韓国同居暮らしと日本語教師

韓国同居暮らしと日本語教師

私のアトピー体験談


今も多少わずらっている。


 私は1970年代前半の生まれなんだが、
授乳は混合だったという。

 日本ではちょうと70年代前半がもっとも
母乳での授乳率が低く、確か完全母乳の人が
30%くらいだったのではと記憶している。

母乳育児に理解を! のテレビで確か
そう言ってたような気がする。

 それで 初乳前の粉乳は乳児アレルギーの原因に
に書いたのだが、
特に初乳が出る前に粉ミルクを飲ませてしまうと、
それがアレルギーの原因になりやすいと
いうのだ。

 私は個人の産婦人科で生まれたのだが、
その当時の母乳育児率の低さからもして、
産婦人科で初乳を飲む前に粉ミルクを
飲まされたのでは?と思われる。


 幼稚園時代には膝の裏と右手の人差し指に
グジュグジュが出ていて、皮膚科に通っていた。

 小学生時代はそれほど頻繁に皮膚科に
通わなくなって、雪の元とかでごまかして
いたのだが、6年生くらいの時、
ほぼ全身に黄色いグジュグジュした液の
水ぶくれが出来て、とうとう観念して
医科大学病院に通い始めた。

 ステロイド治療でいったんはきれいになり、
中学に入ってからも学校を時々早退したり
しながら、医科大学病院に通い続けて、
ステロイドの塗り薬を塗り続ける。
(学校もさぼりたかったのよねぇ)

 高校生になって、最寄の皮膚科に
変えるものの、依然としてステロイドの塗り薬を
使っていた。

 大学生になって、北関東の大学に通いだす。
 そこでも皮膚科に行ってステロイドの塗り薬を
もらい、ちょっと手がガサガサしたと
いってはそのステロイドの塗り薬をふんだんに
頻繁に塗っていたのだが、
看護婦さんの知り合いが

「そんなにステロイドの薬をふんだんに塗るのは
よくないよ。
 ほら、手の皮がだいぶ薄くなってるじゃない」

と言われた。


 そう、私の手の皮はステロイドのせいで
非常に薄くなっていて、冬の乾燥した空気の下では
ちょっとしたことで血がにじむほどになっていた。

 今でも指紋がはっきりと見えないほど
手の皮膚が薄い。


 そういわれて本とかで読んでみると、
ステロイドは一時的に効果があるものの、
依存症になったり、やめるとリバウンドする
恐ろしい薬であったことを知るようになった。

 それでその時から使わなくなったのだが、
多少カサカサするくらいで、ハンドクリームや
化粧水でもそれほど不自由ではないと
感じたので、すんなりやめることが出来た。


 でも高校・大学時代と食生活に全くといって
いいほど神経を使っていなかったこともあって、
またアトピーが再発したのだ。



 それでは幼少期どんな食生活をしていたのか、
これも是非触れて起きたい。

 私の母は戦前生まれで、短大の時に
栄養士の資格を取ったそうだ。

 それで、色々な料理の正式な作り方とか
知っている。

 父の好きな食べ物は豚肉、スペアリブ
とかであり、子どもは洋食が好きなので、
小さい時に何を食べてたかというと、
ハンバーグ、カレーライス、オムライス、
チャーハン、スパゲッティミートソースとか。

 勿論普通に御飯に味噌汁とか和食も食べてはいたけど、
母も洋食の作り方を学校で習っていて得意だし、
子ども達も喜ぶということで、
結構頻繁に洋食も食べていた印象がある。


じょうぶな子どもをつくる基本食 じょうぶな子どもをつくる基本食

 粗食のすすめでおなじみな、幕内秀夫さんの
著書だが、今貸し出しして手元にないんだけど、
こんなようなことが書いてあった。


 本来日本では穀類、いも類、野菜や豆類、魚介類が
食べられていたのに、栄養教育によって
輸入小麦粉、砂糖、油、肉類、乳製品が
食べられるようになった。

 しかし本来どこの国の人も、どの民族も
それぞれの風土に適した食べ物を食べて、
適さないものは食べていないのに、
日本人だけが
「栄養だ」「バランスが大事」といって
色々な国の食べ物を食べている。


