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ぴかろんの日常
リレー企画 180
ベーカリー物語_6 妄想省mayoさん
軽く昼飯を食った後にはるみを懐に入れた闇夜が2Fから工房に降りてきた..
テスは今日は3つのボールと格闘し..3種類のミニパウンドケーキを仕上げた
「テスシ..今日は何?」
「んっとねぇ..檸檬と..抹茶大納言と..しょこら..」
「オモ..3種も作ったん?」
「ぅん#..^o^」
「凄いっ#」
「へへっ(^_^)v」
テスは最初の頃卵を投入した後や最後に入れる粉の混ぜ方が悪く..
パウンドケーキの失敗を何度も何度も繰り返していた
失敗作のケーキはテソンがプディングやタルトの台に上手く利用し..
俺等や工事で来ている職人達のデザートになっていた
「わしひとりで食うには忍びない..孫にも食わせたい..」とおやっさんはお持ち帰りもしていた..
「ぐすん(;_;)..また失敗しちゃった...ちぇみぃ..(;_;)」
「泣くな..泣くな..」
「僕にはやっぱり出来ないの?..ひっく..ひっく..(;_;)..ぇんぇん..」
「大丈夫だ..ちゃんと出来るようになる..諦めるな..ん?」
「ぅん..ぅん..ぅん..(;_;)..」
っとパウンドの生地を顔にべたべたくっつけてびーびーと泣きべそをかく毎に
俺はちょいとしょっぱいパウンドの生地をぺろり@ぺろり@舐めてやった
根気よく続けたおかげで今では店に出せる程上達し..本人も自信を持ったようだ
ここ何日かはわざとほっぺたに生地を付け..「ちぇ~みぃ~~」っと催促をする..
ふん!と断れば俺には夜...カミさんの[お仕置き]が待っている..両手上げの..アレだ#..
そいつは勘弁願いたい俺はぺろり@と舐め上げる..
テソンは背を向けた闇夜のリュックにラッピングをしたミニパウンドケーキを何個か入れた
闇夜のブルゾンから顔を出したはるみが「いってきます」と前足をバイバイさせ..闇夜とはるみは出掛けていった
少し経った頃..カフェの外に小型トラックの止まる音が聞こえた
「ぉ..来たか..」
「何?..ちぇみぃ..」
「ん?..ちょいとな..いいものだ..来い..」
「…??」
テソンは短い首を捻っているテスの背中をとんとん..と軽く叩いて促した
「ねぇ..また僕に内緒事?テソンさぁん」
「ふふふ..」
「もぉ#..」
カフェの扉をパタパタと半分程開いた
むさくるしい頭のウォンギがトラックからカバーの掛かった荷物を降ろしていた
「ちぇみぃ~...何?..バイク買ったの?」
「ぃゃ..」
「じゃぁ..何?」
「ふっ..当ててみろ..」
「わかんないよぉ..」
「遅かったな..午前中に来いと言っただろっ」
「リボン付けて来いなんて言うからさぁ..手間かかったんだよ..でっけぇ花輪にしたぜ!あんたの顔に合わせてよ」
「おいっ!..顔に合わせては余計だっ#お前も人のこと言えんだろう!」
「ひひ..あんたよりマ~シっ#..」
「..んのぉ#」
俺のぐー★を躱したウォンギが俺の合図でカバーを外した
中から現れたのは一台の赤い自転車..伊のprima社のjoefly..坂道らくらくのアシスト自転車だ
joefly
にはウォンギの言う通り..デッカイ花輪が付いていた..
「こ..これ..」
「ん...お前のデリバリー用だ..」
「ぅそ..僕の?」
「ん..お前..前にぼろママチャリで転んですりむいただろ?」
「ぅん..」
「だから3人で新しいの選んだ..」
「ちぇみぃ..」
「何だ..気に入らんか?」
頬を上気させたテスは何度も左右に首を振り..両腕を俺の首の巻き付き..足を腰に絡めた..
トンと降りた後..今度はテソンの首に巻き付き..そして@o@顔のウォンギの首にも巻き付いた
「ぁ..ぉ..ひっ!..ぉ..俺そういう趣味ねぇからよぉ....って..あんたの手..何かキモチいいな..」
「へへ..よく言われるんだぁ..」
俺はテスをウォンギからひっぺがしテスにデコぺちん☆をした
「充電してるからよ..すぐ乗れるぜ」
「ぉ..さんきゅ..」
「じゃな..」
「ぉう!」
ウォンギはバケットとクリーム&チョコレートパン..パウンドケーキとテソン特製ジャムを土産に帰っていった
工房に戻るとテスはお届け分のいくつかのパンを袋に詰めた
「例の客は何時に来るんだ?..テス..」
「んとね..あと1時間くらいかな..僕先にこれ届けて来るね..」
「一緒に行くか?」
「ひとりで大丈夫だってばぁ...近くだしさ」
「ぉん..」
「それよりそっちのミニパウンド..ラッピングしといて..それとさっき届いた開店用のグッズ..チェックしてよ..」
「はぃはぃ..」
「テソンさんもね#..」
「はぃはぃ..了解」
テスは作業中に外してあった俺の時計を腕に嵌め..
ボアの付いたブルゾンをはおったテスにマフラーをぐるぐる巻きにした
「ぁん!..顔隠れちゃうってばぁ..」
「ぉ..すまん..」
首が短いから顔半分まで隠れてしまった..たはは..
テスは後ろの籠に注文のパンを積み込み..赤いjoeflyに跨ると
「へへ..じゃねぇ..いってきまぁ~す..^o^//」...スイスイとペダルを漕いで走っていった
後ろから俺とテソンが声をかけると左腕を上げて掌をひらひらさせていた..
「快適のようだな..」
「ふふ..ぅん..」
工房に戻り..俺とテソンはコーヒーを飲みながらタレ目のカミさんに言われた作業を続けた
「闇夜は今日もリュルの処か?」
「ぅぅん..行きつけの時計工房.."例の時計"見てくるって」
「くはは..そうか..んでは夕方まで戻ってこないな..」
「ぅん..たぶん..ねぇ...闇夜は僕より時計の方が好きなんじゃないかなぁ..」
「たはは..ぁ~ぁ..時計に悋気を持ってどうする..阿呆#..」
「妬けるよぉ..目はウルウルなるしさぁ..」
「ぷっ#..あいつは時計で救われた部分もあるんだ..解ってやれ..」
「ぅん..わかってるけどさぁ~~」
呟いたテソンのアヒル口は日々進化しているように感じる..
何時の日か本当にドラルドダックの口になるのではあるまいか..ちょいと心配な俺である..ん..
テソンと作業をしながら話し込んでいると短い首にマフラーをぐるぐる巻きにしたテスが戻ってきた
「乗り心地はどうだ?」
「最高最高~ぼろママチャリと大違い!お客さんも可愛い可愛いって言ってくれた」
「ん..だが雪の日は乗るなよ..」
「ぅん#(^_^)..」
テスの髪をくしゃ#っとし..3人で開店時に配るものを一個一個小さな袋に詰め方をしていると..
テスの客が...来た...@@//
Disparateな心 オリーさん
僕の物は彼の物、彼の物は僕の物
言ってみればまあそうだ
このマンションだって一応そういう事になっている
でもね
僕が予定を立てて買ってきた物をね
勝手に飲み食いしていいと思ってるのっ
ドイツ産のハムっにオランダ産のチーズっ
朝から贅沢すぎないか
だから元御曹司はいやなんだっ
今朝は思いがけず美味しいものを食べれた
ハムもチーズもなかなかだった
昨日夜中に飲んだワインもオーストラリア産にしては優れものだった
こんな日は気分がいい
ミンの機嫌が悪いのがちょっと気にはかかるが
そのうち直るだろう
ミンの分もちゃんと朝食を用意してきたから
少しは気持ちが和むだろう
大体僕が何で怒ってるのか、わかっているのだろうか
スヒョンさんだって一応フォローしてくれたのに
何を考えているのだろう
ああ、何だか腹が立つ
僕を何だと思っているのだ
ただの同居人?
