普通ってすばらしい!!

普通ってすばらしい!!

マリナBD創作 Bonheur de vivre


結婚のためにイタリアに行って15年が経ちました。
夫のベルナールがパリの大学の講師として赴任することになったのです。
イタリアも刺激的で情熱的な国でしたが、パリで育った私はやはり、
パリが好きなのです。もちろん下町育ちで、華やかな雰囲気の
中で過ごすことはめったにありませんでしたが、懐かしさがこみ上げ、
パリの空気が優しく私を包みます。

凱旋門をくぐり、シャンゼリゼ大通り。ああ、いつも車も人もいっぱいね。
パリを象徴する通り。コンコルド広場のオベリスクも久しぶり。
マロニエの木も頬を撫でていく風も、とても心地よく、ここにいなかった
15年間が嘘のようです。


「オデット!」
「ベルナール、どうしたの?」
私はパリの風に抱かれ、セーヌに架かる橋の欄干で船を見ていました。
「・・・いや、君がなんだかとても素敵に見えて」
「まぁ、何を言っているの?」
私は夫が急に言った言葉がおかしくて、クスっと笑ってしましました。
「・・・思い出していたんだろう?行ってみるか?」
夫は失言だった、というような照れた顔をして、そしてすぐにいつもの
顔になったかと思うと、私にそう言ったのでした。
「行ってみるかって、どこへ?」
私は夫の真意を測りかねて聞き返しました。
「16区のお坊ちゃん宅だ」
「そんなの・・・行ってもすぐに会えないわよ。あれから15年だもの。
きっと立派な人になっているわ。私のことなんて忘れてしまっているわよ」
「そんなはずはないさ。シャルルはフランスの誇る天才だ。行ってみる価値は
あるだろう。私も君がポンペイ行きを遅らせる原因になった彼を拝見したい。
もちろんいけ好かないヤツだったら、文句も言いたね」
「ベルナール・・・そんなことをしたらフランス軍に拘束されるわよ」
「まさか」
そんなことを話ながら足は16区に向かっていました。







「ほおおおぉ」
ベルナールが感嘆の声を上げるものわからないではありません。

私も始めて訪れたときはそれこそお城のような館に驚きを隠せませんでした。
それまで16区に足を踏み入れたことさえなかったのです。

門の前に立ちすくんでいると、そこに入っていこうとする人とぶつかりました。
「すみません」
「・・・今から並んでも当主に会えるのはいつになるかわかんないよ」
その人はよくわからないことを言いました。
「どういうことですか?」
「知らないのかい?アルディの当主に面会するためには、番号札を取って
順番を待つんだ。私はやっと今日会えるかもしれない。もう5日も待って
いるんだ」
そう言って門をくぐっていきました。
「オデット・・・本当かい?」
ベルナールが力なく私の名前を呟きました。
そういえば、私がこの家を訪れたときもそんなようなことを聞いた覚えが
ありました。
「ほらね。きっとシャルルも22歳。立派なご当主になっているわよ」
私は気落ちするベルナールに微笑みかけ、
「帰りましょう?」
と腕を組んで歩き始めました。

「ちょっとやすまないか?」
ベルナールが言いました。
「そうね。家のほうまで戻りましょう。いいカフェがたくさんあるもの」
「そうだね」
私たちは再びメトロに乗って、6区まで戻ってきました。

そして私の好きなカフェに入りました。
夫の勤める大学がある5区の近くにアパルトマンを借り、
散策しながら見つけたカフェです。
今日はどんなケーキを食べようか、と思案しながら。



そこで突然目に留まった白金の髪に、私の時間が止まりました。
背中まで伸びたまっすぐで柔らかな髪、肩幅からその人が女性でないことは
すぐにわかりました。

心臓が早鐘のようです。
こんな見事なプラチナブロンドはきっと彼しかいないでしょう。

・・・シャルルだわ!?

店内で立ち止まったまま動かない私の肩を抱き、夫は席に案内してくれました。
白金の髪の男性の背中がよく見える、場所。




15年前の奇妙な依頼。
ぶつかったことがきっかけとなって、私はシャルルの友人として、あの
お屋敷に呼ばれ、オスカー・ワイルドの「幸福の王子」を繰り返し読んだ
記憶が思い出されました。

7歳のとても綺麗な男の子。
クセの無い白金の髪に、上品なブルーグレーの瞳、天使のようにまろやかな
頬と雪よりも白い肌と、甘美なカーブを描いた唇。
誇り高く、強い男の子でした。



ああ、きっとこの背中はシャルルね。
立派になって・・・。


今は幸せなの?



そんなことを考えていたら。
透明な声が聞こえました。


「マリナ、そんなにも食べるんじゃない。おいしいからと言ってそのケーキの
数はもはや人類を超えているぞ。ほらこぼした!」

言葉こそわかりませんが、誰かに注意を促しているようです。
私は驚きました。あのシャルルがこんなにも庶民的な行動をしていることに。
もちろんいけない、というつもりはありませんが・・・

「何よ。食べているときが一番幸せなのよ。好きなだけ食べさせてくれても
いいじゃない」

シャルルの言葉のすぐ後でかわいらしい少女の声がしました。ガールフレンド
でしょうか・・・

シャルルの肩越しに少女の様子が窺えました。
東洋人の少女。陽のオーラを感じさせる10代前半に見える少女と、素敵な
青年になっているだろう彼のアンバランスな感じは否めませんでしたが、
彼女とのやり取りを楽しんでいる様子のシャルルにどこかホッとしている
自分がいました。

もう一人ではないのね・・・

過去、お誕生日に漆黒の髪のお友達一人で30人分の祝福をしたときと同様の
安心感が心に広がります。数も大切ですが、質はもっと重要ですから。

言い合いを楽しんでいるような雰囲気だったり、あのシャルルに物怖じせずに
言い返す様子だったり、ああ・・・どう表現したらよいのでしょう。

・・・強い信頼関係。
二人を取り巻く空気がお互いの想いの深さを象徴しているのです。

彼女がケーキをもうひとつ食べようとした手を彼はすばやく捉え、指先に
キスをしました。
彼女の頬はみるみる赤くなっていきます。
そして、10代前半の少女の幼い微笑とはまた違った色を持つ表情が見えました。
シャイな女の子。でも垣間見える表情やしぐさから素敵な恋愛をしていることが
わかります。


よかったわね、シャルル。

そう呟いて、私はベルナールに寄りかかりました。
15年前にママンを想い、涙を我慢していた気高い男の子。


シャルルの顔は見えないけれど、穏やかなベールに包まれた二人に出会えて
本当に嬉しいわ。
私も今、とても幸せよ。あなたの言ったとおり、がんばったもの。お礼に、
といただいたリモージュのカップもちゃんと飾っているのよ。

良かったわ。ずっと気がかりだったの。
あの日、円満な別れだったけれど、後悔が残っていて・・・。あなたの幸せを
見届けられずにイタリアに行ってしまったのから。
でも今日ここで、あなたを見つけられて本当に良かった。

「オデット?」

夫が私を呼びました。
私は夫に向けて自分のできる最高の表情を見せました。



シャルルの幸せへの餞として。










                          fin













*********************************



「なんとなくシャルルを知っている第3者」の視点で
書いてみたくなりました。

マリナのBD創作ですが、誕生日にはなんの絡みもない
ある日常の一コマです。








© Rakuten Group, Inc.

Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: