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<本番> 今年2021年は以下28本の本番に出演いたしました。2020年の本番はわずか16回でしたから、少しは回復。ちなみにコービッド前の一昨年は73回でした。 管弦楽:2演目(のべ3) ミュージカル:2演目(のべ5) 礼拝:2 結婚式/葬式:17 ギグ/発表会:1 ほんとはもっと本番の出演予定があったのですが、直前になって中止になったり、生オケからカラオケに切り替わったりしたりして、かなり振り回されました。精神的にもぐったり。でも、自分自身は感染せずに健康に一年を過ごせたことを幸運に思うようにいたします。<室内楽の合わせ> 仲間うちで集まって室内楽で遊んだのは14回。年末恒例のメンデルソーン弦楽八重奏の宴も予定されてたのですが直前になり中止。やはり感染が疑われる濃厚接触者がいたため。
Dec 31, 2021
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「笑 must go on」(評価 ★★★★☆ 四つ星) 2021年に起こったことを面白おかしく振り返っては笑い飛ばすネットフリックス作のモキュメンタリー(=なんちゃってドキュメンタリー)。去年の同番組も笑わせてもらったので、今年のも期待して鑑賞。出演はヒュー・グラント、ルーシー・リウほか。60分。 やはりアメリカ(やイギリス)の出来事が中心。東京五輪ネタもちょっとだけ登場。 もちろんコービッド(のワクチン)関係の世間のあたふたネタでも盛り上がる。 もととなる時事問題に関する知識がないとどこがどうおかしいのかわからないのだけど、役者さんたちもそれっぽく演じてて、それを観るだけでも笑える。 へたに相手や世間に忖度せず、ひたすらこけ下ろして笑いをとる手法は潔い。 実際、苦しい時こそ冗談言って笑い飛ばすことが大事ということは、ぼくもこれまでの人生で学んだことのひとつなので、こうゆう番組観るときは、大らかな心で素直にゲラゲラ笑うようにしている。揚げ足キャッチャーは長生きできないような気がするし。
Dec 31, 2021
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「未成年の主張」(評価 ★★★☆☆ 三つ星) 日本(語)ではおそらく未公開。日本語ウィキのページは https://ja.wikipedia.org/wiki/カモン・カモン_(映画) 主演は二人。伯父の役がウアキン・フィーニクスさん、甥がウディ・ノーマンさん。 ぼくの感想としては、「惜しい」。前半はイマイチ、後半は悪くはないのだけれど、かなり上級者向きの映画という印象。 結果的にいろいろと気に入らないとことか鼻につくとこがあったので三つ星。主演二人の演技はとぉっても素晴らしく五つ星に値するとも思っただけに、話の展開が何ともわかりにくいのはもったいない。現在の場面と過去の回想場面とを激しく行き来したりして、何が起こってるのかキョトンとしてしまう。 てか、わざわざ白黒で撮影したのが裏目に出ている。白黒で撮ればかっこよい映画が作れるってもんでもない。ロサンジェリス、ニューヨーク、ニューオーリンズ、デトロイトなど、異なる色彩の個性的な街が登場するのに、それぞれの魅力もわかりづらかった。LAの青い空とか、NYの黄色いタクシーとか。 むしろ、この映画の隠れた見どころは、主人公(ラジオ番組の制作人)が取材する子どもたちが活き活きと語る場面。各地を訪ね現地の子どもたちに現在の暮らしや将来の夢とかあれこれ聞き出すという番組らしいのだけど、どこまでが台本にあってどこまでが彼らのナマのご意見なのか、とにかく子どもたちがいいことをしゃべる。 実際、映画の最後の最後、クレジットが流れてるときに彼らの発言が音声のみでひたすら流れる。これは聞きごたえあり。今日の映画館では誰一人として席を立たず、みんなして最後まで聞き入ったのであった。
Dec 30, 2021