そっちがその気なら受けて立ってやろうじゃない
夜中にひっついてきたって知らないからねっ
仕事が忙しい
映画に出ると決めてしまったから、大変だ
キチャン達にできる事を振り分けているが
そう簡単にはいかない
これからもっと忙しくなるに違いない
やり手の僕としては段取りよく事を進めなければ
夜は店があるし・・
そう言えばミンはなんでいきなり店に出たのだろう
おまけにあんなに目を吊り上げて
せめて抜糸が済んでからにすればいいのに
まったくまじめすぎる性格も考えものだ
頭にきたから、朝からワインを飲んでやった
半分まで、ふんっ
せっかく二人で飲もうと思って買っておいたのに
デリカシーのかけらもないんだから
いくら天然だからって限度があるっしょっ
兄さんはラブ君に襟巻き状態
イナさんはテジュンさんと一泊旅行
みんな仲良くやってるのに
あの紫の二人のおかげでこう落ち着かない気分になっちゃう
ああ、もうっ!
チョンマンに連絡してグァンス君にアポを取ってもらうよう頼んだ
話が本決まりになるまで正式なオファーができなかったが
仕事がゲットできたので、早速会ってみたい
チョンマンもそろそろ留学する時期だろう
できればその前に会わせてもらいたい
ぜひ説得して作曲してもらわなくては
HPの方も、mayoさんに確認してミンギ君達と調整しなくては
やれやれ、やることが山ほどある
ふーーっ
今ため息をついて前髪を揺らした
こうすると店の客が喜んでいたな・・
朝から飲んでしまったので、ちょっとうたた寝をしてしまった
あわててシャワーを浴びて、アルコールを抜いた
今日は店の時間まで何をしようか
トレーニングルームで時間を潰そうと思っていたら
ドンジュンさんから電話があった
ギスさんの所へ行くから一緒に行こうと言われた
何で僕が?と聞いたら
資料整理に役に立つ、どうせ店の時間までヒマだろ、と言われた
OKして、マンションで拾ってもらうことにした
どうせヒマですよっ
いけない、これは八つ当たりだ・・
ミンに電話をしてみた
朝食は美味かったろう、と聞いたら黙っていた
まだご機嫌ななめなのか
昨日飲んだワインもなかなかだったよ、言ってやったら
ペンフォールドの中でも上物なんだ、と唸るように答えた
何だ、味はわかってるんじゃないか
これからドンジュンの仕事を手伝うと言っていた
無理するな、と言ったら
無理するのはもうやめた、とこれまた唸るように答えた
どうもわけがわからない
とにかく気をつけて、と言って電話を切った
何がワインがなかなかだ、だっ!
