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ベルリンの壁 の西側に一時住んでいました。今ではもう地面のマークが無ければどこが壁だったのかなんて知る人も無いでしょう。
でも当時、はっきりと二つに分けられていたベルリンは静かでした。まるで、泣く時も嗚咽をこらえているかのように。。ニ階建ての黄色いバスに乗って終点で降ります。そこは壁の前です。どこに行っても壁がつきあたりです。そして、見せものではない本物の十字架、つまり壁を越えて逃げそこない命を落とした人たちの墓標がひっそりと立てられていました。
それは冬でした。真っ白な雪があくまでも静かに降っていました。部屋ではもちろんヒーターが作動していましたが、その横には毛布でくるんだ鍋の中にヨーグルトを仕込んでいました。
物言わぬ街、静かな風景、誰もいないぽっかり空き地のポツダム広場、壁の向こうはサーチライトの青白い光だけが動いていました。壁の横のスケートリンク場の音楽はちょっとオーバーだったような。。オニオンは、そうやって耐えられない沈黙を破ろうとしている西側市民のレジスタンスのようなものと感じました。
月曜の夜はイタリア語なんですが、例外的にキャンセルされました。教師が病気らしい。。のですが、そのおかげでテレビでライフで見ること出来ました。