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今日はニューヨーク郊外で催された知人のバイオリンリサイタルにちゃっかり出演しました。ピアノの譜めくり師としての登壇です。←またかいな 前回の失敗?を教訓に、今回は事前に曲のことを根掘り葉掘り教えてもらい(=ベートーベンやシューマンのバイオリンソナタ)、CDを聴いたり譜面を見たりして予習しまくったうえで出陣。ピアニストGさんにもご連絡申し上げ、「頑張りますっ」との意思表示。氏の信頼を得ることが最も大切なわけだし。 今日は早めに会場入りし各関係者にご挨拶。ステリハで全部の譜めくり箇所を確認、リピートの有無も何度も確認しました。自分の座る椅子のきしむ音か気になったのでステマネさんに激しく苦情を垂れて交換してもらったりして、てきぱきと準備をすすめる僕。ピアニスト氏にも「よく気がつくねぇー」と褒められました(照)。 しかし!、そこまで気合い入れて周到に準備をして臨んだというのに、本番直前にどっと緊張が押し寄せてきました。目の前が真っ白になりました。 もちろんここで逃げ出すわけにもいきません。冷や汗かきながら、二人のあとを追って舞台に出ました。思わず小声で嘆きます。わしはこんなとこ来とうはなかった……。 せっせとめくりました。本番はあっとゆうまに終わりました。なんとか無事に終了です! 終演後は会場内で立食の懇親会。 その後はごく親しいご友人やご家族で二次会が行われました。僕は遠慮させていただく予定でしたが、バイオリニストさんが是非にとおっしゃるので、タダ飯タダ酒をご馳走になりました。 そしてこの少人数での食事が今日の一番の収穫。 いろんな音楽家のウワサ話だの業界のウラ話だの、みんな言いたい放題。先日亡くなったチェロ奏者デイビッド・ソイヤーさんを偲んだりも。 共演者選びの苦労話とかも聞かせていただきましたが、やはり「譜めくり」についても話題が及びました。 譜めくり師にもきちんとギャラを払うべきではあるけれども、現実的にはピアニストの身内ですませることが多い。が、そもそも譜めくりというのは、「成功しても誰も褒めてくれない。失敗すればみんなから非難される」という報われない仕事。ギャラなしで引き受けてくれる奇特な人などなかなかいない。 そうなると、僕のような「そのへんにいる音楽好きでモノ好きな善良な一市民」に無報酬でめくってもらうのが一番、と考えるのが業界の最近の傾向らしい。←そんなんでホントにいいんだろか ま、楽しい夕べでした。 酔っ払ってうっすらと赤ら顔で酒場の外に出ると、その寒さに一気に酔いが冷めました。やっぱりまだまだ寒い冬の光景、雲の隙間から満月が顔をのぞかせて、地面の雪にも反射し、それはそれは幻想的で明るい夜だったのでありました。
Feb 28, 2010
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昨日今日とオケの本番でした。 両日とも、演奏会前半はいろんな協奏曲を楽章単位で、後半はハイドンの交響曲101番「時計」を。ビオラ2プルのウラで弾きました。プルト相方はレイチェルさん。 僕といたしましては、しっかりと個人練習をせずに本番を迎えてしまったことについては「反省してま~す」。 ただ、言い訳させてもらうと、周到に予定を組んではいたのです。本番前日の通し稽古(ゲネプロ)で全神経を集中させ「ガン練」したうえで華麗に本番を迎えるという、綱渡り的な調整計画。 なのに、豪雪のためにゲネプロが中止になってしまうとわ。我ながら誤算でした。 指揮者からのメールでは、ゲネプロで集会できないかわりに、みんなで自宅からテレパシー練習 (telepathic rehearsal)として集合しよう、などという意味不明な提案も出されてました。普段は冷静なマエストロもかなりテンパってるご様子。既に先々週の練習も雪でつぶれてるし。 ってゆーか、ここのオケ、良くも悪くもアメリカ的。指揮者自身、「緊張感を維持するため、練習回数は最小限に抑える」主義。音楽は一期一会だっ!とか言っちゃって、アマオケのくせしてあんまし練習しない。それがまんまと裏目に出たわけです。 