普通ってすばらしい!!

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あなたに続く空 第3話

あなたに続く空 3




自分の気持ちに整理が付いて、久しぶりによく眠れた。
和矢と別れて以来、だから1年ぶり?ぐらいかしら。

どこでも眠れて、食べられる、というタフなのが長所だったけれど、
本当に1年、何もとりえのない自分に自信をなくしていた。
それこそ、自分を見失っていたのよ。自分の心と向き合う漫画を描いて
本当にすっきりしたんだわ。

そして、余分なストーリーを削ることで、ちゃんと見えてきたもの。
自分の本当の心。まだシャルルと面と向かって会おう、という勇気は
ないけれど、フランスの地を踏む覚悟はできたわ。


さぁ、ペン入れしよう!
描いて描いて描きまくるわよ!
素晴らしいものに仕上げて雑誌に掲載してもらって、松井に
『大先生』と呼ばせて『オーッホッホ!』って笑ってやるんだから。

そしてその後、姉さんのおごりでヨーロッパ旅行。
姉さんにたかって贅をつくしてやる。
この間のフレンチだって、ちっとも味わった気がしなかった。
もちろん自分のせいでもあるけれど、あんなふうに話を持ち出す
姉さん達だって悪いもの。


ペン入れに没頭する。ペンでシャルルをなぞるたびに
自分の中のシャルルがどんどん膨らんでいく。
鉛筆の淡い線がしっかりしたインクの線になるように
シャルルへの想いも形になっていった。

神に愛され、この世に生を受けた天使。
一見高潔で冷静なのに、情熱的で官能的。
そして・・・冷たそうで、ものすごく優しい。


あたしは本当に一生懸命描いた。
実際、これが最後でもいいぐらいに。

漫画ではほとんど仕事がないけれど、挿絵とか
イラストなどの仕事をたまにすると、もしかしたら
こっちの方が性にあっている、と思うことがある。
迷っているから選べない。
漫画もイラストも。

あたしは絵で表現することが好きなんだ、と思う瞬間。
音楽を聴くように作品を奏でていく。
そういえば、シャルルに漫画描くのを手伝ってもらったことが
あったっけ。そのときシャルルの多才さにただただ驚いて・・・
でも、どんなことも素敵な思い出ね。

自分の気持ちに正直になったら、いろいろなことが楽しく
思えてくるから不思議だわ。



そして54ページを10日で仕上げた。
ほとんど家に篭りきり。食べるものも困ったけれど、それよりも
この話を形にしたかった。だから食事は適当にコンビニだったり
パンとかそんなんばっかり。
食べる時間ももったいない、と思うぐらい集中してたの。

とうとう明日。出版社に持っていく。
いい結果を期待しよう。





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「ふ-ん、あんたもやればできるじゃん。明日の編集会議で
一応編集長に見せておくよ。結果はまた連絡するから」

松井さんはそう言ってオフィスに消えていった。
「おねがいします!」
松井さんの背中に念をおし、頭を下げて編集部を後にする。


今までの中では好感触な手ごたえにホッとして町を歩いた。
「?」
なんだか違和感を感じる。
ズボンがずり下がる感覚。トレーナーの肩もなんだか変。
勢いと緊張で出かけてきたからそんなこと気がつかなかった
けれど、ショーウィンドウに映る自分を見て驚いた。

これあたし?

なんだかほっそり・・・げっそりとした女の子があたしを見ていた。
ブカブカの服を着てボサボサ頭にちょんちょりん。
・・・なんだかものすごく、かっこ悪い。

2週間前、姉さんが『痩せた?』って聞いてたっけ。
本当にそうかも。食べないし、仕事はしているし、
悩んでたし。まぁ。健康的な生活とはいえないし、痩せても
おかしくないわね。
あの過酷な状況で・・・今まで痩せなかったのがおかしいのよ。
これであたしも一般人並みということかしら。

