23話 【Worrisome Heart!】


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23話 (―) 【Worrisome Heart!】


___01.杣庄進side

伊神さんには訊きたいことが山ほどあった。
何をって? それは勿論、『透子とどう過ごしていたか』をだ。
野次馬と言うなかれ。自分でもそう思う。思うが、気になるものはしょうがない。
真相を知りたがってる人間は、意外にも多いのではないか。
例えば其の一。いたいけな透子に避妊具を譲ったという平塚鷲は、朝食バイキングの最中にこんなことをのたまう。
「一晩中ずっと気になってて! 今頃何が起きてるんだろうと思ったら気が気でなくて俺マジで寝不足なんスよ……!」
「俺はお前を簀巻きにして三河湾に沈めたい気分だ、平塚」
「俺は! てっきり馬渕さんが使うと思ったんですよ! まさか馬渕さんが潮嬢に渡すなんて誰が予測出来ます!?
ソマさんは2人がどうなったのか御存知なんですよね!? 教えて下さいよー!」
「ちっ……」
馬渕サンを恨んでいいのか悪いのかも分からないし、2人のコトにしたって質問しづらく、聞けずじまいなのだ。
やり場のないモヤモヤ感を何とかして払拭しようとしたが、上手くいかなかった。
テーブルの斜め向かい席で平塚はサバの味噌煮を頬張っている。その様子を眺めながら、俺は疑問をぶつけた。
「で? 不破の野郎は何してた?」
「別に。俺の知る限り、どこにも行きませんでしたよ」
「気になるならコソコソ嗅ぎ回ったりせず、直接本人に訊けばいいじゃないですか、ソマさん。平塚、前座るぞ」
出やがったな。真相を知りたがってる其の二にして最大の捻くれ者、不破犬君。
和を中心としたおかずを盛り付けたプレートを平塚の前に置く。不破と俺の席は隣り合ったわけだが、顔を見たりはしない。
「お前と話なんかしたくねーんだよ。それに、」
「……何ですか」
むっつりと椀物に手を伸ばす不破。
「お前、馬渕さんと寝たって話になってんぞ。その件についても素直に教えてくれるのか?」
その瞬間、不破は味噌汁を盛大に吹き出した。


___02.潮透子side

「潮ちゃん、お隣りで食べてもいいかしらぁ?」
「嫌です。あっち行って下さい」
きっぱり断ったのに、馬渕さんは「んふふ」と、私からしてみれば不敵極まりない笑いを漏らしながら隣りに陣取る。
その後ろには、暴走気味の馬渕さんを御するのに疲れた様子の八女チーフがいた。因みに私の真向かいは千早さんだ。
「透子ちゃん、あまり眠れていないのかしらぁ? 目元が二重になってるわ」
朝っぱらから立派なセクハラだ。早速根掘り葉掘り聞き出しに来た。
「元から二重瞼です」
「そうだったかしらぁ。……つまんないなぁ。いいわ潮ちゃん、もうズバーって訊いちゃお。伊神君とはどこまで?」
オブラートにさえ包まれていない、正真正銘ストレートな質問。思わず割り箸を握る手に力がこもる。
私の斜め前では八女チーフがこめかみを押さえ、千早さんはと言えば、ゆでダコのように真っ赤な顔を俯かせていた。
「伊神さんは……っ、や、優しかったですよ!?」
昨日馬渕さんは、私と伊神さんが一緒に過ごすことさえ無理だろうと予測していた。だから彼女は驚いていた。
けれどそれ以上に狡猾なこの女性は、この展開を楽しんでもいた。
「そう、やっぱり伊神君は優しかったのね。よかったわぁ。わんちゃんったら、夕べは激しくて」
「!!!??」
意味が分からなかった。というか、分かりたくなかった。宣言通り、馬渕さんは不破犬君と一緒だったのだ――!
(いやいや、待って……何で私が動揺してるの? 関係ないじゃない、不破犬君が誰とどう過ごそうが……)
「ストップ。ウソを広めないで下さいよ」
背後から聞こえて来たのはそのご本人様だった。
「いやん、バレちゃったぁ。駄目よ~わんちゃん。少しは泳がせてくれなくちゃあ」
「そのウソに何のメリットがあるんですか? ……透子さんに話があるんですけど」
「私にはないから」
「透子さん」
小声で窘めたのは千早さんだった。私は渋々「分かったわよ」と呟き、席を立つ。
生憎このホテルはサービスが行き届いていて、使用済みの食器はスタッフが抜群のタイミングで提げてくれる。
お陰で私は口実も逃げ場も失い、とうとう不破犬君と対峙せざるを得なくなってしまった。


