普通ってすばらしい!!

普通ってすばらしい!!

光の射す方へ Cside 前編


学会で日本に来た。明日の分科会が終ったらそのままフランスへ
帰る予定だったが。思いがけずかかってきた携帯電話への着信記録。
いつか消してやろう、と思っていたのになかなかできなかった自分に・・・。




『クロス カズヤ』
携帯電話の画面が忘れもしない親友の名前を表示していた。
いったい何の用なんだ。今更。
無視を決め込もう、思った瞬間再びそれがカズヤからの着信を告げた。
「何だ」
「何だ、とはご挨拶だな、シャルル。捕まってよかったよ。お前、明日の晩
時間あるか?大切な話があるんだ」
「学会が終ったらすぐ帰る予定だが」
「お前のことだ、誰とも食事の約束なんてしてないだろう?2~3時間でいい。
マリナも連れて行く。場所は学会会場近くのレストランだ。場所はメールで
送る。絶対に来いよ」
「・・・。ところで何故オレが日本にいることがわかった」
「ワイドショーに映っていたぜ。ナリタを歩いているお前の姿。せっかくの
機会だ。楽しみにしてる」
いつになく強引なカズヤに驚くが、別に態度に出るほどではない。
マリナも、ということは、いよいよか・・・。

オレは5年前に見た一生分の夢を思い出していた。
自分の人生の中で唯一輝いていたとき。愛を知り、愛のために生きた。
が、オレが愛を捧げた相手はオレの親友を愛していて、オレは彼女の
手を離すしかなかった。それが彼女のためにできる最大のことだった。
・・・彼女の涙を見たくはなかった。彼女の幸せを祈ったからこそ、
あいつ・・・カズヤに返してやった。

それから5年。彼女も適齢期だ。そんな話があってもおかしくはない。
状況からそう推測し、ため息をついた。







定刻から数分遅れてオレはそのレストランに入った。
「めずらしいな」
和矢が笑う。
「ああ・・・。思いのほか学会がおもしろくてね」
オレは当たりさわりなく答える。
カズヤの隣で彼女が・・マリナが緊張した顔でオレを見ていた。
薄い黄色のホルターネックのドレスにオフホワイトのショール。
5年前より痩せて、童顔はそのままに、その年の女性らしさも
垣間見られるようになった。
彼女は微妙に瞳を揺らしながら、輝く太陽のような笑顔で言う。
「久しぶりね。シャルル、元気でやってる?」
オレにそう問いかけた。
「ああ・・・」
その眩しさはここ数年の自分の生活が如何なるものだったのかを
思い出させる。彼女の笑顔に眩暈を覚えたオレはそう答えるのが精一杯だった。
マリナはカズヤの恋人だと自分に言い聞かせ、納得したつもりだった。
しかし、本人を前にするとその気持ちが揺らぐ。

どうした?オレはシャルル・ドゥ・アルディだろう。こんなことで
動揺してどうする。

オレの反応に、マリナはもっと緊張しているようだった。
彼女も空気の読める大人に成長した、ということか。


気まずい空気が流れる中で、オードブルが運ばれてきた。
ものすごい勢いでマリナはナイフとフォークに手を伸ばした。
こんなところは変わっていないのだ、と10代のマリナとの比較を
考えていたら、おもむろにカズヤが彼女の手を取り、指先にキスをした。
マリナには情熱的な視線を、オレに挑戦的な視線を投げた。
「シャルル、俺達結婚するんだ」
やはり・・・そうか。
「な、なに突然言い出すのよ!」
マリナは驚いて椅子を倒して立ち上がった。
心なしかカズヤを睨んでいるように見える。マリナには予想外なのか?
「こういうことは早く言っておいた方がいいだろ?」
カズヤはマリナにウインクをする。
「そうか・・・それはおめでとう、お幸せに」
感情をこめない上っ面だけの祝辞。バカップルの相手などするほど暇じゃない。
「サンキュ」
と言ったのはカズヤだった。
・・・そのままマリナは椅子を戻して座った。下を向いてしまい、
表情が見えない。普通こんなときは、結婚が嬉しくてとろけるような笑顔を
見せるはずだ。どうした?マリナ・・・。


その後食事をしながら、マリナは気を取り直してしゃべり続けた。

マリナ、食べるか、しゃべるかどちらかにしろ。
カズヤ、お前もちゃんとマリナを躾けろ。このレストランでは
マナーも必要なことだろう?