当日は急遽ステリハをしっかり設けて開場の瞬間ぎりぎりまで全員でもがきました。 で、結果としては、かえって功を奏したのか、本番では団員一人ひとりの気迫が結集し、ビシッと決まりました。大成功だったと思います。僕個人の練習不足など棚に上げることにいたしましょうそうしましょう。 二日にわたって演奏した協奏曲は以下のとおり。いずれも抜粋で。 グリーク:ピアノ協奏曲 フラッケンポール:チューバのための小協奏曲 J.S.バッハ:2つのバイオリンのための協奏曲 モーツァルト:クラリネット協奏曲、フルート/ハープ協奏曲、フルート協奏曲1番ト長調 ビバルディ:2つのチェロのための協奏曲ト短調RV531、オーボエ協奏曲イ短調RV461 ハイドン:チェロ協奏曲1番ハ長調 R.シュトラウス:ホルン協奏曲1番 特にホルンのが面白かった。リヒャルトがますます好きになりました。このお方、ハズレがない。 なお、ハイドンの時計交響曲のほうも楽しめました。第2楽章のカチコチという時計の拍は、ほんとに時計の秒刻みどおりに四分音符=60でやるつもりだと指揮者は豪語なさってたのに、本番の時計はけっこう速い秒針だったよーな。 終演後にはみんなで軽く打ち上げました。久しぶりのビールは旨かった……。
Feb 27, 2010
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「大きなリンゴの木の下で」 NYを舞台にしてる映画なので気になってたけれど、あっとゆうまに劇場上映終了。と思ったら既にDVD市場に出回ってたので早速オンライン鑑賞。この作品、今ちょうど日本で公開されるらしい。 いくつもの個別の短編から成る映画。でも、誰かと誰かがどこかでつながってたりするので、とにかく登場人物の位置づけを確認しながら気合い入れて観てないと「落ち」る。 役者陣が豪華。ジュリー・クリスティーやジョン・ハート、マギーQらの存在感には圧倒されたし、イーサン・ホークも演技が非常に上手い。 我が愛しのナタリー・ポートマンもご活躍。役者としてだけでなく監督としても。 基本的に、NY市内のとある男女二人(高校生から老夫婦まで)に焦点を当て、いろいろな愛の形を描きだす。人種のるつぼだけあって、ユダヤ人、インド人、中国人など多くのガイジンさんたちの日常、非日常が次々と描かれる。 残念ながら日本人は出演してないけれども、なんとニッポン代表で岩井俊二も一作監督していた。これがまた秀逸。特に音楽の使いかたが実に粋。氏の作品を全く観てなかった自分を恥じた。 僕自身としてはこの作品、NYを舞台にしてるというだけで贔屓目に観てしまうけれども、冷静に考えると 全体的にお上品すぎる映像ばかりでちょっと鼻につくのと、筋の展開が浅くて物足りなく感じてしまった。短編だから心の奥底に響きにくいのは仕方ないか。 雪が降ってて外出したくない日にのんびり自宅で観るぶんには適度に楽しめる映画かと。 ま、前作?の「パリ、ジュテーム」ほど散漫ではなかったので良しとする。 ちなみに、この映画の続編、つまりパリ編NY編につづく三部作の最後を飾るのは、もしかして東京かもしれない。となると題名は「トーキョー、ワタシワアナタヲアイシテイマス」。
Feb 26, 2010
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先々週の豪雪は確かにすさまじかった。停電になった家もあったそうだし。 この冬は、僕自身、思い起こせば12月の後半からずーっと天気に振り回されっぱなし。プチ寒波はちょくちょくやってきてたわけで。 運が悪かったと言えばそれまでだけれど、交通機関の運休や乱れに何度も直面した。乗ってるバスが雪の中で立ち往生しちゃったり、搭乗予定だった飛行機に乗り損ねたり、ってゆーか、遥か欧州での豪雪の影響で機体のやりくりが間に合わず混乱したりとか、そんなんばっかり。 娯楽面では、初冬はスキーをしたくても雪が足りなくて行けなかったのに、一気に雪が降ったら今度はみんなして雪道の運転は面倒とか言って結局ドタキャン。 悪天候による影響で何が一番悔しかったかと言えば、もともと聴こうと思ってた演奏会に行けなかったこと。