普通ってすばらしい!!

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あなたに続く空 第2話

あなたに続く空 第2話



あたしは浅い眠りから覚めた。
頭がぼんやりする。
でも今日は出版社に行かなきゃ。あの松井をギャフンと言わせて
やるんだから。
冷たい水で顔を洗い、目をしっかり覚ます。
昨日の帰りに姉さんがコンビニで買ってくれたパンと牛乳の朝食を
済ませ、いざ、出陣、とばかりにあたしは外に出た。







「ちょっと、またあんたなの?懲りないね。え?100ページ?
冗談じゃない、そんなの読んでる暇ないよ。あ、君、この子持込
だって。読んであげて」
腹の立つことに松井さんはあたしの顔を見るなり嫌悪感を丸出しにした上、
隣の席の若い子にあたしをなすりつけようとした。
「ちょ、ちょっと松井さん!今回だけ、今回だけでいいんだってば。
よ・・読んでよ!・・・いえ、読んで・・くだ・・・さい」
あたしの今の精一杯のお願い。
いつもはもっと強気だけど、昨日のことでかなりへこんでいる。



いつものあたしの態度と少し違うことに気が付いてくれた松井さんは
嫌々ながらも面談室であたしの100ページを読んでくれた。
「・・・どうですか?」
あたしは恐る恐る聞いた。
「あんたにしてはいいんじゃない?話もうまくまとまってるし、
心情も綿密で取材も丁寧。加えてヒーローがかっこいいし、
主人公が等身大。この話を54ページに修正できたら次の別冊に
推薦するよ」
「え?」
松井さんは言葉とは裏腹に『できるもんならやってみろ』的な顔で
あたしを見ていた。
「仕事もらえるんですか?」
あたしは恐る恐る聞いた。
「54ページに収まればね」
・・・100ページを54ページ?
そんなのできっこない。しかもこれはあたしの大切な思い出・・・。
「やります」
でも悲しいかな。売れない貧乏漫画家のあたしの口は『受ける』と
言っていた。
「とりあえず来月頭に持ってきて」
「はい」
あたしは猛ダッシュで家に帰り、話を削りまくってプロットを
切りなおした。
そして寝ずに下書きを入れる。
ものすごい集中力。あたしにこれだけの集中力があったんだ、と
54ページの下書きを終えたときに思った。48時間、起きていたの
だった。



主人公と幼馴染との恋。お家騒動に巻き込まれた幼馴染の親友との出会い。
ひょんなことからそこに巻き込まれ、幼馴染と離れその人とともに
行動する。気がついたらお互い惹かれあっていて、でもその人は
驚くほど誇り高くて、騒動の中果敢に戦うの。そして親友の恋人と
わかっていて告白をする。幼馴染と親友の決闘して、愛しているからこそ
愛する人と別れてしまう。あたしの体験そのまま。
ハーレクインになりそうなスペクタクルロマンよ。
もちろん少女マンガだからハッピーエンドだけど、本当は。
あたしは・・・間違ってもハッピーなんて言えない感じなんだけど。


本名を使うわけにはいかなかったから当然名前も変えてあるし、
国も変えてある。
でも当事者が見たらすぐにわかっちゃうわね。
まぁ、みんなあたしの漫画なんか読まない人ばっかりだから問題ない
けどね。


さぁ寝よう。起きたらペン入れしなくちゃね。
よく考えたらもう何日もお風呂に入っていなかったことに気が付いた。
とりあえず、今日は気分変えるためにお風呂に入ろう。
あたしにしては珍しい気分転換だけど、漫画家マリナの再出発の日、
ってことで・・・ね。


湯船に入って転寝をしていたあたしは、またあたしと対峙していた。

姉さんがあんな話するから動揺したけど、
よく考えたらフランスに行ったって絶対に会うとは限らない。
むしろ会わない確率のほうが高い。パリでも16区辺りに行かなきゃ
いいもんね。シャルルは車移動だろうしさ。

そんな思考をしている自分に驚く。

さっきまで泣いてたじゃない、マリナ。
なに開き直ってんのよ。シャルルにも和矢にも顔向けできないのよ?
あたしはあたしと自問自答を繰り返す。

マリナ・・・あんたは、いったいどうしたいの?
シャルルに想いを伝えなくていいの?

想いを・・・伝える?

だってあんたからシャルルに想いを伝えたことないじゃない。
シャルルはいつもあんたのこと考えて、いつもあんたを尊重していた。
でも。あんたはそのシャルルに応えたことがあるの?
あんたは卑怯だわ。自分の気持ちをしっかり確かめず、シャルルに
言われるまま和矢を選んだのよ。

でもあたし和矢が好きだったのよ。とっても。

好きと愛は違うでしょう?
シャルルのことどう思っているの?
和矢に言われて思い当たるフシはなかった?
自分の気持ちを確かめなかったばっかりに和矢を傷つけたのよ。
マリナ!しっかりして!!あんたはそんな卑怯な女じゃないわよ。
ちゃんと。自分自身を見つめなおして!


あたしの中のあたしの声。
夢?だからできる心の中との会話にハッとして目を覚ました。

(シャルル・・・会いたいよ)
そう思った瞬間、心がズキン、と疼き目頭が熱くなった。

封印してしまっていた心の鍵が開いた瞬間だった。




ほんの何分間の転寝だったけれど、ものすごく重要な夢を見た。
自分の気持ちを素直に見据え、考えまいとしていたことに目を向ける。

『和矢が好きだから、和矢とやり直すの』
そう言った瞬間に感じた胸の痛みの正体。


あたしとシャルルの運命。
あたしも和矢もシャルルですらも気が付かなかったそれ。

人一人の価値観を変えるぐらいの出会いに運命が関わらないはずがない。
和矢はあたしといても変わることがない。それこそ中学生のときのままの
恋心だった。
和矢は違ったかもしれない。でも・・・少なくともあたしはそうだった。

でも、シャルルは違う。お互いに影響しあっていた。
お互いが、お互いの色を尊重した。でもお互いの色が綺麗に調和して、
あたしはあたしのままで、シャルルもシャルルのまま。でも、二人ともが
触発され、あたしもシャルルも変化していった。

好きとか嫌いとか、そんな言葉では言い表せない。
運命というよりも・・・宿命?


・・・あたしの中にシャルルが鮮やかによみがえってきた。






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たまにものすごくハーレクインが読みたくなることがあります。
大人の童話ですよね。コメディありシリアスあり、胸キュンのあり。
でも必ずハッピーエンドなので安心して読めるし、自分好みの
作品を見つけると妄想も弾みます。

しかーし。
夫とはそんなムードになることはなく・・・。
枯れちゃダメ!枯れちゃダメよ、おかっちっち!!

と言うことで、本屋さんにハーレクインの漫画の
立ち読みに出かけたいと思います(爆)




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