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2015/02/25
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昨日は62歳で亡くなった年上の友人M氏の命日だったので、よくM氏と昼飯を一緒にした、やはり年上の友人2に声をかけて昼食を一緒にして後、墓参りに行ってきた。市長引退後、自適に暮らしていた父親を看取り、その後、多少認知症が進んだ母親の介護をして看取った後、2年もしないうちの死だった。残された夫人と話したら、いきなり帰郷を告げられ、義父母を看取った後、亭主まで相次いで亡くなった、と呆然としていた。M氏は外柔内剛のきらいがあったのか、もう少し夫婦で話す時間が欲しかったのだろう、悔やみの言外に不満がかぶさっていた 線香と供花を携えて向かった墓は一門だけの区画しかない。お彼岸以来掃除がされていなかったのだろうか、枯れた供花が花立てに残っていて寂しい感じがした。月命日なんていう言葉はもう死語なんだろうな・・・などと思いながら、墓所を後にし、会社に戻った。
2014/04/22
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昨年あたりから老眼になったらしく、仕事中は近眼及び乱視矯正のコンタクトをした上から老眼用の眼鏡をかけるようになった。不便でしようがないが、これはこれで仕方がないと諦めるしかない。 それとは別な話だが、昨年夏から売りに出ていた玄関車庫前の4区画の土地の1区画が売れたらしく、暮れから基礎工事が始まったなぁと思っていると、最近のプレハブ・プレカット工法は早いモノで、帰宅して見たら、あっという間に屋根がかかっていた。4月からの消費税値上げを前に駆け込み需要を地でいっている。施主は市役所職員ということだ。30歳を前にして35年ローンを組んだという若者も知っているが、K氏というこの施主の事情は知らない。まぁ、この疲弊した地域じゃ公務員か銀行員くらいしか、新築の家を買うことはできないので、ある意味、地域に貢献しているのかも知れないというのが、近所の人の噂話だ。今日は旗日だが、朝から外装・電気・内装の工事業者であろう、駆け込みさえできない若者たちが入れ替わり立ち代わりやってきては、ドリルや金槌の音を響かせている。 若い人たちが独立したい、新しい家に住みたいというDNAを否定する気はさらさらないが、決して人口が増えている地域でもない、新しい家が建って人口が増えるのならまだしも、むしろ確実に減ってきているのに、同居を厭ってか、村部から流入する若者たちは競って安っぽいプレハブをつくりたがる。古い家は壊しも出来ず廃屋のまま村部に捨て置かれているのに、だ。なにか変な気がする。需要と供給のバランスで言えば、人が少なくなればそのうち住む場所や家も余ってくるのではないか。なにもそんなに急いで升目を埋めるようなオセロゲームをしなくてもよさそうなもんだ。むしろリニアが開通するまでに地域が消滅してしまわないか、という疑念さえ持つ。 それにしてもそんな状況で、数年前まで、360度田圃や畑だった焚き火小屋の周辺が10年も立たないうちにアパートや住宅で囲まれるようになった。とても蜂など飼っておられる環境ではなくなった。アパートと、新築されているプレハブで、ついに、水神橋から南アルプス仙丈まで一望のもとだった焚き火小屋からは、夏の花火も、春先の仙丈も、その一部分しか望めなくなった。これもこれで諦めるしかない。早く退職引退して、ニホンミツバチと一緒に山の中に引っ込むしかないか、…視界がだんだん狭まる偏屈者はそう考える。
2014/01/13
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夏頃からFacebookの方に書き出すことが多くなって、こちらの記載はしなくなりました。この傾向は続くと思いますので、まだの方は是非Facebookに登録(無料)して、友だちになりましょう! この1年間、多くの方々にお世話になりました。本当にありがとうございました。
2013/12/31
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卓球教室の子どもたちと保護者25人で、大平宿の旧小学校でキャンプをしてきました。 詳細は 松尾卓球教室のHP http://odanet.quu.cc/pingpong/20130803-04/index.html その度に思うのですが、火熾しやキャンプ設営、斧や包丁を使うことを、大人が手を貸すのを我慢して、子どもたち自身がやりとげると、多少時間がかかっても子どもたちが自信を持ち、眼に見えて成長するのがわかります。子どもたちの成長は親が手を貸さないことが一番ですね。 1500mくらいの山ですが、疲れたといいながら、頂上を極め、下山してきた時の顔は、みんな、なにかしら誇らしさでちょっとだけ鼻息も荒くなっています。 けれども、ハラハラドキドキ、子ども以上に大人が気を使って疲れてしまいます。
2013/08/05
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昨日、なにやら妙な動きを確認した蜂場を見に行った。86netさんの言うように、3群目を生き延びさすためにも早めの確認が必要と考えたからだ。が、しかし・・・ 奥の1群はかくのとおり。 数ヶ月前に落ちた巣がもう黒くなって分解されつつある。なかにはスムシがウジャウジャいる。 手前の1群もかくのとおり。 これは最近落ちたものか、まだ巣板の形が残っていた。 とりあえず、底板の残骸を片付けたが、上記2群は今年の採蜜は無理だ。うまくいっても、越冬できるかどうか怪しい。さて、どちらか巣落ちした箱から逃げたのだろう、並べておいた巣箱に入った1群であるが、これもなにやら巣落ちのような気配があったので内検してみた。巣落ちではないが、なにやら底板に富士山のような山をつくって巣づくりしている蜂たちがいる。ミラーで天板をみると5枚ばかり手のひらほどの白い巣板ができているので、この箱への転居は1月ほど前ということになる。とりあえず底板の山を撤去したが、随分蜜が入り口に流れ出た。 さらに不要と思われる継ぎ箱の待ち箱を片付けようとしたら、スズメバチが飛び出した。オオスズメバチかと思ったのは女王蜂で、な、な、なんと継ぎ箱に巣作りしようとしていたらしく、子どもの握り拳大の巣があり、4匹のスズメバチが巣を守っていたのだ。いきなり巣箱を動かしたので、驚いた女王様が飛び出したらしい。 まぁ、こんなこともあるさ。刺されなくてよかった! 巣落ちした2群は流蜜のあるうちに新しい巣箱に移さなければ自然消滅の可能性が高い。しかし、この暑さ。なかなか完全防備で行動するのはキツいのだ。
2013/07/27
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春先の分蜂期に分蜂が確認できず、したがって取り込むことのできなかった2群。 その後、写真奥(左)の1群は継ぎ箱が必要かと思うぐらい入り口に蜂たちがかたまりワンワンしていたが、手前の1群はどうも巣落ちしたらしく入り口のところで数匹の蜂がいつもうろうろしていた。このままいくと巣落ちした1群はそのうち逃避か消滅して、残された1群は今年は搾蜜するわけにはいかないから、どうも気力が萎えてしまって、あまり観察にも通わなかった。特に6月下旬から7月中旬にかけては暑くて、どうも見込みのない群を見に行く気がしない。 今日、仕事の関係で、蜂場の前を通ったので、それでもと思って覗いてみた。 するとどうだろう。強勢群と思われた奥の1群の入り口にはまだ若そうな蜂が数匹ウロウロしているだけ。これが奥の箱。ここも逃避してしまったのか。 逆に巣落ちして消滅するだろうと思われた群の入り口が賑やかである。ホッとしていると、なにやらワンワンという羽音が耳に飛び込んできた。 分蜂期に数打ちゃ当たると思って、並べていた巣箱の1つの入り口に蜂が固まっている。まるで強勢群が引っ越してきたような勢いである。 糠喜びはしたくない。奥の1群の引っ越しの途中(夏分蜂)なのかもしれない。ともかく巣落ちしたと思われた1群が快復して、飛び回る赤蜂を追い払っていたのはまぁ喜ばしいし、強勢群と思われた1群の入り口には迷い蜂のような数匹の蜂しかいないので不安だし、数打ちゃ当たるの箱には思いがけず1群が入ったのは喜んでいいのかもしれないが、まだまだこの暑さを考えると果たして落ち着くか疑問だし、なかなか感情の落ち着きどころが難しい。 仕事もあるので、10分足らずで引き上げたが、とりあえず感情は落胆から快復傾向にある。また後で落胆するのは却ってショックも大きいから、とりあえず今日の発見の感情は保留ということにしておこう!
