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38話 【Open Sesame!】
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38話 (歴) 【Open Sesame!】
___01
昨日の痴態が頭の中を駆け巡り、謝らなければならない面々が次々と浮かびあがる。
その筆頭が不破さんだ。流れとはいえ、許可なく唐突にキスをしてしまった。
その不破さんに会えていない。彼が今日休みだということは、私がよく知っている。何せ『お揃いの勤務計画』なのだから。
部屋を訪ねたところで本人に会えるかどうか。それでも居ても立ってもいられず、10時ジャスト、不破さんの部屋へ向かった。
すれ違う社員たちは、まるで私の行き先に心当たりがあるのかのように意味深な視線で見やる。件の噂は伝播してしまっているのだなと痛感した。
本来はそれが目的だった。でも……。
やがて不破と掲げられたネームプレートが視界に入る。ブザーを鳴らし、応答を待った。
訪ね人の確認を端折ったのか、ドアはすぐに開いた。部屋の主は私を見て驚いたものの、すぐに相好を崩す。
「歴さんだったのか。おはよう」
「おはようございます、不破さん」
不破さんは部屋の中を窺うように身体を捻った。私を部屋に迎え入れるべきか考えあぐねているようだ。
「部屋自体はそんなに汚くはないと思うんだけど……来る途中、誰かと会った?」
「はい。数名の方とすれ違いました」
その言葉に多少動揺したのか、不破さんは苦い顔をした。
「……やっぱり外に出ようか。時間を計られても嫌だし」
「時間? 滞在時間ですか?」
そんな細かいところまで調べられては、影でこそこそ噂されてしまうのだろうか? ただ話し合いに来ただけなのに?
「無粋な連中は下世話な話が大好きだから。出て来るタイミング、ただそれだけで盛り上がれるんだよ」
不破さんの言っている意味がやっと分かり、微かに顔が火照るのを感じた。プライバシーも何もあったもんじゃない。
「準備するからちょっと待ってて」
3分ほどで準備を終え、一緒に外へ出た。こんなことなら始めから外で落ち合えばよかったかもしれない。
___02
穴場の喫茶店を知っているとのことで連れて行って貰った。2階建てで、パッと見た感じ、小洒落た喫茶店という出で立ちだ。
西洋風の白壁が目立つその建物は、尖った屋根の上に風見鶏が添え付けられ、ゆらゆらと揺れていた。
普通と違うのは、建物自体がメリーゴーラウンドになっていて、ゆっくりと360度回転する点だろう。
風変わりな特徴を兼ね備えたその店は、訪ねたのが平日の昼前ということで、席にまだ若干の余裕があった。
「とても個性的なお店ですね。近場にこんな魅力的な喫茶店があったなんて、ちっとも知りませんでした」
「同級生の親が経営してる店なんだ。正確には、そのさらに親の代から続いてるんだけどね」
メニュー表を見ると、わずかに高い。建物の維持費に宛がわれる部分もあるのだろう。
「目は回らないんですか?」
「比較的ゆっくりだからね。でも、始めの内は違和感あるかも」
1周すると感動するよ、と笑う。
そんな談笑から会話は始まりつつ、紅茶を啜る。窓に視線を送れば、10度ほど進んだところだった。さっきまでと見ている景色が違う。
会話が途切れ、話すなら今だと思った。
「昨日はすみませんでした」