___03

ロビーの片隅で話すことになった。第三者が近付いてきても、距離感が掴める絶好の場所で、都合がいい。
「僕が一番ショックだったのは」
窓ガラス越しに外の景色を眺めながら、不破犬君は言った。
「伊神さんと付き合い始めた話を本人からではなく、噂経由で聴かされたことです。未だに透子さんから説明して貰えないのもツラい」
「あ……謝らないわよ。そもそもそんな約束をした覚えはないし、私が誰と付き合おうが勝手でしょ……っ」
天邪鬼な私は、千早さんに説明した言葉とは真逆の態度を取ってしまう。
不破犬君には自分からきちんと説明する――。彼女にはそう誓ったのに、今の私は彼の神経を逆撫でするようなことばかり口走っている。
「僕って、本当に眼中になかったんですね」
寂しそうに笑う不破犬君が不憫で、でもそう思っていい権利など持ち合わせていない。
「……貴方も、その毒舌を引っ込めればそれなりに見えるんだし、さっさと他の女性を好きになりなさいよ。
本当にわけ分かんないわ。こんな意地悪で、いやな気分にさせる女を、どうして好きでい続けられるの?」
「透子さんを見初めた理由は秘密です。悪しからず」
「またそんなことを言う……」
前回尋ねた時もそうだった。ひとに教えられないような理由なのだろうか。かえって怖い。
「確かに透子さんは僕に対しては意地悪ですけど、伊神さんが選んだ女性ですからね」
「貴方の口から伊神さんを褒め称える言葉が出るとは思わなかったわ。どういう風の吹き回し?」
「僕だってユナイソン4年目です。色んな話を聞きますよ。
伊神さんを悪く言う人はいないし、僕が惚れた透子さんの想い人ですから。総合すると、お2人共『いい人』ってことになるでしょ?」
前にもそんなようなことを言ってた気がする。相変わらず、一見筋が通っているようで雑な理論だ。
「これだけは知っておいて下さい」
「何?」
「この先、例え何かが起きたとしても、僕は透子さんを想い続けます。好きな気持ちは変わりません」
「……あのね、人の話聞いてた? 他の女性を探しなさいって言ってるの」
「何が起きたとしても」
不破犬君は繰り返した。揺るぎない言葉に、とある一計が浮かんだ。
私はポケットに忍ばせていた小さな包みを渡す。中身はハンカチで包まれているが、彼にはお見通しだったようだ。
「これ、平塚君に返しておいてくれる?」
「……未使用? え……まさか中だ」
「それ以上言ったら殴るわよ?」
物騒なことを言い出す前に鋭く睨みつける。やれやれと不破犬君は肩を竦めた。でもホッとした様子なのは傍目にも分かった。
「使わなかったんですね。その……じゃあ2人はまだ……」
「えっと……伊神さんは……」
「……あぁ、そうだったんですか。一瞬喜んだ自分が情けないです。伊神さん……可哀想に」
私の一言で伊神さんがどんな状況なのか察知したのだろう。本当に勘が鋭い。
計算外だったのは、不破犬君の顔が深刻そうで、心の底から同情していることだった。
てっきり『ざまぁみろ』だとか『情けない』などといったチキン呼ばわりをすると思っていた。
その暁には『最低ね、貴方とは口もききたくない』と言って、仲違いからの恋心粉砕を目論んでいたのだ。
まさに真逆の予想していた自分を心底恥じた。不破犬君は……そうだ、出会った頃から誠実な人物だった。
と同時に腑に落ちず、呟きにも似た質問をしていた。
「どうして……? 喜ばないの?」
