ぴかろんの日常

ぴかろんの日常

リレー企画 132

側に  足バンさん

スヒョクはかなり怒りながらその飲み屋を出た
僕の酔いはすっかり醒めて慌てて支払いを済ませてあとを追った
道路に出たスヒョクの足がふらついている

「スヒョク~ちょっと待てって」
「ふんっ」
「スヒョク~何でヨンナムさんにあんな電話したんだよ」
「ソクさんがいけないんじゃないですかっ」
「泣いたりして…ヨンナムさん勘違いするじゃないか」
「勘違いじゃないでしょ!えっ?」
「ああもう酔ってる~あんなに最後飲むからぁ」
「ソクさんのせいです!」
「ちょっと勘違いしただけじゃない」
「ちょっと勘違いですってっ?」
「うん」
「ただの勘違いで、女の人に抱きつこうとしたんですかっ?」
「だからあれは…」
「あれはっ?何ですってっ?」

スヒョクは道路の真ん中で僕の胸元を掴んで
ギョンビン君のようにつり上がった目で(1度見たことがある)睨んだ
これってどう見ても若いチンピラに絡まれてる冴えないオヤジじゃない?

「その…女房と同じ香水だったんでつい…」
「つい抱きついちゃったわけですねっ?」
「いや、何だか懐かしい香りで…そのへん酔ってて憶えてないんだけど」
「じゃ無意識に昔の奥さんの香りに寄っていったんだ!」
「ち、違うって~」
「あんな渋いマジな顔で!」
「だからその」
「で止めた俺に何て言ったか憶えてますっ?えっ?」
「う…」
「僕に構うなって!」
「え…」
「ひとりにしてくれって!そう言ったんですよっ!」
「あう…そ、そんなこと言った?」

あ、はい。確かに言いましたね

「ソクさんはもう俺を捨てるつもりだああああぁぁぁ~っ!」
「ちょちょちょっとそんなでかい声で」
「でかい声がなんですかっ!俺とのことは恥ずかしいことなんですかっ!」
「ちちち違うけど」
「もう今度の釣りの約束もキャンセルですからね!」
「そんなぁ~せっかく道具新調したのにぃ」
「ジュンホ君にも断ろうっと」
「そ、それは悪いよ!お子さん達も楽しみにしてるのに」

スヒョクはじろりと僕を見て首に手を回すと
何だかとても妖しいたまらない眼差しでじっと見た

「まさか…ジュンホ君の美人の奥さんに会いたいからじゃないでしょうね」
「そんなぁ~いつから僕スケベオヤジになったの?」

あ、はい。とっくになってますか

「じゃ、ここでバイバイ」
「え?今日スヒョクの寮に泊まっていいんじゃなかったの?」
「僕はひとりで帰りますっ!」
「えーっヨンナムさんにそう言ってたじゃない」
「そう言わないと心配するでしょう!」
「そんな…僕どこに泊まればいいの?」
「帰ったらどうです?」
「今更帰ったらホンピョ達に何言われるかわかったもんじゃない!」
「じゃ店にでも泊まったらどうですか?」
「そんなぁ~」

さっさと歩いて行くスヒョクを追いかけようと踏み出したら
スヒョクは指で銃の真似をして「ばーん」と僕を撃つ

「ついて来たらもう明日から口きかないからねっ!」

あう…すっごいひすてりー…
って、こういうとまたオヤジだって言われるんだよな

カノジョが怒ってる時はそれ以上油を注いじゃいけません

僕はスヒョクをそっとつけて寮の敷地に入ったのを確認してから
仕方なくトボトボと引き返し合鍵でBHCに入った
事務室には入れないので店の隅っこのU字のソファに横になった
ふん。昔は張り込みでよくこうやって寝たもんだ

朝、メシでも買って寮に行ってみよう

うとうとしてずいぶん時間が経った頃店内に人の気配がした
そのままの状態で身構えていたが
誰かが僕にそっと上掛けのようなものを掛けた
薄目を開けると、暗闇の中にスヒョクがぼんやり立っていた

「バカ正直に…ホントに店に戻るんだから…」

僕は飛び起きて抱きしめたい衝動を押さえ目を閉じていた
スヒョクが僕の髪にそっと触れる

「最近いろいろ思い出してるんじゃない?…無理してない?」

しばらく黙っていたスヒョクはため息をついて
ソファのU字になっている部分に横になったようだった
僕と頭をつき合わせて寝る形になる

僕はしばらくしてそっと頭を上げスヒョクの顔を覗き込んだ
ブランケットの端を握りしめて眠っている
いつもなら無条件で飛びかかるんだけどな

その夜は長いことその寝顔を見ておとなしく眠った
何となく幸せだった
誰かが側にいてくれる
それだけで幸せだった


裏工作  足バンさん

店に入ろうとするとギョンビンが走ってきて僕を裏に引っ張り込んだ

「どうしたの、何なの?」
「僕もオックスフォードに行かなくちゃならないんですよ」
「あの内職の件で?」
「ええ、どうしても断れなくて」
「いいじゃない。行けば」
「そうなんですけど問題がふたつあります」
「ひとつは?」
「彼が既にミューズの活動を初めてるんです」
「企画室長だって?プロデュースするんでしょ?」
「そこなんですけど、彼、僕たちを売り出すことにしたって」
「は?僕たちって僕たち?ナニそれっ!」
「しっ!」
「何させようっていうのよっ」
「すぐにでも話あると思うんですが」
「スヒョンのやつ知ってんのかな」

「それで今すごくノってて、すぐにでも僕たちをいじりたいみたいで」
「だって僕出張だよ」
「さっさと行かせて帰って来させたいって」
「で?ギョンビンは?」
「そんなことになってるとは思わなくて…切り出せなくて」
「そうそう僕も出張なんだ、じゃダメ?やっぱ」
「彼の性格知ってるでしょう?」
「キレるかな」
「家でできるからってあの仕事受けた手前もあって」
「でもどうせ僕がいない間進められないんでしょ?」
「まぁふたり一緒の方がいいでしょうね」
「じゃ僕の出張に合わせちゃえば少しはマシじゃない?」
「でしょうか」
「そう、ふたり急いで済ませてきますって、出張話の論点をボカシちゃうの」
「なるほどね」