「謝らないで。僕がいけなかったんだ。はっきり答えられなかった僕が悪い。僕の方こそ、歴さんに謝ろうと思ってた。本当にごめん」
そう言って頭を下げる不破さん。つむじが目の前に現れる。
「で、でもあの……えっと……私……あの……」
「あぁ、うん、正直びっくりした。はは」
居た堪れず、小声で弁解するように謝った。
「す、すみませんでした……」
「役得って、ああいうことを言うんだろうね」
「やくと……。もう! どうしてそこでしみじみと仰るんですか! 透子さんが見てらっしゃったんですよ!?」
「透子さんは僕のことなんて何とも思ってないから平気だよ。それより、狙い通り柾さんたちは欺けることができたけれど、歴さんこそ大丈夫?」
私はすぐに答えることができない。
「以前、きみのことを優し過ぎるって言ったよね。……当たってたでしょ?」
「……っ……」
「これで誰が幸せになれるんだろうってずっと考えてた。全ては僕のため……いや、僕の所為なのにね」
情けないや、と苦笑する不破さんは多分――
「後悔してらっしゃるんですね?」
私の質問は不破さんの心の痛い部分を突いたようで、彼は一瞬だけ怯えた顔を覗かせた。
少しだけ時間が止まる。いや、ちゃんと進んでる。だって見える景色がまたさっきとは違うから。
やがて不破さんはぽつりと呟いた。「うん、後悔してる」と。
「で、でも……。やってみなければ分からないことだってありますよ。……今回のように」
私の言葉は『立ち向かえない弱者の発言』だ。でもこうして『正当化』しなければ、計画が頓挫してしまうと思ったのだ。
「でもね歴さん。もう戻れないところまで来てしまっているんじゃないかな」
「しっかりしてください、不破さん!」
心の内に見えざる火が灯るのが分かった。なぜだろう? ともかく私は、目の前の人をまず救わねばと思ったのだ。
「戻れないところまでって仰いますけど、今のところ脱線することなく『計画』をそのままなぞっているじゃないですか。
ということはですよ? もう少し頑張れば完遂出来るんです。
不破さんは、思った以上に周囲からの反応や風当たりが強かったものだから、つい弱腰になってしまっているだけですよ。
大丈夫です、ちゃんとここまで進んで来れましたもの!」
「そうだね、歴さんの言う通りだ。……でも思い出してごらん? 予定では僕らは別れることになってる」
「えぇ。最終目的は破談ですよね? それを乗り越えれば、この奇妙な関係にも終止符が打てます」
「その奇妙な縁を解消した先に、僕らの未来はどうなっているんだろうね」
「……え? 未来?」
「『僕と歴さんはお別れをしました。フリーに戻った僕は、再度透子さんにアタックします』。……果たして透子さんは振り向いてくれるかな?
ここまで突っ走っておいて何だけど、やってること、第三者から見たら結構鬼畜だよね」
それは私にも当てはまる。柾さんと麻生さん、2人を選べない内に不破さんの手助けを優先させた結果が今の状態だ。
不破さんの偽彼女役を降板した後、『このたび独り身に戻りました。どちらか選ばせて貰ってもよろしいでしょうか?』と尋ねるのは人でなしに近い。
私と不破さんの認識はこうだ。私たちは『上辺だけの関係』だから心が動くこともない。ゆえに誠実である。
でも、その『上辺の体裁』を守るため、嘘に信憑性を持たせたいがために、キスの真似事をしてしまった。
あんな行動に出ておいて、まだ自分たちは誠実だと言い張るのか?