当たり前だっ、あのシャルドネは上物なんだっ
もう無理はせず、どんどん目を吊り上げてやるっ
わかったろうか、僕の宣戦布告っ、ふんっ
あ、いけない、そろそろドンジュンさんが迎えに来る
僕って有能だからあちこちで使われちゃう
そう言えば、兄さんが昔よく僕の勉強の邪魔をしたっけ
わかっているのに、あの人は理屈をこねて一から説明をしたがった
僕は時間がもったいなくて、兄さんに隠れて宿題をするようになったんだ
それでも時々見つかってくどくどと説明された
兄さんは理詰めは得意だけど想像力がなかったので
僕のレベルか把握できていなかったのだ
その事はきっと未だにわかっていないだろう
何だか昔から勝手な人に縁があるみたいだ
あっと、もう行かなくちゃ・・
earth れいんさん
後部座席に身を沈め、その振動に身を委ねる
車窓から見える街の灯りは、心地よいスピードとともに流線を描き
しんとした冬の街並みは静かな眠りにつこうとしている
車内に流れる
コニー・フランシス
どこか哀愁を帯びた懐かしい曲
「これ、僕の好きな曲なんです。この曲は・・僕が決して忘れてはいけない曲でもあります。・・古臭くてお気に召さないかな」
傍らのスハ先生が俺に言った
ミラーに写るテジンさんの瞳が優しく微笑みかけていた
「うるさくないかい?ホンピョ」
「いえ・・」
むしろ、今の俺にはありがたかった
しんと静まり返っていたら、余計な事ばかり考えてしまう
俺は移りゆく景色をぼんやりと眺めながら、吐息で曇った窓ガラスを指先でなぞった
その夜は、テジンさんとスハ先生に十分な気遣いと温かいもてなしを受け
くつろいだひとときを過ごし
二階の空いてる部屋に、急ごしらえの寝床を用意してもらった
「ギョンビンさんのおうちみたいに、ゲストルームが幾つもあるといいんですけど。
誘っておいてすみません。他に何か足りない物はありませんか?」
湯気の立ったマグカップを差し出してスハ先生が済まなそうに言った
「いえ、十分です。今夜はよく眠れそうです」
つられて俺まで丁寧な口調になった
「今夜は何も考えないでゆっくりと眠って下さい。ホットミルクは心地よい眠りにつけます」
俺はカップを両手で包んだ
冷え切っていた手がじんと温もった
「ホンピョ君、よかったら明日の朝、僕と一緒に庭を散策しませんか?気分が沈みがちな時は草花や木々を見ると気が晴れます
・・話したくない事は無理に話す必要はありませんが、誰かに話しているうちに答えが見つかる事もあります
相談って、結局はそういう事だと僕は思うんです
誰かに話して、楽になっても、いいアドバイスを貰っても、最終的には自分で答えをみつけなきゃいけない
でも、答えが見つからなくても、焦る必要はないんです
その時はまだ答えを出せる時期じゃないって事
時を待てば自ずと答えが見つかる日が来るのですから」
「はい・・」
スハ先生の言葉は、喉に流し込んだ温かいミルクみたいに、俺の身体に沁み込んだ
「ああ、ごめんなさい。喋りすぎてしまいました。これじゃゆっくり眠れませんね。
・・それじゃ、また明日。おやすみなさい、ホンピョ君」
スハ先生はにこっと笑いかけて静かに扉を閉めた
翌朝、俺はねぼけまなこを擦りながら、借り物のパジャマ姿でテーブルについた
「おはようございます」
「「おはよう」」
二人が同時に俺に声をかけた
テーブルには、玄米入りのパン・ド・カンパーニュ
カリカリのベーコンに半熟のゆで卵、白かぶのクリームスープや季節の果物が並んでいた
「よく眠れた?」
「あ、はい・・」
テジンさんが目の前のカップにコーヒーを注いでくれた
「何もないけどたくさん食べて。そのスープはスハ特製だよ」
ふぅん・・旨そうだ・・
「本当はテジンさんの方が料理は上手なんですよ。でも、近頃は僕も腕が上がった・・でしょ?テジンさん」
「うん、そうだな。それよりも何より、いつも僕達が口にしている食材のほとんどは、スハへの頂き物なんだ。凄いだろ?」
「そうなんです。ご近所の方達がとても良くして下さって、いつも色々頂くので、随分助かっています」
「この辺りのお年寄りや奥さん達、子供にいたるまで、スハはすこぶる人気がある。そういった層に好かれるわけは・・な?ホンピョ、わかるだろ?」
「はい、なんとなく」
「ちょっと待って、テジンさん。それって僕の事、誉めてるんですか?」
スハ先生がちょっとむくれた顔で抗議した
「もちろんだよ。こんな風にいつもスハに食わせてもらってるって事を、スハがいないと何にもできないって事を
つまり僕がどれほど幸運な男かって事を、よ~く説明していたのさ」
テジンさんが笑いをかみ殺しながら、慌てて付け加えた
朝食を終えた後、スハ先生と俺は、昨夜の約束通り、ぶらぶらと庭を歩いた
