おはなし  その13 



啓介と恭子が、一緒に東京へ行った。
恭子の両親は、家を出た事のない恭子を、とても心配した。
結婚の話まで出たが、啓介は<一人前のプロのレーサーになってから>と
言い切った。
恭子も、まだ自分に自信がなかった。

<つらくなったら、いつでも帰って来ていいから>
と恭子の両親は言った。
啓介が忙しくて、両方の実家に帰って来たのは、GWとお盆の時だけ。
<無理しているんじゃないの?大丈夫?>
と恭子の母。
<うん。大丈夫よ>と恭子は答えた。

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秋になって、涼介が、2人のマンションへ来た。

 涼介「こんばんは」

 恭子「いらっしゃい。もうすぐ啓介が、帰って来ると思うけど。
    歩美さんは、一緒じゃないのね」

 涼介「いつも一緒だと、疲れるからな」

 恭子「どうぞ。狭いけど」

 涼介「どうだ? 2人の生活は? お袋が、心配してたぞ」

 恭子「うん。やっぱり大変です。
    ご飯作ったり、洗濯したり、掃除やったり・・・・」

 涼介「普通の主婦と変わらないからな」

 恭子「ゴミも出さなきゃいけないし、お布団干しもあるし。
    スーパーにお買い物だって、行かなきゃいけないし・・・」

恭子の目から、涙があふれてきた。

 恭子「クリーニングさんへ行ったり、銀行へ行ったり」

 涼介「もういい。わかった」

 恭子「思ったより、たくさんたくさん、やる事があるんです」

 涼介「無理するな。 少し、実家へ帰って休んだ方がいい」

 恭子「啓介を残して帰れないよ。
    だって、啓介。ご飯作れないし、洗濯や掃除もできないし」

 涼介「おまえは、家政婦として、啓介について来たわけじゃないだろう。
    啓介も大切だけど、自分も大切だ。
    このままじゃ、精神的にまいちゃうぞ」

恭子が、あくびをした。

 恭子「眠くなってきた。 啓介・・・遅いなあ」

そのうち、恭子は、寝てしまった。

恭子の話からすると、相当恭子は、精神的にまいっているようだ。
俺が、一緒に東京へ行く事を、すすめたのが悪かったのか。
俺にも、責任はあるな。

 啓介「ただいま」

 涼介「おかえり」

 啓介「アニキ、来てたのか。
    また恭子、寝てる。 最近、こいつよく寝るよ」

啓介は、恭子に布団をかけてやった。

 涼介「疲れているんじゃないか?」

 啓介「多分な」

 涼介「東京に来て、恭子にとって、マイナスな事が多かったみたいだな」

 啓介「<大変なら、埼玉へ戻れ>と、何回も言ったんだけどな」

 涼介「おまえの事が好きだから、1人で埼玉へ帰れないんだ」

 啓介「2人の生活が、これほど大変だとは思わなかった」

 涼介「<恭子を置いて、1人で東京に出てくればよかった>と後悔して
    いるのか?」

 啓介「ああ」

涼介は一晩、啓介のとこに泊まった。

******************************


次の日。
気分転換にと3人で、ショッピングセンターへ出掛けた。
初めて行く、高い広い建物。
日曜日とバーゲンが重なって、買い物客はいつもより多かった。
恭子は、田舎者みたいに、あれやこれやと見ていた。

あれ? 啓介と涼介さんがいない。
どこへ行ったのかな?

2人を探す恭子。
涼介は、本屋で立ち読みをしていた。

 恭子「啓介は?」

 涼介「トイレへ行った」

トイレは、本屋と反対側。

その時、非常ベルが鳴った。
恭子達のいる7階の上の階から、火が出たらしい。
火災発生。
買い物客は、階段の方へ向かう。

 恭子「啓介は?啓介!」

啓介は、戻って来ない。

 涼介「俺達も、非難しよう」

 恭子「でも、啓介は?」

 涼介「あいつは、きっと大丈夫だ。トイレ側にも、階段があったし」

恭子は、涼介に言われ、一緒に非難した。
たくさんの買い物客で、階段はいっぱいだ。
<大丈夫です。押さないで下さい>と言うセンターの従業員の指示も
聞いていない人が多い。
我先に逃げようと、無理に押す人も出て来る。
<助けて><怖いよ>と叫ぶ女性や子供。
<痛い><押さないで>の声もする。