2013/07/25
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月1回の勉強会に、両手に資料のいっぱい入った布袋を持ち、肩から単行本何冊かとA3判の資料が折り畳まずに入れられる20年以上愛用の革カバンを提げて通っていたが、思案して、両手いっぱいの資料をPDFにしてPCに入れて持ち運べないか、以前から考えて、数年前っからiBookを使ってみたがそれほど効果はなかった。しかし、ここに来てついに革カバンがリタイアしそうなので、早急に次の一手を考えて、iPadにしてみた。iPadはすでに第4世代に入っていて、ただ小さい軽いだけではなくなっていた。 とりあえずディスプレイ上のキーボード操作が不安だったので、カバーにもなるというロジクール ウルトラスリム キーボードカバーをあわせて購入。Bluetoothなので、使いにくければカバーだけで使えばいいが、本体と質感の似ている素材でマグネットでしっかり密着する。キーボードの面の真ん中の白い溝にiPadを入れると、iPadやキーボード、それぞれにスイッチオンになる。 Appleストアから購入すれば、iPad本体に刻印する無料サービスがあるというので、せっかくだから次の2行を刻んでもらった。 Werde ich zum Augenblicke sagen:Verweile doch, du bist so schoen ! これはなかなか感じがいい! iCloudやフォトストリームというMacOS 10.8以降の機能を使えば、自宅PCと会社PCとiPadの、スケジュール表やiphotoに取り込んだ写真が何の操作もなしに同期できるのは、遅れてきたiPadおじさんには驚愕だった。ネットに繋がっていなくてもiPadで撮った写真は知らないうちに、自宅や会社のPCに送られてきている。多少不気味さはあるが、とりあえず便利さがうれしい。ちょっといい気分になって、iPad用の小さなバッグ(ELECOMのZEROSHOCK)を買ってしまった。 指先でディスプレイを触って操作するのも慣れればなかなか面白い。キーボードも意外に使いいい。ディスプレイはRetinaディスプレイモデルとかいうのらしく、会社のマウスより反応がいい。 Wi-Fiが使えるスポットならば新たな通信の契約など必要なく、インターネットに繋がるのもいい。自宅/会社/資料センターで繋がるように設定したので、不便はないし、電池の連続10時間というので、今のところ不自由はない。もう少し眼がよければiPadminiでもいけたかも知れないが、その度に眼鏡を付け外しする方が面倒だ。 問題のPDF化した資料も、検索が効くので、いちいち書類を繰る必要もない。この急いで書類をかき回した後の書類の整理が大問題だったが、それもなくなった。 この大人のオモチャ、マニュアルもなにもないので、YouTubeなんかで操作を確認しながら始動。 さぁ、いよいよ仕事をせざるを得ない状態になってしまった。 ちなみに歴戦の勇士、これは2代目である。初代はポーター10年以上、この2代目は無銘だった。 持ち手、その付け根は何度革や金具を付け替えたことか、内側もボロボロ。持ち手の内側の革も張り替えてある。
2013/07/17
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愛犬との朝の散歩、5時前に起き出して、リードを持ったら雨が降ってきた。 ここ数日で、乾いていた田畑もずいぶん潤ったにちがいないが、ジメジメといやな季節がきた。学生時代、万年床の下の畳にカビが生えたことがあって、以来、布団はこまめに天日干しするようにしているが、それでもこの季節は嫌な記憶が甦るときがある。 そこで、この季節を少しでも快適に過ごすために、スノコを導入することにした。安いものは5000円そこそこであるが、材質も桐や藤やラワンやスギやヒノキなど様々。形態もベッドからスダレみたいなものまで、なかなかどうしてバリエーションがあるのに驚いた。 藤椅子の快適さもあるが冬場はどうだろう、桐材は軽いが小生の体重を持ちこたえてくれるかどうか、中国やアジア諸国製は安いが品質に不安がある。ベッドは一度入れてしまうと、家内が掃除するとき大変そうだし・・・、と悩んだ末、「折りたたみのすのこベッドで、日本製、ひのき材 (和歌山県産) すのこマット」を約1万円で購入した。届いた時は、20キロ以上もあるし、作りも下の写真のようなものなので「なんだこんなものか。1万円にしてはチャチだなぁ」と思ったが、まぁ購入してしまったものなので早速使ってみた。 嫌な匂いではないのでそれほど気にならないが、ヒノキの香りが鼻をつき、まるで森の中の製材所にいる感じ。最初はスノコにしては大げさで重いなぁと思った重量も、寝てみると体重をしっかり受け止めてくれる感じで意外にいい。1週間ほど立つが、香りもいい加減で、なかなか快適である。 考えてみると、人生の3分の1は布団の中で過ごすのだから、もう少し気を遣っていいのかも知れない。高い買い物か、安い買い物かはまだ結論は出せないが、第一印象が悪かっただけに、なんだか得した気分だ。
2013/06/26
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久しぶりに蜜蜂の話ある。 庭先でニホンミツバチを飼おうと思って小さな庭に巣箱を置いた10年くらい前には、ここは農地と荒れ地と畑に囲まれていた。庭先で優に2〜3群は飼えるだけの蜜源に恵まれていた。まさか自宅を取り囲むようにマンションが出来、水田や畑が宅地化されるとは思わなかった。それでも蜜源植物を植栽しておこうと、友人からもらった苗の中にケケンポナシがあった。人の肩ほどの高さだったが、10年しないうちにこうなってしまった。 夏の暑い時期などには、木陰をつくってくれて、いつのまにか我が家のシンボルツリーのような大きな顔をしている。しかし、ちっとも蜂たちが寄って行く姿を見かけないし、花の時期が短いのか、気をつけていないと、その花さえ見逃してしまう時さえあった。 時移り、前述のような環境になったので、今年は庭先の巣箱も山に移してしまった。 ・・・と、ところがである。 今年は春先から異常気象が続いたせいなのか、ここにきて、白い小さな花弁がさして大きくもない庭に雪のように散り敷く日があるばかりでなく、時に、分蜂の時のように賑やかな蜂たちの羽音がする。花も近年になく多いような気がする。最初は西洋蜜蜂ばかりが多かったが、ここにきてニホンミツバチの姿も多くなった。てんとう虫や大型の蜂たちもいる。蜂のいない生活はさびしい。山から巣箱を庭先に持ってこようかとも思ったが、このケケンポナシの流蜜期をもう少し見定めないと、蜂たちを飢えさすことにもなりかねない。今年は指をくわえて見ているしかない。
2013/06/16
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86netさんからいただいたユリノキがなんとか冬を越した。キンモクセイ豊後梅の間。大きくなる木らしいので、少し窮屈そうだが、またその時は、敷地の際にあるモクセイを伐るしかないかな。 さて、日除け代わりのキュウリの棚。梅雨に入ってさしあたって日除けの役目はいらないものの、もう一つの役目のキュウリを成らせはじめた。 少し葉っぱが黄色くなってきて、陽射しの強くなるまで保ってくれるかどうか心配だが、2つの役目の内、とりあえず1つの役目は果たしたようだ。 アキもヒートの著しい時期が終わったのか、食欲減退と朝方の甘え鳴きがなくなったようだが、お前、早くオスワリを覚えろよな!
2013/06/13
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そういえば今日は新聞休刊日なので休みだった! いつも通り、5時直前に起こしてくれるアキの鳴声を聞きながら、そう思った。と言っても寝ているわけにもいかず、タラタラと起き出して、アキに「もうすぐ散歩に行くから静かにしておれ!」と声をかける。不思議に人の顔をみると、泣き止む。きっと家来を起こしてやっているつもりなのだろう、まったく! 散歩から帰ってくると、今度はカミさんが「停電になったからブレーカーを見てくれ!」という。一応「オレは電気屋じゃないから・・・」と反論はしてみるものの、人の返事も聞かず、「洗濯機を廻しただけなのに・・・」と自分のセイではないことを強調する。まぁ焦ってもしょうがないので、外にいる間にと、小さな畑と小さな庭、昨日本伏して寒冷紗をかけたしいたけの原木に散水していると、隣の奥さんが停電を告げた。確かに池のプクプクがプクプクしていない。これはなおさら小生がブレーカーをいじってもなおらないだろうと、散水を継続。気がつくと、池のプクプクもプクプク言い出したので電気が通じたようだ。 昨日、草取りをしたので、少し風が通るようになった庭の隅の山紫陽花(ヤマアジサイ)が咲いているのに気づいた。庭の草ひきは家内が担当したので、小生は今朝水まきまで気づかずにいた。この山紫陽花はもう10年近く前になると思うが2株、知人からいただいたもので、ガクアジサイ。紅(くれない)という名前もついている。 咲き始めは可憐な真っ白な花が咲く。これが次第に花先からピンクがかってきて、半月ばかりすると深紅になっている。その変わり方の激しさに何時もドキッとさせられる。知らずに深紅になった花だけ見る年もあれば、今年のように可憐な白から楽しめる年もある。今年の咲き始めだ。 ちなみに下の2009年はこれくらいの大きさで花の数も少なかった。咲いてから何日目だろうか、少し花先がピンクがかってきているのがわかる。今年は、深紅の花もぜひ確認したいものだ。 今日まで天気は保つらしいので、切り取った庭の木々の枝を焚き火小屋で燃やしながらおいしいコーヒーでもいただこう。
2013/06/10