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「そして僕は途方にくれない」(評価 ★★★★★ 満点五つ星) 1990年代のニューヨークを舞台にミュージカル作家を目指すアラサー男子ジョナサン・ラーソンの奮闘(実話)を描いた映画。リンマニュエル・ミランダの初監督作品、主演はアンドリュー・ガーフィールド。 さすがミュージカル畑出身の監督だけあって演出にメリハリがあって良かった。その点で、映画畑出身のスティーブン・スピールバーグ監督のウェストサイド物語よりも演出力は上。本作では舞台ではできなくて映画ではできることが存分に活かされているという印象。そして、ミュージカルでは避けられない違和感、つまりいきなり歌い出したり踊り出したりする強引な展開もそうは感じさせないように滑らかに処理。 まだ新人の映画監督っぽいところがないわけでもない。例えば厳寒のニューヨークの屋外の場面。吐く息が白くないし、全く寒く見えないのは初歩的な失敗。 主演役者ガーフィールド氏の熱演には唸る。ご本人はイギリス人のはずなのにきちんとアメリカ英語で演じてて、しかもちゃんと歌ってるっぽい。 なお、このジョナサン・ラーソンさんという作家は、その後も決して諦めることなく曲を書き続け、後に「レント」(家賃)というミュージカルを制作。よってレントの内容を知ってるとこの映画は観やすいはず。彼自身が家賃を払えず苦しんでたり、個性的な同居人がいたり、闘病してる人がいたり、レントが彼の実体験をもとにしていることがわかる。 で、実際のラーソンさんは後のレントの成功を目にすることなく急死してしまうのだけれど、この映画ではそこまでは描かれない。その点は意外だし、よって号泣を誘う映画ではない。あくまで才能が開花する一歩手前、がむしゃらにもがいて自分探ししている部分(だけ)が紹介されている。 潔いとも思ったけど、これってもしかしていつの日か続編映画を作るための策略であり、あえて最期は詳しく描かなかったのかもしれない。 さて、最近の映画づくりの傾向なのかぼくが勝手にそう感じてるだけなのかわからないけど、近年ぼくが良作と思う映画に共通しているのは以下の三点。日本(や韓国)の映画づくりとはたぶん異なるから、主にアメリカ(やイギリス)の業界に限った傾向なのかもしれない。・ 悪役が全く登場しない、あるいは悪役を明らかな悪役としては描かない・ 登場人物の人種、宗教、性的嗜好や指向、貧富などを説明的に描写しない(中盤で何となく判明)・ 感動的な話のはずなのにあっさりと演出、泣かせどころを設けない
Dec 28, 2021
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「人は誰でも幸せ探す旅人のやうなもの」(評価 ★★★☆☆ 三つ星) 1980年代のナポリが舞台。大家族の日常や非日常、悲喜こもごも。 このパオロ・ソレンティーノさんとかいう監督の作品は過去に何度か観ようと試みたことがあるけれど、ぼくは彼の作風はどうも苦手でいつも挫折してしまう。今回のこの作品は(も)評論家さまたちから絶賛されてて「映画賞確実」らしいのだけど、適度に期待して鑑賞に臨む。(ネットフリックス) 風景や町並みが美しく撮れてるし、音楽も良かった。サッカー(マラドーナ)や映画に関するくだりも悪くはなかった。でもやっぱりぼくにはダメだった。物語的に非常にわかりにくいうえ、まったりしすぎ。早送りボタン(あるいは停止ボタン)を押したい衝動と闘いながら観た。 起承転結の均衡が悪く、そもそも誰が主人公なのか後半になるまで判明しない。どうやら次男坊の「自分探し」のお話らしい。つまりお題は青春とか思春期とか。 もともとイタリア映画に精通している人(あとはたぶんフランス映画や日本映画も)はあれこれ高評価をくだすだろうけど、ぼくはそこまで絶賛はできず。名作であることに反対するつもりはないものの、自分の好みではないので三つ星。 家族や親戚や近所の人たちなど個性的な登場人物らに彩られながら賑々しく展開しつつ、どんどん人数が減っていき、最後の場面ではおひとりさまで映画は幕を閉じる。