まずオルフェウス室内管弦楽団のを断念(バッハのピアノ協1番だのドボルザークの弦セレだの)。さらには、ジャズのお師匠さん率いるトリオによる「ハイチ救援慈善ライブ」にも行けなかった。 催し自体は強引に決行されたそうで、なおさら始末が悪い。つまり、行こうと思えば行けたはずなのに、大雪を言い訳にずる休みした、と思われてしまい、かっこがつかない。 さて、今週末は自分の番。本番が三日連続で控えており、しかし天気予報によるとまたもや雪嵐がご到来の気配。ちょいと心配。 こちらアメリカでは、芸人さんたちが好んで言う。「The show must go on」。天気が荒れようが体調が悪かろうが、芸人たるもの、ショー自体は何が何でも決行する。 ま、舞台に乗ってる人の数より客席の人数のほうが少ないという演奏会には過去にも何度か出演したことがあるけど、今回もそうなっちゃったりして。
Feb 25, 2010
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来週、オケの本番があって、ビオラで乗ります。 今回の演奏会のお題は「協奏曲」。いろんな曲を抜粋で演奏します。 なんつーか、協奏曲の伴奏を弾くのって、交響曲を弾くよりもずっと疲れます。難しいことやってるわけぢゃないのに、独奏にピタッと寄り添いながら音楽づくりをするのは神経遣うし、一方で休みがやたらと多く、きちんと数えて待ってなきゃいけない。 ま、一流の独奏者の息遣いを感じながら間近で演奏できるのはやっぱりおいしい。疲れるけれど、オケで弾く最大の特権と言ってよいでしょう。 今回独奏する面々は、既にプロとしてご活躍の人もいますが、音大で勉強中の学生さん、あるいは普通のアマチュアさんも含みます。音楽的なことだけでなく、各人のキャラとかもオケ全体にあっというまに伝染して、その化学反応がいい感じ。 一般に、協奏曲というのはピアノやバイオリンとかの派手めなものが有名ですが、今回は世にも珍しいチューバ協奏曲もやります。 珍しい協奏曲という意味では、昔、テーリヒェンだかという作曲家のティンパニ協奏曲をやったことがありましたし、あと、かなり前に読んだ新聞記事によると、世のなかには「携帯電話のための協奏曲」というのもあるようです。 で、僕が今までに演奏した協奏曲で一番面白かったのは、ずばり「笑い声のための協奏曲」(ビクトル・チュチコフ作曲)でしょう。バリトン歌手による独唱/独笑で、ワッハッハとかイッヒッヒとかの笑い声が主役。 あのときの演奏会は、僕はオケ団員としてフツーに弾いてたのですが、笑い声って伝染するものです。だんだん自分まで吹き出しそうになってきて、必死にこらえながら弾き通したのでありました。追記: 笑うことは健康にもよろしい。最近ニューヨークでは「笑いヨガ」なるものが流行ちゅう。これ、互いの顔を見ながらひたすらゲラゲラ笑うという集会らしく、ただ、なぜわざわざヨガと呼ぶのかはナゾ。
Feb 20, 2010
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とにかく雪の多い冬なのであります。 なのに、僕はまだ一回しかスキーに行ってません。せっかくだからもっと激しく滑りまくりたいとこですが、春まで予定がびっしり埋まってるのでもう無理そうです。 つい何年か前までは、僕も一丁前に社会人のスキー愛好会に所属しちゃってたこともあったのに、そんなのはもう遠い過去。正直言うと、やっぱり寒いのがツラくなってくるお年頃なわけでして。 「スキーは好き。だけど、寒いのは苦手。」 これって、我ながら矛盾を感じます。スキーを楽しむためには寒いとこじゃないと意味がないのに。 こうゆう逆説的な嗜好は、実は日常生活にいくらでも転がってます。 海外旅行は好きだけど、飛行機は苦手 山登りは好きだけど、高所は苦手 フランスは好きだけど、フランス人は苦手 モー娘は好きだけど、つんくは苦手 気の利いた例が挙げられませんが……。(ん? 全部オレのことかも) そう言えば、とある白人の友だちが、「ジャズは好きだけど黒人は苦手」などという発言をぶっ飛ばしてました。人間って、そうゆういろんな矛盾のなかに生きてるものです。 