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梅雨と梅雨の合間の晴れ間を「梅雨の中休み」。これをモジって、梅雨に入った直後から雨が降らないのを「梅雨のズル休み」と気象業界では言うらしい。このズル休みや中休みの時期に畑の草取りをサボると、梅雨の終わり頃の畑は目も当てられない様になる。我が家の小さな庭や畑も例外ではない。したがって、この時期の晴れた日曜の午後の大部分は庭の手入れと畑の草掻きに追われる。本当であれば、少しでも涼しい午前中に済ませたいところだが、ここ20年くらいは日曜の午前中は卓球教室の指導で家にいた試しがないので、勢い作業は昼食後になる。 ようやく15時過ぎになって一区切りついたところで、春に被災地の椎茸農家に送るために切った椎茸の原木の、細くて送りものにならないはねだしを貰ってきて菌(コマ)を打って、寒冷紗を被せて仮伏せしておいた原木の本伏せ作業をすることにした。売り物にするのでなければ、細い方が菌の周りがはやく、キノコも採れるとは、山仕事の方の言。菌を打ち込むのが遅かったので、今まで仮伏のまま放っておいたが、6月も中旬になるので、いよいよ本伏にしておこうというのだ。 考えた末、いつもおいていた金魚の池/白椿の樹の下はやめて、今回我が家のシンボルツリーになっているケケンポナシの木の下に本伏することにした。なんだか本物っぽく見えるが、これに寒冷紗を被せて一冬過ごせば、来春にはもしかして1・2本でも収穫できるかも・・・知れない。
2013/06/09
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梅雨入りした。 しかし、デブには辛い夏が予想される。屋外で過ごすことが好きな吾が輩は、小さな庭を朝日は差し込むものの適度な日陰のあるものにしたいと、欲張りな要求にしたがって考えを巡らした。そこで辿り着いたのが、昨年、ゴーヤで失敗したエコな日除けである。(結局、それか!) 昨年のゴーヤは肥料が足りなかったのか2つ実をつけただけで盆前に枯れ、日除けの役をなさなかった。どうせお盆まで保たないのであれば、そこで今年は一挙両得をねらってキュウリにしてみることにした。 プランター2個に4株。これならプランター栽培と変わらないから、キュウリも何本か、収穫が期待されるのではないか。 少し土が余ったので、あまった鉢に播いたら芽が出てきた朝顔もプランターに並べてみる。 アキがナニゴトカ、というような顔をして見ている。 これで玄関から焚き火小屋に向かう通路に日除けの棚ができる。・・・かも知れない。 午前中、珍しくカミサンが庭の草とりをしたといったが、予想に違わず、夕方から雨が降り出した。
2013/06/02
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気持ちのいい季節になった。 明日が日曜日となるとなおさらだ。 アキと散歩の後、小さな畑に水をやって、ラジオ体操をする。 玄関のクレマチスが満開になっている。1人で見ているのももったいないので、写真を撮った。 ここ数日の暖かさで、ジャガイモも茎を伸ばしたし、長芋も手をつくってやらねばならないほどになった。畑の土手にも様々な草花が咲き出した。 そろそろ、春眠から初夏になっても暁を覚えない家内を起こして、朝食をつくってもらわないと、会社に遅れそる・・・
2013/05/18
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「お父さん、タイヘン、タイヘン」と愚妻が八五郎よろしく書斎にやってくる。 だいたい休日には1〜2回は必ずあるので、こちらも銭形平次よろしく「ホウホウ、今度の大変は何でしょう?」と聞き返すことにしている。そのほとんどが、スイッチを入れていないCDがならない(壊れた)とか、廊下の電灯がキレた(替えろ)とか、愛犬の目のところにダニがいる(抜けた綿毛を見間違っている)だとかいう程度のもので、PCでやりかけの仕事があるときなどは腹の立つこともあるが、それをグッとこらえて「どれどれ」などとどっちつかずの雰囲気で椅子を立つ。 このどっちつかずの態度が重要なので、山の神の機嫌の悪い時に「後で!」とか知らない振りをしていると、夕食時のアルコール摂取に多大な影響がある。そもそも山の神の雲行きなど平地に住んでいるビジネスマンの預かり知らぬところであるが、「なんで亭主の休日にバタバタ動き回るのか」などと決して問うてはならないのである。 さて今日のタイヘンは風呂場を掃除していた彼女が水を浮かべたタライを指し示して「シロアリ、ハアリ」だという。タライの中にはそれらしき羽のついた小さなアリのような虫がワタワタしている。 愚妻の頭の中では、すでにもう、かねてから気になっていた台所や浴室の立て替えリフォームまで想像が飛び回っているらしいが、調べてみるとどうやら確かにシロアリかクロアリのようだ。古い家だし、この春先に隣家がシロアリの駆除をしたというので、蜂も分蜂の時期なので、似ているアリもそんな引っ越しがあってもおかしくない。この分蟻?は自然界ではなかなか生存が厳しいらしく、ほとんどが失敗に終わるらしいが、気をつけて観察しておかなければならないだろう。 とりえず焚き火小屋に避難することにした。 畑だったところに2棟のアパートが建ち、水田だったところが3区画整地され1000万円の売地になったが、かろうじて焚き火小屋の前の水田1枚が残っている。その水田に水が張られた。なんだか嬉しい景色だ。 アキも嬉しそうに寄ってくる。 花壇には昨秋播種した花の種が育ったらしく小さな花を咲かしている。 ハアリはショックだが、まぁ少し落ち着いて対処しようと思った連休最終日である。
2013/05/06
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昨日会社が退けてから、86netさんのアドバイスにしたがって、山に置いてある2群の蜂場のトラップの上に寒冷紗で日陰をつくった。 そして今朝早く様子を見に行った。分蜂は昼前後だろうと、巣箱を覗いてみることにしたが、1群は既に蜂数が減って、抜け殻になった王台が2個確認できた。すでに分蜂は終わったものと思われ、この1群に関しては巣を受け継いだ女王蜂の群れが順調に蜂数を増やして貯蜜、越冬してくれることを願いしかない。 もう1群は蜂数こそ多いが、やはり第一分蜂が終わったのではないかと思わせる静けさで、雄蜂の蓋も一時期ほどの多さではない。明日明後日は寒くなるというし、この群れも分蜂があってもあと1回くらいだろう。 落胆して、昼前に帰宅。あとは畑の草取りで1日が過ぎた。なんともトホホな連休初日である。
2013/05/03
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自宅の庭先養蜂を楽しんでいたが、ここ数年来の周辺環境の変化で、仕方なくより田舎に蜂場を移した。したがって、この時期、分蜂を庭先で確認していた家内の仕事はなくなり、小生が仕事への行きがけ/帰りがけ/休日、トラップに蜂玉ができやしないかの確認に飛び回らなければならないが、そう蜂のことばかりカマッテもいられない。まぁ、分蜂するならしてもらって、女王蜂の更新さえしてもらえば、飛び立つ旧女王蜂とその群れは諦めざるを得ないのが現状だ。今のところ蜂玉は見ていない。 しかし、みすみす手をこまねいているわけではない。この2群も雄蜂の蓋が落ち始めて2週間くらい経つので、もう第一分蜂は終わってしまったかもしれないが、近場に蜂玉をつくる第2分蜂をねらって、待ち箱をトラップがわりに置いてみた。 今日の昼ごろ、行ってみると、偵察蜂が何匹か、複数の待ち箱に出たり入ったりしている。まぁ入らないかもしれないが、みすみす逃がすより、万が一の可能性を信じて、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるじゃないが、どれか好きな箱に入ってくれるといいんだが・・・。 このGWのお休みは4/28・5/3・5/6-7の4日間。明日から天気は下り坂。連休後半が保ち直すらしい。5/4-5を有休にして蜂場に貼り付いていれば1群くらいは捕獲できるんじゃないか、と、淡い期待を抱かせる、偵察鉢の訪問である。
2013/04/29
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その人の父親は、この峡谷に流れ着いたどこの馬の骨とも知れぬ小生をなにかと引き立ててくれた。知り合ったときには市長という彼の肩書きは既になくなっていたが、彼の人柄を慕う人たちが、同じように小生を遇してくれた。彼が亡くなってもう数年になる。しかし、そのおかげでただ一人の知人もないこの地域で、今なお多少とも使ってもらえるものと思っている。 彼には、ちょうど同じ頃、この地域にUターンした、小生より10歳ばかり年長になる息子が居て、彼の死の前後からはもっぱらその息子との付き合いの方が多くなった。まだ還暦を迎えたばかりで、山にも登れば、不得手な酒席にもつき合ってくれた。知人一人いないこの峡谷に向こう水にも飛び込んできた「旅の人」を、彼の父親がそうしたように、彼もまた温かく受け入れてくれた。 数年前に父親を送り、昨年には母親を送り、その整理も済まないままだといいながら、体調を崩したといって急に入院することになったと言ったのが昨年暮れ、正月早々に入院し、何度か手術をした。病状については、入院時既にかなり進んでいたらしく、詳しいことは言わなかったが、彼は覚悟していたようだ。何度か見舞いに幾たびにやせ細っていくのがわかったが、努めて差し障りのない会話をした。落胆しているのがわかった。病床でも、本来であればこの春就職する筈の、末の息子のことを気にしていた 昼頃、共通の知人から連絡が来て、彼の死を知った。如何ともしがたい。 親の世代ならわかる。しかし、最近、同世代の友人たちの訃報に接することが多くなってきた。 体力がない割に、山は好きだった。よく1人、目を細めて遠くをみていた。 遺族も持っていないだろう、ここ10年ぐらいの彼の写真データを整理しながら、自分も折り返し地点を過ぎた、いつ逝ってもいいように遺影用の写真を用意して置かねばならないと膨大な写真データを前に考えた日であった。
2013/04/22
