03話 【どの口が、それを】


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03話 (迦) 【どの口が、それを】


___01

集客率が高い祝日。平日より格段に忙しくなるこの日は不破君と青柳チーフが朝番、私は中番での出勤だった。
制服に着替え、ICチップ内蔵の社員証を使ってタイムレコーダーに出勤した証を残し、持ち場へと向かう。
ドライのバックヤードに着くなり、私を見付けた不破君が一目散に駆け寄って来た。
「おはよう、不破君」という挨拶は聞き流され、無かったことにされてしまう。
「志貴さん、困ってたんです。助けて下さい」
ストレートに訴え出る不破君が珍しくて、それだけに私はいやな予感と展開と報告を覚悟しなければならなかった。
「どうしたの?」
「今日来たマネキン。ロセのマネキンが」
「ロセがどうしたの?」
業界第2位の製パン会社、ロセパン。今日はそこが店頭試食会を行う予定だった。確か、マネキンが1人来るという話だ。
「ロセのマネキンの方が、かなり魅力的な女性で」
「……うん?」
もしもし? いったい何を言い出すの?
現れたマネキンが美人だからって、それがどうしたの? 透子ちゃんから乗り換えるってこと?
加えて、そんなことが理由で、私の「おはよう」という挨拶はあっさりと打ち捨てられたっていうの? 
「あのねぇ不破君」
窘めようと口を開きかけた私だったけれど、事実は違った。不破君は先回りする。
「その人が、どうも青柳チーフに一目惚れしたらしくて」
「……それで?」
「とにかく猛攻で。お客様用に配るパン……今日はサンドイッチ用のパンをアレンジして配る企画だったでしょう?
あれを極限に生かした勝負レシピで、出来てはその都度、青柳チーフに差し入れしてるんですよ。
それが露骨過ぎて、他の社員から苦情が来てるんです。『青柳ばかり羨ましいぞ!』と、嫉妬の声が数多く寄せられていたり」
「なんなのよ、その的外れなご意見、ご感想は」
この職場の従業員はどうしてこう、ピントがズレてるのよ。
「何が問題って、当のチーフがまんざらでもなさそうで、平然と受け入れてるってことです」
「へぇ……?」
「正直、見るに耐えられなくて。だから志貴さん、どうにかして下さい」
「どうして私が? 人の恋路を邪魔して馬に蹴られ死ぬのはごめんよ」
「このご時世、馬には滅多に出会えないから大丈夫ですよ」
「言葉の綾だってば。不破君が行けばいいじゃない。いつものようにビシッとキメてきてよ」
「イヤですよ。あんな綺麗な人を敵に回したくないです」
「語るに落ちた上に、不破君もただの男だったわけね。透子ちゃんに告げ口してやる」
「あ、それはやだ」
ああだこうだやり合っていると、私たちを横切る軽やかな靴音が通過した。件のマネキンだ。
余りにも可憐で、華のあるステップに、私は唖然としてその姿を見送る。
「……いいなぁ、チーフ」
隣りから聞こえた声で我に返る。不破君が骨抜きにされてどーするの。


___02

証拠を掴む為、私は不破君を伴い女性のあとを追った。更に奥深いバックヤードへと。
彼女の目的はやはり青柳チーフだったらしく、同性の私が聞いても羨むほど可愛らしい高音でチーフの名を呼ぶのだった。
「青柳さ~ん! 今度はピザを作ってみましたぁ。御口に合えばいいんですけど」
青柳チーフは重たい段ボールを移し替えているところだった。両手が塞がっていたのを好機と見たか、慣れた手付きで「はい、どうぞ」と口へ運ぶ。
躊躇したものの、大人しく口を開けて頬張る青柳チーフは「美味い」と一言。
その言葉を聞いて、嬉しそうにはにかむ女性。媚びてるのか素の行動か。判断はつきかねた。  
「眉根が寄りましたね。エネミー認定ですか?」
すかさず茶化してくる不破君の額をコツンと叩く。静かに、という意味も込めて。
「それにしても本当にいるんですね、あんな積極的な人」
小声で感心する不破君。
「透子さんもあれだけ情熱的になってくれないかな」
「伊神さんには情熱的よね?」
私の感想がお気に召さなかったのか、不破君は不服そうに嘆息する。
「それも今の内ですよ。きっと振り向かせてみせますから」
「……私、不破君のこと、時々凄いなぁって思うんだよね」
「何ですか、藪から棒に」
「自分のしたいことにまっすぐで、見てて眩しいなぁって」
不破君はもう女性の方を見ていなかった。その代わり、私をしげしげと見やる。
「どの口がそれを言うんです? 志貴さんこそ、口こそ素直じゃないものの、想いはまっすぐでしょうに」
さっき揶揄した時とは違う、あまりにも真面目な視線と声音だったものだから、彼が本気でそう捉えているのだと思い知らされた。
「自分では気付いてないかもしれませんが。……あぁ、違うのか。志貴さんの場合、『気付きたくなかった』が正解かな?」
「……不破君が憎い。何よ、さっきの意趣返しのつもり? 私はその後褒めたのに」
「図星でしたか。とんでもない。僕はそんなに狭量な男じゃありませんよ。
志貴さんが素直にご自分の本心を認めれば、もっと息がしやすくなるのにな~って話をしてるんです」
「そんなに苦しんでるつもりはないけど」
「そうですかね? あなたは空気を求めて水面を見上げる酸欠の金魚のように見えます」
「……不破君の言いたいことは何となく伝わった。……すごい例え方だけど」
「攻撃する意図は全くないです。傷付けるつもりも毛頭ありません」
「大丈夫、分かってるから」
不破君がいつも私を慮ってくれてることは、ちゃんと伝わってる。