 涼介「恭子。絶対に、手を離すなよ」


涼介と恭子は、一時避難場所に着いた。
警察や消防が、怪我人などを調べている。
救急車に乗る人もいた。

 涼介「恭子。大丈夫か?」

 恭子「少し、気持ち悪い」

 涼介「人ごみに、酔ったのかな」

 恭子「啓介は、大丈夫かな」

恭子は、必死になって啓介を探している。

 恭子「啓介。背が高いから、すぐわかると思うけど」

2人で探したが、見つからない。

 恭子「もしかしたら、まだセンターの中にいるかも」

恭子が、センターの方へ戻ろうとした。

 涼介「危ない! 啓介は、大丈夫だから」

 恭子「怪我しているかもしれない」

 涼介「救急車で、運ばれたかもしれないな」

 恭子「啓介、啓介」

避難場所は、人・人・人。
啓介は、見つからない。

 恭子「気持ち悪い」

 涼介「病院へ行ったほうがいい」

恭子は、救急車で運ばれた。

 **********************************


 病院は、怪我人でいっぱいだ。
<痛いよ>と泣く子供。
処置室の前は、怪我人だらけだ。

 涼介「あっ。触らない方がいい。 早く止血した方がいい」

涼介は、血が出た足を触っている子供を、目の当たりにした。

 近くのナース「お医者様ですか?」

 涼介「まだ、研修医ですが・・・」

 近くのナース「たくさんの怪我人がいます。
        少しでも、お手伝いしてくれるとありがたいです」

涼介は、そうお願いされた。
まだ救急車で運ばれてくる、患者がいる。
病院の大混乱は、夕方まで続いた。

恭子は、ベッドに寝ている。


 ドクター「ありがとうございます。 おかげで助かりました」

 涼介「いえ、医者として当然のことをしただけです。
    それで、恭子は?」

 ドクター「奥さん? それとも妹さんですか? 産婦人科病棟にいます」

 涼介「産婦人科?」

涼介は、おどろいた。

 ドクター「ご存知なかったのですか?
      彼女、妊娠しているんです。もうすぐ5ヶ月です」

涼介は、急いで恭子のところへ行った。


 涼介「恭子」

 恭子「涼介さん」

 涼介「大丈夫か?
    救急車で運ばれた患者の手伝いをしていたら、こんな時間になって
    しまった」

 恭子「私は、大丈夫よ。横になっていたら、気持ちが悪いのも治ったし。
    啓介は? 啓介は、この病院にはいないの?」

 涼介「探したけど、いなかった」

 恭子「他の病院に、運ばれたのかしら?

 涼介「ここのドクターに頼んで、他の病院を当たってもらっている」

 恭子「ねえ、大丈夫よね? 啓介、大丈夫よね?」

 涼介「ああ、啓介は大丈夫だ。それより、自分の体の事を心配した方がいい。
    おなかに、赤ちゃんがいるんだ」

 恭子「うん」

 涼介「知っていたのか?」

 恭子「うん。 ずっとなくて、体調も悪かったから」

 涼介「病院には?」

 恭子「行きました」

 涼介「この事、啓介は、知っているのか?」

 恭子「知らないと思う。啓介には、言ってないもん。
    去年、できたかもしれないって事があったでしょ。
    あの時、啓介。すごく困っていたもん。
    だから、啓介が気がつくまで、言わないようにしようと思っているの」

