普通ってすばらしい!!

普通ってすばらしい!!

遠い記憶の彼方に 第4話

第4話「手に届かない想い」




「もういいだろう。外出許可を出そう。まずは庭からだ。
だが、歩行はダメだ。車椅子を使って庭に散歩に行こう」
シャルルはそう言うとマリナをふわり、と抱き上げ、車椅子に
座らせた。

「きゃぁ」
マリナは突然の出来事に小さく悲鳴を上げる。
「どうした?」
「と・・・突然だったから」
マリナの顔が真っ赤になる。
シャルルがくすっと笑う。
その笑顔にマリナがため息をついた。
「なんてきれいなの?」
「男がそんなこと言われてもうれしくないぜ」
「そそそそ、そうよね?ごめんなさい」
そう言って自分から視線をそらすマリナであってマリナでないような
目の前のマリナをシャルルは切なげに見つめた。



「なんて綺麗な薔薇かしら」
マリナの体が無意識に何かを探す。
「どうした?」
シャルルは聞いた。
「え?」
マリナは自分のとった行動に気がついていなかった。
「きっとこれだろう」
シャルルは用意していたスケッチブックを渡す。
「そうかしら・・・」
そう言いながらもマリナはスケッチブックを受け取り、表紙を開く。
4Bの軟らかい鉛筆でデッサンをしていく。
「さすがだな。体は覚えているわけだ」
シャルルはマリナの絵を見ながら独り言を呟いた。

「こっちの白い薔薇。あなたみたいね」
マリナは鉛筆を滑らせながらシャルルに話しかける。
「そうか?でもそれは『レディーX』。ミステリアスな女性の
イメージだ」
「そうなの?気高くて気品があるからあなたに似てると思ったのよ」
マリナは屈託なく笑う。
「そうか。なら温室に行こう」
シャルルはマリナの座る車椅子を押して温室に入った。
むせ返る薔薇の香り。その中に他の薔薇を圧倒するかのように鎮座した
二種類の薔薇があった。

シャルルとマリーナ。

「わぁ・・・綺麗・・・」
マリナは絶句する。
お互いを称えあうかのように、そして寄沿い合うように咲き誇っている。
「今日咲いたんだ」
シャルルは言葉のなくなったマリナに説明する。
「この薔薇はあなたがそだてているの?」
マリナはシャルルに問う。
「この2本はオレだよ。ほかはの薔薇の世話は庭師に任せている」
「すごいのね」
喜ぶマリナの顔は10代の頃のままだった。
幾分背が伸び、細くなったが笑顔はあの頃のままだった。

和矢との別れがあったことを忘れて見せる笑顔。
電話の内容からは決して円満な別れではなかったことが窺える。
日本にいたくなくて、フランスに来たのかもしれない。
このまま記憶が戻ったらマリナはどうなるのだろう。

「明後日一緒に出かけないか?ドレスを用意しておくよ。
バイオリンリサイタルだ」
先日来た薫が『見舞いに』とおいていったコンサートチケット。
マリナを連れて行ってやりたいと思う。
「出かけてもいいの?出ぜひ行きたいわ!」
マリナは車椅子から飛び出んばかりの勢いでシャルルに言う。

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「さ、準備はできたかい?」
シャルルはマリナの部屋に来る。
「ええ」
メイドが手を貸し、着替えを終えていた。

洗練された薄いレモンイエローのAラインのロングドレス。
ホルターネックになっており、背中が少し開いているデザインだ。
胸元には同色のシフォンでできたリボン。オレンジの薔薇飾りが
アクセントになっている。その上にオフホワイトのケープを羽織る。

本当は彼女には膝丈ぐらいのドレスがよく似合う。でも、今はまだ
足にギプスを付けていなければならない。それを隠すために
ロングにした。

「よく似合う。素敵だ。さて最後はヘアメイクをするとしよう」
「あ、あなたがするの?」
「ああ」
そう言って髪を結い上げ、胸元と同じ色の薔薇を髪に飾る。
プロのヘアメークアーティストのような器用さで化粧も施し、
鏡の中のマリナは上品なマドモワゼルに変身していった。
「きれいだよ。マリナ・・・」
自らの手によって23歳の輝きを余すことなく発する
マリナを、シャルルは眩しそうに見つめた。

「さ、出かけよう。もしかしたら周りが騒ぐかも知れないが
君は何も気にすることはない。先に言っておく」
言葉少なにシャルルはマリナの車椅子を押す。
「どうして?」
マリナは聞く。
「今は忘れてしまっているけど、君はその理由を知っているよ。
だから気にすることはない」
そう言われてしまうと、もう何も聞けない雰囲気がシャルルを
纏う。
「わかったわ。あなたがそう言うのだから、そうなのね。
思い出すことを楽しみにしてる。さぁ、出かけましょう」
マリナの言葉は記憶を失っていることが嘘のように、いつかのセリフを
リピートする。
「いい子だ、マリナちゃん」
おどけて言うシャルルの心に暖かい光が射した。



シャルルに抱き上げられて会場に入る。
シャルルとその連れのマリナに気がついた観客がざわつく。
フランス語のわからないマリナはシャルルに言われたとおり、気にしない
ように振舞った。
もちろんシャルルはその喧騒を無視、というよりも別世界で行動している
ようだった。何事もないかのようにリザーブされた一番良い席に来ると
マリナを座席に下ろす。

「響谷薫・・・?」
「そう。今日のコンサートは彼女のだよ。彼女と君は中学時代からの親友だ。
チケットは君への見舞いの品で、君のためにプログラムを変えたらしい。
あ、1週間ほど前に君に会いに来ただろう?」
「え、あ、あの人女性?」
マリナは驚いて言う。
シャルルは珍しく声を上げて笑った。
その様子にまた周囲はざわつく。
マリナは気にしないようにしていながらも、この状況に戸惑っていた。
「君と聞いた曲ばかりをセレクトしたらしい。記憶への導線だな。
君の記憶喪失は事故のときの頭の打撲かショックが原因だ。音楽や香り
などでも失われた記憶にたどり着くことがある」
「!」
マリナは驚いてシャルルを見る。

その瞬間にベルが開始を告げた。






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第4話のお届けです。
記憶喪失のマリナはともかく、シャルルのキャラが
浮ついているような感じが・・・。
なんだか妙に優しいというか。シャルルの優しさは
表面上に見えるものではないので、書いていて妙な
感じがします。

・・・でも今更そんなシャルルはかけません。
マリナが心配でしかたなくて、ということで。


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