 油脂類、白砂糖、精製塩、精製小麦粉、白米など
精製食品を摂り過ぎて、ビタミン、ミネラル類が
不足している。


 外国から食べ物を輸入しているので、農薬や
食品添加物などの化学物質が大量に体内に
入ってきている。
 和食にすることでそれらを最小限度に
とどめることが出来る。


 戦後アメリカからカロリーとか栄養学とか
いう考え方が入ってきて、それによって
日本人の体質に合わない乳製品や油脂類、
砂糖なんかが摂られるようになったが、
それは主食をお腹いっぱい食べることが
出来ないヨーロッパやアメリカの風土にあった
ものであり、主食である米が豊かにとれる
日本では、主食の米をしっかり食べる方が
いいという。

 関連日記 欧米の栄養学と白い食べ物についてのイメージ


 また私はアメリカ製のプロテインをたまに
飲んだりしているんだけど、その会社の主張は

「炭水化物の摂り過ぎで肥満やその他の
病気にかかる。良質なタンパク質を摂取し、
ビタミン・ミネラル類をバランスよく摂ろう」

という感じみたいだ。

 完全に間違っている訳ではと思うけど、
やっぱりアメリカ的なのかなって感じた。

(アテキンズダイエット(たんぱく質過剰摂取ダイエット)
と言って、アメリカの栄養学会で勧めている
ものではないそうだ)


 日本や韓国ではまず米をしっかり食べた方が
いいんじゃないか?(出来れば玄米や雑穀)

 脳に栄養がいく栄養素はブドウ糖だけだし、
和食にすることで乳製品、油脂類、砂糖、
肉類の摂取を控え、そうすればアトピーなどの
病気の発生もかなり抑えられるのでは。


 まあ、そんな訳で欧米の栄養学の影響とか
母の得意な洋食をわりと頻繁に食べて育った
ことも私のアトピーに大きく影響してるんじゃ
ないかとも感じている。



 それで話を元に戻して、アトピーが再発した話。

 学生時代は親元から離れ一人暮らしを
していたが、あんまり食事に気を使って
いなかった。

 寝なくてもいいから遊びたいという
年齢だったし(ただし二十歳まで)
アルバイトもしてたから、
生活も不規則でアパートには寝るだけの
為に帰っていた。


 ある誕生日の深夜12時、電話のベルが
鳴った。

「あぁー、誕生日だからって友達の誰かが
電話くれたんだぁ」

なんて思って出てみると、なんのことはない
教習所の勧誘の電話。

 電話の主曰く

「いつ電話しても電話に出ないので、
深夜に電話してみました。」

(自動車の教習所は教習生を紹介すると
いい紹介料がもらえるらしく、
教官たちは必死で勧誘をしているらしかった)

 不規則な生活で健康に気をつけて
食べていたとは思えない。 



 その後卒業して就職したが、
補正下着のセットを紹介されて購入した。

 それを毎日着ていたら、慢性的な湿疹に
なっちゃって、それは5年くらいわずらった。

 トイレに入る度に掻き毟っていた。
 韓国に来たからか、治ったけど。



 就職してみたものの、仕事に馴染めず
とうとう実家に戻る事になってしまったのだが、
ストレスや親子関係の悩みから、
全身にアトピーが出てしまった。

 本当にひどくて紫色にはれ上がり掻きまくっていたけど、
ニンニクの臭いをかぐとかゆみが治まったので、
母がニンニクの皮を剥いて、糸と鍼で数珠つなぎに
してくれ首からぶら下げたりもした。

(なんか変な魔よけみたいで笑っちゃうんだけど
本当そんなことまでするほど、かゆみが深刻だったのよ)