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先日、故郷の高校の同窓会から同窓会名簿作成のための調査カードなるものが送られてきた。必要な友人たちとは連絡ができるし、セールスや選挙活動に使うわけでもないので、名簿は全く用なしなので注文したことはない。故郷を離れて40年近く立つので、今さら同窓会や同級会でもないが、田舎には両親や弟妹たちも生活しているので、まったく知らんぷりもできないので、10年に1度ほど来るカードだけは記入して送ることにしている。 ところが今度送られてきた調査カードには、以前の住所に送付したところ宛先人不明で3,713人が宛先人不明で戻ってきたとして、確認のカード(ハガキ)と一緒に『住所不明者一覧表』というのが同封されていて、2つの意味でびっくりした。1つは、自分たちの期(卒業年度)あたりから不明者が多くなっていくこと。その中には、中・高と一緒だった友だちの名前もかなりあり、同じように年を重ねているだのだろうが、中・高の時の顔しか思い浮かばないが、どうしているのか、思いやられた。また、もう1つびっくりしたのは、宛先人不明で返送されてきたとしても、それをいきなり「住所不明者」として、あたかも指名手配をするかのようなやり方で同窓会員全員に流す手段の乱暴さだ。いかに顔の見えない第三者(業者)に丸投げしてつくっているとはいえ、「同窓」としての暖かみにかけるような気がする。一義的には指名手配になっている同窓生の責任であろうが、また卒業生も前後3年程度しか仲間の顔をしらないだろうが、生家や地区、クラス毎や部活であたっていけば、あるいはフェイスブックなども駆使していけば、ある程度のつながりはまだあろうに、そうした手段をとったのかどうか、甚だ冷淡な扱いだと思った。 小生の住んでいるところは、とりわけ同窓会のつながりが強い地域のような気もする。同窓会名簿も住所/電話番号/最終学歴から出身地区まで事細かに記録されていたが、7〜8年前から個人情報の関係もあって名簿の役に立たなくなって存廃が議論されているようだ。もともと校舎の新築改築記念行事等の資金集めのツール以外、善用/利用されていなかったようだから、実害はないのだろうが、わが母校のように『住所不明者一覧表』までしてつくる愚を犯さなかったのだけは評価できる。
2013/04/14
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3月から朝の散歩を再開した。早々に先月起きた近所の殺人事件についての事情聴取を受けるなど、散歩を邪魔されるアクシデントもあったが、やはり朝の散歩は気持ちがいい。 アキもコースに慣れてきて、自分が先頭を行きたがるので、飼い主の威厳を示すために手綱を抑えるのにだいぶ苦労する。山須臾や梅ももう終わりかけて、散歩道には椿やレンギョウ、花桃が咲き出した。 中でも、朝日が南アルプスから顔を出す頃に通る旧道の板塀とレンギョウの咲く道が好きだ。
2013/03/20
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昨年秋から公益社団法人に昇格した南信州地域資料センターなどで捨てられそうになっている地域関連の書籍・写真などの印刷物を仲間と収集したり、もはやマス・メディアとはいえない数百部単位の地域の記録や個人史などを出版する仕事をしていると、アベノミクスやインターネットなど目先の経済や結果ばかりを追う社会、またその研究そのものの方法論や発表の仕方が次々に変わって行く世の中の動きに、逆行しているとまでは言わないが、どうも本流とは違った流れの中に立っていることをヒシヒシと感じる。自分自身はネットも電子辞書も使いながら、やっていることは、そうした流れとは反対方向にあるアナログな資料探索・保管である。まだ、それなりの意味はあると思うが、どうも主流ではないし、流れゆく先も、かなり違った方角のように思える。 そうした戸惑いや不安は、むかし、標識や登山道の整備されていない南アルプスの山々を経巡っていた時に感じた、この道でいいんだろうか、という不安によく似ている。獣道と紛うばかりの荒れた細い道らしきに踏み跡を、地図と磁石と太陽を睨みながら、山小屋や山頂に歩み出す不安である。人に出会わないときは、踏み跡がたよりだが、その踏み跡も岩場で消えたりする。本当にこの道でいいんだろうか・・・ もともと短歌などの素養もないが、ひょんなことから入手した淘綾の色紙が書斎(本置き場)の机の横に架かっている。そして数年前から、正月になると玄関の絵も加藤淘綾の「海老」の絵に架け替える。 加藤淘綾は日本画家・アララギの歌人、そして登山家であった1人の奇人である。 「谷ふかく人に遭はざる路のべの石にしばしばわれは憩ひぬ」 扁平斜体のかかったような独特な書体、淘綾のちょっと一徹な神経を感じさせる。 この短歌は、調べてみると、昭和18年2月刊の歌集『霧苔』(八雲書林)の昭和12年「信濃遠山谿谷」20首のうちの1首である。 廬溝橋事件から日中戦争・太平洋戦争に向かう時局の中で、よくこんな瀟洒な本をつくることができたと感心する。見返しは、落葉の押し絵が色擦りになっており、序が斎藤茂吉、題簽が安田靫彦の自筆、紙こそ酸性紙で退色が著しいが、コロタイプ印刷のような精緻な自筆挿絵も二葉挟んである。 今でさえ人影まばらな赤石山脈への道を選び、天井を仰ぐようにして見なければ空も見えない深い谿の底で、日本が戦争に突入して行くなか、淘綾は何を考えながら深山幽谷に佇んでいたのだろう。しかし、その佇みの時間が彼には必要だった。 淘綾の戸惑いや不安の中に、また悲壮な決心も読み取れるのである。 あやかってというわけではないが、心細い道を歩む応援歌のように、ここ数年、正月の度に、淘綾を思うのである。 淘綾については既にこのブログにも何度か書いた。上掲の本も、もう忘れられていて希少本になったのだろうか、Amazonなどでは高値がついているものもある。また「山岳画家加藤淘綾 歌と旅の人生」という評伝もあるので、興味のある方は図書館などで探してほしい。
2013/02/12
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雨やら、雪やら、肩こりやら頭痛やら足の裏が痛かったりでワタワタしているうちに1月も過ぎ去ってしまった。 今日は節分。 休日と晴天とがようやく重なった感じ。 アキも待ちに待っていたという感じでじゃれつくので、服がすぐに汚れてしまう。 ところでアキもこの3月で1歳になるので、食事をパピーから成犬用に替えて行かなければならない。 どうもサイエンスダイエットは食べにくそうなので、ブリーダーのところで与えていたユーカヌバにしてやることにした。サイエンスダイエットの時もそうだったが、ブリーダーパックで買うと4〜5キロ定価の値段で、18キロ買えるのはいったいどういうわけなのか不思議だ。どこかしら首をひねりながらも、背に腹は替えられぬから、とりあえずユーカヌバ・メンテナンス 成犬用のブリーダーパック18キロをネットで取り寄せて、少しずつ餌に混ぜている。 それにしても不思議だ。こんなことをしていたら、地元で買う人がいなくなるぞ。 ユーカヌバは、確かに、今度はよく食べる。家にも慣れてきたせいか、少しの物音にもビクビクしてのが、最近では両足を投げ出して日向ボッコよろしく平気で寝ている。寂しそうなので話しかけるとフン!といいたげに横を向いたりする。少し横柄になってきた感じ。まぁ、しょうがないか。 かといえば、ゴニョゴニョと何か言って、すぐ家人に来てもらいたがる。かまえば横を向き、放っておけばゴネる、かくも女性とは面倒な動物なのだと、改めて実感させられる。まぁ、我が家に慣れてきた証拠と、諦めるしかない。
2013/02/03
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若貴時代以降の大相撲は、トップが外国人に占められ、スポーツ界での日本人の不甲斐なさを目の前に突きつけられているようであまり見る気になれなかった。八百長や野球賭博といった度重なる不祥事を起こしながらも、国技というから相当の国家予算の補助を受けながら何年にも渡ってトップの外国人を養ってきたのだから、これほどノー天気に開かれた競技もあるまいと思うのは小生ばかりではあるまい。 しかし、そうは言いながら、必死にやっている2強以外のドングリの背比べもそれなりに面白いものだから、休日など夕食前の無為な時間にTVをつけている。最近の注目は、NHK解説を退職した杉山元アナが年間席を自腹で購入して一生懸命土俵上を見ている姿や、例の黄金色のシルクハットに日本の日の丸を描いた目立ちたがりの酔狂なじいさんが隣の席のオバさんの迷惑顔も何喰わぬ顔で扇を振りかざす姿などを見て楽しんでいる。と、するうち、先の九州場所では花道の通路より4〜5段目に粋なお姐さんが15日のうち数日だけ洋服だったが、あとは毎日違った着物を着て陣取っているのに気がついた。 そして迎えた1月場所も相変わらず相撲そのものはおもしろくもなんともないが、テレビに映る正面左側の花道の4〜5段目に、黒紋付の和装のお姐さんたちが座っているのに気づいた。九州場所のように連日というわけでもなさそうだが、どこか企業か谷待筋の年間指定席でもあって、そうしたお姐さんたちに開放しているのかもしれない。九州場所のお姐さんより劣るが、3〜4人の数で勝負だ。1人目、右上。 髪をつかんで反則を言い渡された力士の右上に2人目と3人目。 上記3人の左横に、力水を与える力士のお尻のあたりの禿頭2人の上に、4人目。 相撲がつまらんので、桟敷席の人の姿を見て楽しむ相撲観戦である。ふう・・・。
2013/01/20