で、アメリカのアマチュア演奏家にけっこう多いのは、「オーケストラで弾くのは好きだけど団体行動は苦手」な人。こうゆう人に限って、室内楽やろう!とか率先して言い出すのだけど、団体行動が苦手な彼らが少人数での音楽づくりに長けてるはずがありません。 きちんと(ほかのところで)意思疎通能力や「人格」を磨いたうえで、練習に参加していただきたいと切に願います(笑)。 さて、スキーねたに戻りますが、スキーをしてるときに頻繁に感じること。スキーって、「初見でオケ/室内楽を弾いてるときの感覚」にすごく似てます。 お山全体を見渡しながら快適に滑りたい気もするけれども、現実的には目の前のコブとかアイスバーンとかに神経を集中しながら、手際よくリズムを守る。同時に、上の人や下の人をチラチラと意識する必要もある。 独奏も楽しいのだけど、友人らとワイワイ言いながら一緒に滑るほうがやっぱり楽しい。 ただ、自分より上手すぎる人と滑るのもイヤだし下手すぎてもイヤ。自分よりちょっと上手い人と組むのがコツか。
Feb 19, 2010
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「メンデルの法則」 今日の室内楽愛好家の集いではメントリも弾きました。しかも2番のほう、久しぶりです。バイオリン:僕、チェロ:フランシス、ピアノ:セス。 全ての楽章を練習する気力も体力も時間もなかったので1楽章と2楽章のみでしたが、充分にお腹いっぱい。 メントリと言えば普通は第1番ニ短調が有名ではあるものの、この2番も全然負けちゃいません。ってゆーか、2楽章のアンダンテはあらゆるトリオ曲のなかで最も美しいのではないかと。 実は最近、メンデルスゾーンのクセ(というか攻略法)がわかってきたような気がします。今までは、「いい曲を書く人だけれどもつかみどころのない作曲家」という印象のままダラダラ弾いてましたが、ちょっと角度を変えて取り組めば、そんなに難曲でもない? 例えば、もし初見で取り組む場合であっても、以下を意識して弾くのとそうでないのとではだいぶ違うと思います。助走、序奏が短い。いきなりとってつけたように主題が始まるので、心の準備を。ずばり燃焼系、con fuoco という楽想表示が頻繁にあるので、遠慮なく炎上する。が、いちいち燃え上がってると疲れて干からびてしまうので、体力配分にも気を遣う。(ベートーベンが con brio という言葉に執着したのよりもさらに上を行く)旋律が絡みまくり、重なりまくる。シューベルトのように律儀に8小節や16小節単位で旋律が交替するのではなく、前の旋律が終わらないうちに次の旋律のエントランスが突如としてやってくるので注意。強弱の指示が完ぺき。クレッシェンドとかディミニュエンドとか、「センプレなんとか」とか懇切丁寧に書かれててるので、素直に従い、下手に細工などしない。曲が盛り上がってくると、お約束の三連符攻撃。
Feb 14, 2010
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「夜の唄」 楽しい週末だった。というのも、毎月バイオリンソナタの練習につきあってくださるピアニスト(セスさん)の主催する室内楽祭りに参加。いろんな人といろんな曲をひたすら弾きまくったわけで。 なんとブルッフの室内楽曲に初挑戦。クラリネットとビオラとピアノというビミョーな組み合わせの三重奏。全部で八曲あるうちの、今回は後半の四曲を。 存在自体はなんとなく知ってた曲ではあるけど、聴くのも弾くのも初めて。頻繁に転調するし、ト音記号とハ音記号を激しく行き来する。何かとオロオロしてしまう僕を見て、クラリネットのスティーブ氏はイライラしてるご様子。 とにかく慣れないことばかり。ピアノの音とクラの音が同時に聞こえてくるだけで既にヘンな感じがするし、とにかくこの曲におけるビオラの立ち位置がつかめず戸惑う。 自分が主演なのか助演なのか低音注意報なのかがわからない。つまり、普通のトリオ(pf、vn、vc)でいうところのチェロの役割ともどうも違うらしく。 曲自体はすごく甘くてロマン派。隠れた名曲だと思ったし、ブルッフ自体が隠れた室内楽作曲家。 