「……!」
途端、彼は怒りと悲しみが綯い交ぜになった表情へと変貌した。
顔を紅潮させ、何か言いたそうな言葉を飲み込み、それでも最後は振り絞るように吐いた。
「ひどい侮辱ですね。僕は、同性の深刻な病気を嘲笑ったり、喜んだり、悪く言ったりしませんよ……!
僕をそんな下劣な人間だと思っていたんですか? 心外です」
目に静かな怒りの炎を宿し、責め苦にも似た訴えを吐露する。――私は本気で彼を怒らせた。
「ちが……、だって……ふ、普通は好きな人に何もなかったら、『よかった』って安堵するもんじゃないの?」
「……勿論ホッとしてますよ。ぶっちゃけ透子さんたちがしてなくてよかったって思ってます。
でも伊神さんは苦しんでるんですよね? 好きな女性を抱けなくて、多分悩んでますよ」
「悩む……?」
「だからって、僕にアドバイスを求めたりしないでくださいね。そこまで敵に塩を送ったりはしません。
同情はすれど、ここまでです。心が狭くてすみませんね。でもこれは透子さん、あなたへの意趣返しです」
「意趣返しって……」
「もう行きます。荷造りの準備をしないと。それじゃあ」
私は……不破犬君に見限られるのが望みだったはずなのに。
それどころか、取り返しのつかないことをしてしまった。ひととして最低な暴言を吐いて、彼を踏みにじったのだ。
(よかったじゃない。こうなるのが望みだったんでしょ? これで私への恋心は木っ端微塵、跡形もなく綺麗になくなった)
(そうだけど、でも……! 私は、不破犬君の人格そのものを否定したかったわけじゃないの!)
(彼を完全に見くびっていたわね。ひどい女) 
(私は……っ)
(もういいじゃない。あなたには伊神さんがいる。何が不満?)
(今のやり取りで、不破犬君は相当傷付いたはずだわ!)
(あはは、今更何を言ってるの? 彼は4年前からずっと傷付いてたわ。毎日あなたから『伊神さん伊神さん』って聞かされて!)
(……!)
(あなたこそ、不破犬君の前から去るべきなのよ。寧ろ『去れ』と言ってもいいのは彼の方。潮透子側にその権利はない)
『この先、例え何かが起きたとしても、僕は透子さんを想い続けます。好きな気持ちは変わりません』
(……あはは。凄いわ、透子! 1分と経たない内に不破犬君の宣言を破壊してみせるなんて!)
『何が起きたとしても』
(やっぱり透子、あなたは意地悪で、ひとを不愉快にさせる天才よ!)


___04

「透子ちゃん。……透子ちゃん?」
ハッと我に返り、顔を上げる。心配そうに私を見つめる伊神さんが目の前に立っていた。肩にはボストンバックを掛けている。
「チェックアウトの時間だよ。そろそろ行こう」
「伊神さん……。うん、分かった。教えてくれてありがとう」
私は『何でもないの』とばかりに笑顔を作る。伊神さんはただ黙って笑みを返してくれた。
「透子さん」
今度は千早さんだった。自分の旅行カバン以外に、なんと私の分も持ってくれていた。
「千早さん! 荷物纏めてくれたんだ? ありがとう」
「いえ、どう致しまして」
この旅行で私が得たものは大きい。失ったものの大きさも、比ではなかった。
全てを受け入れるしかない。これは私の慢心と横柄な態度が招いた結果だから。


2012.05.07
2025.07.24


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