おかあちゃん4


主治医から言われた一言。
「なんでここまで放っといたんですか?!」
私は一生この言葉を忘れないだろう。
放っといた???
本気で放っとくつもりなら、家に連れて帰ることもしなかっただろうし、
もっと状態が悪くなるまで寝たきりにするだろう。
それまで医者という職業は尊敬していた。
しかし、看病で疲れきってしまった家族にそんな言葉をかける医者に
大事なおかあちゃんの命を預けることはできない。
高校時代の実習でお世話になった婦長さんにこのことを相談してみた。
ちょうどそのドクターは開業準備をしているらしく、
すぐに主治医を変えてもらえた。
次に主治医になったドクターは家での様子をじっくり聞いてくれ、
現状を理解してくれた。
そして今後の治療についても時間をかけて説明してくれた。
とりあえずこのままでは衰弱が激しいので高カロリーの点滴をし、
少しでも体力を回復させ、寝たきり状態から脱出をはかること。
私達の希望は、もう1度車椅子で散歩に連れていきたいこと。
そして最後は無理な延命治療はしないこと。
ただそれだけだった。
もう1度家に連れて帰るということは、どう考えても無理なのは
目に見えていた。
主治医からは「ただ、1ヶ月以上もつということは言い切れません」と
言われた。
1ヶ月。
たった1ヶ月。
その限られた時間を今の状態で終わらせてしまうのはイヤだった。
もう1度おかあちゃんの笑顔が見たい!!
その日に高カロリー用の点滴が入れられた。
そして3週間後、流動食だが食事が開始されることになった。
長期間食事を採らずにいたせいか、むせることも多かったが、
プリンやゼリーを喜んで食べるおかあちゃんの姿があった。
以前と全く同じではないけど、確かに笑顔を見ることができたのだ。
私達の希望としていた車椅子での散歩も、病院の中庭までだったが
1回だけでなく、毎日行くことができるようになってきた。
こうしてドクターの言っていた1ヶ月があっという間に過ぎた。
食事も3分粥→5分粥→7分粥となり、少しづつだが
食べる量も増えていった。
もしかしたらもう1度家に帰れるかも知れない!
1度は捨てかけた希望を救い上げるようになってきた。
しかし、そうしている間にも癌細胞はおかあちゃんの身体を蝕んでいた。
おかあちゃんの脳をどんどん破壊し、意思疎通が困難になってきた。
日にちがたつに連れ、どんどん症状は進んでいき、
かろうじて娘達の顔はわかるが、
私達が話し掛ける言葉を理解することができなくなっていった。

再入院から3ヶ月が経った。
一時は車椅子に乗り散歩までいけるようになっていたおかあちゃんの容態が徐々に悪くなっていった。
ベッド上でうとうと寝たまま過ごす時間が増えてきた。
それと共に食事量が減ってしまった。
このままではまた脱水となり衰弱していってしまう。
人間とは欲張りなもので、諦めていたものが叶うと次の欲が出てしまう。
前回、1ヶ月しかもたないといわれていたが、3ヶ月持ったじゃないか、
またきっとおかあちゃんは復活してくれる!
そう願うばかりだった。
しかし、現実はそう甘くない。
手や足の血管から入れていた点滴も効果が見られず、
また高カロリーの点滴を入れることになった。
それでもまだきっと今度も!と考えていた。
しかしこの点滴は最後まで抜くことはできないものになってしまった。
高カロリーの点滴を入れても、ちっともおかあちゃんの様子は変わらない。
それどころか悪くなっていく。
おかあちゃんの中の癌細胞に栄養がいってしまい、おかあちゃん自身には
栄養がいかなかったのだ。
いや、正確にはおかあちゃん自身に栄養を吸収する力が残っていなかった。
栄養をもらった癌細胞はどんどん調子に乗っていった。
それと対称におかあちゃんは弱っていった。
もう私達が面会にいっても、視点があわなくなっていった。
無理な延命はしない、そう決めていた。
しかし、まだそのときではない。
おかあちゃんはまだ闘ってるんだ。
そう自分に言い聞かせながら、仕事と実習に励んだ。
しかし実習でターミナル期の患者さんを受け持った時、
自分の中で何かが壊れた。
「私は今何をしてるのか?本当に看病しないといけないのは
おかあちゃんじゃないのか?」
「自分の母親1人も満足に看病できないものが、
看護婦になっていいのだろうか?」
そんなことばかり毎日考えていた。
もちろんその時の実習記録はひどいものだった。
今になって振り返ると、よくこれで学校の先生も実習担当者も
OK出したものだ。
そのころのおかあちゃんはほとんど意識がない状態になってた。
ターミナル期実習がなんとか済み、やっとおかあちゃんの病院に
面会にいった時
主治医から「あと1週間前後だと思われます」といわれた。
実際に1週間ぶりに見るおかあちゃんは闘い尽きた顔をしていた。
そこで翌日から高カロリーではなく、最低限の糖分の入った点滴に
変更してもらうことにした。
もうおかあちゃんも十分闘ったのだ。
これ以上癌細胞に栄養をやる訳にはいかない。
そう決めた。


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