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山に置いていた強勢群が、年末に行ってみると蜂が通っていない。 いつもより1ヶ月も早い寒波の襲来に、少し早めだが冬囲いをしてやらなければと思いつつ、仕事が忙しくてなかなか手がつかなかったことと、あれだけの強勢群だったのでまぁ越冬してくれるだろうと高を括っていたのが失敗だった。正月休みに、秋口に消滅した2箱と一緒に回収してきた。秋口に消滅した1群は蜂数が増やせなかったのか、巣板が6枚ほどあったが貯蜜は巣板上部の1/3程度で、大方が寒さのため巣房に頭を突っ込んで死んでいた。山の強勢群は出入り口まで巣板が降りてきており、入り口に蜜が垂れていたところをみると、凍った貯蜜が溢れ出し、出入り口を塞いだことも一因しているようだ。蜂は底板の方に拳大の一塊になって死んでいたが、巣房に頭を突っ込んでいるものはなかった。思ったより数が少なかったが、貯蜜はびっしりだった。夏場と違って、部屋に置いておけば自然に蜜垂れするというわけにはいかないので、採蜜用具をストーブの前に持ち出し、約1週間ほどかかって6〜7kg採蜜した。冬場の採蜜は初めてだったが、ダラダラ汗を流しながらの夏と違い、意外に快適だった。意外に収量があったが、喜んでいいのか悲しんでいいのか、わからない。 というのも、これで手持ちは対岸の洞においてある2群となってしまった。この2群は夏になっての分蜂だったので、女王蜂は若いが、置き場所に困って、2群とも同じ場所に置いてしまった。この時は5群あったので、初めての場所だったので、場合によればこの2群のうち1群は消滅してもしかたがないな、なんて思いながら設置した記憶がある。巣箱も有り合わせの使い回しで、あまりいい箱ではない。ところが、秋から暮れにかけて、この巣箱をのぞく2群が相次いで消滅し、頼みの強勢群も上述のように暮れに消滅してしまった。 もし、これが越冬できなければ今春は淋しいことになる。 遅ればせながらではあるが、その残りの2群の冬囲いを昨日終えた。昼中だったので、蜂は通っているのを確認できたが、やはり巣箱のつくりは粗い。大寒は過ぎたとはいえ、これから3月、梅の花が咲き始めるまでが勝負だ。少し念入りに冬囲いをして、後は、神に祈るしかないか・・・。トホホである。
2013/01/13
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世の中では正月9連休などと騒いでいるが、もっとも休みの少ないであろう商売であるので、唯一人並みにある30日から3日までの4日間の正月休みがどう足掻いても最長の休みである。その4日のうちの1日はほぼ大掃除やら初詣に費やされる。若い時は、正月登山やら冬山に1〜2日くらいは費やしたが10年くらいは行っていないので、したがって実質丸3日間がここ20年間ぐらいの1年間でもっとも長い正月休みの実態である。この3日間に何を読むか、ということを考えるのが、暮れの楽しみである。 そして今年は、たまたま手に入った郷土誌「伊那」のバックナンバーから、1975年から1985年の正月号を読むことにした。なぜ正月号なのかといえば、この年代の「伊那」の正月号は正月ということもあって決まって民俗学関係の特集号が組まれているからだ。特に1976年には柳田国男の生誕100周年に当たる関係で柳田国男の特集号が組まれている。ご当地ならではの、細々した、ある意味マニアックな発見と、柳田と関係の深い人々の証言が掲載されていて興味深い。婚姻直後の明治33年2月の来訪は、農商務官として講演に訪れた飯田での記録は同年12月号の「伊那青年」に載っているが、まだ文学青年だった柳田の短歌が同じ雑誌に載っていることは、この時点では見逃されているようだ。向山雅重や北原謙司、池田寿一、水野都沚生、牧内武司などの谷の民俗学草創期の面々に混じって、今では忘れ去られた観のある宮沢三二、西尾実、大沢和夫、武田太郎(小林秀雄)らのリリカルな文章も懐かしい。 山下生六氏の「厩に馬頭骨を祀る風習」(1977)、新野の猪切智義氏が亡くなる前に書いた483戸中わずかに1戸に残る「便所の年取り」(1982年)もそうだが、以前はどこの家でもあったとして、採取の遅きに失した感を悔いている。また「上村の民俗庫」(1982年)の山口儀高氏のように独力でその保存/基地づくりに乗り出す試みを続けた方もいたが、そのほとんどが故人になってしまい、その嘆きを引き取る先がないのは、怠惰というしかあるまい。 所詮は、大方の人にとって、彼らの問題意識は彼らが感じるように大切なものではないのだろう、「人はパンのみで生きるにあらず」というが、まず目先の食糧が大切なのだ。だから、口では大切なもの、貴重な活動といいながら、一方で、物好き、趣味の世界で片付けられ、理解も援助も長続きしないのだろう。だから、何年経っても、同じ嘆きが消えることはない。 しかし、その嘆きがある、あった、ということが、たとえば郷土誌「伊那」に記録されることによって、後に続く「物好き」たちにとって、同じ思いの人々がいたとして意を強くすることは確かである。決して民俗学に限ったことではない。「南信州地域資料センター」の、明治以降第二次大戦後までの地域発の印刷物を収集する活動も5年目を迎え、一般社団法人から公益社団法人に認証された。「物好き」たちの思いを、引き継ぐ活動でもあるのだと、改めて思った次第。
2013/01/02
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先週末から咳が止まらない。熱は大してないものの、咳ばかりしているものだから喉が痛くなってきた。周囲の人に迷惑だろうからマスクをしていたが、なかなか収まらない。仕事でお会いする方々もお年寄りが多いので、感染でもさせてしまっては甚だ申し訳ないことになる。夕方1件あったアポをキャンセルしてもらって、会社を休むことにした。 とは言ってもなかなか寝ておれるものではない。朝こそいつもより1時間ばかり遅く起きたが、床に就いたものの、咳はでる目は冴える。仕方がないので、前日H氏から借りた日夏耿之介の『随筆山居人随筆』(姫城書房 昭和21年)を読み出した。あの時代としては、手漉き和紙の風合いのある再生紙を使うなど、かなり凝ったつくりの和本仕立ての本である。栗里亭や凝花舎亭など終戦後のこの地域にことが書かれているのと、あの高踏難解な詩人ではなく疎開し、そのまま終戦を迎えて衣食住に振り回される「先生」の姿が意外に身近に感じられて面白く、却って目が冴えてしまった。 昼はミルクとパン1枚。眠れないついでに、長谷川櫂『俳句的生活』(中公新書 2000年)を読み出したら、面白い。これまた止められず、気がつくと日が暮れかけている。急いで部屋の電気を点けたが、最近の電灯はなんだか薄暗く、灯を点けたら却って暗さを感じてしまった。それでも身体をあまり動かさなかったからか咳は収まった。代わりに、寝てばかり居たものだから腰が痛くなりそうなので起き上がって、居間の時計を見たらもう5時を廻っていた。
2012/12/12
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誰も彼も急に宗旨変えしたわけでもないのに、クリスマスを祝う。根っからの東南アジア人の顔つきもそのままに、キリストの誕生なのか甦りなのか、はたまた臨終なのかさえ知らずに、敬虔さも何もなく、周りに浮かれて馬鹿騒ぎする嫌な季節が来た。日本人の嫌なところ、見たくないところが白日のもとに曝されている気がする。 街路樹には、まるでキリストを苛んだ茨のごとく、これこそ省エネとおおいばりでLEDの電飾がまかれる。越冬に入ったばかりの樹木や虫たちに深夜まで光を照らして、樹木や生態系に影響がないのか。自然保護団体もこのときばかりは知らん顔。いっそのこと、それだけの電力や電飾の費用を3.11の被災地救援に贈ったらどうかとも思うが、そんなことをいったらヘソマガリと呼ばれるのだろう。 プー太郎とか、フリーター、ニートといった若者たちも、TVなんかの取材を見ていると、立派なマンションやアパートにすみ、取材を受けながら、TVゲームやPC、スマホでゲームなんかやっている。部屋はモノで溢れている。国は税金を使ってこうした若者を救済しねば国が潰れるという。けれどもどうも貧しているように見えないのは小生だけだろうか。食うや食わずの戦争中戦後を生き抜いてきた高齢者たちの目にはどう映っているのだろうか。 薄情だが、そうした人々は放っておいてもいいんじゃないだろうか。救済の手を差し伸べても差し伸べても、裏切り続けられるのが目に見えている。右肩上がりの時代ならばまだしも、衰退社会において、そうした衰退を早めている層に時間や税金をかけるのは、そうした行為に生きがいを感じている人々を別にすれば、溝に捨てているのとかわりがない。生物は、誕生して、成長して、衰退して、死滅していく。人類というか、地球というか、世界も、どうも成長期から衰退死滅期に向かっているのは間違いない。それが自然の摂理だとすれば、あえて棹さす行為はしないというものだ。 この馬鹿騒ぎの時期、脳天気な選挙まで重なって憂鬱になってしまった。 だから、この嫌な季節、ひたすら、ただ目と耳を閉じて過ぎ去るのを待つのみだ。
2012/12/06
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甥っ子の結婚式で大阪に行ってきた。 伊那谷飯田から約4時間で中之島橋南詰の中之島のリーガルホテルに到着。久しぶりの高速だったし、運転マナーの悪いと噂される行き先が大阪だった。悪天候が予想される上に、家内が着付けのため12時半まで、橋北詰の太閤園という結婚式場に行かねばならないというので、余裕を持って5時に飯田ICを出発したら、リーガルホテルになんと9時に着いてしまった。前日から同ホテルに宿泊している義兄夫婦の部屋や携帯に連絡を入れても繋がらない。しかたがないので部屋まで尋ねて行ってノックするも不在らしい。時間つぶしに1Fのロビーの喫茶で遅い朝食を摂ることにした。 フレッシュミックスジュースと、パン2個の朝食セットで1600円なり。飯田じゃ張り倒されるところだが、ここはかつての一流ホテル。着物を着たウェイトレスが静々と運んでくれた。待ち合わせの11時も近くなったので、再び連絡を入れると、義兄夫婦まだ部屋に居たとのこと。老夫妻の朝は遅いらしい。 とりあえず連れ立って結婚式場に移動。三菱マテリアルの社長だった義兄夫婦は若い時分に3年ほど大阪の土地勘があるらしく、いろいろ説明してくれる。タクシーで15分の太閤園に到着。太閤園は、大阪の旧男爵・藤田傳三郎と、その嗣子平太郎・次男徳次郎の邸宅跡。そのコレクションを展示する藤田美術館を併設する結婚式場らしい。あいにくの雨で自慢の庭園を散策できなかったのが残念だが、参列者50人くらいの家族的な式だったが、大安と合って込み合っていて、その広い館内をやれ更衣室、やれ控え室、やれ写真撮影、親族紹介の部屋、チャペル、披露宴等、あちこちと上下しなければならないのは体力的になかなかしんどいものがあった。 披露宴がはねたのが18時過ぎ、着替えをすませてホテルに帰ったのが20時を過ぎていた。結婚式の最中激しく降っていた雨はあがっていた。飼い犬を置いてきたので明日はなるべく早めに帰宅したいが、せっかく大阪まできたので粉モンB級グルメを味わいたいものと、みなみにたこ焼きツアーに出かけることにした。声をかけると病の後遺症で脚の悪い義兄も行く。家内と、家内の生家の義姉も行くという。わざわざ中之島からミナミまでたこ焼きを食いにタクシーで出かけるという、甚だ珍妙なツアーになってしまった。夜の難波・御堂筋はライトアップされていて、旅人にはなかなか美しく見える。タクシー・ドライバー情報で、三ツ寺筋/味穂という店をリストアップしていたので、タクシーが入れないという三ツ寺筋入り口で降車するや迷うことなく味穂をめざす。 満席だったので、道に張り出したビールケース横の机に椅子を4つ出してもらった。 たこ焼きは、明石焼のように出汁でいただく。とろとろのたこ焼き、中身のタコも大きく食べでがあった。宴席で腹一杯のはずだった4人が2皿追加して結局4皿も食べた。 お勧めで持ってきてもらった「どて焼き」もおいしかった。 なにしろ、今日は一日中、あちこで待たされ待たされ通しだったので、お客で満席なのに注文の品がほどなく出てくるのに感動した。清算の金額にも感激、これなら週1で通えるなぁ。 店を出て、タクシーを拾うために、三ツ寺筋を少し歩いてみたが、なかなか魅惑的な店があとからあとから出現する。これなら数日かけて廻ってみたいものだと思わせる、魅惑的な横町である。