 しばらくアルバイトをした後、結婚直前まで
勤めていた自動車の修理工場に就職。

 そのショールームがすごく乾燥していたし、
工場と連結していたから、空気も悪かったと思う。

 社員旅行で温泉に行ったんだけど、それから
急激にアトピーが悪化していった。


 頭のてっぺんから足首辺りまで(足だけは
特に出ていなかったけど)カサブタだらけで
常にどこかかぴりぴりしていて本当に痒かった。
 紫色に腫れ、熱を持っている部分もあった。


 出勤する為に朝起きたら、まず20分ほど
うずくまりながらそのかゆみと闘い、
「もうこれ以上ぐずぐずしてたら遅刻する」
という時間になって意地でベッドから這い出す。

 シーツはいつもカサブタだらけだった。


 人間の皮膚は28日周期で下の皮膚が段々と
皮膚の表面に出てきて、表面の古い角質は
どんどんはがれ落ち新陳代謝しているけど、
その時の私の皮膚は表面の角質層が出来る間も
なく引っかき壊され、神経が常に外気などで
刺激されていて、相当痒かった。

 究極のかゆみは痛みだという話を聞いたことが
あるが、そう、かゆいを通り越して痛かったのだ。

 一日のうちに一回はかゆみの感覚を通り越した
痛みが全身を貫いて、物を言うことが出来ないほど
痛かった。

 全身の神経を抜いてしまいたいと思ったことも
数知れず。

 自動車のように、
「古くなったから買い換えましょう」
と言って、体を買い替えられないことを
不幸にも思っていた。


 ある8月下旬に会社の会議があって参加したのだが、
全身の表面に角質層がないからか、温度調節も
うまくいかず、寒さのあまり毛布をかぶって
出席し、車で帰宅する時も暖房を入れて
帰った、なんてこともあった。
(いくら札幌のお盆過ぎの夜は寒くても、
これは異常だと思う)



 それでも時々は休みながらも、会社はやめないで
通っていた。
 自宅から通っていたので、お給料のほとんどは
アトピー治療につぎ込めたし、
会社辞めちゃうとアトピー治療に
お金がかけられないでしょ。

 それにもしここで会社を辞めてしまうと
「社会的に見て死んだ」状態になってしまうと
思った。

 かゆみも精神的なものがかなり影響していて、
何かに夢中だったりするとかゆみを忘れることも
出来るが、もし会社を辞めて家に閉じこもると、
一日中アトピーのことばかり考えてしまって、
かえって悪化するとも思ったからだ。

 でも本当につらかったです。

 しかし、
「自分は不幸になる為に生まれたんじゃない」
って思って、必死に前向きに生きてました。



 その時代に
アトピーの私が勧めるコスメ で紹介した
ニュースキンやゲルアンドゲル、CAC化粧品のサロン
アトピーの私が持ってる健康器具とか美顔器
小林製薬の杜仲茶 1.5g*50袋 杜仲茶
百年茶 百年茶
一和高麗人参濃縮茶 300g 一和高麗人参濃縮茶 300g
カルシウム、酢、緑の粉末、アムウェイ、
漢方化粧水、酸性水、接骨院、
月七万円の漢方薬などなど・・・

 すごい色々試したでしょー。

 中でも効果があたったと思ったのは
高麗人参濃縮茶とアムウェイのビタミン剤・プロテイン、
月七万円の漢方薬。

 アトピーだと体の隅々まで栄養が行き渡らず、
よくあかぎれや紫色の湿疹が出るのだが、
これらを摂取すると気や栄養が体の隅々まで
行き渡る気がする。


 でも突然悪化したのには、やっぱり間違った
食生活とかがあった。



  アトピーによっていつも体のどこかが
痒く不快だった私。

 妹もちょっとアトピーっぽいんだけど、
妹と二人でいたら

「なんか二人は常にどっかいじったり
掻いたりしてるね」

なんて指摘されたこともあった。

 もう掻くことが習慣になっているのだ。


 それに以前テレビで癖についての
話題を見たことがある。

 癖というのはストレスを解消するために
有効であるそうだ。

 例えば貧乏ゆすりなんかは、
こういう風になると予想していたことが
そうならなくてイライラした時に出たり
するらしい。
(うちの夫も以前はたまにやってた)