副題のついてる曲もある。5曲め「ルーマニアの旋律」と6曲め「夜の歌」。***** さて、「夜の歌」という言葉をどう解釈すべきかで、我々三人で意見が分かれた。眠る前のひとときを静かな過ごすための癒しの音楽なのか、あるいは、健康的な昼間の音楽とは対照的な、艶かしく妖しいオトナの音楽なのか、とか。 この第6曲の譜面には、Nachtgesang と書かれてて、その下にさらに Nocturne ともある。夜想曲? 夜に関わる音楽って一般にいろいろあったよーな気がするので、これを機にちょっとまとめてみようかと。 Lied der Nacht(マーラーの交響曲7番「夜の歌」) Chanson du nuit(エルガーの小品「夜の歌」) Lullaby(子守歌) Berceuse(子守歌) Serenade(小夜曲) Nachtmusik(夜の音楽) Nocturne(夜想曲) 言語がバラバラだから単純には比較できないけれども、曲調もバラバラ。激しい曲もあれば暗い曲もあるし、かわいらしい曲だったり元気な曲だったり。
Feb 13, 2010
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しつこいけれど、再びチップねた。←よっぽど語りたいらしい 米国におけるレストランでのチップの相場は最低15%、という話のつづき。 大勢で食事に出かけたとする。割り勘するにしろ、個々に払うにしろ、いざ会計する段になっていきなり場を仕切り出す人が必ずいる。つまり暗算の得意なチップ奉行。僕がそうかも。 ってゆーか、欧米人は暗算できなさすぎ。携帯電話の電卓機能を駆使して、きっちり正確に計算する輩も見かけるけど。 店によっては、即座に計算できない人のために、請求書の下のほうに、チップの目安と称して「総額の15%相当分は$xx、20%は$xx」と書いてくれてることもある。親切なようでいて厚かましい? チップって、額の計算そのものも既に面倒くさいのだけれど、いざ頑張って算出したとしても、自分の財布に実際にその額ぴったりの紙幣なり硬貨なりを持ち合わせてるとも限らない。常に細かいお金を用意しておかなきゃいけないことが一番面倒なわけで。 ちなみに、ピアノの生演奏が聴けるおしゃれな酒場では、ピアニストへの心づけもお常識とされる。ピアニストの近くに金魚鉢みたいなガラス製の入れもの(tip jar)が置いてあるので、氏の演奏に対して謝意を表したかったら、さりげなく近寄ってお金を入れる。あるいは、金魚鉢が廻ってくることもあるので、お金を入れて隣の人に廻す。***** おカタいお話にも発展しうる。 二、三年前、カリフォーニアだかのスターバックスの従業員(バリスタ)が会社を相手に訴訟を起こした件。 レジの卓上にちょこんと置いてあるチップジャー。その中のお金は誰のものかという論争。 チップ文化のない日本の場合だと、たぶん全て募金に廻されてるのかもしれないけれど、そこのスタバでは店長とバリスタとのあいだで醜い争奪戦が繰り広げられた。社内規定では、チップジャーのお金は全て店長の裁量に任せられる(=店長のフトコロに入る)ことになってて、そこにバリスタが異論を唱えたのだそうで。 この裁判、確かバリスタさんの主張が認められたように記憶している。 チップって、僕らガイジンだけぢゃなく、現地で生まれ育った人ですら認識がバラバラ。いつどこで誰にどのぐらいの額を渡すものなのか、彼らにいろいろと質問してみても、人によって回答が違う。
Feb 12, 2010
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旅行案内書とかめくってると、各国のチップの相場が載ってることがある。思わず熟読してしまう。 ほかの国と比べて、やっぱりアメリカはチップ額が高すぎる。飲食店では最低15%とされるし、何かしらのサービスに受けたらその都度いちいちチップを払うことを期待される。 アメリカのチップ文化は何故にそこまで過剰に発展してしまったのであらうか。 これって、お偉い文化学者さまとかが既にいろんなところで熱く論じていらっしゃるようで、諸説ある。