そんな話の最中、ギョンビンの携帯に先輩という人から電話が入った

「はい?明後日から?そんな急に?…はい…」

僕はギョンビンを横に、急遽ギスの直通に繋いでスケジュール確認をした
ギスは明日出発で10日間の滞在なので
その期間ならある程度融通するという話だった

僕はギョンビンにOKの合図を出した

「わかりました。じゃそのスケジュールで」

「はぁ…決まりました」
「これでもうあとは野となれ、だね」
「もう言うしかありませんね」
「ね、どっかで会おうか向こうで」
「そんな時間ありますか?」
「何とかしようよ、僕がそっち行こうかな」
「そうですね、ユーロスターなら3時間ですもんね」
「乗ってみたかったのよアレ!」
「デイトリップなら1等でも往復200ドルくらいですよ」
「オックスフォードからロンドンは?」
「1時間くらいです」
「じゃロンドンでどぉ?どぉ?」

なんていきなり楽しく盛り上がってたら…

「あ…」
「何?」
「忘れてました…問題点その2」
「何よ」
「ドンジュンさん…僕たちふたりが留守するんですよ」
「うん、それがど…あぅ…」
「そう、あの人たちです」
「そっか。僕はギョンビンがいるって前提で話受けたんだ」
「ね?4日も5日もふたり揃ってフリーですよ」
「そっちは大丈夫でもこっちがアブナイな」
「こっちだって天然ですから何するかわかったもんじゃありません」
「どうする?」
「どうします?」
「お互いに監視つけようか」
「そんなの嫌がるに決まってます」
「だからそれとなくよ」
「ふたりに発信器でも付けときましょうか」
「服脱いでも有効なやつなんてあるの?」
「ヤなこと言わないで下さいよっ!」
「うはは…じゃ、ジホのおっさんのゴムで縛っておく?」
「びよーんって?」
「「 きゃはっはっは 」」

「ミン?ミンはどこにいるんだ?」
「ドンジュンは来てるのかー?」

「「 はーい 」」
「じゃ、健闘を祈る」
「お互いにうまくやりましょう」 パンッ!


スウィートルーム  ぴかろん

ホテルに着いた
従業員への土産を渡し、部屋に案内される
入ったとたん、可愛い子ちゃん達はキャーキャーはしゃぎまわり、僕とギョンジンは、打ち合わせもしていないのにベッドルームが幾つあるかを確かめていた

…三つあった…
変則的な部屋だな…

ダブルベッドの部屋が一つ、シングルベッドの部屋が…二つ…
ギョンジンと僕は睨み合う
どちらのカップルがダブルの部屋を獲得するか…

「ねぇねぇリビングが広いねぇっここで枕投げできるよギョンジン」
「…んぁ…そうね…」
「てじゅもしゅるらろ?まくらなげ」
「…んぁ…する…」
「「どしたの?二人とも睨み合っちゃって…」」
「「いや…別に…」」

僕達の思惑などよそに、可愛い子ちゃん達はリビングの床に土産物を散りばめている

「あっそれ可愛いっ!」
「こんなのどこにあったんら?」
「これは絶対チュニルさんでしょ?」
「これ、きちゅねにやれよ!きひひっ」

とても楽しそうである
ラブとイナは誰に何をあげるかを決めながら袋に詰め、袋に名前を書き込んで片付けていく

「この帽子なに~?」
「このしるくはっとはきちゅねにやる」
「…。きーっひっひっ」
「で、このてんがろんはっとは、てんし」
「…。ひえっひえっひーひー」
「したしみがもてるだろ?」
「ひーひーひー。これ被って真面目な顔で店に出て威張ってほしいっきいいっ」

二人は大笑いした後その帽子を被ってまたケタケタ笑っていた

ごくり…

二人ともとっても…似合う…

「テジュンさん、もう一回土産物屋に行きましょう!あのテンガロンハットと同じ物を僕は常に用意しておきたい!ラブのために!」
「そりゃ僕だってあのシルクハットをイナのために用意しておきたいさ!でも…」
「でもなんですか…」
「きっと鼻血が止まらなくなってしまう…」

そんな馬鹿なことを考えていたら、可愛い子ちゃん達の作業はもうすでに終わっていた

「ねぇ、ギョンジン、お風呂入ってくるね」
「あ…ああ、今いくよぉん」
「え?なんで?アンタも入る気?」
「だっていつも一緒…」
「やめてよ!遠慮してよ!アンタが入ってきたら、彼が怖がるよ!」
「…か…彼って…まさかテジュンさんと入る気なんじゃ…」
「ばかっ!しらないっ!」

ラブはそこら辺にあったクッションをギョンジンの顔に押し付けてプリプリしてバスルームに行ってしまった

「テジュンさんっ!あなたいつの間にラブと入浴の約束を?!」

涙目の赤い目でギョンジンが僕に迫ってきた

「ししししてない!知らないよ!」

入りたいけど…へへん…

「じゃあ彼って誰!」

…あ…

バスルームから、とてもとても小さいけれど、とてもとてもなまめかしい声が聞こえた…
え?

僕達ジジイ二人はダダダダッとバスルームまで走っていき、脱衣所を覗いた

「えっち!覗かないでよ!」

ラブに思いっきりドアを閉められた
でもチラッと中が見えた…
ラブがっラブがっ…イナイナイナのっシシシシシャツのボタンを外し外しブーっ…

ダラダラダラ…
鼻血が出た…
ギョンジンもやっぱり鼻血を出している…

あ…可愛い子ちゃん達が二人でお風呂に入るっていう…

ダラダラダラ…

「テリュンはん、おく、ひんけつになりほーれふ…」
「ギョンリン、おくらって、きけんら…」
「あろふたり、らいりょーぶれしょうか…」
「…すっろくきけんらとおぼう…」

ダラダラダララー…

バスルームからはキャッキャいう声とチャポンチャポンいう音、それから二人の話し声が聞こえてくる
僕達はそおっと脱衣所までいき、ガラス戸にへばりついて中の様子を窺った…

ああ…僕たちって…

「らぶのいれじゅみ…いろっぽい…」
「イナさんのお腹のキズだって…」
「ちっとさされたらけら…」
「この…胸のキズは?」
「…ぁん…しゃわるなよぉくしゅぐったい…」

ダラダラダラー

「こりはうたれたときの…」
「こっちのは?」
「…はへん…やんっ…」
「あ…感じちゃった?」
「くしゅぐったい…。しょれは…えと…はいのしゅじゅつのあとら…」
「…ぐすっ…」
「どしたの?らぶ…」
「イナさん、いっぱい痛い目してきたんだね…ぐしゅっナデナデ」
「あっ…はひん…へへんほほん…」