 そのイライラを発散するのにそういう
癖を大いに利用するといいそうだ。

 ただし例外として、自分の体を傷つける癖、
引っ掻く、むしる、はがす等、そういうのは
やめるようにしないといけない。


 私の場合、痒い時はもう我慢しないで掻いて
しまうのだが、本当にアトピーのひどかった時は、
仕事でミスをして落ち込んだりすると
痒くなくても手とかを引っ掻いていた。

 もう自分の心の中に
「掻けばすっきりするんだ」
という思いがこびりついていたのだ。


 また引っ掻いたり、毛をむしったり、皮膚を
はがしたり、自虐的な癖のある人は
自分を責める性格なようである。

 私自身も小さい時から自分に自信がなくて、
自分のことが嫌いで、劣等感に苦しめられて
いたので、この心の持ちようもかなりアトピーに
関係していたのだと思う。


 さて、前の日記の最後に書いた間違った食生活だが、
私は食生活全体を気をつけようとするよりも、
何かこれ一品だけ食べたり飲んだりすれば
アトピーが完治するというような食品を
探し続けていた。

 それで何かか体にいいと聞くと、
それを大量に摂取してしまっていたのだ。

 このアトピーがひどかった時に大量摂取していた
食品はというと

 牛乳と緑茶  

だった。


 牛乳の方はアトピーによくない食品のひとつだが、
なんだかその時はカルシウムをたくさんとらないと
いけない気がして、きな粉とかを混ぜて
一日に600ccくらい飲んでいた。

 牛乳が何故よくないのかは、別日記で触れたいと
思う。


 緑茶は何だかビタミンCが必要な気がして
飲んでいたのだが、一日に10杯から20杯とか
極端な量だった。
(仕事でお客さんにお茶とかを出していたので、
ついでに自分もガブガブと飲んでいた)

 ある時脈診といって、手首の脈を診るだけで
体のどこが悪いか診察をするものを
やってもらったことがある。

 その先生曰く

「血管に水分があんまりないですね」

 私は

「水分はすごく沢山摂ってるんですけど」

と言ったが、最終的にはその緑茶を大量摂取
することでタンニンかなにかの過剰摂取になり、
血管の水分がなくなったのではという結論になった。


 それでこの牛乳と緑茶の大量摂取をやめ、
(緑茶はやめたらすごく眠くなって困った)
月7万円の漢方薬を飲むことで、一応最悪な状態からは
脱出することが出来た。


 いつも最小の努力で最大の効果を得たいと
思っているので、食生活全体を見直すことなく、
一品だけ摂取するって方法に頼ってしまうんだけど、
それはやっぱりよくないです。



 その後、アトピーはかなりよくなり
心の問題などもかなり解決して
韓国に来た訳だが、出産するたびにまた
皮膚の問題で苦しんだりもした。


 一人目の時は足の親指と小指が歩行困難なくらいの
ひどいあかぎれになり、一人目が満一歳くらいの時は、
もらった化粧品にかぶれ半年くらいひどい目にあった。

 二人目の時は手のひらの半分くらいがグジュグジュ
していて、子どもをちょっと洗うなんて時も
本当に辛かった。

 現在は食生活に気をつけながら、アムウェイ、
ニュースキン、ハーバーライフなどの
ビタミン剤やプロテインを時々摂取して
生活している。 


 まあ私はこんな感じで常に体のどこかが
不快だったため、どうしたら快適に生活
出来るようになるのか、ずっと研究していたので
その結果本を沢山読むようになり、
色んなことを知ることが出来た。

不思議なだるまと言われるお坊さんの絵
の話をした時も
「akemiさんって、本当に色んなことを
知ってるね」
って言われたんだけど、確かになんだか
知ってると役に立つかなって思うこと
結構知っている方だと思う。
(知ってても役に立たないようなことは
あんまり知らないかも)

 このアトピーの体験が現在の私の人となりに
かなり大きな影響を与えていると思う。


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