あたしの気まぐれな毎日

あたしの気まぐれな毎日

【髄膜炎】


一応高3の時も受験したんだけど、今だから言えるけど、試験サボったりしたんだ。
(お父さん、お母さんごめんなさい!)

だって、試験会場って高校の教室よりもたくさんの人がびっしり詰まってカリカリカリカリ
答案用紙に向かってるんだもの。気持ち悪くて逃げ出したくてたまらなくて、実際に逃げ出してしまったこともあった。
受験料だけでも馬鹿にならないのに、本当に両親には申し訳ないことをしたなぁと思うけれど、
あの時のあたしには試験会場に詰め込まれている人たちが虫に見えて恐怖だった。あたしもそんな虫の一匹になってしまったような気がして怖かった。

当然結果は浪人。某塾に通いだしたんだけど、それもあんまり気乗りがしなかった。
受験したことある人なら知ってると思うけど、大手の塾って200人とか300人とかが
一つの教室で受講するんだよね。講師の声なんて当然生声が届くわけもなく、マイクを使って。
これがまた苦痛だったんだよ。気持ち悪くて抜け出したいけど、結構目立つから
我慢せざるを得なかったりして、また吐き気との戦いだった。授業になんて集中できるわけもなく。

そんな5月のある日、あたしは猛烈な頭痛で目が覚めた。
何日経っても吐き気がするほどの頭痛はおさまらない。
仕方がないので近所の病院に行くと、「風邪でしょう」と解熱剤をよこした。
ま、そんなもんかと思って4日くらいその薬を飲んだんだけど、熱は下がる気配すらない。
ずーっと39℃を下回ることがなかった。さすがに最初は仮病を疑っていた母親も
本気で心配し始めた頃、あたしは「死ぬかもなぁ」って思い始めた。

転げまわるほどの痛みだけれど、転げまわる元気も唸る元気もなくなっていたから。
食べても吐くもんだから、結局最後は何も口にできなくなって、衰弱して意識が遠のいていた。
入院前後の記憶もないくらいだもん。最後は母親があたしの部屋で添い寝したくらいだったらしい。
彼女にとっても、娘の死を意識した時だったのかもしれない。

最終的に近くの大きな総合病院に行ったあたしは、外来で脊髄注射をして髄液を採る
という検査をした結果、髄膜炎という何とも立派な病名を頂いたのだ。
もちろん即入院である。後で聞いた話によると母は「長い間高熱のまま放っておいたので
脳に障害が残るかもしれない、たとえばてんかんとか、」といわれたそうだ。
「障害が残ってもいいから生きていて欲しい」と思ったらしいが、
今、いざ生きていると何かと口うるさい。生きていればいいじゃないか!贅沢なもんだ。

長い苦しみからあたしの命を救ってくれたIドクター、ありがとう!
偏頭痛というなんともやっかいな置き土産はあるものの、とりあえず脳みそには障害はないみたい。
ちなみに、全然関係ないけど、入院中にKが持って来てくれた鮨はうまかった。
看護婦さんにも秘密だったけどね。でもドクターが「栄養とって太りなさい」って
言ってくれたんだもーん。そういえば、病院にいる時は全然吐き気はなかった。

入院は1ヶ月に及んだ。その後も入退院を繰り返し、ようやく本腰入れて受験勉強に
入れたのはもう寒くなった頃だった。


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