おかあちゃん１
私が５歳くらいのときに両親は離婚しました。
最近でこそ離婚は珍しくないけど、当時は珍しかっただろうし、
母子家庭ということで差別の目で見られることもあったと思います。
でもうちの母親は愚痴をいうことのない人でした。
ほんとはいっぱいいいたかっただろうと思います。
３人の娘を育てるのに精一杯だったのでしょう。
娘達が進学や就職をしていき、やっと一息つけるころになったきたであろう時期に異変に気がつきはじめました。
もともと偏頭痛もちだったおかあちゃん。
だんだんその痛みが起こる感覚が狭まってきて、薬でも全然治まらない。
呂律が回りにくくなり、手先も痺れる、物忘れがひどくなるetc。
ずっと１人で考えこみ、掛かり付けの個人医院にいっても、出される薬は同じ。
思いきって大きな病院で見てもらうことになりました。
私はその時になって初めて、おかあちゃんがそんな症状で悩んでたことを
知りました。
もちろん一緒について受診しました。
その時に自分の中のおかあちゃんとのあまりの違いに愕然とし、
ショックを受けました。
もちろん１番ショックだったのはおかあちゃん自身でしょう。
ただ検査をしてもらおう、症状にあったお薬をもらおうとしか
思ってなかったのにいきなり明日入院してください。
精密検査をし、手術が必要です！といわれたのですから・・・。
私だけ別室に呼ばれ、主治医と話すことになりました。
そこでいわれた言葉は「悪性の脳腫瘍です。」
「もう手後れの可能性がかなり高いです。」
「手術するとしゃべれなくなりますので、今晩ゆっくり話をして、
今後のことも決めてきて下さい」
というものでした。
このことをありのままおかあちゃんに伝えていいものか、悩みました。
そして、「手術をすると今と同じようにはしゃべれない可能性があるから」とだけ伝えました。
このころN市で働きつつ学校に通っていた私は、ひさしぶりに実家で
泊まりました。
本当ならおかあちゃんと一緒に、いっぱい話をしなければならなかったのに
何もいうことができず、ただ側にいるだけしかできませんでした。
入院当日、ねーちゃんも仕事を休み、家族揃って病院の門をくぐりました。
病室に案内され、ドクターの診察。
早速翌日から始まる検査について説明を受ける。
この瞬間から、おかあちゃんの闘病生活がスタートした。
採血にはじまり、心臓の超音波検査、CT、血管造影etc。
検査は毎日、１週間も続く。
さすがにおかあちゃんも不安を隠しきれない様子。
入院生活も１０日が過ぎ、手術の日程が決まる。
また私だけ別室に呼ばれ、主治医より「病名の告知、予後について
どう説明をするか？」と聞かれる。
今まで苦労ばっかりだったおかあちゃん。
正直に話して残り少ない人生を好きに過ごさせてあげるべきか、
嘘をついて希望を持たせるべきか。
悩んだ結果、「脳にできものができている、いいものか悪いものかは
まだわからない」
「手術をして、取ってもらおう」としか話せませんでした。
おかあちゃんはきっと自分の病名を分かってたと思います。
でもあえて娘の私にそれを問いただすことなく、受け止めていました。
手術の日。夜勤をどうしても変わってもらえず、夜勤明けでダッシュで
病院に駆け付けた私。
しかし、とっくに手術は始まってました。
待つこと６時間。
予定時間は特に過ぎてしまってるのに、誰も手術室から出てくる気配はない。
おかあちゃんが戦場へいって７時間半。やっと手術室のドアが開いた。
中から主治医が出てきて、「予想以上に進行が進んでいました」
「腫瘍が血管＆神経を巻き込んでいたため、切除は無理でした」
「なんとか採れたわずかな腫瘍を病理検査に出さないとはっきりしたことは言えませんが、悪性でかなりひどいものだと思われます」
この言葉を聞いた後ICUに行き、おかあちゃんの姿を見て愕然とした。
もちろんそれまでも仕事としてたくさんのオペ患者を見てきた。
しかしそのどれとも違う！
目の前にいるのは誰？？
これはおかあちゃんじゃない！
そんな言葉が頭の中でぐるぐる回るだけで、他のことは何も考えれなかった。
心身共にぐったりとなり、気がついたら自分の寮にいた。
ここまで全く涙を流さなかった私。
「大変だったね」という言葉を聞いたとたん、涙が溢れてとまらない・・・。
結局１晩中泣き続けた。
翌朝、気付いたら電車に乗っていた。学校を休み向かった先は病院。
ICUの面会時間にあわせて、入り口の前にいた。
面会時間はたった５分。
頭の中で「昨日のは夢だったんだ」と呪文のように呟いていたが
現実だった。
目の前に横たわっているのは、他の誰でもない。おかあちゃんだ。
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