普通ってすばらしい!!

普通ってすばらしい!!

遠い記憶の彼方に 第5話

第5話「彼の声 神の歌」





マリナとシャルルは薫の楽屋にやってきた。
「待ってたぜ」
薫は演奏後の上気した艶肌で二人を迎え入れた。

「素晴らしかったわ」
マリナはプログラムを胸に抱えて言う。
「そうだな」
シャルルも目を閉じ回想する。
「当たり前だ。お前さんたちのために弾いたんだ。そう思って
もらわないと意味がない」
毎度のごとく薫の言葉は嫌味のようだった。が、ウインクをしながら
魅惑的な笑みを見せた。

薫の演奏はマリナと出会ってから弾いたものばかりだった。
新しい曲が完成するたびに自宅で試演した曲。途中で
転校してしまったマリナだったが、再会してからも
度々聞かせた曲。


音楽が判るかどうかは別にして、薫はマリナの評が好きだった。
「砂糖菓子のように甘くて素敵だったわ」
「夢の中の王子が現実に出てきて姫を見つけたのね」
「お菓子の家でおなかいっぱいチョコレートを食べた後みたい」
「重たすぎるわね。解釈が薫らしくない。他人が弾いているみたい」

自分の気持ちに信じられないほど正直で、素直なマリナ。
もちろん自分の音楽性を信じていなかったわけではないが、
マリナの評価が良いときは必ずコンクールでの評価がよかった。


「マリナ」
薫がマリナの近くに寄り耳たぶに息を吹きかける。
「ひゃぁ」
「愛しているぜ、今夜は眠らせない」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・!」
真っ赤になったマリナは薫の予想通りの反応をした。
「はっはっは!やっぱりマリナはマリナだな。この反応が
うれしいよ!」
薫はお腹を抱えて笑う。
シャルルは壁にもたれ静かに怒りのオーラをだしていた。
「おっと、天才センセが怖い顔をしているな。ははは
冗談だよ。またチケット贈るよ。二人で来てくれ」



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「連れていってくれてありがとう。おやすみなさい」
マリナはシャルルに微笑む。
「ああ。良い夢を。マリナ・・・」
そう言ってシャルルはマリナの頬にキスをする。

久しぶりの外出に疲れたマリナはすぐに眠りについた。



マリナは夢の中でも薫のバイオリンを心地よく聴いていた。


ツゴイネルワイゼン・・・。
これ、聞いたのいつだったかしら。すごく情熱的でびっくりしたわ。
高校生でこれだけの表現力があるんだもの。情熱って言うよりは
激情って感じだわね。心臓を掴まれるような切なさも・・・。
そういえば許されない恋をしていうって言っていたっけ。だから
臨場感があるんだわ・・・。あれ?そんな話誰としていたんだっけ?



これはG線上のアリア?深く包まれるような曲よね。
これも中学のときに聞いたわ。ホント、あいつってば
性格と正反対の曲がものすごく上手だったのよね。
あまりにも心地よくて寝ちゃって怒られたっけ?



あ、パッヘルベルのカノン!
薫が弾いてくれた曲。高音が澄み渡ってキレイに聞こえて、
また腕を上げたんだわ、と嬉しくなっちゃったの。
未来に繋がる道が見えて「よかった・・・」と思ったんだっけ。



えーっと・・・これはベートーベンの「春」だわね。
ピアノは・・・シャルル??いつの間にこんなにも仲良くなった
のかしら。犬猿の仲のはずの二人が息もぴったりで・・・。音も
ビジュアルもこれ以上ない組み合わせだわ。すごいわっ!最高よ!!
ああ、またこんな風に聴いてみたいわ。

薫・・・シャルル・・・
え?薫?シャルル??
何?誰のこと?!
あ!!


マリナはベッドから身を起こした。

・・・思い出した。
あたしは池田麻里奈、23歳。恋人だった和矢と別れてフランスに
きて・・・。着陸したとたん飛行機が変だったのよ。そして気を失う
瞬間に爆発が起きたんだわ。

そう思って全身を見る。左腕と左足が思うように動かない。
ギプスで固められていた。骨折・・・したのね。でも良かったわ。
商売道具の右腕じゃなくて。

で。
ここはどこかしら?フランス国内よね?強制送還とかされてないわよね??
でもこの部屋見たことあるような、ないような・・・。病院・・・
じゃないわよね?こんな豪華な病室なんて見たことないもの。

マリナは枕もとにあるライトを点けインテリアに目を向ける。
ところどころにある薔薇の紋章・・・そういえばいつかシャルルが
言ってたっけ。アルディの印だって。

ここ!シャルルの!!
あたし今までどういしていたのかしら。
ところで今日は何月何日?

誰か!この状況を説明して頂戴!!


マリナは今のこの状況がしっかり飲み込めず、かといって
自分で動くこともできず、再びベッドに横になった。
いろいろ考えながら、いつの間にかまた夢を見ていた。







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第5話です。
マリナが記憶を戻しました。
薫のバイオリンで・・・。

中学生のとき初めてベートーベンの『春』を聞いて、
ものすごく衝撃を受けました。
ストイックなイメージのベートーベンの
イメージが一変しました。

そのすぐ後に交響曲第7番を聞いたんだなぁ。
華やかでこれまた驚いて。

同じクラスにモーツァルトフリークがいたんだけど、
クラシック語れて幸せでした。
・・・その彼。今どこで何やってるんだろう。



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