アメリカ人は純粋に太っ腹という説とか、多民族、多宗教文化の結晶という説とか。ま、現実的には、サービス業従事者の給料がほかの先進国に比べて安いという説が最有力と思われ。(飲食店の給仕人さんの時給はだいたい4ドル) ぶっちゃけ、「良いサービスは有償でこそ手に入る」という前提がそこにはある。裏を返せば、無償のサービスなど期待できないということ(笑)。 ただ、穿った見方をすると、飲食店にて、50ドルの料理の注文を受ける場合も、5ドルの注文を受ける場合も、給仕人さん自身の仕事の量や質はあんまし変わんないはず。なのに「チップは一律15%」という原則に基づくと、その額も大きく違ってきてしまう。なんか腑に落ちない。 さらにひねくれるなら、料理そのものがとても美味しく、心から満足していい気分になった場合。 思わずチップを多めに渡しちゃいたい衝動に駆られるけれども、別にその額が調理人さんのもとへ行くわけぢゃない。チップはあくまで「給仕サービス」に対して払うものだから、味の良し悪しなど関係ない。 究極の例として挙げられるのは、食べ放題/ビュッフェ式の飲食店。客は誰の助けも借りずに自力で配膳し、自力で食事を終えるわけで、そうゆう店では多額のチップなぞ要らない? 考えれば考えるほどわかんなくなってくるし、どーせ形骸化してしまってて、誰もいちいち気にしちゃいないのが現状。屁理屈ばかりこいてるのってオレだけ? そしたら、先日思いっきり目撃してしまった。「チップの額が少なすぎる」と店員が顧客に喰ってかかってる場面。 で、その客はさらりと反論、「キミのサービスに不満だったからさ。ぢゃ、ごきげんよう」と言い放ち、立ち去って行ったのであった。おぉっ!
Feb 10, 2010
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そーいえば、「世界で最も長いビオラジョークは?」というなぞなぞがありました。正解は「イタリアのハロルド」。 で、ふと思い出しました。僕らビオラ好きにとっては屈辱的なことに、オケ曲のくせしてビオラパートなしで書かれてる曲がいくつかあったよーな。 すぐに思いつくのは、モーツァルトのミサ曲ハ長調「戴冠式」K317。ほかには、ハイドン(レオポルド・モーツァルト)の「おもちゃの交響曲」もそうだし、ロッシーニの弦楽のためのソナタとかも。 バッハの声楽つき宗教曲も、弦のなかでビオラだけ出番なしという曲がけっこう多いはず。 むしろ逆にバイオリンのない曲、つまり、嬉し恥ずかしビオラが弦の最高音を担当する曲のほうが目立ちます。バッハのブランデンブルク協奏曲6番、そしてブラームスの管弦楽のためのセレナーデ2番。ヒンデミットとかシュニトケとかもそんな編成でよく書いたという噂を聞いたことがあります。 面白いのはレクイエム。フォーレのそれ及びブラームスの独レクが、ともにバイオリンパートを軽視して書かれてます。ときどき思い出したようにちょこちょこ出没する程度。 バイオリン対ビオラの闘い、まだまだ当分続きそうです。←勝手に白黒つけたがってるし
Feb 8, 2010
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今日は(今さら)新年会と称して友人らと美味いもんを喰らいに出かける予定だったものの、豪雪につき中止。残念。ま、ちょっと外食費を抑えたいと思ってたとこだったし、かえって良かったと思うことにする。 ってゆーか、ちょうどいい機会なので、アメリカの外食事情(?)について強引に書き留めてみたい。 こちらではかなり外食が盛んなのは別にいいとしても、レストランで食事する場合に客が知っておかなきゃない作法が多すぎるような気がする。我々ガイジンにはちょっと面倒。チップとかが一例。 レストランで働く従業員の役割分担もはっきりしてて、徹底した分業体制。これって客の側からすれば便利なんだか不便なんだか、とにかくややこしい。 例えば、普通にレストランに行くと、よっぽどの高級店じゃなくても、だいたい四人の従業員と接することになる。 1.席に案内してくれる人 2.飲みもの(食前酒など)の注文をとる人 3.食べものの注文をとる人 4.