翡翠の蛇は尾を咥え問う【後編】


「要らないものは売ってこいよ」
倉庫も私の手元も確かに一杯だった。
道具屋へ向かう間にも、仲間たちの声は聞こえる。

「ターラ到着~」
「緑駄目マジ見物~」

私は、身に帯びている鎧よりも赤い顔をしていただろう。
急ぎ道具屋で荷物を、ほぼ投げ出すように店の前に置く。

「今日は一杯ですね」
「……急いでますから」

金額を確かめもせず受け取り、倉庫前にこっそりと戻る。
財布の中身を倉庫の金庫に投じ、装備を引き出した。
混雑に乗じて、仲間たちにも知れぬようその場を離れる。

「ディバインだって?おめでとう~」

知り合いの囁きも、今の私を和ませはしなかった。
私は、本当にこれを身に纏えるのか。
具足に拒まれず、堂々と皆の前に立てるのか?

(試したらいいにゃ)
どこか、眠そうな声がした。
私の使い魔は、よくまどろんでいる。
(着るだけなら何も変わらないにゃ)
「どういうことだ」
虚空に呟いたが、もう眠ってしまったようだ。
あれらに眠りが必要なのかどうかは疑問であるが。

取りあえず、足から身に付けることにした。
いつも仲間から隠れて居眠りする場所で、鎧を外す。
思えばこの赤も、懸命に戦ってのものだ。
身に纏った時の感慨が思い出の残り香になる前に外すとは。

それらをそっと草の上に置き、翠玉の光沢あるすね当てに、
そうっと片足を突っ込んでみた。
……正直、よく分からない。多少重たい。
胴鎧に手を伸ばすのは少し怖かった。
それでも、身体を包む金属は何も変調をもたらさない。
腕も何ら拒まれず、最後に兜をそっと頭に載せても、幾分
重たくなったというだけのような、そんな気がした。

ただ、魔力に著しい増幅を感じる。
防御も、まあ神与のものだから強まっただろう。
ことに盾は私には重要だ。

……それで?お前は何が変わったのだ?

「おーい、どこだよ」
「いなーい」

ギルドメンバーの声に慌てて、私は赤い具足をしまいこむ。
倉庫に預けなおす時、小男は私を見たが何も言わない。
彼は私のような慌てた冒険者など、倉庫の預かり品よりも
見飽きているに違いない。

ギルドメンバーの主力が、倉庫前で待っていた。
彼らはとうにこの域に到達し、既にギルドマスターは
青く美しい鎧を帯びるまでになっている。
けれども、皆は祝いにきてくれた。口篭もりつつ礼を言う。

そうだ、まだ依頼を果たしていなかった。
ひとしきりのやり取りの後、ターラから巻物で水辺に戻る。
ポーションの補充を忘れて、そう数はないな、と思ったが、
既に近くにフレツェルが三体揺れていた。

防御を、あえて今回唱えずに試みてみよう。

この状態では、単体を撃つよりも全体を叩くのが早い。
杖を一振りし、頭の中に構成を思い描く。

「彼方を照らし給う星霊よ 遊行せよ」

棘がさわさわと嫌な音を立てている。
気づかれた。かまわず唱えつつ只中に飛び込む。

「此地を汝が彗星の尾にて祓い清めん!」

光の渦が、沸き起こり眩しい嵐となって場を揺るがす。
眩しくはあるが、威力は?
棘が飛来するが、鎧は堅固にそれを阻む。

残骸が三つできるのは、いつもより少しだけ短かった。

そして、その一体から、私は目的のものを採取する。
毒の棘。
ターラの武器職人が、これを素に武器を作ろうと試みる。
敵の一部を用いるとは、皮肉な策ではあるが。

私は、幾分は怪我したものの、しっかりと立っていた。
薬液もこれならばさほど大量には必要としないだろう。

けれど、これだけがディバインの力?
生き残る率を高めてくれるだけ?
まだ私は分からぬまま、ターラへと帰還した。


無事に依頼の品を渡し、僅かな傷を修理してもらい。
倉庫近くの門で、私は足を止めた。

青光りする鎧のギルドマスター。
まだ私が金の鎧の時、彼はディバインについて詳細に
教えてくれた。

梯子近くに少しだけ姿勢を崩していた姿が、すっ、と
身を起こす。
何も言わず、彼は片手を差し招くように上げた。

(来るか?)

頷き、彼の前に立つ。

(行くとも)

未だ、微かな疑念が晴れないままなら仕方ない。
結局、その答えは私自身が見出すほかはないのだから。

ギルドマスターはおどけたように言ってのけた。
「拉致~」
近くにいた戦士もほぼ無言で加わる。
「また拉致~っと」

彼に付き従い赴く地は、死と隣り合わせの土地。
巨人ラクサス、人蛛ヴィシャス、地竜カラゴーン。
いずれも我々を阻む恐るべき存在だ。

門を出て、マ=ドゥラバスに到達する。
ここで初めて聖なる鎧がかかった。
これまではターラを出てすぐにかかったものだが。

彼は知っている。この装備がどれほど強いものか。
逆に、私が用いなければ、彼が知らないこともまたある。

「試してみる……か」

力量を問われたものが、今度は問う側に換わる。
まるで己の尾を咥えた蛇のようだ。

倉庫に眠る赤い鎧も、この鎧も、仰ぎ見た自分。
青に、黒に、古代の鎧にいつか到達することを願う自分。

それに果たして神はどのような啓示を与えるのだろうか。
この先、それが一つの解答として得られるだろうか。
走りながら、私はそれを見極める日がくることがあると
信じることにした。


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