そんなことを考えてはいたが、マリナの変わらないところにもどこか
ホッとしている自分がいた。

話はすべてマリナらしいものだった。漫画が売れていなかったり、
ボロアパートにまだ住んでいたり、身長が伸びたこと、少し痩せたこと。
なぜかマリナの口からカズヤの話は全く出てこなかった。
が、カズヤはそのマリナの話にうまく相槌を入れる。夫婦漫才のようだ。
次第にうっとおしくなって
「のろけは他でやってくれ」
と言い放った。

その瞬間オレは激しく後悔をすることになった。
マリナは固まり、動かないのに大きな瞳からは涙が零れ落ちた。
「マリナ?」
オレはとっさにマリナの名を呼んだ。

「ごめん、あたし用事を思い出しちゃった。もう時間なの、失礼するわ。
シャルル、今日は会えてよかった。元気でね、幸せになるのよ。じゃあ、
和矢も・・・またね」
涙をぬぐい、誰が聞いても嘘だとわかる棒読みでそれだけ言うと、
マリナは走ってレストランを出て行った。
マリナの好きなデザートがまだだというのに。ここにいること、それすらも
耐えられないのか?
いったいどういうことなんだ?






「カズヤ、説明してくれ」
オレはカズヤに視線を向ける。
カズヤは真剣な顔でオレに向きなおす。
「・・・結婚はうそだ。俺達、3年前に別れたんだ」
「な・・・」
オレはその次の言葉が出てこなかった。

この二人の永遠の愛を信じて手放した愛しいマリナ。
願わくばこのオレと、という淡い期待もなかったわけではないが、
マリナの幸せを心の底から祈った。
このオレに間違いなどなかったはずだ。
だが、さっきから感じていた違和感の実体。こういうことだったのか。
「何があったんだ」
「何がって何もない。ただあいつの心に実に鮮やかに光を隠していった
奴がいたんだよ。誰にも気付かれず、本人たちですら無意識のうちに。
そしてその光に俺が気がついてしまった」
和矢は自嘲気味にわらう。
「そりゃそうだろ?自分の愛する恋人の心に、違う男がいる。
絶えらるか?気がついたときは自分の力で消してろう、と思ったさ。
でも・・・できなかった。その上どんどんその光が増していく。マリナは
まるで気がついていないし、甘えてくるくせに俺を拒否・・・」
そこまで言ってカズヤは口を噤んだ。
カズヤはオレから視線を逸らし唇をかみしめる。


・・・まさかオレのこと、か?


カズヤには悪いが、オレはなんとも言えない痺れを感じた。
民族性かもしれないが、恋愛に晩熟なマリナ。こちらがどんなに
仕掛けてもなびきはするが、ある一線を絶対に越えない。
初めてマリナからのキスを受けたとき、
『それは君がオレを好きになりかけてる』
そう言って淡く芽生えた彼女の初めての感情に暗示をかけようとした
こともあった。
が。オレに向き合った、と思ったマリナの心はずっと和矢の元にあった
ままだった。
空港で二人の再会を見たときに感じた絆。オレを超えていった二人の心。
初めて完敗だ、と悟った。

その時のオレと同じことを今日カズヤが感じた・・・ということか。


「行けよ!・・・行ってやってくれ、マリナのために」
過去に想いをめぐらせ、考え込んでいたオレに和矢が言った。
今更、と思いつつも、さっき感じた痺れが甘い疼きになる。





・・・マリナ。今夜もう一度、決着をつけよう。













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「光の射す方へ」
シャルルサイドです。

シャルル、マリナの光になってあげてね。
マリナはいつでもシャルルの光・・・だから




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