ダラダラダラー

「れもおまえらって…はらにもきじゅあるし…このいれじゅみらって、ほるときいたかったろ?ちっとよくみせてくれよ」
「いいよ」

チャポチャボ…

『なっ何してる?』
『きっと向かい合っていた二人が、こう、ラブがイナに背を向けて…いつでも背中からオッケー状態の体勢に…』
『へ…変な解説つけるな!』

でも…きっとそんな体勢だろう…

「きれいらな…だれがほったの?」

え?だれが?
そういえばあんな場所に自分で彫り物できるわけないな…イナ、お前って鋭い

「そんな事聞いたの、イナさんが初めてだよ、みんなこの入れ墨見ると…あー…けほ…」
「しゅぐここにきしゅしゅるんらな?」
「う…けほ…」
「ぎょんじんなんかいっちゅもぢゅばぢゅばしゅってそう…」
「ごほっ…」
「てじゅは?」
「げほっげほっ…」
「しゅいちゅいたな…」
「…」
「で、だれがほったら?」
「…んとね…アメリカでヤンチャしてた時に誘われたギャング団の人。これで組織の一員だ…って…丁寧に彫ってくれた」
「かっこいいひとらったの?」
「…ん…すっごく…」
「すきらった?」
「…その頃はさ…女の子と付き合ってたから、はっきり解ってたわけじゃないけど、その人見るとドキドキしてた。その人に誘われたから組織に入ろうと思ったんだもん…でも…」
「ん?」
「これ、彫った次の朝、刺されて死んじゃった…」
「…」
「その人がね、『ヤバくなったらいつでも逃げ出せ。どこかには隠れていられるから。死ぬんじゃないぞ、これは死なないためのお守りだ』っていいながら、これを彫ってくれたの…」
「…すきらったんらな…」
「…好きだった…すっごく…」
「そのひともここにきしゅした?」
「…ううん…しなかった…」
「そのひともきっとらぶのこと、しゅっごくしゅきらったんらな…ぐしゅっ」
「…」
「ぐしゅっうっうっ…えっえっ…」
「なんでイナさんが泣いてるのさ…」
「なんか…じゅんあいってかんじでしゃ…ぐしゅっ…えっえっ…」
「…んもぉ…可愛いな、イナさんったら…」

ふぅん、あの入れ墨にはそんな秘密が…
何の気なしにギョンジンを見てみた
滂沱の涙…

『ううっマイダーリンにはそんな辛い過去がっうううっ』
『お前今までどんな話してきたんだよ!それぐらいの事聞いとけよ!』
『なにっ?貴方は知っていたんですかっ?』
『…知らなかったよ…』
『よかったぁぁ…テジュンさんが知ってて僕が知らないなんて事になったら大問題です!』

「おれもきしゅしてもいい?」

なにっ?!

「いいよ…」
「…」
「…あ…」
「…らぶ…すきだよ…」
「…。…うっ…ううっ…」
「…」
「…あにき…ううっうううっ…」

兄貴…
入れ墨を彫った人を思い出すラブと、その人になりきって(かどうかは解んないけど…)ラブの入れ墨にキスしたイナ…
ああ…可愛い子ちゃんたちの友情が感じられ、僕達ジジイはじーんと感動し、ほろりと涙しながらも…


ダラダラダララー


鼻血が止まらない

『正直たまらないっす…イナがイナが…マイスウィートハートの入れ墨に吸い付いている姿を想像すると』ダラダラダララー
『イナの尖がり唇が、ラブの入れ墨に突き刺さって、ラブが眉なんか顰めて…あ…とか言っているその姿は…』ダラダラダララー
『僕、クラクラしてきました』
『僕もだ…持たない…』
『かといってこのままにしておくのは危険だしもったいない!』
『…後で増血剤買ってこよう!』
『はいっ!』

僕達の心配と期待に反して、二人はその後、キャッキャと体を洗い、キャッキャと騒ぎながら出てきた
出てくる前に僕達はそっとリビングに戻った
痕跡は残ってないはず…

「ちょっとスケベジジイ!覗いてただろ!」
「はなぢだしただりょっ!」
「血の跡が点々とついてる!もうっ!」
「すけべら…」
「ねぇっ!」
「なぁっ」

ああ…可愛い子ちゃんたちはすっかり仲良し…
良かったけど…僕たちは…もうフラフラである…ヒー…


ビジネストリップ 3 オリーさん

その瞬間彼の目から色が消えた
僕は店の外の廊下で彼を呼び止め、ドンジュンさんに言われたように出張のことを端的に彼に伝えた
こういう事は早く片付けてしまった方がいい

「ごめん、さっき先輩から言われた」
僕は乗り出した船を一気に漕いだ
彼は意思をなくした瞳を僕に向け黙って聞いていた
「僕の訳した論文を書いた先生に会って、もっと詳しい話を聞いてくることになって
その先生の研究はとても革新的で、課長がその先生に目をつけたんだ。それで…」
「もういい。わかった」
「…」
「行って来るといい。たかだか1週間くらいだろ」
「そう。ドンジュンさんと大体一緒のスケジュールなんだ」
「気にしなくていいよ。気をつけて行っておいで」
いつの間にかいつもの調子に戻っていた彼は僕の肩をたたいた

「おみやげ、買って来るから」
まだ安心できない僕はフォローに入った
「いいよ、別に」
「何がいい?バーバリー?ダンヒル?仕事用のバッグでも買ってこようか。好きなもの言ってよ」
この際、奮発しちゃいます
「いいよ、無理しなくて」
「何か欲しいものないの?」
彼はしばし考えた末に口を開いた
「マグネット」
「え?」
「アリスとうさぎのマグネットを。アリスショップで売ってるはずだ」
「アリスショップ?」
「ルイス・キャロルはオックスフォード出身だ。街にアリスショップがある。」
「でも何でマグネット?」
「冷蔵庫に飾る」
「はあ…それだけ?」
「ああ」
「わ、わかった、探してみる」
彼は常にミステリアスだ
不思議の国の御曹司