食器を下げる人(客が去ったあとで) 店によっては、1と2が同一人物だったり、2と3が同一人物だったりするけれど、いずれにせよ、どんなに急いでても1の人に料理を注文したり、4の人に「おアイソお願い」とか言うと嫌がられる。 んでもって、最終的にお会計係となるのは上記3、給仕人さんなので、チップは彼/彼女が全額せしめることになる。 これだけで既に煩わしいし、ツッコミどころもいっぱいなのに、ちょっと高級店になると「客の車を駐車場に出し入れするアッシーくん係」とか「客の外套や荷物を預かるクローク係」もいて、彼らのサービスを利用するのであれば(強制的に利用せざるを得なくても)せっせと各人にチップをさしあげる。 ちなみに、上記1の人は、格式ある店ではメートルディー(maitre d')と呼ばれる。黒服さん。予約なし(かつ軽装)で押しかけると、「本日は既に予約でいっぱいでございます」と突き放されることがある。ガラガラなのに。 で、チップをちらつかせると、「かしこまりました」とか言っちゃって夜景の見える窓ぎわの特等席に案内してくれる。 うーむ、そこまで媚びたくもないし、悔しいけれど、公用や私用で交遊上の「勝負ディナー」のときなんかは後にはひけないし。 結局そうゆうチップとかのこまごまとした雑費とか税金を全て合計すると、その日食べた料理そのものの値段の倍とかになってしまってたりもする。それもなんだか不服。日本だったらその値段でもっと美味しいもんが食べられるのに。 ま、チップの話をしだすと止まらなくなるのでここでは割愛することにするけれど、それにしても、金銭で「心づけ」するというのは人間としての寛容度を試されてる気がして、小市民の僕には今でもやっぱり苦手。 どうせだったら自宅でのんびりお茶漬け喰らってたほうがマシかと思う。慣れない洋食なんかより。←本音
Feb 6, 2010
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「6番目の憂鬱」 今日はカルテットごっこで遊んだ。楽しく遊ぶはずが、ベートーベンの6番などという難曲を選んぢゃったもんだから大騒ぎ。怖いものしらずというか世間しらずというか。Vn1(僕)、Vn2(ジョアナ)、Va(エレン)、Vc(マーディ)。 結果的にすごく疲れた。難しすぎ。特にファーストはたぶんラズモフスキーたちよりタイヘン。「ノリ」でごまかせないし、フォルテで朗々とガン弾きすらさせてもらえない。せっせとピアニッシモとかピアノでちまちまと。 意外に気に入ったのは2楽章アダージョと3楽章スケルツォ。 2楽章は苦しいほどに遅い曲。が、ドイツやオーストリア高地の澄み切った自然みたいな厳かさ、爽やかさ、そして尊さに浸れる。 3楽章は、今までに弾いたベートーベンのスケルツォのなかで最もアンサンブルが難しい(断言)。シンコペやへミオラ、裏拍の「びっくりフォルテ」とかをどこまで律儀にやるか己との闘い。ずるずると遅くなってくのは絶対にマズいし。 そして終楽章、譜面には何やらイタリア語でこちゃこちゃ書かれてる。どーやら英語で言うところの「メランコリック」だの「デリカシー」だのっぽい単語。で、実際に四人で弾いてみて、これらの言葉の持つ意味に翻弄されつつも畏れ入ってしまったわけで。 ってゆーか、メランコリーってどーゆう意味だっけ? 遊園地とかにあるやつ? ←なんか違う メランコリーって、今までは、「哀愁」、「郷愁」、さらには、いい歳こいた大人が幼少時の思い出に浸る場面を都合よく演出する場合に使える単語のような気がしていた。僕ってば、たぶん「ノスタルジー」と混同してたかも。 メランコリーとは、ほんとは、もっと暗くて陰鬱でやるせない感じを意味するらしい。悲しみのどん底ずん底に沈んでるさま、憂鬱で精神的に参ってる状態。ノスタルジーがセピア色なら、メランコリーはずばり灰色。 なるほど、この楽章は憂いを帯びた感じで弾くと味わいが出る。 ベートーベン初期の作品ということになってるものの、後期の作風に思いっきり通じてる。難易度もハンパぢゃないし。
Feb 4, 2010
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