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前回は長くなりすぎてしまいましたが、最後まで読んでくださった方のためにも続きです。。
ベルギーは、フランス同様に多くの植民地から、豊かな地下資源をどんどんヨーロッパに運んでしまったようです。自分達が優れていると思い込んでいる人たちは、現地の素朴な人たちを奴隷にして、つまり過酷な状況で働らかせてきました。
現在もまだまだ地下資源は残っているようで、アフリカの切り札となっております。
地図で見てもらうとよくわかりますが、アフリカは大きいです。とても大きいです。オニオンの苦手な暑さがある気候帯ですが、とてつもなく大きいのです。自然がそこにあるって感じ、人間が冒していない自然が。。
白人以外の有色人種はみなそろっています。歴史文化の違う人種が、言葉もアフリカだけで250はあるという雑居大陸です。近代的な科学的な歴史はまだ浅いようですが、それだけで白人より劣ってはいないのです。
これについては種々のディスカッションが出来ると思いますが、ここではひとつのテーマ、音楽です。
昔ベルギーに着いて、あちこちで聞くアフリカンのタムタム(太鼓の音)がエンドレスでうっとうしく、アフリカは好きではありませんでした。フランスでは、オニオンが住んでいたのは南だったのでアフリカとは言え、アルジェリアやモロッコ人が多く目立ち、アフリカンは横目で見ていました。
それが、ふとしたことから、それも不思議なのですが日本の太鼓がきっかけで、そのまま音楽の世界に入り、同じ太鼓でもアフリカの太鼓へ移り、そこからゴスペルの世界に入ると言う次第でした。和太鼓やってなかったら、アフリカへは着いてなかったと思います。
とまれ、オニオンの私観ですが、クラシックもラップもジャズも殆んどすべての音楽はアフリカで生まれ育ったものだと。。楽器を見れば、三味線のオリジンはエジプトらしいですが、これはアフリカの端くれです。アフリカでは同等の楽器がくさるほどあります。インドはまた別の音楽の流れのようですが、もしかしたらインドとアフリカはもっと近かったのかも。。
音だけでなくダンスだってアフリカ・ダンスを見ると、おそらくこれがヨーロッパのダンスの原型だとうなずけるものがあります。ダンスというより、体の表現方法といったほうがふさわしいくらいです。美しさよりも素直さですね。余計な飾りはいらない、だけどそれで充分美しいのです。
まだまだオニオンの表現足りませんが、オニオンの人生観をがらりと変えたのがゴスペル、といっても日本で知られている普通のゴスペルでなくハード・ゴスペルのほうですが、リズムの中に心の奥から何かを引き出してくれる力があります。2002年の秋からですから今年で8年間、ようやくたどり着いたという感です。もしかしたら、自分自身の心の中の旅のコンダクターだったのかもしれません。
そして、今はタムタムもいつまでも聞いていられるし、同じ黒い顔でも区別がくつようになりました。カメルーン人やアンゴラ人の友達も出来ました。もちろんコンゴ人も。。
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