Dec 27, 2021
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「安心、安全」(評価 ★★★★★ 満点五つ星) 1969年の北アイルランドが舞台。紛争を逃れてベルファストを去るべきか悩むプロテスタント系一家の物語。監督はケネス・ブラナー。 日本では2022年3月公開とのこと。https://ja.wikipedia.org/wiki/ベルファスト_(映画) ぼくが今年観た劇映画のなかでは上位三本に入ると思う。 いろいろと細かいとこはアラもあったけど、演出、編集が一歩上を行ってて、最終的にいー感じに作品に仕上がっている。じわじわと味わえる。 ただ、白黒で撮られてるし、いかにも映画評論家ウケを意識しているような狙った作風は、特にお若い方々にはうざったく思われるかもしれない。 そういう意味で、アルフォンソ・キュアロンのメキシコ映画「ローマ」の北アイルランド版と言っていい。 本作のお題は「紛争の残虐さ」では決してなく、あくまで「家族の絆」。しかし、そんな泣かせようと思えばいくらでも泣かせられそうな題材を、敢えてサクッと軽快にまとめてあるとこがぼくは気に入った。 それは音楽の使いかたからもうかがえる。バン・モリソン様の楽曲に彩られており、「Everlasting Love」など明るめのイケイケ系ロッケンロウルばかり。 俳優さんたちも適度に抑えた好演。 特に主人公を演じた子役俳優ジュード・ヒル氏。大人の事情を知ってか知らずか健気に毎日を過ごす純情少年を見事に演じていらっしゃった。初めての恋に悩んだり(お相手の少女はカトリック教徒)、万引きしちゃったり、お騒がせ男子。 大人たちの役は有名な俳優も起用されてて、ぼくも何人か認識できた。父親役のジェイミー・ドーナン、祖父キアランなんとか、祖母ジュディ・デンチ。 でもむしろ母親役のカトリーナ・バルフさんだかいう初めて拝見する役者さんがひときわ目立ってた。夫が不在がちな家庭で義父母と息子らの面倒を見る肝っ玉母さんキャラという設定ではあるけれど、とても美人さんで色香も漂わせる。劇中でジェイミードーナンの歌を背景に華やかに舞ったりもする。 映画は好奇心のある少年の目線で進んでいき、必要以上に悲哀感は強調されない。危険な街なのに悪役を悪役として登場させていない。そして最後の最後、祖母のぼそっとした独りごとでこの映画は幕を下ろす。こうゆうとこが実に上手いっ。 家族の安全安心を求めて激しく苦悩する父親の目線で壮大な家族愛を力強く謳うこともできたであろうに、そうゆう王道をとらず、父を過度に目立たせないようにしてるのは実に効果的。 それにしても北アイルランド問題、遠い昔の話というわけでもない。ぼくはたしか2005年にベルファストを訪ねたことがあって、現地在住の友人に根掘り葉掘り聞いていろいろ教えてもらって、それでもなかなか理解できなかったのを覚えている。いたるところに武装したお兄さんが立ってて、どの公共施設に入るにも金属探知の門をくぐって、みたいな日常で暮らすのに慣れてしまってる市民たち。 この映画に何度か出てくる台詞で、父親が息子に言葉をかける言葉が印象的だった。「Be good, but if you can't be good, be careful(いい子にしてなさい。それが無理ならせめて気を付けて」。少年も既に呪文のように覚えてしまっている。
Dec 24, 2021
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「お前を嫁にもらう前に」(評価 ★★★★☆ 四つ星) フランス発のドタバタ喜劇を鑑賞。 由緒ある城を貸し切って行なわれる派手婚。ワガママな新郎に振り回されながら奔走する婚礼演出家が主人公。料理人、給仕、写真家、楽団らとともに着々と準備を進めていくはずが、次々と問題発生。やがて招待客らが到着し、不安を抱えながらも祝宴が始まる。 https://ja.wikipedia.org/wiki/セラヴィ! あまりにバカバカしい展開。