2012/11/18
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先週は秋らしい朝晩の気温に加え、雨もあり、木枯らしではないが風もあったせいで、ケケンポナシと思われる急に背丈を伸ばした花壇の樹木の落葉も進んだ。今年初めて1個だけ実をつけたポポーの木の大きな葉っぱも黄色になった。また、夏の終わりに86netさんからいただいたユリノキもだいぶ黄葉が進んだ。天気予報では、来週には故郷秋田でも初雪か…などというニュースが流れている。 ケケンポナシ ポポーの木 ユリノキ 今日は10時過ぎからお日様も差し込んで、小春日和。 黒柴のアキも、ようやく我が家に慣れてきたらしく、眠そうな顔をして日向ボッコだ。 なかなかマイペースなヤツなので、食事時しか言うことをきかないが、どうやらこっちのいうことはわかっているらしく、さして手を焼くこともないが、未だにちょっとでも見慣れないモノが生活領域に置いたりすると怯えている。いささかデリケートなのか、あるいは臆病者(犬)なのか、図り難いところもある。 ヒート期間が過ぎたのか、先週当たりからよく食べるようになった。1日200g強。 1ヶ月6キロとして、1歳まであと4ヶ月半なので、思い切って サイエンス・ダイエット【プロ】パピー 小粒のブリーダーパック(18キロ)を購入した。餌によって毛並みが違うとはブリーダーの話。財布と毛並みを天秤にかけるのは我が家の事情。
2012/11/12
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人間であれば個人情報の最たるものだろうから発表は差し控えるところだが、物忘れの激しい主人のことだから、何かに記録しておかないと、いざという時に慌てふためき何か失敗をしでかさないとも限らないので、備忘録代わりに、いろいろなことをブログに記録しておくことにしているので、アキ嬢にはお許し願う次第である。 ものの本によれば、中型犬の場合、生後7ヶ月(人間で言えば10歳から11歳くらい)で発情期を迎えるらしいので、我が家の娘3月13日生まれの黒柴のアキが発情期の時期を迎えたのも、とりあえず順調なのだろう。が、飼い主は発情期という言葉は知っていたものの犬ではなし、かつ男性であるので、それが何たるものか知らない。最近では発情期=ヒートというらしい。確かに生な言葉で使う方も恥ずかしくなるので、早速それに従おう。 前の娘(瑠璃/7月末逝去)は6ヶ月で避妊手術をしていたので、そうした心配をしなくてもすんでいたが、アキのブリーダーは早くに子宮撤去などの避妊手術をすると更年期障害(老化)が早くに出る場合もあるというし、またブリーダーの言うことには、飼い主の知らないうちにそうした時期が過ぎ去る場合もある程だというのであまり心配するなとも言うので、とりあえず避妊手術をしないことにした。 そこで犬のヒートについて調べてみると、これが意外におもしろい。出血(発情前期)は1週間から10日程度、この時期は犬が拒むらしく妊娠の心配をする必要はない。出血も舐めてしまうので、よく見れば性器が膨らんでいるのでわかるが、気づかない飼い主も多いらしい。フェロモンをあちこちに振りまく必要もあって散歩でのオシッコの回数が増える。出血が終わると準備OK(発情後期:受胎可能な時期は排卵後5日程度らしいが、排卵が10回も続く場合があるらしく60日に及ぶ場合もある)らしく、放し飼いの犬が近所にいる場合など要注意で、夜も天井のあるケージに閉じ込めておかないと、柵を乗り越えて雄犬がつく場合もあるらしい。人間で言うと「想像妊娠」にあたる症状を示す場合もあるらしい。 アキは「まだ娘なので、初めてのヒートだから受胎させない方がいい」とブリーダーも言っていたので、近所に放し飼いの犬はいないものの鍵付きのケージで小屋を囲って、夜はその中で休むようにした。もう数日で出血も終わるだろうから、そろそろ発情後期になる頃だ。どんな雄犬が現れるのやら、現れないのやら、なにやら年頃の娘を持つ親になったような複雑な気持ちだ。
2012/10/15
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はじめてニホンミツバチを飼おうと思い、HPをサーフィンして情報を集めた結果、採蜜の点から楽そうだと思ってつくったのは重箱型だったが、2005年に知人から蜂ごと譲ってもらったのが縦型巣箱だったので、それからずーっと縦型巣箱を使ってきた。途中、採蜜時の移し替えの点から横型巣箱をつくって何群か入れてみたが、移動の便利さから結局縦型巣箱に落ち着いた。 ところが、ここ数年、採蜜時の安易さを考えると、やはり重箱型を再考すべきだと考えていた矢先、9月に来訪してくれた86netさんが本人が使用していた重箱型巣箱1箱置いていってくれた。そこで来年は再び挑戦しようと、86netさんの重箱型巣箱を参考につくってみた。 86netさんのものは、入り口の段の裏側に給餌箱を入れるための蓋が別にあって、それは蝶番で接合されているのだが、その蝶番が板に張った布テープの上からつけてある。強度と隙間に配慮した経験的な知識がなせる工夫である。趣味の蜂飼い人たちは、天板が簀の子状になっていたり、入り口がスズメバチの侵入を防ぐために金属やプラスチックのスケールにしてみたり、必ずしもマニュアルがあるわけでもなく、その使用環境と地域環境によってそれぞれ様々な工夫/知恵が施されるのが面白く気に入っている。 住宅が混んできた自宅で飼うには、蜜源の点からもそろそろ困難になってきた我が庭先養蜂だが、それならば、大方は畑や山に置かせてもらうとしても1群ぐらいは、庭先に置いておきたいし、できれば春先には他所から庭に持ってきて分蜂をさせ、取り込んで、また山や畑に持って行きたいと考えていると、「移動用には縦型巣箱を中心に考え、固定するには重箱型を中心に考えていくのがよさそうだ」という結論に達した結果の巣箱づくりである。ポジティブだなぁ・・・
2012/10/07
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アキがウチに来て3週間になった。庭の落葉などのちょっとした物音にも怯えて反応するので、昨夜の地区の花火ではさぞかし怯えまわる?だろうと心配していたが、ベランダにちょこなんと座って涼しい顔をしている。だいぶ慣れてきたのかと思えば呼んでも振り向かないで一生懸命に悪さをしている時もある。 といっても、散歩もなんとかまともに歩くようになったので、朝の散歩に同道できるようになった。 朝は人の顔をみるなり激しくシッポを振り、よろこんでそこら中を駆け回りじっとしていないし、じゃれついてくるので首輪のチェーンを外してリードをつけるのが一苦労、たまに甘噛みもするので、家内などは怖がる。甘噛みされたままじっとしていても噛まないのだが、家内にすると、そもそも飛びつかれるのが苦手なのだろう。小生にリードをつけさせると、さも当然のようにリードを持って散歩に行く。彼女に言わせると、躾なのだそうだ。散歩では糞をするので、小生は始末道具を持ってその後に続く。トホホ・・・ アキはアキで、散歩から帰ってくると、なにかクルマにトラウマがあるのか玄関先で急に動かなくなる。仕方がないので、小生がダッコして行って、庭のチェーンに繋ぐ。これも小生の役割らしい。ダッコの時は「すみません」じゃなく、「ごくろう」のような当たり前のような顔でふんぞり返っているのだから、始末に終えない・・・ 下のポーズが得意だ。 アキの目の上には茶色の毛がまるで眉毛のようについていて、その下に黒目がある。しかし顔そのものが黒いので、眉毛が目のように見えてしまうこともあり、なかなか表情が読み取り難い。 得意のポーズで、「遊ぼう!」とじゃれついてくるのだが、「アキ君、小生は会社にいかねばならぬのだよ!」。
2012/09/30
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わが家の新しい家族となった黒柴のアキは、最初の3日間くらいは猫を被っていたのか借りてきた猫のように、おびえておとなしくしていたが、数日すると、リールと鎖の延びる範囲を探索し始めた。 「アキ」という自分の名前と、「おいで」だけは、餌付きだが理解しつつあるようにみえるが、犬の習性か、アキの個性かは定かでないが妙に狭い通路にこだわって潜り込みたがる。花壇や小屋の農作業の道具置き場や、庭の椅子の隙間など、あちこちに柵や障害物を置いて通せん棒をするのだが、ちょっと目を離した隙に潜り込んでしまう。なんど諭しても知らん顔で、まるで言葉が通じない悪ガキに試されている感じだ。向こうは1日暇なので、こちらを試すことが仕事であり遊びなのだから、試される側はたまらない。日盛りはなおさらだ。 向こうは体力無尽蔵、こちらは衰退しゆく50歳代。 う〜ん、それでも負けて成るか!