「ほんとに僕達を売り出すの?」
「帰ってくるまでに企画書を仕上げておくよ」
「元カーデザイナーと元スパイだよ、無理じゃない?」
「大丈夫、お前達は十分魅力がある」
「あんまり気が進まないけど」
「ドンジュンとふたりならいいだろ。その話は出張から帰ってからにしよう
「うん」
僕達はそんなことを話しながら店に向かって歩き出した

反対側からスヒョンさんとドンジュンさんが歩いてきた
「ギョンビンも出張だって?」
スヒョンさんが僕に話しかけた
「ええ、急に決まっちゃって」
スヒョンさんのとなりでドンジュンさんがにんまり笑って僕を見た
「ミンチョル、お前ひとりで寂しくないか」
「馬鹿言うな、お前こそ人の心配してる場合か」

「寂しい者同士、一緒に晩御飯なんか食べちゃっても仕方ないよね、ね、ドンジュン」
スヒョンさんはとなりでにやにやしてるドンジュンさんを振り返った
「そうだね、仕方ないよねぇ。でも子供じゃないんだからお泊り会なんてしないよねぇ」
ドンジュンさんもすかさず返した
「ケホンっ、するわけないだろ」
「だよねぇ」

「でも、ミンチョルひとりで起きれるのか?洗濯とかどうするんだ?」
「スヒョン、僕は自立した男だぞ。日常生活くらいできる、こほんっ」
「ギョンビン、本人そう言ってるけどほんと?」
「目覚まし時計、もう一個強力なヤツ買っておきましょう。朝のコーヒーは自分でやってもらって
洗濯はマンションで頼めるはずだからトンプソンさんに聞いてね」
僕の言葉で彼の神経はぴんぴんと逆立った

「人を子供扱いするなっ、僕はアイロンがけだって得意だ」
「ハンカチだけね」
スヒョンさんとドンジュンさんが同時に吹いた
彼は軽く下唇を噛んで僕をちっと睨んだ後、スヒョンさんにも厳しい目を向けた
「いや、すまない、確かにミンチョルは自立した男だ。自炊までしちゃうかもしれない」
スヒョンさんはにやにやしたままフォローにならないフォローをした

彼は僕ら3人をぐるりと睨み倒した
そして憮然としたままドアノブを握った
「とにかくっ、店が始まるっ!遅れるぞっ」

次の瞬間、スヒョンさんの笑いを押さえた声が響いた
「ミンチョル、そのドアは引くんだ」


課題山積   足バンさん

僕は開店前に父に電話を入れた
父との電話はいつも緊張する
声を聞くとさっきまで浮かれていた気分が一気に吹き飛ぶ

仕事のことで相談があるので一晩帰りたいと手短かに伝えた
父は余計なことは一切聞かずに了承した

「よっ!ドンジュン!何シケたツラしてんだ?」

廊下の隅に立っていた僕にでかい声を掛けたのはテプンさんだった

「おまえパリィに出張だって?ギョンビンはイギリス?生意気だなぁおまえら」
「すみません急なことで」
「まぁ土産はそこそこでいいけどよ、おまえ辞めんの?ここ」
「ううんまだ何も」

手招きされて僕が近づくとテプンさんは肩に腕を回して声をひそめた
ひそめてやっと普通の人の声の大きさになるんだけど

「俺ずぅっと聞きたかったんだけどさ、おまえ昔の仕事に未練あるの?」
「無いと言ったら嘘になるけど」
「でよ、おまえ今の仕事はどう思ってんの?」
「どうって…」
「好き?普通?嫌い?スヒョンさんがいるからやってんのか?」
「そんなことないよ…そりゃ最初は…」

最初はまるきり馴染めなかったけど今は…

「俺はよ、野球にも未練あるけどこの仕事けっこう好きなんだよ」
「僕だって好きですよ」
「そんでよ、なんつったって俺はここの連中が好きなわけよ」
「何が言いたいんです?」
「おまえの将来に口挟むつもりはないけどな、みんなのこともちっとは考えてくれよな」
「え?」
「わかれよバカ、おまえがいなくなると…まぁ何かとな」
「寂しいってこと?」
「ばーか!男はそーゆー言葉は言わないんだよ!」

テプンさんは僕の頭をぺんぺん叩いてから僕のほっぺを左右からムニュっと引っ張った

「あにすぅんえふかっ!」
「最後の最後に迷ったらここの連中を思い出せよ、いいな」
「へふんはん…」
「とにかくよーっく考えるんだぞ…焦るんじゃねぇぞ。よく球見ろ。いい球来るまで絶対に振るなよ」

テプンさんは今度は僕の頭をくちゃくちゃにして店に入って行った
まったく…ほっぺ伸びちゃうじゃない

痛いとこ突かれて涙腺刺激されて
ちょっとセンチな気分でロッカールームに入るとまたジホのおっさんがいた

「よぉ!いつもの元気はどうした青年!」
「 ”少”は取れたの?」
「ひとりでパリまでお使いできるって聞いたからちょっと昇格」
「憎ったらしい」
「スヒョンさんやることにしたって?あれ」
「そうらしい」
「うふふん…じゃ僕も制作スタッフに入れてもらおうかな」
「ややこしくなるからやめてよ」
「何かと便利だと思うよ、君との関係知ってる者がいた方が」
「え?」

急に部屋にスヒョンが入ってきて、ジホのおっさんは僕にウィンクして出て行った

「ドンジュン、日程と滞在先を細かく書いてくれ」
「うん今日中にやる」
「お父さんのところに行く予定もおしえて」
「仕事終って夜出るから差し障りないでしょ」
「僕の予定もあるからさ」
「僕って…まさか父のとこに行くつもりじゃないでしょうね」
「行くよ」

僕は思わず持っていた上着を落としそうになった

「何でよ…ひとりで話せるよ」
「おまえ今の仕事のこともちゃんと理解してもらえてないんでしょ?」
「認めてはもらってるよ大丈夫だよ」
「一度キチンと整理してちゃんと理解してもらった方がいい」
「そんなの僕が…ってまさか…僕たちのことも言うつもり?」
「つもり」
「だっ…殺されるよっ!絶対殺されるっ!」
「一生秘密にする?」
「そんな…」
「愛する男を信じなさいって」