恐らく、その資格はもうない。そもそも彼らに信じて貰えない。
「受け入れて貰えない可能性の方が高いよね」
「そう……ですね」
からん、とグラスを滑る氷の音が鳴った。
不破さんが頼んだアイスコーヒーを見つめながら、私は1つの案を口にする。言葉は意外にもするりと出てきた。
「不破さん、このまま付き合いますか? 私たち」
___03
私の話を聞いてくれる人は誰だろう。絡み合ってしまったネックレスをするりと解いてくれる人は。
例え支持して貰えなくてもいい。いまの私が求めているのは、ひたすら私の思いを受け止めてくれる存在だけれど、そんな都合のいい神父様はいない。
帰宅した私は、味気ない昼食をとると、部屋でぼんやりそんなことを耽っていた。
もう一度外に出たい。咄嗟に姫丸さんの顔が浮かんだ。
いつしか心は決まっていて、姫丸さんの店に出向くため、バッグ片手に部屋を飛び出した。
また誰かと遭遇する可能性を思うと、ほんの少しの外出すら及び腰になる。エレベーターを使うのも躊躇われ、階段を使って1階へ下りた。
それでも私の注意力は散漫だった。というよりも、念の入れようが中途半端だった。
そこまで気を配っておきながら、肝心のマンションエントランスの様子を窺わずに突入してしまったのだ。
人がいることに気付いたのは、もはや逃げも隠れも出来ないエントランスのど真ん中。
相手の手に提げているのは小さなポリ袋は近所のコンビニエンスストアのもので、帰宅したばかりなのだろう。
人物の特定もせず、俯き加減ですれ違い、そのまま入り口を目指すと、背後から声を掛けられた。
「千早さん?」
その声に聞き覚えはないし、その声で呼ばれたことなど一度もない。
それでも耳に馴染んでいる感じがしたのは何故なのか。心地よい低音を、もっと聴いていたい気にさせるのはどうしてなのか。
振り返ると、相手と目が合った。白Tシャツの上にリネンの淡色ブルーシャツを肩口で羽織り、チノパンを穿いている。
眼鏡フレームも青色で、夏でも爽やかな印象を醸し出すその人物は、私に極上の笑みを向けてこう言った。
「こんにちは、千早さん。お出掛けですか?」
透子さんの恋人にして不破さんの天敵。女傑四人衆のお気に入り、かつ青柳チーフ・一廼穂チーフ・杣庄さんの大親友。
伊神さんが、そこに居た。
___04
「こんにちは、伊神さん」
挨拶には挨拶を。僅かに頭をさげ、お辞儀をする。
「どこかにお出掛け?」
「はい、今から少し出掛けようと思いまして……」
伊神さんはジッと私を見つめ、何かを言おうとする素振りを見せた。けれども、
「そうなんだ。外は暑いから気を付けてね。行ってらっしゃい」
と言って、手を振り見送ってくれたことから、私の予知は大きく外れたことになる。
「行って来ます。失礼します」
もう一度頭を下げた私は、肩透かしを食らいながらも再び歩き出す。
入口を出て振り返れば、伊神さんは私への興味を(当然)なくしたようで、エレベーターが降りてくるのを待っていた。
伊神さんが持っていたのは、ポリ袋に水滴が付いていたことから、ペットボトルかアイスクリームの類だろう。
確かに外は暑く、照り返しの熱波だけで身体が焦げてしまいそうだ。私も姫丸さんに差し入れをした方がいいかもしれない。
ところが次の瞬間、私の中で異変が起こっていた。
頭ではコンビニ経由からの呉服問屋訪問を思い描いていたのに、実際にはその身を翻し、マンションへと引き返していた。
私が勢いよく戻って来たのが靴音で分かったのだろう。振り返った伊神さんは呆気に取られていた。
「……忘れ物でもしたの?」
「いいえ、違います。その……伊神さん」
「はい」
「あの……大変差し出がましいんですけれども……」
「うん?」
「今から、お時間……ありませんか?」
「え……」
伊神さんが驚くのも当然だ。今まで会話らしい会話をしたこともない相手から、急に『時間があれば付き合って欲しい』と請われたのだから。
それなのに伊神さんは聞きしに勝るいい人で、「うん、大丈夫だよ。今日は暇だから」と言い、笑みを浮かべながら了承してくれたのだ!
とその時、伊神さんが呼んだエレベーターが降りて来た。そこに偶然乗っていたのは先日POSルームで私とトラブルを起こした相手だった。
何ともタイミングの悪い再会になってしまったものだ。私と伊神さんを見るなり、早速激しい怒りをぶつけてきた。
「ちょっとあんた、不破くんだけじゃ飽き足らず、今度は伊神さんを誑かそうっての!?