くだらなすぎて笑うに笑えなかったけど、楽師として婚礼業界に関わってる者といたしましては、すごく親近感を持って観られた。甘めに四つ星。 とにかく小ネタが多すぎて収拾つかなくなってる印象。それら全てが伏線として後で回収されるかといえばそうでもないし。 最後、ろうそくの灯りで新郎新婦が踊る場面は良かった。電気を使わないナマ楽器での伴奏って、やっぱし最高。 なお、業者的にぼくがこの映画で共感できた「結婚式あるある」場面を挙げると、・ 集合時間に遅刻する人、身だしなみが悪い人が必ずいる・ 現場では業務用エレベーターを使っていいのかどうかでもめる・ 業者に提供される食事が招待客に振る舞われるものと違うことに文句を言う人がいる・ 婚礼演出家が二人いて、それぞれが相反する指示を出す・ より重要な問題を抱えているのに、どうでもいい細かいことにこだわって準備している人がいる・ 電源が必要なのに会場にプラグの差し込み口がない(か、全て使用ちゅう)・ 私服で準備を終え、本番前に正装に着替えようとすると場所がなく、そのへんの廊下とかで着替える・ 写真家は時間をかけて完璧な光や角度を求めすぎるあまり、撮影機会を逃す・ 撮影は写真家に任されてるはずなのに、招待客らが既にスマホでパシャパシャ撮りまくってる・ 楽団の歌手に司会進行の役が任される(マイクを握っているから)・ 楽団は、演奏しようと思っていた音楽と異なる分野の音楽を突然依頼される・ てゆーか、そもそも新郎新婦世代の求める音楽と、彼らの父母祖父母の求める音楽が全く違う・ 演奏を誰も聴いてくれていない、さらに強制的に演奏を中断させられる・ せっかく生演奏するためにやってきたのに、CDかけてと言われてしまう
Dec 23, 2021
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「悲しいほどお天気」(評価 ★★★★☆ 四つ星) ウディ・アレン監督作品。主演はティモシー・シャラメとエル・ファニング。脇もセリーナ・ゴメス、ジュード・ローなど豪華。 日本公開時のサイトは https://longride.jp/rdiny/ ウディアレンが少女虐待変態オヤジ疑惑で業界から干された時期と重なり、たしかアメリカでは結局劇場公開されなかったはず。よって、良識ある視聴者なら彼の作品は観ちゃいかんのかもしれないけれど、あんまし難しいこと考えずに観てみることに。 そしたらなかなかの佳作。 悔しいけどこれが現実。アレン監督って報道されていることが事実なら人間的にはサイテーだけど、その映画づくりの才能はホンモノ。周囲の人たちはひたすら崇拝せざるを得ないのかもしれない。 とにかく心憎い細かい描写や都会的でオシャレな映像には唸る。あぁニューヨークニューヨーク、しかもユダヤの香り。みんなして早口でなぜか金持ち。 そんなの絶対ありえねーだろという場面が連続するから現実味はないけど、いちいち突っ込んでたらキリないし、おとぎ話として割り切って観れば楽しめる。 ただ、どうしても突っ込まざるを得ないのは、題名にもある「雨」の場面。どう見ても撮影は好天のもと行なわれている。「雨降らせ機」で強引にジャージャー水流して撮影したのがバレバレ。しとしとぴっちゃんなニューヨークをステキに演出、どころか、太陽光がしっかり画面に写りこんでしまっててドン引き。何とか編集できなかったのか。 なお、この作品で重要な舞台として登場する場所のひとつがカーライルホテル。ぼくはずーっと前にここに泊まったことがあって、そしたらなんとその夜ウディアレンさんをチラっと目撃。高級ホテルの雰囲気に圧倒されて一階でオロオロとおのぼりさんしてるぼくの目の前を、小柄なおじいちゃんがせかせか通りすぎていって、隣接するジャズ酒場へと入っていったのであった。
Dec 20, 2021