2012/09/17
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ちょっと遅めの、生後6ヶ月でウチの子になった「アキ」は、人を噛まないという最低限の躾(しつけ)はされているものの、それ以外の人間社会のルールを習得してはいない。また、多分ずーっと室内のケージで育てられていたので、外界というものを知らないのであろう、ウチに来て、初めて首輪をされ長いリールに繋がれて、ほぼ好きなところにいけるようになっても、あまりあちこち行かない。あるいはクルマ酔いの記憶が刷り込まれたのか、リードをつけて、少し連れて歩こうとしてもその場に踞って動かない姿勢をみせる。仕方がないので、だっこして歩き出すと、駕篭に乗ったお姫様然として、ゆったりとしている。まだ、庭に慣れるのに時間がいるのかもしれない。 まるでオオカミ少女のようなもので、これから、自分の名前や、「こい」「まて」「だめ」「放せ」などの最低限の人間社会のルールを言葉として教え込まなければならないが、彼女の場合、言語の習得期間を過ぎているので根気勝負のようなところがある。気長に行くしかないが、この気長というのが、飼い主の一番苦手とするところで、困ったものだ。週1日しか、まともに相手をしてやれないが、これで本当に習得して行けるのか、疑問だ。 とりあえず、餌でつって、覚えてもらうしかないか・・・。
2012/09/14
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我が家に新しい家族が増えた。 これはひとえに小生の気の弱さからであるが、7月末に13歳で逝ってしまった瑠璃を悼む気持ちがある一方で、福島の被災犬や屠殺予定の捨て犬の里親を申し込んだりしているうちに、またぞろ不在の欠落を埋めたい欲求に逆らえなくなってしまったのだ。 県やNPO、被災犬の里親にはも、室内飼いなどの条件がありなかなか里親になれず、子犬から育てると育てやすいというし、できれば屋外で、かつ日本犬がいいと思って探すが、結局小生の小遣いからだすのだから自ずと金額に限りもあり、また子犬のシーズンは連休のあたりだから、今頃なかなか条件に適った犬は見つからない。さんざん探して、結局、先日、坂城町の柴犬ブリーダー長野の岩渕さんに見学方々話を聞きに行って、生後6ヶ月の黒柴の雌犬を譲り受けることにした。 ちなみに、岩渕さんのHPに掲載された4月、5月の頃はこんなんだったらしい。 6ヶ月経つと大きさもほぼ成犬に近くなる。さっき狂犬病の予防注射を打つために獣医の所に連れていった折、体重を量ったら8.7キロあった(少し太りす過ぎ?)。重い。が、しかし、どんな扱い方をしても人を噛まないし、吠えないという、一番苦労するしつけはもうできていたので、薄給のサラリーマンには痛手だが譲り受けることにした。ゲージから出て初対面の他人のクルマに乗り3時間のドライブ(これも初めての体験)は彼女にとっては案の定ストレスだったらしく、車内でモドシてしまったが、夕方、なんとか我が家に辿り着いた。 たまたま野良仕事を終えて帰宅した、今年某国立大学を定年退職したばかりの隣家の教授夫妻が、彼女(犬)を見つけて庭に入ってきて、しきりにかわいがってくれる。まぁ夕方であまりよく見えないのも幸いしたかもしれない。翌朝は、新しい首輪を買ってやって、登録と予防と狂犬病の注射を受けに行ってきて、ようやく一段落。それにしても岩渕ブリーダーと獣医(これまた友人のM氏だが)の飼育方法があまりにも違うので、家内と二人で困ったちゃんである。まぁ、参考にして、自身で考えていくしかあるまい。 犬は「柚子の亜希姫号」というらしいが、あまりにも仰々しいので、コールネームは「アキ」にすることにした。 あまりに強い陽射しだが、人の後を追って日盛りのベランダにくるので、熱中症になりかけたので、如雨露で水をかけて日陰に連れてきたらようやく人(犬)心地ついたらしい。 夕方6時過ぎ、夕食を食べ終わって、小生のシーツのお古を床に敷いてやったら小屋に入ったきり、ウントモスントモ言わないでいる。疲れたんだね。小生も今朝3時から起こされたので、今夜はこんな時間だけれど、おやすみなさいだ。
2012/09/10
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先日山梨から尋ねてきてくれた蜂仲間の86netさんがお土産にユリノキの株を持ってきてくれた。郊外とはいえ住宅が建て込んできた我が家の小さな庭にはもともと無理があるので、蜂仲間のK氏とM師の広大な蜂場に持って行ってもらって育ててもらうことにした。M師の蜂場には数年前に苗植えしたユリノキが既に数本あって昨年はおおいに花が咲き蜂が集まっていたようだが、今年は花をつけなかったと言っていた。また先日の大風でケケンポナシなど蜂場に植えてあった樹木が数多くなぎ倒され、その修復が一段落ついたところで、とても喜んでくれた。なんとか根付いてくれることだろう。 とは言っても、我が家にもと思って、1本だけは7月末に亡くなった愛犬の墓の傍らに植えてみた。 愛犬の居なくなった庭は空虚そのものだが、それでも彼女の地肉が土に帰って、樹木を育ててくれればうれしいと思う。彼女の走り回った庭。 墓の傍らに植えたユリノキ。
2012/09/02
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巣落ち→逃避→近くの待ち箱に収まる、という経緯をたどった1群はハチマイッターもしていないのに未だに待ち箱に収まっている。が、昨夜箱の中に収まっていたかにみえたが、今日昼過ぎ帰宅してみると、かなりの数が箱の外に出ていた。巣箱の場所が場所だし、外に出た蜂の屯している場所も場所だし、なにしろ入った待ち箱が入り口の開閉しない旧型なので、箱の中を観察できないので、ひげ状態の蜂がすべてなのか、はたまた、中からはみ出した蜂なのかの判別がつかない。 無王群であれば1週間くらいもしないうちに四散するだろうし、朝夕が寒くなれば自然と入るだろうなどと高を括ってなにもしないことにした。さぁて、どうなることやら・・・ 実は、山の畑においた2群のうち1群がどうやら無王群になってしまったらしく、早晩、自宅におろして採蜜しなければならないような状態だが、これまた暑いことを言い訳に動く気力が失せている。なんとかしなければ
2012/08/25
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昨日の夕方、巣落ちを発見した庭の強勢群は、昨夜の応急処置が効いたのか、今朝は巣箱にびっしり貼り付いていた蜂たちも居なくなっていて、おそらくはカラになった巣箱に入ったものと思われた。巣箱の中に、変な言い方だが、落ち残った巣板があるのだろう、なんとか戻ってくれたのかもしれない。入り口から出たり入ったりを繰り返している。 とりあえず危ないモノには触らずと、会社に出かけた。昼食時に戻ってきてみても、まぁいつもより数は少ないが普通の通りに出入りしている。女王蜂がいなくなっても数日はこんな感じだろう、万が一、居なくなってもしょうがないと半分諦めの境地で仕事に戻った。 15時頃、家内からメールが入って、たまたま洗濯物を取り入れにベランダに出たら、蜂が舞っているという。彼女にとっては分蜂の時の舞い方と同じに見えたららしいが、これは間違いなく逃居の飛翔である。となると、女王蜂もまだ無事なのかもしれない。加えて幸いなことに、巣箱の設置場所と向かい合ってあった作業小屋に最盛期にたくさん作って収納してあった空き巣箱の1箱に集まっているという。レレレ・・・、これは思わぬ展開だ。女王蜂が生き残っている可能性に加え、逃居群がたまたま置いてあった待ち箱に入ってくれたことになる。さらに、空になった巣箱から、取り残したであろう蜜の入った巣板を回収しやすくなる、となんと確率のウンと悪いはずの、想定される最高のケースになった。右から4番目の空き箱の入り口に群がっている。 それでも自分から選んで箱に入ったということであれば、女王蜂の存在の可能性は高くなるし、逃居する可能性は逆に低くなる。まだ逃居はl繰り返される可能性は否定できないし、越冬となるとまだ予測は難しいが、数日は安心できるのじゃないだろうか。 ちょっと嬉しい気分だ!
2012/08/24
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夕方帰宅すると、巣箱がまるで「ひげ叔父さん」状態になっている。よく見ると、底板に水跡らしきものがあり、指にとってなめると甘い。どうやら状況からみて巣落ちしたらしい。急いで、入り口の蓋を開けてみると、案の定。 夕闇も迫っているし、今から、やれることは限られている。落ちた巣を取り除き、蜜でベトベトになっている底板を洗って、巣箱から溢れ出した蜂たちが巣に戻れるようにしてやらねばならない。昨年採蜜をしていない強勢群の巣箱で、落ちた巣板も5〜6枚。充分に貯蜜されているので、その重量もかなりある。女王蜂が無事であればいいが、そうでない場合はこの強勢群が仮に巣箱に戻ったとしてもいずれは消滅する。 とりあえず落下した巣板は取り除いたが、暗くなってきたので、ちぎれた巣がどういう状態で天板に残っているのか、残っていないのか、確認できない。強勢群なので、巣のまわりに貼り付いた蜂たちの数も尋常ではない。ちりとりで救っては入り口に運んでみるが、なかなか入って行かないところをみると、やはり女王蜂がいないのではないかと思われる。 この暑さで、採蜜を延ばし延ばしにしていたのが、裏目に出た。まぁ、しかたがない。女王蜂ごと逃げだしてくれれば、まだ越冬の可能性もあるが、明日の朝、どうなっているか・・・
2012/08/23
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子どもたちと保護者、スタッフ計41人で、大平宿にキャンプに行ってきました。 年々衰える気力と体力...、「今年は行くぞ!」となるべく早めに宣言して、忘れ物がないように少しずつ準備を重ねて、ハイキングと飯盒炊さん、花火に肝試し、宿場探索とパンづくり、なんとかこなして、先程帰ってきました。 http://odanet.quu.cc/pingpong/120000.html あと何回「行くぞ!」宣言ができるかなぁ...