不破くんと本気だって言うなら私だって諦めるわよ。でもなに!? 私、今度こそ現場押さえてるわよね!? そこの伊神さんが証拠よ!」
伊神さんは、私と彼女を交互に見、不穏めいたものを感じたのか、心配そうに「千早さん?」と尋ねた。大丈夫ですという意味を込めて、私は頷く。
「違います。伊神さんとは偶然お会いしただけで――」
「誰が浮気女の戯言なんて信じるかっつーの!」
彼女は爛々とした目で私を見据えると、持っていたバッグをボールよろしく投げつけた。
狙われた個所が腹部であることに気付き、反射的に両腕を宛がい、庇う。私の腕に当たったことで、バッグの中身が散乱した。
肩で息をする彼女に、私は謝る術を持たない。何を言っても通じないのが怖かった。
散乱した物を拾おうと手を伸ばすも、先に伊神さんが身を屈め、ポーチやスマホ、鍵などを拾い、バッグへ収める。
落ちたときにバッグの表地に傷がついてしまったのか、その部分を撫でさすると、「はい」と彼女に渡した。
「千早さんを責めてるのかな? それとも、自分を責めてる?」
伊神さんの質問に、彼女は身構えた。
「……自分を責める? そんな愚かなことしないわ。『よしよし』って自分を慰めているぐらいなのよ?」
「なら、よかった」
「はぁぁ!? 何がいいっての?」
「失恋した時に一番してはいけないのは、自分を責めることなんだって。卑下することが一番自分を追い詰めてしまう行為なんだそうだよ。
でも、相手に怒りを覚えてるのは、立ち上がろうという気になっている証拠。……八女さんの受け売りだから、どこまで本当か分からないけどね」
「どう考えたって悪いのは千早さんでしょう!? 色んなオトコ侍らせてさぁ!」
「彼女の栄誉のためにひと言言わせて貰うけど、オレは千早さんのオトコじゃないし、そもそも彼女は誰も侍らせてもいないと思うよ。
それに、だからと言って、彼女に暴力をふるうのは、してもいい事? 悪い事? その判断ぐらいは下せるよね?」
ぐぅの音も出ませんとその顔が如実に語っていた。伊神さんを睨み、私を睨むと、フンと鼻息を荒くしてエントランスから出て行った。
「……ありがとうございました」
「なんのこれしき。それより、腕は大丈夫?」
「平気です。何ともありません。バッグがビニール生地だったのは幸いでした」
腕が痛くなかったのは本当。でも、心が受けたショックの方が大きいかもしれない。
「千早さん」
「はい?」
「今から動物園に行こうか」
伊神さんの急な提案に、今度は私が団栗眼になる番だった。
___05
実はマンションから動物園まではさほど遠くない。
それでも大人になってからは行く機会に恵まれず、何となく足が遠のいていた。いつでも行けるという頭があったからかもしれない。
地下鉄を利用し、やがて地上にあがる。目の前に現れたのは東山動植物園の門。鳥山明先生のイラストによる『ようこそ』の看板をくぐって園内に入る。
早くもゾウの宿舎に行きついた。その大きさに包容力を感じながら、フラミンゴも見て、その奥の休憩所でスポーツ飲料を飲むことにした。
「これってデートでしょうか」
「オレがそうだよって言ったらデートになるのかもね」
茶化したように伊神さんが笑う。デートの定義。それはヒトによって違うだろう。
「伊神さんも私もデートじゃないと思ってます。だからこれはデートではない……」
「でも、周りはそう思わないよね」
きっとそうなのだろう。今すれ違った熟年のご夫婦は、もしかしたら私たちを見てカップルだと思ったかもしれない。
2人の関係は、結局のところ、2人にしか分からない。
「そういう誤解って、ごまんとあるけどさ。弁解しても信じて貰えないよね。さっきのように」
「はい……」
弁解しても信じて貰えない。この言葉を聞くのは今日で2回目だ。
「そう言えば、今日は不破くんも休みだけど、2人でデートはしないの?」
「不破さんとは午前中にお会いしました」
「そうだったんだ。……ねぇ千早さん、なにか不安でもある?」
「え……、どうしてですか?」
「ずっと浮かない顔をしてるから。さっきもあんな出来事があったし、仕方ないとは言え、それ以外にも理由がある気がして」
理由は伊神さんにも関係していた。私が不破さんと別れた場合、不破さんは間違いなく透子さんを追い掛けるだろう。
そうなったら透子さんと伊神さんの関係はどうなってしまうの? 伊神さんの幸せのためにも、私は不破さんと別れるべきではない。
「千早さんは、不破くんといて楽しい?」
伊神さんのそれは、魂を揺さぶる質問だった。果たして上手に答えられるだろうか。
どきどきしながらも「はい」と答える。「楽しいですよ」。多分、言えたと思う。上手に。
ところが次の瞬間、ドバッと涙が溢れてきた。涙の言い訳をしなくてはならず、私は必死に取り繕う。
「優しいですからね、不破さんは。美味しいお店も沢山ご存知ですし、いつだってレディファーストですよ?
