普通ってすばらしい!!

普通ってすばらしい!!

遠い記憶の彼方に 第6話


第6話「もう忘れない」




マリナは自分の涙の冷たさに気がついて目が覚めた。
夢を見て泣いていたらしい。



「和矢・・・」

元の恋人の名前を呟き、自由に動く右手で目を覆う。
夢の中であの日がリピートされていた。

『マリナ、ごめん。もう・・・付き合えない。君は心をどこに
置いてきた?ずっとマリナを見つめてきた俺が気がつかないとでも
思ったか?本当のマリナはどこに行った?』
和矢の誕生日、豪華なディナーを前に和矢は言った。

マリナは何のことだか心当たりすら感じなかった。
和矢との日々はマリナが憧れた生活そのものだった。
和矢のそばにいることが嬉しくて、和矢と永遠の愛を刻むことが
自分の夢だと信じて疑っていなかった。

が。和矢はマリナの心の奥深くの気持ちに気が付いてしまった。

『本屋で必ず立ち止まる旅行雑誌のコーナー。横浜や東京にも増えてきた
フレンチカフェを真顔で見つめ、浅く目を伏せてから俺に寂しく微笑む
顔。テレビニュースで必ず反応する国名。極めつけは夜、寝言で呟いた
親友の名』

『これで気が付かないほうがおかしいよ・・・自分ならマリナを幸せにできる
と思っていたけど、もう限界だ。俺はヤツの代りにはなれない』
和矢は自嘲気味に笑い、
『別れよう』
と、言った。

マリナは自分の行動を振り返ってみた。
『あたし、そんなことしてた?』
『気が付いていないのか?』
『ええ』
『なら自分の気持ちを確かめておいで。じゃあな・・・』

そして和矢は席を立ち、マリナから離れていった。
残されたマリナの瞳からは涙がとめどなく溢れた。

あたし・・・和矢が好き。本当に誰よりも好きなのに・・・
本当にそんなことしていたの?そんな風に和矢を傷つけてきたの?
ごめん、和矢。本当にごめんなさい。

レストランのスタッフもマリナの状況を知りつつも声をかけられずにいた。
個室であったことが幸いだった。


そしてマリナは考えた。暇な3流漫画家だったから考える時間は腐るほど
あった。和矢の言葉の意味を紐解いていく。
そしてあえて気がつかないようにしていた唯一の名が記憶の中で
煌いた。

『シャルル・・・』
彼の名を意識的に呟くと、閉じていた彼への扉はいとも簡単に開いた。


それで、フランスまで来たんだわ。
シャルル、あんたがあたしを救ってくれたのね。
こんな再会になるなんて思ってもみなかったけど・・・




再び目覚めたときには。マリナは事故までのことをすっかり
思い出していた。

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マリナは目が覚めても夢うつつだった。

「気分はどうだい?」
そこに突然シャルルが入ってきた。
「シャ、シャルル?」
マリナは両手で口元を押さえる。
さっき感じた冷たい涙ではなくて、懐かしさ、愛しさ、
安心・・・それらの言葉をすべて含んだ暖かい涙が彼女の
頬を伝う。

青灰色の物憂げな瞳に、あの日から随分伸びた白金の髪。
ゆるくウエーブがかかったその髪は、彼の美しさを際立たせている。
当時は少女と見間違えることがあるくらい華奢に見えた
体格も、男性の逞しさを隠すことができなくなっていた。

マリナは5年という時間の流れをしっかり感じ、そして
目を伏せる。

「マリナ?君・・・記憶が戻ったのかい?」
シャルルはマリナの頬を手で触れ、尋ねた。
「ええ、ありがとう。あんたのおかげよ」
マリナは5年前と同じ笑顔で微笑む。

「あたし・・・あんたに会いにここまできたの。
和矢に『自分の心を確かめてこい』って言われたの。
最初はわけがわからなくて辛くて泣いてばかりだったけど・・・
腐るほどあった時間を使ってしっかり考えたわ。そして
気がついたの」

自分を見つめる青灰色の瞳を見つめ、躊躇しながらももう一度微笑んだ。
「あ、あのねシャルル、今更むしがよすぎるかもしれないけど・・・
また何かの拍子に忘れちゃうといけないから言わせてね。
・・・あんたにとって大切な誰かがいるなら、諦める。過去は過去として
葬るというならそれも納得する。でももう一度チャンスをもらえるなら、
嬉しいわ」

「チャンス?なんだい?」
シャルルはマリナの話の先を促した。
マリナは少し緊張した面持ちで話し始めた。

「あたし、あんたが好きよ。あの日、小菅で和矢の手を取ってしまったわ。
あたし自身があんたを好きだってことに気がつかないでいたんだもの。
あたしは和矢を好きだって思っていたもの。でもね、違ったの・・・。
無意識の自分が誰を求めていたのか。それを伝えに来たのよ」

マリナは想いを一生懸命伝える。
冷たくて、皮肉屋で人嫌いと見せかけて、本当は自分の命よりも他人を
大切にするシャルル。誇り高き想い人にあたしの気持ちが届きますよう
に・・・と願いをこめて。

「あたしが好きなのは・・・あんたよ。シャルル」

マリナの頬に添えられていた手が離れたと思うと、ふわり、とシャルルの
手が彼女の背中に回る。
優しく抱きしめられ、シャルルの香水が淡くマリナの鼻をくすぐった。

「ほんとはね、これだけ伝えたら帰るつもりだったの。5年もたって
いるんだもの。あんたにもあんたの生活ってのがあるじゃない?それに
今さらのこのこ現れるなんて・・・カッコ悪いったら・・・でも・・・
この怪我じゃ帰るに帰れない・・・あははは」
シャルルの抱擁に真っ赤になってマリナは言う。
「マリナ、君は気づいていないね。オレがどれだけ嬉しいと思っているか。
愛する人が自分と同じ気持ちでいる幸せをどれほどかみしめているか。
昔も今も変わらないよ。オレの気持ちは・・・」
シャルルがマリナの耳元で囁き、そのパーフェクトな形の唇をマリナの
額に落とした。
「シャ・・・シャルルっ?」
「マリナ、ありがとう。ああ、この喜びをどう伝えようか。
オレの時間がやっと動き出したよ。君の手を離した時に止まったままの
時間だ。オレも君でないとダメらしい・・・」

シャルルの細く柔らかな白金の髪が言葉と共に優しく揺れる。

マリナは少し躊躇しながらも右腕をシャルルの背中に回した。


















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第6話のお届けです。
和矢ファンを敵に回しそう・・・。
本当に都合のいい男になっちゃっています。

もう少しいい男に描いてあげないと、
なぜマリナが恋したのかわかんないよね。

・・・シャルルの素敵さには到底叶わないけどね(妄信?)



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