べんとう屋のつぶやき

 



その6


  剛の部屋から逃げる様に帰ってきた光一は,ソファに倒れ込むと自分の震える息だけ  が聞こえる
暗く無機質な感じが否めない部屋をぼんやりと眺めていた。
ふと、テーブル  の上に置いてある煙草が目に入る。
のろのろと起き上がるとフローリングの床に足を下  ろし、煙草に火を点ける。
震える手では火を点けるのも思うようにいかない。ようやく  ついた煙草を吸い込むと剛の匂いがする。
剛を傍に感じて居たくて、会えない時が寂しくて、吸い始めた煙草。
一口二口と吸うが、体調のすぐれない今、軽い眩暈が襲う。
 灰皿に押しつけて火を消すと、堅く目を瞑りソファに躯を預ける。

 具合が悪いと言うのにソファでうたた寝をしてしまったせいで、一段と熱は上がりもう ベッドへと移動する力も無い。
ただ、ソファの上で丸くなり、震える躯を両腕で抱き締める。
寒さに震えたかと思うと、耐えられないくらいに暑くなったりと、急な症状の変化に
意識はうつらうつらと眠りの世界と現実とを入ったり来たりしている。
眠ってしまえばこんなに苦しい思いをしなくてもしなくても済むのに・・。
 「ピンポーン」
 静まり返った部屋、苦しげな呼吸音のする部屋の中に突然響き渡る電子音。
その音は、朦朧としている意識に突き刺さる。もう一度、
「ピンポーン」
「つ・・よし・・?」
 まともに動かない躯ではインターホンに出ることさえままならない。
たとえ動けたとしても、剛にだけは会いたくなかった。
2、3度鳴った後、今度は携帯が鳴る。
 いつもカーテンがきっちりと閉められた部屋は暗く時間の経過さえも判らない。
携帯の着信ランプが眩しく光っている。

   「逃げ出すんか・・?オレから・・」
 どの位、立っていたのだろうか、夜の帳が降りた部屋で一人呟くと車のキーを掴み部屋を出る。
車に乗り込むと行き先も決めずにアクセルを踏む。
道路は空いていて流れる様に走ってゆく。

 どういうつもりやねん、アイツ・・。
  前々から自分の事は相談一つせえへんかったけど、
 頼ってきたと思ったら逃げ出すし・・・
  なぁ、オレはオマエにとって何なんや?
  都合のいい時だけ利用する便利屋なんか?
  オレじゃダメなんか?頼りにならへん?オマエの力になってやれへん?

 夜も白々と明けてきた頃、光一のマンションの前に車を止める。
其処は剛の訪問を拒むかのように、ひっそりとしていて寒々しい。
 以前、光一から無理やり貰った合鍵でエントランスを抜けると部屋のチャイムを鳴らす。
 「きっとおるはずや。」
 2、3度鳴らしたが答えは無い。
 「あんな姿、人前に晒すような光一やあらへん、きっと部屋で丸くなっとるわ」
 しんと静まり返ったマンションの廊下
、他の住人に迷惑が掛かるからと一旦エントランスまで戻り今度は携帯を取り出す。
 「こっちは忘れず持っていったんやかんな・・」
 呟きボタンを押す。

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