服装も髪型も褒めてくださるし、とてもいい方だと思……思……ッ」
その先は……駄目だった。言葉にならず、詰まってしまった。
不破さんのいいところは本当にたくさんあって、でもそれはどうしたって『LOVE』『恋人』として評することは出来ない。
『LIKE』『友達』、それが心で分かっているから、無理が生じてしまうのだと思う。
「……ごめんね。つらい質問だったね?」
伊神さんの顔から笑みが消えていた。あぁ、今のは私から本心を引き出すための質問だったのだと、遅まきながら気付く。
「……もう分かってるよね。それが千早さんの本音だ」
「ふ……」
込み上げる感情のまま涙を流す。伊神さんはただ静かに見守っていてくれた。
やがて感情の波が穏やかになった頃、伊神さんは私の背中をさするのを止めて「大丈夫?」と穏やかに訊いてくれた。
「は、はい……。すみませんでした……」
「相当参ってるみたいだね。もう……演じ疲れたでしょう」
「!! ……伊神さんは何を……いえ、どこまで御存知なんですか……!?」
湧き上がる疑問の数々。そもそもこの接触は偶然だろうか?
乞うように見上げると、伊神さんはスッと立ち上がって私を見やった。
「少し歩こうか、千早さん」
次の瞬間にはもう、伊神さんは穏やかに微笑んでいた。
___06
目の前を圧巻のスピードで横切るペンギンたち。伊神さんもペンギンが好きなようで、自然と足を止めることになった。
はしゃぐ子供たちの邪魔にならない位置から、同じようにペンギンの群れを眺める。
「オレは隠しごとが苦手だから、ボロが出る前に種明かしをするよ」
やにわに伊神さんが口を開いた。種明かしとは穏やかではない。何かが水面下で起きていたのだ。何を告げられるのだろうと私は身構えた。
「今日オレが千早さんと会ったのは偶然だよ。暑かったからね、ジュースが飲みたかった」
コンビニのポリ袋の中のペットボトルについては既に立証済みだ。
「でも、千早さんに声を掛けたのは、八女さんに頼まれていたからなんだ」
……話が見えない。なぜ接触を謀る必要があったのだろう?
「でも、理由はオレにも分からなくて」
「……はい?」
釈然としないものを感じたけれど、心底困りきっている伊神さんの様子から鑑みるに、本当に理由は知らされていないのだろう。
相手は芙蓉チーフ。無茶振りは想像に難くない。ところで芙蓉チーフの方は予測できていたのだろうか。伊神さんがここまで暴露してしまうことを?
――なんであっさり私の存在をバラすのよ、伊神!
