あたしの気まぐれな毎日

あたしの気まぐれな毎日

【大学生活】


髄膜炎は完治したものの、体力のなくなったあたしの体は夏の暑さや季節の変わり目に
調子を崩しがちだった。
しかも高熱が続いたせいで、体温を調節する機能が衰えてしまったらしく、やたらに
微熱が出たり、気温が下がると体温も下がってしまうという、人間にあるまじき
変温動物に成り下がってしまった。

それでもなんとか滑り込んだ大学での生活が始まった。
これがまた、新たな苦難の始まりでもあったんだ。今までは徒歩圏内、もしくは
自分のテリトリー内のみに行動範囲を限って生活していたあたしが、電車3線と
バスを乗り継いで2時間半かかる大学に通おうって言うんだから、最初から無茶な話だったのだ。

それはやっぱり突然のことだった。学校に行く電車の中で突然の動悸。
『どうしよう、またいつものあれだ。吐き気が。』そう思った瞬間からもうダメ。
次の駅で速攻降りてトイレへ。でも吐けない。しばらくベンチで休んで次の電車に乗る。
また動悸と吐き気。降りる。ベンチに座って休む。
こうして何駅か毎に電車を降りて休み休み大学に着くと、恐怖の授業が待っている。
苦しかった。親にも言えなかった。そんなこともあって後ろめたかったあたしは
バイトしながら学費を稼いで大学には最低限だけ通うことにした。
あたしがやっていたバイトはコンパニオン。3時間で\16,000-会費=\13,000なり。
なかなかのもんでしょう。不思議とバイトは大丈夫だったなぁ。
あ、でも移動中のタクシーや電車は吐き気と戦っていたけど。
現金なものでお金もらえると思うと仕事中は耐えられたのだ。

ところで、あたし達の世代って、本当にかわいそうになるくらい運が悪い。
まず第2次ベビーブーム世代だから、異常に同世代の子供が多いんだ。
(中学はちなみに一学年42,3人×11クラス)つまり、受験も大変だし、就職も大変だってこと。
しかも中2のア・テスト(神奈川県の人しか知らないけどねー。全9科目テストを受けて、
その結果で中3で受けられる高校が前もって決まっちゃうのだ。)の方式が変わったでしょう。
高校の試験も形式が大幅に変わったらしいし、共通一時からセンターに変わったり、
大学受験なんて学部によっては倍率が50倍なんて当たり前っていう時代だった。

しかもさー、これは余談なんだけど、あたし達が高校生の時にバブルで
女子大生・OLブームがあって先輩たちはいい思いしてたわけ。
で、やっと大学生になるとバブルははじけて女子大生ブームは女子高生ブームに
低年齢下してさ。あたし達ってちっともちやほやされることのないそんな役回りなんだよねー。
ずいぶん話は下世話になっちゃったけど。

もとい、就職活動だ。就職活動はこれまた困難を極めた。
大学時代はまだバブルの影響が残っていて、バイトは儲かったし、そこそこいい生活ができた。
学費払って、年に2~3回海外旅行に行くくらいのゆとりはあった。

これがいざ就職ってなると・・・一つ上の先輩の辺りからとたんに求人がなくなった。
で、売れ残った(失礼!)人たちが就職浪人なるものになり、あたし達の就職の時代には
景気はさらに悪化して就職浪人たちの山だった。いわゆる『就職氷河期』だ。
そんな時代、女子学生はホントに厄介者だったなぁ。ウチの学校はまだマシだったけど、
ちょっと偏差値の低い学校にはリクルートの就職案内の分厚い冊子もこなかったらしいもの。

で、あいかわらず乗り物酔い・人酔い(当時パニック発作の事、そう呼んでいた)
していたあたしは、迷わず就職活動をしないことにした。
どうせ無駄になるかもしれない活動するより、その時付き合っていた彼氏が
『卒業したら結婚しよう』という助け舟(?)を出してくれていたので、
甘い誘惑に負けたのだ。当時は専業主婦になりたかったしね。


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