スヒョンは近づいてかなり情熱的なキスをすると
おもむろに僕のネクタイを真っすぐに直していつもの笑顔で出て行った

父に…
僕は頭がくらくらした


我儘な女王様   ぴかろん

お風呂から出てきた可愛い子ちゃんたちはいそいそとベッドルームから枕を持ってくる
枕投げ…する気だ…

「本とに、本気でやるの?」
「そだよ」
「あの…備品壊さないようにしてよね…」
「解ってるって」

大丈夫かなぁ…
可愛い子ちゃんたちはルールを決め、暫く投げ合った後、枕の取り合いをし、中に当たりが入っている枕を取った者が優勝なんだって
優勝すると好きなベッドルームを選べるという特典があるらしい…

ゆ…優勝しなくては…

ギョンジンと僕はチラっと見合って火花を散らす

で、枕投げが始まった
ふん!野球で鍛えた僕を見くびるんじゃないぞ!
ギョンジンの顔めがけて剛速枕を投げる僕
何発かは期待通りにボフッとかベヘッとかいってアイツの小憎らしい顔を直撃したが(三方から同時に投げられていた時だけど…)一対一とか一対二だとキャッチ&スローで素早く対応しやがる!

にくったらしい!

意外ととろくさいのがイナだったりする
イナはどうしても「受け取る」事ができない
反射的に回し蹴りしたり、パンチを浴びせたりして枕を落とすのだ
その隙を狙ってみんながイナを集中攻撃する
枕をかわしはするが、拾って投げるまでに時間がかかり、イナは一人でキイキイ騒ぎながら涙目で三方に枕を投げ返していた

ラブはそんなに強い球…じゃない枕の投げ方はしない
確実に受け止め、確実に相手の弱点を狙ってするりと投げる
ナイフで鍛えた集中力の賜物…かもね…

僕?僕は華麗な守備と送球…いや、送枕で顔への直撃などなかった
ただ、二、三度イナにタックルされたけどへへんひひん可愛い…

そしてラブ様の合図でリビングの中央に枕が寄せられ、ラブ様の号令でみんなが一斉に一つずつ枕を取る
どれに当たりが入っているのか解らない
当たりには…何かセクシーなものが隠してあるらしい…
その物を隠したのはギョンジンだからきっとろくでもない物だと思う…

ラブの取った枕を、ギョンジンはわざと奪おうとしている
ラブは物凄く怒ってばか!なんでそんな大人気ないのさ!これは俺が先に取ったんでしょうが!そんなだからアンタはいつまでたっても大人になれないんだよばか!と怒鳴りつけ、ギョンジンはシューンと凹みながらもニヤニヤしていた…

イナはそこら辺に落っこちている枕をスイッと拾い上げ、胸の前で抱きしめているっ可愛いっきいっ僕はお前を抱きしめたいっきいっ

僕もそこら辺の枕を拾い上げ、ちょっとイナの真似をしてみた
イナと目が合った

「てじゅ…ぶりっこしてもにあわないじょ」

くうっ!にくたらしいけど可愛いっ

で、結局当たり枕はラブ様が取った
入っていたのは…黒いレースのぱ○つ…
ギョンジンはラブ様に思いっきりひっぱたかれていた…当然だ
なんでこんなものを持っているのだこいつは!

ひっぱたかれてもギョンジンは満面の笑みを浮かべ、自分の荷物をダブルベッドの部屋へ運ぼうとしていた

「何してんのさアンタ」
「え?だってお前優勝したでしょ?ダブルの部屋、選ぶんでしょ?」
「選ぶよ」
「だから荷物の移動…」
「だれがアンタと一緒って言った?」
「え?」
「俺はぁ今夜はぁ…」

ちちちちょっと…マズいよ!『僕』とだなんて…。なぁんちってね…。どうせこうやって焦らしてギョンジンと同じ部屋とか言い出すに決まってるしな…
僕は自分の荷物をシングルルームに運びかけた
運びかけながら…本の少しだけ、よからぬ思いを持った
ラブ様が僕の名前を呼んでくれるという思いを…

「テジュン」

えええっ?!ほほ…ほんとに僕ぅ?
ままずいよっ…まずい…ラブ、それはいけない…

目を白黒させて振り返った僕にラブ様はにっこり微笑むとこう言った

「イナさん今晩お借りします」
「…」

一気に気が抜けて、僕はその場にへたりこんだ
同時にギョンジンもへたりこんでいた…
可愛い子ちゃんたちは嬉しそうに自分の荷物をダブルベッドの部屋に持ち込んだ

僕とギョンジンは顔を見合わせ、それぞれシングルルームに荷物を放り込んだ
…シャワーでも浴びよう…

僕は着替えを持ってバスルームに急いだ
と同時にギョンジンもバスルームにやってきた

「なぁにぃ…ジジイ二人でシャワー浴びるのぉ?変な事しないでよねぇっ」

悪魔のようなラブ様の声が響く
ラブ様はイナの肩を抱き寄せて妖しく微笑んでいる

「早く出てきてよね…『儀式』するんだから…」

『儀式?』…
何のことだよ…酒でも飲むの?

ギョンジンと僕は…不本意ながらも二人いっぺんにバスルームに入り、順番に体を洗った
…洗い方は二人とも雑だった…
だって…可愛い子ちゃんたちと別のベッドなんだもん…ふん…

おっさん二人が楽しくないシャワーを、ほぼ無言でさっさと終えてリビングに戻ると、可愛い子ちゃんたちは床に座ってソファに何かを並べていた
僕達おっさん二人は浮かない顔で二人に近づいた
ソファを見て驚いた
忘れてた…
ラブと僕からの…イナとギョンジンへのお土産の品だ…

「これ、テジュンと俺からの…土産…。二人に渡そうと思って…」

イナとギョンジンは、複雑な表情をしていた
ギョンジンはすぐに涙目になってラブを抱きしめ、ありがとうと言っていた
さて…五歳児は…また捻くれてないだろうか…

「どれがおれの?」

ムンっと尖らせた唇で、ぼそぼそ呟く五歳児
僕はラブの方を見た

「どれにする?お揃いのようで色違い、デザイン違いのシャツとストラップ…」

ラブがみんなを見回して言った
誰がどれを選ぶんだろう…
当初は、同じデザインの色違いの服と、少しだけニュアンスが違うけど同じ形の石がついたストラップを、それぞれのペアで持とうと思っていた
今は…
誰がどれを選んでもいいと思う
それぞれの品物が似ていて、そして微妙に違う
係わり合いながら、それぞれの個性を主張している…
四人で暫くシャツとストラップを眺めていた…