冬だと言うのに、庭には白や黄色の花々が可憐に花を咲かせている
「今朝は霜が降りる程には冷え込まなくてよかった」
スハ先生が花壇の前で立ち止まる
「これはクリスマスローズ、寒さに強い花なんです。こっちのクラッカーはすぐに丈が伸びるので世話が焼けます
冬咲きのオキザリス
は日当たりのいい場所に植え替えて、霜を当てないように気をつければ戸外でも越冬するんですよ。
ほら開きかけの花びらの周りにある螺旋状の赤い模様・・とても綺麗でしょう?計算しつくした様な美しい曲線・・自然の神秘ですね」
スハ先生はそれらの花たちを愛しむ様に語りかけた
スハ先生・・この花たちをとても大切にしてるんだな・・
この家やこの庭は、スハ先生とテジンさんの大切な場所なんだ・・
「ホンピョ君、さざんかの花ことばって知ってます?」
「え?」
花ことばなんてのにはついぞ縁のない俺
「『ひたむきな愛』・・なんですよ」
ドクン・・途端に心臓が強く脈打った
ひたむきな・・愛・・
「この花たちは放っておいたら冬を越せなくて枯れてしまう。水や太陽の光ももちろんですが
肥料を与えたり、間引きしたり、日当たりのいい所に植え替えたり・・」
「・・」
「そうやって手をかけて、愛情を注ぐと、こんなに美しい花を咲かせてくれる」
手をかけて
愛情を注いで・・
「ね?そうして僕達はこの花たちによって歓びや癒しを与えてもらってるんです」
スハ先生はふと顔を上げて、裏のアトリエに続く小路を歩きだした
小路の両脇にはこじんまりとした菜園らしきものがあった
「ここの野菜たちだってそうです。白カブやカリフラワー・・丹念に育てれば豊かに実って僕らを潤わせてくれます」
「スハ先生・・」
そしてスハ先生は、顔を上げアトリエで作業をしているテジンさんを見つめた
テジンさんが俺達に気づき、片手を上げた
スハ先生はそれに答えて、手を振り、眩しそうに目を細めた
「この頃になって、僕達も、もしかしたらそれと同じだと考える様になりました。・・彼が注いでくれる愛に応えたくて、僕は精一杯、花を咲かせる
そして僕もまた彼が豊かに実るようにと、ありったけの愛を注ぐ・・あはは、ちょっとのろけちゃったかな」
スハ先生が頬を赤らめ、俯き加減にはにかんだ
「・・つまり・・何と言ったらいいのかな・・それは、ギブアンドテイク、なんて合理的な意味合いではなくて・・
僕たちは、ただ生きているんじゃなくて、色々な物に助けられて生かされている
自分の力だけで生きているのではないのです
目を凝らして周囲を見渡せば、見守り続けている誰かの存在に気づくはずです
自分は一人じゃないと感じるはずです
そしてその誰かと、花が咲く事を、植物が豊かに実る事を、共に歓び、分かち合う
生かされているという事に感謝しながら僕達はまた生きていく・・
昨日より今日、今日より明日の自分をもっと好きになれるように・・
あ・・ごめんなさい、なんだかつまらない話ばかりで・・退屈しましたね」
「いや・・そんな事・・ない」
スハ先生は頭を掻きながら照れくさそうに笑っていた
その笑顔を見て俺は思った
スハ先生は辺りを優しく照らす太陽で
テジンさんは見るものの心を、時に震わせ、時に慰め癒す月・・
二人は自分のないものを、互いに補い合い
自分にないものを、互いに認め合っている
そしてこの場所で、緩やかに確かに・・愛を育んでいる
スハ先生が伝えたい事、こんな俺にだって分かるよ
俺は一人じゃなかった・・
すぐ傍に俺を見守り続けてくれた誰かがいたって
今になって気づいても、もう遅いのかな・・
俺は空を見上げた
冬の日差しが柔らかなシャワーみたいに降り注ぐ
ちっぽけな俺の心を、洗い流してくれてるみたいだ
俺は、今まで、あいつの何を見ていたんだろう
見ているようで、何も見ていなかった
いや、見ようとしなかったんだ
今まで俺は、あいつに何かしてあげた事があっただろうか
求めるばかりで、何も与えようとはしなかった
求める事が、与えられる事が、当然だと思っていた
もちろん、見返りなど期待するような、そんな奴じゃない
でも、俺・・今まであいつに、「ありがとう」も「ごめん」も・・
そんな簡単な言葉さえ、素直に言えなかった
感謝の気持ちを思いを込めて、伝えた事などなかった
生かされてるって・・
守られてるって・・
そんな事・・考えもしなかった
今頃あいつ・・どうしてるだろう
あいつの中に・・俺はまだ残っているだろうか
俺の居場所はもうなくなってしまっただろうか
俺は今、どうしようもないくらい、あいつの顔が懐かしくて
あいつの声が聞きたくてたまらなかった
熟考する人々 ぴかろん
ふんっご褒美お預けだもん!すっげぇ不愉快だ!