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「うっせぇわ」(評価 ★★★★☆ 四つ星) 20年前の映画。監督はイギリスの巨匠と言われている(たぶん)マイク・リーさん。 ロンドンの集合住宅に住む貧しめの家族らが主人公。ティモシー・スポールとジェイムズ・コーデンが父子を演じる。お二人ともお身体がだいぶふくよかでいらっしゃった頃の作品。 サリー・ホーキンスほか脇の役者も何気に豪華。みんなしてお若く、まだ有名になる前の出演作という意味でも見甲斐がある。 ぼくの感想としては、ちょっと長くて見づらかったけど(二時間超え)とても良かった。てか、こんな良作を今まで見逃してたとは我ながら恥ずかしい。 ただ、同監督の「秘密と嘘」に似ていて新鮮味がないし、イギリスの労働者階級や貧困層を描いた映画ということならケン・ロウチ監督作のほうが観やすいようにも思った。 とにかく登場人物の言葉遣いが汚すぎる。文化的教養がなさそうな人たちの話だから当たり前なのかもしれないけど、良い子のみんなには見せられない映画。でも厳しい現実、世の不条理を知ることも重要だから、やはり見る価値はある。 音楽もいー感じだった。ギターや弦楽器を上手く使ってる。
Dec 19, 2021
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「いつの日にか僕のことを想ひ出すがいい」(評価 ★★★★★ 満点五つ星) 舞台はメキシコで、アメリカとの国境にほど近く、治安の悪い地域。主人公はアラフィフ母。アメリカに出稼ぎに行ってきますと国境へと向かったはずの息子が行方不明になる。殺人事件に巻き込まれた可能性があることが判明するも死体は発見されない。彼はまだ生きていると信じて、母は息子を探す旅に出る。 日本では東京映画祭で上映ずみ。https://2020.tiff-jp.net/ja/lineup/film/3304WFC07 邦題は「息子の面影」、英語の題は「Identifying Features」。 すばらしかった。脚本も撮影も演技もお見事。もっと評価されていい映画。 あんまり下調べせずにいきなり鑑賞したら、予想を裏切る展開に驚く。ぼくはてっきり、実は息子は生きてて最後には親子が再会し抱き合って号泣、また以前のように田舎で慎ましく暮らしはじめましたとさ、めでたしめでたし、な幸せな結末となるものとばかり思ってた。甘かった。 旅の途中で出会う人たちのキャラも良かったし、そして大自然、小自然、やっぱりメキシコは美しく愛おしい国であることには違いない。 監督はFernanda Valadezさんというお方。後ろ姿をひたすら映す手法とか、空や湖を意外な視点から切り取ってゆっくりと撮影したりとか、あと役者たちにはひたすら静かに感情表現をさせるとか、この人、タダモノではない。ぱちぱち。
Dec 18, 2021
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「いつかどこかで結ばれるってことはとわの夢」(評価 ★★★☆☆ 三つ星) いよいよ今週末から全米公開、1961年の「ウェストサイド物語」をスティーブン・スピールバーグ監督が再制作した版を早速鑑賞してきたのでその感想を。 日本では2022年2月公開予定。www.20thcenturystudios.jp/movies/westsidestory ぼくの評価としては、カネかけて作られてるだけあって圧巻、ふつーに楽しめたけれども、しかしながら厳しめに三つ星どまり。 この演目はぼく自身、'61年版はもちろん、ミュージカル版もいろんな演出家による舞台を何度も鑑賞してるし、実際にオケピットで(バイオリンで)何公演か弾いたこともあり、思い入れがありすぎて過度に期待してしまったわけで。 てか、せっかく再制作するならもとの作品を上回らなきゃ意味がない。脚本や演出を変えるなら変えるで、それらの変更は意味のあるものでなければならないはず。そうゆう意味で、もともと良くできてる名作をいじり倒したわりに、大騒ぎするほどには前作をしのいだ出来とは思えず。 以下にぼくの気づいた点をに箇条書きにしてまとめてみると、<気に入った点、良かった点> - '61年版の歌唱場面は声楽家が吹き替えてたと言われてるけれど、今回はちゃんと役者本人が歌ってるもよう。 - 特に主役マリアを演じた役者さん、歌がお上手。高音も威圧的じゃなくて良かった。ただ、感情を抑えきれない多感系思春期女子という点では'61年のほうが良かったか。 - サントラ管弦楽。全体的に名演。演奏はグスターボ・ドゥダメルとニューヨークフィル(およびロサンジェリスフィル)。キレのあるかっちりした演奏は好感が持てた。もっとハチャメチャでも良かったぐらい(特に「アメリカ」)。本編が終わったあとのend credits(最後に流れる関連情報一覧)表示時の音楽も聴きごたえがあった(約10分)。いろんな劇中曲が上手くまとめられてる。 - のちのニューヨークウェストサイド地区の再開発ぶり(高級アパート、芸術区リンカーンセンターなど)を彷彿させるような台詞、演出。 - 警察署の取調室での「Gee, Officer Krupke」(の振り付け)。音楽的にかなり難曲だし、舞台版だと歌って踊るのは大変。うまくまとめていた。 - ラテン系の役者さんたち全般。'61年版よりもラテン色が前面に出ており、スペイン語の台詞も多かった。なお、ぼくもそうだけど、外国語環境で暮らしていても、人は感情的になると思わず母国語で発言してしまうもの。だから彼らがどうゆう時に英語からスペイン語に切り替わるのかは興味持って観られた。←ただ、そこまで考えて脚本が書かれてるかはわからずじまい<気に入らなかった点、気になった点> - チンピラ少年たちの路上での舞踏場面(の振り付け)。お上品な古典バレエ的で優雅すぎたか。思い切って現代風にヒップホップも加味して路上っぽさを出してみたらよかったのに。 - 主役トーニーを演じた役者さん。高音も頑張って歌ってて奮闘なさっていたけれども、配役的に合ってない。「愚連隊ごっこなんか卒業して改心して普通の男の子に戻りたいんだもん」とか言いつつ思わずカッとなってしまう衝動的で複雑なキャラも表現し切れていない。黒歴史を持つワケあり君のはずなのに。 - 劇中で登場する楽曲のなかに余計な編曲がされてるなと感じたものがあった。よく覚えてないので実例は列挙できないものの、例えば曲の終わり方。原版だと(舞台版だけだったかも)、フェルマータとかで音を伸ばしてジャンっで終わっててわかりやすかったのに、その「締めの音」がなくうやむや終止。←この最後のひと刺しを音楽業界ではstingと呼ぶ人もいる。弦のピチカートでポンと鳴らしたり - トーニとマリーアが初めて会い、やがて一緒に踊り、接吻、という一連の場面。周りが見えなくなるほどの衝撃の一目惚れを表現しているという意味で'61年版のほうの演出が優れている。 - クロイスターズ庭園の場面。禁断の恋に溺れる若い男女が白昼堂々密会する場所がクロイスターズという設定はビミョー。 - マリアほか女子たちは原作では花嫁衣料品屋で働いてるお針子さんだかいう設定だったのに、今回は百貨店の深夜の清掃人。特に効果的な変更とは思えず。てか、彼女たちはいつ寝てるのか。 - 舞台じゃあるまいし、せっかく映像化してるんだから、例えばトーニーが歌ってるときに律義にせっせと彼だけを映す必要はないはず。妄想や幻想の場面を投入したりして決して舞台ではできない編集で魅せてくれるかと思ったら意外に正統派で保守的な画面づくり。その点でライアン・マーフィ作のテレビ「グリー」とかのほうが映像的に見応えがある。 - 最も驚いたのは薬局の親父さんの役。白人ではなくなんと敵軍と同じラテン系しかも老女という設定に変更されてた。これは筋にもかなり影響あり。てか、明らかに、'61年版に出演なさっていた役者リタ・モレノおばあちゃま(当時のアニータ役)を何とか登板させるための強引なキャラ変更。ほかの役者らが無名の新人さんばかりだったから、なおさらこの「話題づくり」の忖度配役にはびっくり。確かに60年前のアニータは名演だったけれど、それはそれ。 - しかもこのおばあちゃんてば、ドヤ顔で一曲歌う。原版では将来を憂う若人が楽観を装って歌うからこそ意味のあったはずの曲。