「ラブ…」
「ん?なぁに?イナさん…」
「おれとでよかったの?ギョンジンじゃなくていいの?」
「イナさんイヤだった?」
「…ううん…うれしかった…。ラブとこんな風に寝るチャンスなんか…考えてみたらなかったしな…。これからだってそうそう無いだろ?」
「…ね、帰ってからもさ、泊まりあいっこしようか…イナさんと俺と…」
「え?」
「…。イナさんともっと仲良くなりたい」
「…ラブ…。おれだってしゃ…なかよくなりたいよ」

俺はラブとダブルベッドに寝っ転がりながら、話をした
あの土産はどうなったかって?
俺は白い襟なしのシャツ、テジュンはモスグリーンの襟なしのシャツ…デザインがペアってわけだな…
ギョンジンは白い襟付きのシャツ、そしてラブはモスグリーンの襟付きのシャツ…
色んな風にペアになれる気がするね…
一番遠いのはギョンジンとテジュン、ラブと俺のシャツ…布地の材質にしか接点がない…
でも…仲間には違いない…

ストラップの方もそうだ…
ギョンジンはハートのトルコ石のついた、組みひも部分が複雑なやつ、ラブはダイヤ型のトルコ石のついた、組みひも部分がシンプルなやつ
テジュンはハートの石で組みひもがシンプルなやつで、俺はダイヤの石の…組みひもの複雑なやつ…
色んなペアが組めるね…
素材が同じって接点が俺たちを仲間にしている…

二人の土産をじっと見つめて、そこに込められた意味を考えていた
そしてこの旅の意味も…

俺たち四人…かけがえのない仲間になれたのかな…
少なくとも俺にとっては…ラブもギョンジンも大切な人になった…と思う
まだあれこれ考えてしまうけど、でも、俺は一人じゃないんだなと痛切に思う…

「じゃ、時々お泊り会しようよ」
「おれはいいけど…ギョンジンがなんて言う?」
「関係ないじゃん」
「らって…一緒に住むんだろ?」
「えーっ!住むわけないじゃん、あんなのと!」
「…」
「アイツと一緒に住んでたら、それこそ…毎日…けほっ…あー…。足腰立たなくなる!絶対イヤだ!」
「…らぶ…」
「イナさんは?テジュンと暮らさないの?」
「…。しらない…。てじゅにそのき、ないみたいらもん…」
「…。寂しい?」
「しゃびしいけど…れも…てじゅにはてじゅの考えがあるとおもうから…がまんしゅりゅ…」

ラブはじっと俺を見つめて、俺の髪を優しく撫でた
そして口を開いた

「イナさん…。お願いがある」
「…ん…なに?」
「今から1時間だけ時間くれないかな…」
「…え…」

ギョンジンとえっちでもしてくるのか?

「テジュンと話したい」
「…」
「きっちりさせたい…」
「…き…きっちりって…」
「この旅行で思ったこと、テジュンに伝えたい」
「…」
「そしてちゃんと終わらせたいんだ。テジュンへの思いを…」
「…らぶ…」
「んふ。心配しないでよ。えっちはしないから」
「…」
「キスはするかも…」
「!」
「くははっ…だめか…」
「…べちゅに…いいよ…きしゅぐらいなら…ぐしゅっ…」
「やだな…。泣かないでよ…。もしキスしたとしても、なんて言うのかな…、うまく説明できないけど…んと…『好きだった人』とのキス…友達としてのキスみたいなさ…。そんなものだから」
「しょれって、れったい『きしゅ』しましゅっちってるよぉなもんら!」
「アハハ…。だめか…」
「らから!いいっちってるらろっぐしゅっえっえっ…」
「…。イナさん…」
「わかったよ…。1時間な…」
「うん…ありがと」
「おれもギョンジンとこ行ってくる」

俺がそう口走ると、ラブは急にマジな顔になって俺を上から押さえつけるように見下ろした

「なにしゃ…」
「誘惑しないでよ!」

ラブは真剣だった

「しねぇよ!第一あいつ、俺なんかの誘いに乗るわけねぇじゃん!」
「…あいつ…優しいから…イナさんがそんな傷ついた顔してたら…ほっとけないと思う…」
「…んな…んなことねぇよ…」
「ねえ…キスする気?」
「…なに言ってんだよ…」
「軽いのはいいけど…本気出しちゃいやだよ!」

ラブは…ほんとに真剣だった
そんなに好き?
そんなにギョンジンが好きなのか?

「わかったよ…軽くちゅちゅちゅって」
「そんな何回もしちゃダメ!」
「…。お前ずるくないか?!俺はお前がテジュンとキスするの『いいよ』っつったのに、なんで俺はダメなのさ!」
「ダメ!イヤだ!軽く一回だけにして!するのなら!なるべく何にもしないで!」
「…。そんな…ずるくねぇの?それ」
「ずるくない!」
「…ずるいってそれ!」
「とにかく、テジュンのとこに行ってくる!」
「ラブ!ひどい!おまえわがまますぎっあっ」

と言ってる間にラブはテジュンの部屋に行った
俺も慌てて外に出て、ラブを意識しながらギョンジンの部屋のドアをノックした…


『キスはするかも…』

じゅっるぅぅぅいっ!

もし…テジュンとラブがキスしたら…
多分俺は…感じ取れるだろう…

じゃ、俺もその時キスしちゃうからなっ!フィフティ・フィフティってやつだいっ!ふんっ

「らぶぅぅぅぅやっぱり我慢できないだろ?僕が恋しくて来てくれたんだねっささっ狭いけどその方がより密着できるよぉぉらぶぅぅうう?」

デレデレした顔のギョンジンが意気揚々とドアを開け、両手を広げてラブだと思い込んでいた俺を出迎えてくれた…

「…なんでイナ…。部屋間違えたの?!テジュンさんならあっちだよ!」

邪険に言われた
俺はちょっと涙目になってしまった

「…どしたのさ…」
「…ラブ…テジュンと話したいって…。1時間ぐらい話すって…。らから俺…。俺はおまえんとこにきた…えっええっえっ…」
「…そうか…。わかった…。おいで、イナ」

