映像四郎の百人斬り

「電気仕掛けの夜」

　「桜の樹の下には、屍体が埋まっている」

　梶井基次郎は、そういったけど、

　土自体が、屍体の堆積みたいなもんだから、

　埋まっていても、私は、別に困らない。

　今は、不法投棄も、多いから、

　「プリント基板」なんかも、

　埋まってるかもしれない。

　ただ、自分が、屍体にされてしまうのは困る。

　桜から、どうしても、連想してしまうのが、

　「電気回路」

　私にとっての、夜桜は、恐怖の記憶も、

　多少、絡んでいる。

　夜桜と地下鉄が、直結している。

　しかも、桜の下には、まさしく、

　地下鉄が、通っていたのだ。

　１年前の桜の季節、

　隅田川に近い、貝屋台の花見に、参加していた。

　夜桜を背景にしながら、

　ほかの常連客と、お話しているうちに、

　「Ａ子ちゃん」が、母乳をむさぼる幼児のように、

　ぐびぐびワインを、飲み干している。

　今日の「Ａ子ちゃん」は、リタリンで、

　コーティングした上で、やってきていた。

　あっけにとられてるうちに、湯水のように、

　「Ａ子ちゃん」は、ワインを、次々、浴びるように飲んでいる。

　酒癖の悪さは、ほぼ「核兵器」に近く、

　さまざまな場所が、「焼け野原」となってきたのだ。

　止めたときには、すでに、

　臨海点に達していた。

　顔が、子供に返っている。

　周りの、常連客に、抱きつき始めた。

　抱きついては、別の人に抱きつき、

　しかも、歩く途中で、

　操り人形の糸を切ったみたいに、

　ぽてんぽてんと、転び始めた。

　こうやって、「Ａ子ちゃん」は、

　脊椎を損傷してきたのだ。

　カップルでも構わず、男を求めてゆく。

　仕方ないので、腰に手を回し、宙に持ち上げた。

　ばたばた、もがく「Ａ子ちゃん」。

　「きゃー」と叫び、

　振りほどいて、地面に落ちる。

　ぽてん。

　身体の力が、抜けているのが、幸いしているのか、

　ダメージは、受けていなさそう。

　強引に、帰らせることにした。

　「のむー！のむー！のむー！」

　と叫び続ける「Ａ子ちゃん」を、

　無理やり、地下鉄まで、引きずっていった。

　ホームに着くと、「Ａ子ちゃん」が、

　急に、大人しくなった。

　死にたい、あたし、死にたい。

　つぶやいている。

　死なせて。

　殺して。

　殺してよ。

　殺せ。

　線路に、向かって、ダッシュしたので、

　キャッチして、床に倒す。

　地下鉄が、ホームに入ってくる。

　とにかく、ホームから、離れねばと、

　乗せようとするが、乗ろうとしない。

　今度は、壁に張り付くように、嫌がる。

　お願いだから、今日は、帰ろうよ。

　どうやら、過去のトラウマと、

　未来の半身不随が、ぐちゃぐちゃに、

　入り混じり、制御不能になっている。

　底に、眠っていた不安が、暴発し、

　脈絡を無視して、噴火し続けている。

　壊れたトランジスタラジオみたいに、

　ガガガーピピーって、混線した音が、

　精神から、きこえてくるようだった。

　そもそも、何で、私が、「Ａ子ちゃん」を、

　殺してあげなきゃ、いけないのだろう。

　意味がわからない。

　このときから、人の精神って、

　やっぱ、どこかで、電気回路なんだ、

　と思うようになった。

　「植物性電気回路」

　複雑で、多層的だけど、

　なんらかのループを持っていて、

　時には、単純に、ショートだってする。

　お願いだから、殺してよ、

　私の、手を自分の首に持っていき、

　首を絞めさせようとする。

　もちろん、絞めれない。

　地下鉄が、また、

　ホームに入ってこようとしている。

　フェイントで、「Ａ子ちゃん」が、

　線路へ、飛び込もうとする。

　ラグビーみたいだ。

　また、床に倒す。

　しかし、すぐに、立ち上がる。

　今度は、前から、押さえる形になった。

　ガンガン押してくる。

　「Ａ子ちゃん」は、私よりも、

　身体はでかいが、女だ。

　しかし、火事場の馬鹿力で、

　男の私を、ぐいぐい、押して、

　前進してくる。

　死にたがる人間は、厄介だ。

　じりじり、線路に、押されていく。

　私もろとも、線路に、飛び込みたいらしい。

　友達でしょ、

　あたしのこと、ほんとに、想ってんなら、

　殺してよ。

　泣きながら、叫ぶ。

　おかしい、友達は、決して、心中なんかしない。

　周りの人は、ちらほらいたが、

　見て見ぬ振りで、無視している。

　助けてほしかったが、

　すでに、意味不明。

　そんなことを、３０分も、

　繰り返していたら、

　さすがに、私も、飽きてきて、

　死ね、

　勝手に、死ね、

　ただし、おれの知らないところで、

　死んでくれ、

　自分の責任で、死ね、

　人を巻き込むな、

　おれは、迷惑だ、

　死にたきゃ、死ね、

　すると「Ａ子ちゃん」は、

　自分の中から、悪霊が、逃げ出すような、顔になり、

　そんなこと、いわれると、思わなかった！

　ひんひん泣きながら、叫び、

　しかし、声と内容が、まだ、混線していて、

　今度は、地上に向かって逃げ出した。

　なんとか、帰そうと、追っていくと、

　この人、ストーカーなんです、

　と叫び、さまざまな、人的障害物を、

　こしらえてくれる。

　だが、「Ａ子ちゃん」の状態が、

　尋常じゃないのは、あきらかだ。

　地上に出ると、ようやく、通行中の女性が、

　助けてくれて、「Ａ子ちゃん」を、

　なだめすかし、仲介して、タクシーに、乗せてくれた。

　この日、「地下鉄Ａ子ちゃん」が、誕生したのだった。

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