 涼介「鈍感なあいつの事だ。いつ、気がつくかわからないぞ。
    一緒に暮らしているから、妊娠する可能性が大きい」

 恭子「啓介。今、どこにいるのかな・・・」

恭子は、大事をとって、1日入院した。
何も異常がないので、次の日退院する事になった。


 ドクター「名前は、わからないけど、弟さんに似た方が○○病院にいる
      そうです」

 涼介「似た人?」

 ドクター「あなたが言うように、年や体格が似ていました。
      怪我もしていたけど、軽症で済みました。
      ただ・・・・」

 涼介「ただ?」

 ドクター「その方は、自分の名前がわからないそうです」

 涼介「つまり、記憶喪失だと・・・」

 ドクター「そうです」

記憶喪失・・・啓介が記憶喪失。
恭子に、どう説明したらいいんだ。

 *****************************


とりあえず、恭子と涼介はマンションに戻った。
連絡を受けた、涼介と恭子の両親がやって来た。

 恭子の母「大丈夫? おなかに赤ちゃんがいるなんて、知らなかったわ」

 涼・啓の母「啓介の怪我の具合は、どうなの?」

涼介は、恭子の手前、どうやって記憶喪失だと、説明しようか迷った。

 涼介「啓介は、軽症で済みました」

お互いの両親は、ほっとした。

 涼介「でも・・・啓介は、自分の事がわからなくて・・・・」

涼介は、言いにくかった。

 涼・啓「それは、記憶喪失?」

お互いの両親は、また騒ぎ始めた。

 涼介「大火災のショックで、一時的に記憶をなくしているだけじゃないかと
    ドクターは・・・」

記憶喪失・・・・啓介が記憶喪失。

涼介よりも両親よりも、ショックを受けているのは恭子。

 涼介「少したてば、記憶が元に戻ると思うから」

お互いの両親は、3人が大火災に巻き込まれた~でもおどろきなのに、
それに、恭子の妊娠。
啓介の記憶喪失に、またまたおどろき。
涼介と両親は、病院へ向かった。


 恭子の母「体、本当に大丈夫なの?」

 恭子の父「無理をしないで落ち着くまで、こっちへ戻って来た方がいい。
      こんなことなら、恭子を東京になんか、出すんじゃなかった」

 恭子「お父さん。お母さん。 私は、大丈夫よ。
    おなかの赤ちゃんも、大丈夫だし」

 恭子の母「啓介さんは、この事知っているの?」

 恭子「言ってないから、知らないと思うよ」

 恭子の父「ちゃんと言って、責任を取ってもらった方がいい」

恭子は、少しの間、両親と埼玉へ帰る事にした。

仕事があるからと、涼介と父親は、群馬へ帰った。
母親は、病院に残った。

 *********************************

1週間後。
母親が付きっ切りでそばにいたので、啓介は両親の事・涼介の事を、少しずつ
思い出してきた。
時間がたつに連れて、自分が赤城山を走っていた事・プロのレーサーを目指して
東京へ出て来た事を、思い出してきた。

啓介が、退院したと聞いて、恭子は啓介のもとへ帰って来た。
しかし、啓介の記憶の中の恭子は、まだ戻って来なかった。

 恭子「まだ、思い出せないの?」

 啓介「ごめん。君の事は思い出せない」

 恭子「恭子よ。恭子。岩瀬恭子よ」

涼介が<あのショッピングセンターへ行けば、記憶が戻るかもしれない>と
言ってたけど、センターは工事中。
あの建物を見ても

 啓介「俺が今まで生きてきた中で、1番恐ろしい出来事だったなあ」

と、建物を見上げるだけ。

 ********************************


啓介は、恭子を思い出せないまま、1ヶ月が過ぎた。
啓介の母は、心配でよく電話をよこす。
恭子の母も<順調なの?大丈夫?>と電話をよこす。

啓介は、ぎくしゃくしながらも、恭子との優しい生活に甘えていた。

 啓介「ごめんな。いつも飯作ってもらったり、洗濯してもらって」

 恭子「ううん。いいのよ」

 啓介「おまえさー。  最近、太ってこないか?」

 恭子「そう? 太ったみたいに見えるのかな?」

恭子は、おなかの事をごまかした。
鈍感な啓介は、まだ気がつかない。

涼介が電話で<おなかが目立ってきたら、そろそろ言ってもいいんじゃないか。
おどろいて恭子の事を、思い出すかもしれないぞ>と言ってた。

 恭子「ねえ、啓介。 おなか、触って見て。今動いてるから」

 啓介「?」

啓介は、恐る恐る恭子のおなかに手を当てた。

ポコポコポコ。
何かが動いてる。
ポコポコポコ。
恭子のおなかに、何かがいる。

 恭子「私達の赤ちゃんよ」

ポコポコポコ。
おなかの赤ちゃんも、返事をした!?
胎動が、啓介の記憶を甦らせる。
ポコポコポコ。
パパ、よろしく~。
もう少し、ママのおなかにいるから。
ポコポコポコ。

