。
「光一!」 大きな声。MT> 「あ・・・ホンマにゴメンなぁ・・じゃ・・」
「切るなや!  どこにおるんや。どこにいんねん。
謝るんならきちっとあやまって くれんか、キブン悪いで。 行くから、部屋か?」
「・・・・・・・・・・・」
「どこや?」
「・・・・分からん・・どこなん、ここ。」
「分からんって・・部屋におるんとちゃうんか? 外なら何か目印になるもん あるやろ、言うてみ」
「分からんよ・・・よう見えんしなぁ・・もうええよ。ごめんなぁ・・」
切れた携帯。
「おい、光一っ。」
あわてて掛け直すが、呼出し音は鳴るものの一向に出る気配はない。
「くそっ。」呟くと、とりあえず車のキーをポケットに入れ、
傍らで心配そうに見上げる ケンシロウに、「大丈夫や」と頭をなで、声を掛けると部屋を飛び出してゆく。


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