普通ってすばらしい!!

普通ってすばらしい!!

光の射す方へ 前編




あたしはその日、珍しくテレビを見ていた。
もちろん家で、ではなくて電気屋さんのディスプレイ。
ワイドショーの特集で、空港が映っていた。

「え?」
そのときチラッとターミナルを歩く客の、髪があざやかな記憶を
呼び起こした。目を奪われ、その場から足が離れない。

煌く白金のそれ。
特にズームで抜いているわけではないのに、存在感を放つ容姿。
彼とすれ違うほとんどの人は、もう一度彼の奇跡のように整って
いる美しい顔を拝むべく振り返って、ため息をついていた。
もちろん均整の取れたその後姿も、うっとりと見惚れてしまう。


最後に会ったときから随分髪が伸びているけど、絶対彼だわ。
あたしはこの突然の邂逅に思わず視界がかすむ。
23年のあたしの人生の中で一番スリリングでデンジェラスな経験。
彼のおかげで無事に今があるんだわ。
今思い出してもあの時以上の興奮なんてありゃしない。



ああ、シャルルが日本にいるなんて!
ああ、あんたは元気なのね。一目だけでもあんたを見ることができて
うれしいわ。だって。あんな別れだったもの。あたしから会いに行くこと
なんでできやしなかった。

あんたは笑顔でフランスに戻ったけれど、和矢と別れてしまったあたしは
あんたに顔向けできない、と思ったのよ。


5年前を懐かしく思い出しながらコーナーが変わったテレビに背を向けた。




飯田橋のアパートに戻ると、入り口に見慣れないバイクが置いてあった。

「もう、こんな入り口付近にこんな大きなバイク置くなんてなんて
非常識!持ち主に文句言ってやらなきゃ!」
大きなバイクを大回りして、階段を登る。上まで来た瞬間、
自分の部屋の前に誰かがいることに気がついた。

「よぉ、マリナちゃん」
「か、和矢?どどどどどどうしたの?」
あまりに突然の訪問にあたしは腰を抜かしそうになった。
和矢と別れてから3年。お互い、納得の上での離別だったから、
会うことに抵抗はない。困ったときは助け合っていたし、
時々食事をすることもある。
・・・まぁあたしが飲まず食わずで悲劇的な状況になっている時
限定なんだけど。
「シャルルが日本に来てる」
「知ってる・・・」
「あいつから連絡があったのか?」
「ううん・・・今テレビで見た」
「今?」
「買い物に出かけた先で・・・立ち見よ」
「ははは、マリナらしいな」
和矢は噴出した。
「何よ!今それで日は突然どうしたの?」
これ以上馬鹿にされないようにあたしは話を戻す。
「ホント、お前成長したよな。昔なら食ってかかってきたのに」
「で?」
あたしは和矢の話に乗らずに話の続きを催促した。
「シャルルが俺達に『会いたい』と言ってきた」
和矢が急に真面目な顔になってそう言った。
「え?」
「お前、シャルルと連絡とってないのか?」
「どうして?」
「どうしてって・・・気がついていないのか?」
和矢が絶句する。なによもう。なんだって言うのよ!
「わかった。『会う』って返事しておく。あいつのことだ。五つ星
ぐらいのレストランじゃなきゃダメだろ?ドレスも用意しとけよ」
「か、和矢、ちょ、ちょっと!な、何考えてんのよ!!」
「ちょっと悪戯。あいつに会おうぜ。もちろんシュチュエーションは
恋人同士だぜ」
え?ええっ??
「そんな・・・今更できないわよ!」
「あいつ、騙しきってみない?」
悪戯を思いついた悪ガキよろしく、和矢がウインクをする。

そ、そんなことできるわけないでしょ?簡単に騙されるわけないわよ。
フランスの誇る天才なのよ。
それよりも、シャルル騙してどうするのよ。いったい何のために?

「明日の夕方迎えに来るよ。準備しとけよ。じゃ・・・な」
最後はなんとなく端切れが悪く和矢はアパートの階段を駆け下り、
バイクのエンジンをかけた。
爆音が響き、重低音を轟かせながら音が去っていった。














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「オレ、ほんとは君が好きだったんだよ」
ものすごく切なくて、悲しい言葉です。
このとき和矢は意識がなくて、マリナの同情も
目いっぱいで、あのシャルルの切なる告白を
こともあろうに「まともな恋にナントカ」なんて
言っちゃうのよね。

シャルルにとっての絶愛。
思春期の私はシャルルのこの言葉に胸キュンでした。
同級生にはこんなステキな人はおらず(あたりまえ)
シャルルとの出会いを夢見ていました(マジ?)

マリナがうらやましかったなぁ。ものすごく。



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