ギョンジンは穏やかな顔をして俺を部屋に招き入れてくれた
俺は思わずギョンジンの胸にすがり付いて泣いてしまった…


眠りから覚めない街  れいんさん

その日はなんとなく朝早くに目が覚めた
飲んだ翌日でも早起きしてしまうのは、ヨンナムさんのおかげかな

ソファの頭ごしにスヒョクを感じた
スヒョクが目を覚まさないように、僕はそっと身を起こした

上掛けを膝に乗せたまま、しばらくスヒョクの寝顔を見つめた
昨夜のスヒョクを思い出して、くすりと笑みがこぼれた

酔ったはずみで言った(又は、やった)僕の事を、凄い剣幕で怒っていたっけ
僕が追うと逃げるし、僕が横をむこうとすると涙を溜めて追いかけてくる

やっかいな奴だな…
ほんとにやっかいな奴に惚れたものだ

チャンスを逃した惜しい夜だったのかもしれないが、スヒョクは僕のところに来てくれた
誰かがこんな僕の事を想ってくれている
一人じゃないって…こういう事なんだな…

ふふふ…
僕はスヒョクの額に静かにキスをした
スヒョクの瞼がかすかに震えた
スヒョクの睫が僕の額をくすぐった

「ごめん…起こした?」
「ソクさん…もう朝?」
「うん。まだちょっと早いけどね。ジジイは早起きなんだ」
「ぷっ」
「昨夜は悪かったな」
「随分、ご乱行でしたよ。ソクさんの本当の姿見ちゃった」
「え?本当の姿って?」
「スケベでおやぢなソクさん…」
「それっていつもお前に見せてるだろ?」
「そうだけど…僕以外には見せてほしくないんです…」

ちょっと拗ねた様に言うスヒョクを、僕はぎゅっと抱きしめた
スヒョクの手がゆっくりと僕の背中に回る

「ねえ、ソクさん…何か心配事があるなら、僕にちゃんと話して下さいね」
「…心配事なんて何もないよ。僕は、のう天気なおやじだから…」

スヒョクの手が軽くニ三度、僕の背中を叩いた

「なあ、スヒョク。せっかく早起きしたからさ、朝の散歩でもどう?」
「くすっ」
「何?おやじくさい?」
「ううん。そんなソクさん…好きです」

そう言ってスヒョクは僕の唇に軽くキスした
僕はそのまま濃いキスに持ち込もうかと思ったが、スヒョクはするりと僕の腕から抜け出した

薄い上掛けを肩にかけ、窓から射し込む光を眩しそうに見つめる横顔
精悍な青年と繊細な少年が入り混じった、危うげなそれを見たら、
すけべなおやじじゃなくても魅せられてしまうだろう

不発に終わった昨夜の夜を、ほんの少しだけ後悔しながら
僕はスヒョクの手を取り、まだ眠りから覚めない朝の街へと出かけた


これで決まりさ!   ぴかろん

ノックの音がした
ドアを開けた
イナだとばかり思っていた…

「ラブ…」
「貴方と話がしたい」
「…じゃあ、リビングで…」
「この部屋で」
「…ラブ?」
「イナさんには了解得てある。えっちはしないけどキスはしてもいいってよ。フフ」
「…ラ、ラブ?」

ラブは僕の脇をすり抜けてベッドの端に座った
そしてポンポンとベッドのクッションを確かめ急に寝っ転がった

「なな何してるんだよ!」
「ふぅん…ほんとだ…。二人で寝ると落っこちるかもね…狭いや、ベッド…」
「…ラブ?」

天井を見つめたあと目を閉じたラブは…たまらなく妖しかった
僕は…ふらふらとラブに吸い寄せられ、その唇にくちづけた…
頭の中が真っ白だった…
あの四日間が甦る…

薄く目を開けてラブを見ると、醒めた瞳で僕を見つめている

そう…お前としてはもう終わってる事なんだね…
いや、僕にとっても…終わってる事なんだ…だけど…

「ふっ…やな奴だな…。こんな無防備な姿を僕の前に晒すなんてさ…」

少しだけ唇を離してそう囁いてみた
ラブは僕を見つめていた
そして…僕の頭を抱き寄せて、深くくちづける…
ダメじゃん…ダメ…じゃん…イナが…また泣く…

腕の力を緩めて僕の頭を解放するラブ
目を閉じたまま呟く言葉…

「俺はもう…揺れない…」
「…」
「俺は…ギョンジンと歩いていく…」
「…は…。じゃ、なんでこんな事?」
「ケリをつけておきたいから…」
「ケリ?僕がお前にちょっかい出さないように?…じゃこのキスはオマケ?!」
「違うよ…ごめん…。なんて言っていいのか解んなくて…ごめん」
「…」
「昨日ギョンジンと話してたんだ…。貴方との事を…。俺にとってあの四日間はどうしても必要だった時間だって…」
「…ラブ…」

ラブは静かに語りだした
僕に惹かれた理由と、あんなに求め合った理由…
円が描けたんだと彼は言った
欠けている部分を補い合える二人だったんだと…
都合のいい考え方かもしれない
だけど僕もそれで納得がいった
どうしてラブを抱いたのか…
そしてどうして僕はイナのところに帰れたのか…
ラブとあんなに愛し合ったのに

「僕達は…完璧なのか…」
「あの瞬間の俺達はね…」
「今は?」
「今はもう…無理だよ。新しい円を築こうとしてるでしょ?お互いに…」
「…そうだね…」
「だからもう…俺は貴方を困らせたりしないよ…」
「ああ…」
「…時々…キスは求めるかもしれないけどね…」
「…」
「ふふ」
「イナが泣く」
「ギョンジンも喚く」
「じゃあ止めたほうがいいんじゃないか?」
「じゃ、止めとく?」
「…」
「…」

僕達は同時にくふっと笑った

「すけべなんだから…」
「お前がえっちすぎるんだよ!」
「…違うよテジュンが…ん…」

僕はその、妖艶な男の唇をもう一度奪った
イナはきっと感じているだろう…
これからもきっと感じるんだろう…
ごめん、イナ…
つい、こいつにキスしたくなっちゃうんだ…イナ…

「…ん…。もうだめ…。これ以上やるとイナさんが…」
「あいつが泣くのは毎度のことだもん…」
「違う…イナさんがギョンジンに濃いキスしちゃう…」
「…え…」
「釘さしといたんだけど、止めてくれって…。でも俺達がこんな事してたらきっと…イナさん…ギョンジンと…ああんやだっ!絶対やだっ!」
「…いなっ!」




涙目でしゃくり上げているイナを抱きしめる
イナはやっぱり可愛い…

「お前、心配じゃないの?ラブはキスするかもしれないって…」

そこまで言って、イナは言葉を止め、口に手を当ててそれから僕を見た
そして、顔をくしゃくしゃにしてまた泣き出した

「どうしたのイナ」
「てじゅからいった…」
「は?」
「てじゅがラブにきしゅしたっ…」
「…」

あんのクソじじいっ!ラブの色香に血迷いおったかっ!きいっ!