例の如くお得意の百面相で詰め寄る芙蓉チーフの姿が、悲しいかな容易に想像がついた。
「実はオレ、不破くんから大体のことは聞いていたんだ」
「え!? ちょ……、待ってください。透子さんや芙蓉チーフも仰ってました。お二人は犬猿の仲で、会話どころか挨拶もないと……」
「……こうして改めて聞くと、随分おとなげない話で恥ずかしいな……。まぁ確かに、こないだまではね。
でもラッピング講座のときに初めて言葉を交わして、不破くんとはお友達になったよ」
アラサー男性の口から、にこやかに「お友達になったよ」という発言が出たのも衝撃だったけれど、驚くべきはその中身だ。
伊神さんと不破さんが友達? 俄かには信じがたい。でも『大体のことを聞いた』と伊神さんは言った。しかも、不破さんしか知り得ない情報まで。
よしんば不破さんと口を聞くようになり、最大の秘密を共有する仲になったと仮定する。それでもまだ疑問は残る。
「伊神さんは困るんじゃないですか? まやかしの関係とは言え、私たちが別れてしまったら。きっと不破さんは、透子さんへの想いを貫くはずです」
そう。不破さんはハッキリ断言したのだ。『不破さん、このまま付き合いますか? 私たち』との問い掛けに、きっぱり「いいや(ノー)」と。
「透子さんは伊神さんにベタ惚れですけど、不破さんが積極的にアタックし続けたら……根負けしてしまったりとか……」
「その心配はないよ。オレ、透子ちゃんとは別れたから」
「え? そうですか、透子さんとお別れに…………って、えええっ!??」
ペンギンどころではない。まじまじと伊神さんを凝視する。
もはや彼は、種明かしどころか全てを曝け出して、謎でも何でもなくなってしまった、無防備なマジシャンだ。
「う、そ……」
「ウソじゃないよ。まだ別れてばかりだから、八女さんしか知らないけどね」
「どうしてですか!? どうして別れて……」
「うーん……」
困った様子で曖昧に濁す伊神さん。ひょっとして……
「私が原因で……!?」
「あぁ、それは違う。全くの的外れな解答だから安心して。オレから別れを申し出たんだ」
「どうして……」
「透子ちゃんが好きなのは不破くんだって、分かったから」
「そうだったんですか!?」
青天の霹靂だった。いつも不破さんが追うばかりで、透子さんは一切振り向かなかったから。それどころかひたすら伊神さんを追い続けていた。
その構図が日常化していたから、透子さんが不破さんを好きになる可能性はついぞ考えたことがなかった。
まさか透子さんの中で、不破さんへの恋心が芽生えていたなんて……。
「じゃあ、伊神さんが身を引いたってことですよね……?」
「その表現だと美談っぽくなってしまうけど、違うよ。オレなんて、不破くんの背中を見ている透子ちゃんの姿を見ているのがつらかったから逃げただけだ」
「事情を全て知った上での御判断だったんですね?」
「そうなるね」
全員の機微を把握しているとしたら、伊神さんだと思って間違いないだろう。
透子さん、不破さん、そしていまは私の現状さえ把握しようとしている。物事を俯瞰視できているから、『正しく動く』ことも可能なのだ。
「透子さんと別れたことを、なぜ私に教えてくださったんです?」
「状況が変われば、千早さんの選択肢も増えるでしょう?」
伊神さんは、1人でも多くのひとが幸せになれる可能性を模索した。結果、身を引くという自己犠牲を選んだ。
私と不破さんの未来が伊神さんの決意の上に成り立っているのだとしたら、これから先の選択は絶対間違えられない。
透子さんと不破さんが両想いならば、せめてその恋は成就させてあげたい。その為にはまず、私が不破さんと別れなければ。
「伊神さんに救われました。今日はありがとうございます」
「オレは千早さんに励まされたよ」
「私がですか? 何かしましたっけ……」
「悩むのは大変なことだけど、乗り越えることも出来るんだなって改めて気付いたよ。千早さんが一喜一憂する姿も人間らしくて……。
ごめんね、ひとごとみたいに言ってしまって」
「いえ、ちっとも構いません」
「あと、やっぱり人と接するっていいなと思ったよ。その点は八女さんに感謝だね。……さ、もう少し楽しんで行こうか」
「……はい!」
ペンギンのゾーンを抜け、ホッキョクグマのところへ。
そうだ、今日は少し楽しもう。伊神さんのお陰で進むべき方向もある程度定まった。
やることをやってしまおう。後悔は、全て終わったあと、すればいい。
2014.07.24
2025.11.13
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