2012/08/12
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あちこちの欠落がこの夏一度に押し寄せてきた。 1ヶ月以上苦しんだ原因不明の歯痛は、とりあえず抜歯することで沈静化の方向に向かいつつあるが、下の奥歯なので抜いた跡が空白で、なにやら噛み合わせに違和感が残ったままだ。そうこうするうちに、家内が冷蔵庫が冷えないと言い始めた。連日35度前後の猛暑日が続いているなかで、10年以上使った冷蔵庫は職務放棄をしたらしい。これはなければ困るので、なんとかその日のうちに設置してもらった。と思ったら、今度はBS放送が映らなくなった。110度の方向になんどかアンテナを向けると映ったり映らなかったり。朝、映って安心していると、夕方にはまた映らない。古いパラボラアンテナをそのまま使っていたせいらしいが、何日かして電気屋さんに来てもらい、新しいデジタルのパラボラをつけてもらったら安定した。こうした欠落はなんとか補充できたが、するとまただ。 7月31日朝、前日まで一緒に散歩していた愛犬瑠璃が逝った。この欠落は、なかなか補充できない。 いつも涼んでいたキンモクセイの根方に穴を掘って埋けた。犬小屋や水入れ、鎖に繋がれたままの首輪もまだそのままだが、瑠璃だけがいない。
2012/08/04
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養ほう振興法改正案は参議院を通過して、来年1月施行のスケジュールで動いている。国では農水省、県では畜産課などの関連部署の扱いになると、昨夜会った衆議院議員が行っていた。 「養蜂振興」とはいいながら、実は、人と共存してきた在来種の撲滅を招きかねないことは6月19日のブログに書いた通りだ。養蜂業者(セイヨウミツバチ)の商売の邪魔になるとしたら、日本蜜蜂を商売にしている一部の人達を取り締まればいいのであって、リタイア後の愛好飼育者として実は種の存続に加担している人たちの楽しみまで奪うことはないと思うのだが、もともと消費税法案との取引で、ろくろく調査もしないで成立させようとするような理屈などない法案なのだから、何を言っても無駄なのかもしれない。 が、振られた畜産課なども、おそらく困惑しているのではないか。だいたい逃避を繰り返す日本蜜蜂の半自然的性質から、家畜と感じ用にいつも同じ場所で「飼育」できる個体ではないし、春、巣箱に入ったとしても、それが夏・秋まで居付く保証もなにもない。もともと野山にいるものだから、野山に巣箱を置いている人がほとんどだから、巣箱の個数や入居の有無など、つまりは把握できない脚流動する飼育個体数を誰がわざわざ申告してお役所に届ける人なのいるのか、ましてやその対象はほとんどがリタイア後の高齢者なのである。蜜源のエリアを確保したいセイヨウミツバチの養蜂業者が個々人を訴える手間を考えれば、要は、利害の対立する業者(セイヨウミツバチの養蜂業者・ニホンミツバチを商売にしている半業者)同士で争ってくれればいい話である。 たまたま海に泳ぎにいった海水浴客が、たまたま魚を捕獲できたからと言って、漁業者が利権を荒らしたといって海水浴客を訴えてることが可能だろうか・・・、まぁ、もう少し成り行きをみるしかない。
2012/07/29
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このひと月ほど歯痛でなにもする気になれない。歯医者に行っても、原因がわからないと、その度にアチコチ掘り返すものだから、アチコチに痛みが飛び火して、なおさらどこが痛いのかわからなくなる。歯はなるべく残したいというのが、その歯科医の方針であるが、仕事に差し支えるいけないから、昼中は痛み止めを飲んで気を紛らわせてなんとか乗り切るが、深夜から朝方にかけては痛みと睡魔とのはざまでのたうち回る。数日前までは熱帯夜がそれに拍車をかけて、ホトホト疲れきった。 鎮痛剤が切れると痛み出すので、なるべく就寝の直前に薬を飲むようにして6時間の睡眠は確保したいのだが、夕食にアルコールを摂取すると、なんとか忘れるように努力していた痛みが途端にぶりかえして、薬に手が行く。しかし10時前に薬を飲むと、せいぜい6時間くらいしか効かないので3~4時頃に痛さで目が覚め、布団の中で悶々として数時間過ごさなければならない。 6月下旬から雨天を利用して逃避されによう7月中にもう2~3群は採蜜予定でいたのだが、もう7月も下旬に入ってしまった。朝か夕方の、わずか1時間そこそこの作業だが、せっかくその気で行くと、巣箱が、暑さのせいで、まるでブラックニッカのひげ男爵のように働き蜂の髭で覆われていたりするものだから、ますます決心がつかない。それでもお盆前に採蜜してしまわないと、十分な集蜜ができず越冬できない群れをつくってしまうことになる。いっそのこと、来年春に回すことも考えられなくもないが、この地域では3年も同じ巣箱で飼っていると、スムシにやられる確率が高くなると師匠が言っていたことがあるので、2年めの巣箱はなるべく採蜜したいと思っているが、この歯痛である。 鎮痛剤の連続服用も身体にいいわけがない。週明けまで、状態が変わらなければ、やはり抜いてもらうしかないか、トホホ・・・である。
2012/07/22
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5月の終わり頃、なんだか我が家でもエコ活動をしなければいけないような気になって考えてみた。家内(夜型)と小生(朝型)という生活習慣の違いから、朝早くから夜遅くまで居間の蛍光灯がついているくらいで、エアコンも年に10日も稼働しない(それがもったない)し、未だに電気ポットも使っていないので、あまり思いつかない。そこで、一挙両得を考えて緑のカーテンとしてベランダキュウリかゴーヤでも植えようと苗を求めてホームセンターに行ってみたが、時既に遅し。それじゃ、何でもそれらしきものを買って行こうとしたとき、見慣れないペピーノというカタカナが目に入ってきた。半ば衝動買いのようにして求め、帰宅してプランターに植え替えた。ナスの花のような花を咲かせていると思ったらアレヨアレヨという間に実をつけ、その実が大きくなった。 知らぬ間に、もう2つ。 紫色の線が入って黄熟したら食べごろだとか、なにやら不気味だが楽しみだ。 とその後、家内がどこからか売れ残りのゴーヤの種を買ってきた。これもダメ元で、プランターに植えて、シュロ縄の手をベランダの廂から伸ばしておいたら、6月に入って芽が出て、この長雨で、水もあまりやっていないのにツルを伸ばし始めた。 しめしめである。
2012/07/07
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気になっていた、自民党がつくった養蜂振興法の改正案が、なにやら自民と民主の政治取引の道具にされながら、結局、民主党も同意して、衆院を通る見通しだ。日本蜜蜂の飼育者に届出性が適用される。届出の無い場合、罰金はもちろん、飼育範囲が西洋蜜蜂養蜂業者などと重なる場合、届出のないものは日本蜜蜂を飼えないことになるというのだ。「もともと野生昆虫で基本的に管理することができないものを、養ほう振興法で扱うこと自体に無理がある」」という疑問には答えないまま、ここでも、西洋蜜蜂を中心とする養蜂業者の生産性/経済性を最優先に、「届出制」を名目に、管理と規制が強化され、日本在来種を細々と守り続けてきた山村の文化や暮らし、その心根が切り捨てられて行く。戦時下、体格のいい軍馬をつくるために日本在来種の馬を西洋種に変えていった結果いまや在来種は木曽馬一種になってしまったが、その愚を、今また犯すバカ者どもが出てくるとは思わなかった。バカにつける薬はないということか、嗚呼。 http://parara38.blog14.fc2.com/ http://parara38.blog14.fc2.com/blog-entry-10.html http://parara38.blog14.fc2.com/blog-entry-11.html http://parara38.blog14.fc2.com/blog-entry-12.html http://parara38.blog14.fc2.com/blog-entry-13.html
2012/06/19
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なかなかいいデザインの徳利を見つけた。 口のあたりの柄などなんともいえない。けれども、この徳利を見つけた場所というのがは、我が家のベランダと屋根の境で、電話線に吊り下がっていたのだからなんとも不思議だ。焚き火小屋で一杯やるにはちょうど手頃の大きさ。 トックリバチなる蜂がいるそうで、そういえば数年前にもニホンミツバチの待ち箱にも同様の徳利をつくっていた。気をつけてみていると、徳利の口からスズメバチが入って行く。どうやら既に、幼虫や蛹はスズメバチの餌になってしまったようで、巣を守る親蜂の姿も見えない。スズメバチごと電線から取り外して、スズメバチはやっつけ、中をのぞくと確かにハニカム構造の巣が見える。それにしても、なかなかしゃれたデザインなので、しばらく焚き火小屋のラジオの傍らに置いて鑑賞することにした。
2012/06/10
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今朝、いつもの通りラジオ体操をしていると、畑の前の田んぼに水音がして鳥が舞い降りた。 散歩の途中にも、水田によくコサギやらカモ類の姿を見るが、今年は初めてで、また建物に囲まれた庭先の水田で水鳥の姿を見たのは初めて。体操の間は田んぼを泳いでいたが、クルマにカメラを取りに戻ってカメラを構えた途端に飛び立ってしまった。 この田んぼ、昨年は休んでいて、今年始めに耕していた隣家のじいさんが亡くなって、帰ってきた息子夫婦が春先見よう見まねでやり始めたもの。カルガモも様子を見に来たのかも知れない。
2012/06/05
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昨年11月初旬から咲き始めたシクラメンは正月、春3月を乗り切り、明日は6月という今日も咲いている。 さすがに軸が細くなり、もうこれ以上は、見ている方も気の毒なので、ベランダに移して休眠に入ってもらおうと思うが、3度目の夏を乗り切れるかどうか・・・ 短かった春は知らぬ間に過ぎ去り、初夏の花々が咲き出した。これは昨年の初夏移植した宿根草。 これは玄関先のシュンラン。こんな花も咲き出した。 どうも分蜂も終わったらしい。2群ほど取り逃がしたと思われるが、今年は5群確保できた。採蜜時にまた1~2群逃亡や消滅するかも知れないが、まぁ3群くらいは越冬するのではないか。これぐらいで充分である。
2012/05/31
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夏休みの卓球教室の大平宿キャンプの下見で、夏焼山に行ってきた。 今年は小学低学年も多いので、摺古木山や高鳥谷山は諦めてクルマをデポしてすぐ登れ、小一時間もあれば誰でも登れる山を選んだ。下山してからも、飯盒炊爨やパン作りなどもあり、子どもたちの体力の温存も考えなければならないし、ベースとなる旧大平小学校からのアクセスも考えた結果だ。 お盆前のキャンプなので、まだ間があるが、それでもスタッフに一度見ておいてもらった方がいいのと思ったので、体育館が使えないで練習がお休みになった今朝、キャンプ当日のタイムスケジュールで動いてみた。新緑の中、幸い天候にも恵まれ、気持ちのよいハイキングになった。 10時過ぎに山頂に着いたが、もう黄砂があって、乗鞍や木曽御岳は霞んでいたが、南木曽岳や摺古木山がどでかく見えて、なかなか迫力がある。その後、近くで山の蕗を少しとって帰宅。 大平山中にいるとき、蜂場探しを依頼してあった知人から連絡があって、小生の自宅から10分くらいのところにいいところが見つかったらしい。上記下見から帰宅後、連絡をとって早速見に行った。・・・っと、なんと知人の2軒となりの地所。たまたまその知人には、あまりいい場所なので、蜂を飼ったら・・・と勧めたことがあったくらいだが、そうなると、話がちょっと難しくなる。さて、どうしたものか? 下見が2件、続いた日であった。
2012/05/27
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