 啓介「恭子ーーーー」

啓介が、思いっきり、恭子を抱きしめた。

 啓介「俺の恭子だ」

 恭子「啓介ー」

 啓介「俺達の子供だ」

 恭子「うん」

 啓介「・・・・・・恭子。結婚しよ」

恭子の目から、涙があふれてきた。

もうすぐ、俺も父親になるのか。
アニキ。お先にごめん。
アニキ達の分まで、幸せになるぜ。

 啓介「恭子。好きだよ。愛してる」

 恭子「ありがとう」

啓介は、何回も何回もキスをくれた。

 啓介「俺達が、先に結婚するから、アニキは泣くぞ。
    お袋がアニキに<早くあなた達も結婚しなさい>って、今まで以上に
    口うるさく言うだろうなあ」

 恭子「本当に、歩美さんと結婚するのかしら?」

 啓介「多分な。いつになるか、わからないけどさ」

電話で、涼介に、記憶が戻った事と結婚の報告をした。

 涼介「俺よりまず先に、親父とお袋に報告しろよ」

 啓介「後から言うよ。 アニキには、すごく感謝しているよ。
    あの大火災で、恭子を助けてくれたから」

啓介の記憶が、完全に元に戻ってよかった。
弟に先を越されるのは、悔しいが、最初からわかっていた事だからな。
俺と秀香の分まで、幸せになれよ。

 啓介「アニキ、ありがとう」

 涼介「泣くなよ」

 涼介「泣いてないぜ。うれしいだけさ」

電話の向こうで、啓介が泣いている。

 涼介「がんばれよ」


恭子のおなかの子を考えて、籍だけ入れることにした。
式は、子供が生まれてから。

 啓介「今まで以上に大変になると思うけど、俺についてきてくれるか?」

 恭子「うん」

 啓介「ありがとう」

啓介が、恭子を抱きしめた。

 啓介「恭子、愛してる」

 恭子「啓介、愛しているわ」

永遠の愛を誓う。
2人のBABYに乾杯!

本当に‘俺だけの恭子‘になった・・・・・

 その13 完

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 あとがき

8月19日の夢をもとに、20日に下書きしました。

 8月19日の夢♪

           ある建物。
        恭子が、啓介を探している。
           涼介と会う。
       啓介は「トイレに行った」と言う。

          突然、火災が発生する。
           啓介は、戻って来ない。
           恭子は、啓介を探す。
      でも「大丈夫だ」と涼介に言われ、2人で逃げる。

    一時避難したところでは、警察や消防が怪我人などを調べている。
       恭子は必死になって、啓介を探しているがいない。
     「啓介。背が高いから、すぐわかるんじゃないの?」
         と2人で探すが、見つからない。

     病院で手当てを受けた後、何人か集まったが、啓介の姿はない。
        啓介は、怪我をして、おまけに記憶喪失になった。

 ------このへんで、夢は終わった。


 恭子は、きっと私だったと思う。
 何度も「啓介」と呼んだ覚えがある。

 もう「頭文字D」のおはなしは、書く予定はなかったのに、どうやら神様が
 私にネタをくれたようだ。

 その11涼介×歩美は、書いていてつらいものがあった。
 でも、啓介×恭子は、ハッピーエンドの結末だと考えていたので
 簡単に書けた。
 自分で納得がいったおはなしなので、その13として公開。

 PC入院中に、お暇で書いたものがまだ残っているので、それを公開しよう
 かな~。
 本職に戻ると言いながら、残り1作を先に書き上げてしまいそうだわ。
 でもあと1作で終わりじゃないからね~。
 空想で、あと2作は確実にできているからね~。


 ここまで読んで下さって、ありがとうございました。


   9月13日

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