PR
キーワードサーチ
コメント新着
フリーページ
最近TVで観賞する映画に少数民族のテーマが多い。そのたびにオニオンは彼らが必死で「言葉」を守っている姿があるのに気付くのである。
日本の近くでは西蔵であるが、いやおうなしに少数民族となっている。モンゴルはふたつに分かれている。そもそも億単位の新興中国に勝てるはずもなしである。アメリカインディアンもよく似た境遇で、大国にIDを虐殺されたのである。常に大義名分の名において。。
アメリカのインディアンが薦める映画はD.ホフマンの「リトル・ビッグマン」とJ.ニコルソンの「カッコウの巣の上」(邦題は?)そしてもう一作が「一番速く走る男」?であって、K.コスナ―様のオオカミとダンスは、非常に白人に都合のよすぎる無理な設定の作りごと。
とまれ、昨夜は「ラースト・サムライ」:とカタカナ語のアメリカの映画である。よくオニオンはこの大国のことに触れるが、物の見方が幼稚である。大雑把にしか捉える事ができない。詳細が実にいいかげんか。。ところが雰囲気はなんとか出している。美術館でアブストラクトを見て、その中の赤いハンカチを持って笑っている若い女の子の目を見るようなもの。。日本人がデーティル=細かいことにこだわりすぎるから、余計に目立つのであろうが、それにしてもあのアバウトさ=いいかげんさは大したものだ。
見る、見たい、見れば、見ろ。。 2026年05月26日
またね。。か。。 2026年03月08日
言い訳しない。。 2026年03月03日