あ、でもサイズの合う服がない。
レストランに行くのに服買ってくる姉妹との旅行にパンツ3枚じゃ
きっと姉さん怒るだろうなぁ・・・。

旅行は1週間後。あ、お金もない。困ったなぁ・・・。



















「ユリナちゃーん、マリナちゃーん、お待たせ!」
エリナが空港の待ち合わせ場所にやってきた。住んでいるところが
近いあたしとユリナ姉さんは一緒に来た。
「ユリナちゃん、マリナちゃんと一緒に来たんだね」
エリナは笑って言う。
「そりゃそうよ。ほっといたら来ないかもしれないじゃない。
おまけにチェックしてないと、マリナなんてパンツ3枚しか
持ってこなかったわよ」
「えー?マリナちゃん、そこまで自分に無頓着なの?」
エリナは驚いてあたしを見た。
「悪い?」
気分を害したあたしは、フンッ、と鼻息荒くエリナに言った。
「この洋服だって私が言わなきゃ今頃、野暮ったいトレーナーと
ダボダボのオーバーオールだったわよ」
ユリナ姉さんも辛口だ。
「ナイス、ユリナちゃん。一緒に来て正解だったわね」
エリナがため息をついた。
「だってあたし海外に行くときはいつもそんなんよ。でも誰も
咎めなかったわ」
「・・・言っても無駄だと思っていたんじゃないの?って、マリナ
外国行ったことがあるの?」
二人の言葉がユニゾンであたしに向かってきた。
「あるわよ。外国ぐらい。じゃなきゃパスポート持ってないでしょ?」
あたしはちょっと怒りながら二人に言葉を返す。
「マリナ、せっかく痩せて人並みになったんだから、オシャレを
楽しむぐらいいでしょ?明日にはもうパリよ。少しぐらい
小奇麗にしていなさい」
ユリナ姉さんはため息をつきながらチェックインカウンターに向かった。



あたしは姉さんの後を追いかけながら1週間前を思い出していた。








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「マリナ、準備進んでる?」
編集部にいった日、家に戻って後片付けをしていたら、退職して時間が
余っている姉さんがやってきた。
「準備ったって、パンツ3枚だもの。必要ないわ」
あたしはとりあえず、自分のポリシーを言ってみた。
「何言ってんの?はい、旅行の日程表。フランスに4日間、ローマに3日間、
そしてスコットランドよ。パンツ3枚なんて許さないわ。今から買い物に
行くわよ」

そう言って近所の量販店に連れて行かれた。
適当に見繕って安くてもデザインが良くて、着心地も良くて、着回しのきく物
を何枚か買った。・・・買ってもらった。
「本当に世話が焼ける。でも。食事のときよりもいい顔してるわね」
姉さんが安心したように微笑む。

買い物を済ませ、カフェでお茶を飲みながら、世間話をする。
「和矢君とはどうなったの?」
姉さんはやっぱり鋭い。・・・でも誰でもわかるわよね。こんな
あたし見ていたら。
「別れたの。やっと言えるようにんなったんだけどね」
「え?いつ?」
姉さんは驚いて聞き返した。
「もう1年になるわ。あたし、苦しくて辛くてどうにかなっちゃいそう
だった。でもね、最近気持ちの整理が付けられたの。だから・・・」
「何故言ってくれなかったの?」
姉さんは優しく言ってくれた。
「あたし、和矢よりも好きな人がいたの。でもコドモすぎて気がつかな
かった。その人もあたしの意志を尊重して、『カズヤと幸せにおなり』って
あたしの背中を押してくれたわ。でもね。あたしの中の女のあたしが求めて
いたのは和矢じゃなかったの。それに気づいたのが和矢だった・・・。
それで別れることになったの」
あたしは笑顔で言うことができた。
ユリナ姉さんは黙って聞いていてくれた。
「相当辛かったのね。マリナがものすごく大人になった気がするわ。
だってマリナの口から『女』なんて言葉が出るとは思わなかったもの」
そう言うと、ダージリンティを一口含んだ。

カフェをでて、
「じゃあ1週間後、迎えに行くわね。準備して待っているのよ!」
と手を振って帰っていく姉さんに感謝の気持ちでいっぱいだった。
買い物袋をたくさん持ったあたしは手を振り返すこともできず、
「ねえさん!ありがとう」
というのが精一杯だった。








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第3話でした。
別人マリナとシャルルが出てこないことに、書きながら
自分自身がストレス・・・(なんてこと!)
早くシャルマリを絡ませたい、と思いながら
うまく文章をまとめられなくて、困っている
おかっちっちなのでした。




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