人生経験豊富な後期高齢者がしゃがれ声でせっせと息継ぎしながら歌うと、曲の歌詞もまた別の意味に響いてくる。ま、これはこれでありかなと一瞬思ったものの、同じ曲を後にマリアが歌う場面に影響が出てしまっていた。 とりあえず思いつくのは以上。 さらにぼくの意見としては、一般的にこの演目を上演するにあたり演出家や役者の手腕が試されるのは特に以下の六つの場面: - トーニがベルナルドを刺す場面(誤って刺すのか意図して刺すのか) - 事件直後でパニクってるはずのトーニとマリーアがイチャイチャしはじめ、ちゃっかり脱ぎはじめて寝床を共にする場面 - 男たちに虐待されたアニータが、パニクるあまり偽りの情報を言い放ってしまう場面 - 薬局の店主が少年たちに説教する場面(訥々と語るように説教するのか、キレて大声で叫ぶのか) - 最後、マリアが拳銃を手にあれこれ叫ぶ場面 - 最後の最後、数人で死体を持ち上げる場面(白人だけでやるのかプエルトリコ人も協力するのか)、そしてその直後のマリアの所作(呆然と立ち尽くす/へなへなと座り込むのか、明日に向かって健気に歩き出すのか) 上記のような、これまで60年ものあいだ世の舞台演出家たちが悩みまくってきたであろうせっかくの見せどころを、スピールバーグさんは割とあっさり描いている。 ほかの分野は素晴らしかっただけに、なおさら惜しい。 よって、本作は(映画好き、音楽好きの人からは絶賛されるだろうけれど)舞台好きの人からは「絶賛」はされないような気がする。 つまるところ、過去の版や舞台版との比較をせずに観るぶんにはとても良くできた映画であることは間違いないので、そこんとこ自分自身うまく心の整理ができていない状態。 ちなみに今日の映画館、客層は自分も含め中高年ばかりだった。
Dec 10, 2021
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「ピカルディのバラ」(評価 ★★★☆☆ 三つ星) 1987年作の映画を鑑賞。舞台は1920年ごろのイギリスヨークシャー地方。 第一次大戦から帰還したものの心に傷を負った兵士(コリン・ファ―ス演)が、田舎の小さな村で夏を過ごし、地元の人らと交流する話。助演はケネス・ブラナーと故ナタリー・リチャードソンほか。みんなしてお若い。 感想としてはイマイチ。演技や演出がどうこう言うより、おそらく脚本が弱い。 例えば、薔薇の花がもしかして重要な伏線になっているのかと思わせる描写がいくつかあるのに不完全燃焼。てか、当時のイギリスだかフランスの流行歌謡「Roses of Picardy」を蓄音機で流すとかいうのも、曲に関する予備知識がないあなたやわたしにとっては何がなんだか。 たしかに大自然や小自然が美しく撮影されてはいるものの、ぼくの評価は三つ星どまり。 それより、このテの映画、つまり19世紀末か20世紀初頭のイギリスの田舎を舞台にした「ひと夏のほろ苦い経験」系の映画って、似たようなのがいろいろあったような気がする。しかも決して幸せな結末ではなく、もの哀しいお話であるのがお約束。 とりあえず思いつくのは以下の二作品。サマーストーリー A Summer Story(1988年イギリス) 旅人(ジェイムス・ウィルビー演)が地元の娘(イモジェン・スタブス演)に惚れる話。舞台は南西デボン州。たしか港町トーキーに近いあたりだったよーな。橋の上の貴婦人 The Bridge(1991年イギリス) 海辺の村で画家(デイビッド・オハラ演)と上流階級の人妻(サスキア・リーブス演)が恋に落ちるも、やがて二人の不倫は夫にバレる。 実在する「橋」という名の絵をもとに架空の話が作られて映画化されたのだとか。 いずれにせよ、「ひと夏の恋」系のお話は、無理があって突っ込みどころがありすぎるものが多い。お若い視聴者の皆さんからは好かれるのかもしれないけれど、いい歳こいた中高年といたしましては、登場人物が若気の至りでトンデモ行動してるのには苦笑してしまう。
Dec 5, 2021
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