___03

16時からドライ社員によるミーティングをすることになっていたので、1階バックヤードの小部屋へと急いだ。
ノックをして入ったらば、チーフも不破君もお粗末なパイプ椅子に腰を掛け、小さなメモ帳に何やら書き付けたりしているところだった。
遅刻したわけではないのでお咎めはない。私に着席を求めると、チーフらしい威厳に満ちた声で明日の予定を滔々と述べる。
マネキンに向かって発せられた、「美味い」という言葉の裏に潜んでいた柔らかさなど、いまは微塵も感じさせない。顔付きも厳しい。
「何か質問はあるか?」
いつの間にかチーフの話は終わっていたらしい。打ち合わせ終了時の常套句が紡がれる。
いつもなら「いいえ」と答える不破君も今日だけは違ったようで、「あのー」と声を発するのだった。
「ロセ・パンのマネキンなんですけど」
やっぱり言うつもりなのね。
「なにか粗相でも?」
鋭く光る青柳チーフの眼には、やはり冷たさしか感じられない。
「いえ、決してそんなことは。……じゃなくてチーフ。パンは美味しかったですか?」
「……?」
明らかに困惑しながらも、訊ねられた質問にはしっかり答えるチーフである。
「あぁ、腹が減ってたからな」
「それだけですか?」
「その質問の意図が全く見えないんだが。他にどんな答えがいるんだ?」
今度は不破君が困惑する番だった。改めて意図を述べよと詰められたからには、ちゃんとした説明が必要になってくる。
「あのマネキンの人、傍から見てもチーフに気があることが丸分かりでしたので、邪推を少々」
「そういうことか」
チーフはのみ込みが早かった。不破君の言わんとすることを察知するや、早々に首を振る。
「変に勘繰るな。お前の早合点だ。彼女とは何の進展もなかった。連絡先を聞かれるようなこともなかったしな」
「へぇー……」
「それに、媚びを売る女に興味はない」
何が驚いたって、彼女が『キャラを作っていた』とチーフが見抜いたことだ。
同性の私でさえ、演技なのか元来の性格なのか、見分けがつきかねたと言うのに。
私が鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていたからだろう、チーフはねたばらしをした。
「パンの差し入れは何も俺に限ったことじゃない。あの後、柾チーフや千早事務長にも何度か届けていたようだったからな」
なるほど、それで彼女の本性を見抜くことが出来たというわけか。「腑に落ちました」と不破君も納得している。
一瞬、青柳チーフは色恋沙汰に長け、女性の機微に聡いのでは? と疑ってしまったけれど、穿った見方だったようだ。
「話は以上だ。散会」
鶴の一声で打ち合わせは終わり、青柳チーフはさっさと退室する。その背が遠ざかったのを確認して、不破君は言った。
「あの人、恋愛してるんですかね?」
「絶賛お花畑中の不破君とは度合いが違うのかもね」
なぜか不破君は私を見て「前途多難だなぁ」と言い、部屋から出て行く。時間からして、彼もチーフ同様、そろそろ仕事がを引き上げる頃合いだ。
部屋に残された私にはまだ業務が詰まっている。
次にやることを考えながらも、不破君が言い残した『前途多難』が何を指しているのか熟考せざるを得ない私だった。


2011.01.20
2025.12.08


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