「じゃ!僕達もしなくちゃ!」
「へっ?」
「しなくちゃ損!きいっ!」

僕は泣いているイナの唇を掬い取った
キスしているうちに、可笑しさがこみあげてきて、吹き出してしまった

「…なんらよ…」
「…ふはは…ごめん…。キスなんて対抗意識燃やしてするもんじゃないね…ごめん…」
「…」
「はぁ…イナ…。お前、不安?」
「…ん…。お前はもう平気?」
「平気じゃない。不安。悔しい。腹立つ…。でも」
「…でも?」
「…幸せだよ…」
「…」
「ね、イナ…。僕、今とても幸せだ」
「ラブとうまくいってるからだろ?」
「お前だってテジュンさんとうまくいってるじゃない?」
「けど…俺やっぱり怖いんだ…。お前は怖くないの?この幸せがいつまで続くんだろうって。壊さないようにするにはどうしたらいいんだろうって考えねぇか?」
「…イナ」
「俺は考えちゃう。どうしたら幸せな時間を守れるんだろう。どうしたら少しでも長く幸せでいられるんだろうって…」
「イナ…。そんなこと考えてたら…ちっとも幸せじゃないじゃない?」
「…」
「お前の気持ち、よく解るよ…。僕もそうだったもん。掴んだ幸せを離さないために何をすればいいか、どうすれば幸せが逃げていかないか…。いつももがいてた。でも…いっつも逃げてった…。お前と同じかな…」
「…ギョンジン」
「僕は…ラブに出会えて…少しずつ賢くなってきたみたいだよ、イナ」
「…」
「そのきっかけを与えてくれたのはお前だしね。ラブが僕に幸せを与えてくれるきっかけになったのは…テジュンさんだ…」
「…ギョンジン…」
「ね。ラブは僕と一緒にこれからの人生、並んで歩いて行ってくれるんだって。こんな嬉しい事今までなかった…。
お前もそうなんでしょ?テジュンさんが一緒に歩いて行ってくれるんでしょ?」
「…ん…。そう言ってくれてる…」
「ラブは僕を必要としてくれて僕もラブが必要で、欲しい人が側にいてくれる。哀しい時も苦しい時も、嬉しい時もいつも側にいてくれるんだぜ。
僕はラブの前で、僕の全てを曝け出せる…。どんな僕でも逃げずに受け止めてくれる…。だから僕もどんなラブでも受け止める。
苦しくても、悲しくても、僕は幸せだよ。うまくいってもいかなくても、僕はとても幸せだ」
「…どうしたら…そんな風になれるの?俺にはできねぇよ…」
「できるさ。…イナ、イナは幸せの真っ只中にいるのに、それを味わってないでしょ」
「…え?」
「どこをどう切っても幸せなのに、それを感じてないでしょ…」
「…」
「多分ね、幸せな時間なんてとても短いんだ。けどその短い間に十分幸せを味わっちゃわなきゃ…」
「味わうって?」
「例えば今、テジュンさんがラブにキスした事、すっごくイヤだったってテジュンさんに伝えるの。罵ったって構わない。
テジュンさんはきっとお前を包み込んでくれる。甘い言い訳するかもしれない。でもテジュンさんの気持ちはラブにじゃなくて、お前に向いてる。
その事を感じればいい…」
「…」
「祭の間、お前はソクさんや僕にキスしまくってたでしょ?あれはテジュンさんにヤキモチ妬かせるためにしてたの?
違うでしょ?お前がしたかったからでしょ?」
「…ん…。じゃ…、今のテジュンも…それと同じ…」
「多分ね。お前への気持ちとは別に、好きなものも嫌いなものもあるんだよ。わかるでしょ?お前…」
「…ん…」
「素直にぶつけてやんなよ。テジュンさんはお前がぶつけた気持ちに、きちんと応えてる。お前がそれを受け止めてないんだと思う」
「…ん…」
「幸せの味を覚えておけば、思い出してその気分を味わえるでしょ?」
「…ん…ん…」
「これから…怖がらずに飛び込んでいきな。ね?僕もそうだったんだから…ね?」
「…飛び込んだらこんな色ボケになっちまうの?」
「そう!」
「…」

イナと僕は、顔を見合わせて笑った
笑っている最中に、イナはまた唇に手を当てた…
そして空を睨みつけると僕に視線をよこし、そして僕の首に巻きついた

「なに!またしてるの?!」
「ん!」
「よしっ!僕らも負けてられないな!」
「すっごいの…しよう…」
「よしっ!久しぶりにイナとすっごいキスを…」

僕達は、本当に久しぶりに、とっても激しいキスをしたへへん…
ちょっと本気になりそうな…いや、ほとんど本気になっているキスを…してしまった…

イナは…やっぱり色っぽい…
可愛くて…一途で…もしもラブがいなければ僕は…イナ…

バッターンばきいいいっ☆

「でぇぇぇっ…なにするんだよぉぉ」
「だめぇぇぇっ!イナさんひどいよ!本気になんないでって言ったじゃんか!」
「そうだよイナ!なんでこんな危険人物とそんな濃いチューを…」
「おまえられったいじゅるい…なぁっギョンジン、こいちゅらってじゅっるいよなぁっ」
「やだっもう!アンタ呆けてる!またイナさんの事好きになったの?え?俺よりイナさんのがやっぱりいいの?ええ?」
「そそそ、そんな事言ってないよ…でもお前だってテジュンさんとキス」
「だぁってテジュンからしてきたんだもぉん…」
「あっずるいラブ!あんな格好でベッドに横たわったら『してください』って言ってるみたいなもんだろうが!」
「テジュンさん!僕のラブを侮辱しないでくださいっ!ラブ、おいで、僕がお前の穢れを清めてやる!」
「何言ってんだよ!僕のイナを穢したくせにっ!イナ、おいで、こっちで僕がキレイにしてあげるからっ」
「…」

※133に続く…




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