そんな不愉快な気分のまま俺は店に出た
イナさんは今日は『オールイン』に出勤だと、ちょっと目が泳ぎ気味のスヒョンさんがみんなに報告した
指名の合間に裏に行く
裏戸口の呼び鈴が鳴り、開けて見るとヨンナムさんだった
ヨンナムさんは水のセットを済ませたあと、店内を見て、誰かを探しているようだった
誰を探しているのか聞いてみた
「イナは?」
俺はイナさんの居場所を告げてからじっとヨンナムさんを見ていた
テジュンそっくりの顔…
ヨンナムさんと少し話しをした
イナさんの話だ…
イナさんが好きな人は…この人だ…
俺は確信した…
俺のカラダがそう感じてる…
テジュンそっくりだからかな…。テジュンがいないときの…身代わりってわけ?
そんなはずないよね…それじゃあんまり…
「イナを突くんだって?イナが言ってた。ラブ君に突かれるって」
柔らかい笑顔でイナさんの名前を声に出す人
…この人ももしかするとイナさんを気にかけている?
…片思いじゃあないかもしれない…
…そしたら…そしたらテジュンは…どうなるのよ…
沢山お勉強をした僕は、また一つ紳士に近づいたっかなーくふん
店でノリノリで接客に徹していたらいつの間にかダーリンがどっかに行っちゃってた
でもでもすぐにみっけたよん♪
裏の通路んとこから可愛いお顔が見えてるよん♪
だから僕はもっと張り切ってダーリンにアッピールしちゃった♪
でも…でもね…もう一回ダーリンの方を見たらね…
僕の大嫌いな顔を持つ『多分誠実で温厚で真面目で素晴らしい人物だと思うけど油断禁物』男が店内の誰かを探しているんだ!
…その『油断禁物』の横で『油断禁物のイヤな顔』をじいいいいっと見つめるダーリンを発見してしまった…がびーん…
だーりんはどぉぉぉしてっ!その顔がいいのぉぉぉ?!
あれ…でもソクさんには反応しないな…
そっか…『油断禁物』は『ダーリン略奪陵辱ドスケベ我儘ジジイ』と血縁関係にあるからだな、きっと…
…
そうだろうか…
それならダーリンは僕と血縁関係にある『弟・ミン・ギョンビン』にもおおおっと懐いてもいいはず…
ああでも弟は『厳格王』だからなぁ…
ダーリンはどっちかっていうとダラダラしてて不良だから弟はきっとダーリンを物指とかでぴしぃぃぃぱしぃぃぃ…
ああっいたいっくぅっ…ぃやっぁぁあっあっやめてぇぇうううっ…ってダーリン攻められちゃうぅぅっ
はぁっ!ドキドキドキごくりごくりごっくりんこ!
「あおーん!」
「ど…どうしたの?ギョンジン君…突然ギラギラの目になって遠吠えしちゃって…」
「きっとラブ様を恋しがって欲情してるのよぉ」
「やっだぁ~○○さんったらぁ欲情だなんてぇオホホホホ」
はっいけない…お客様をほったらかして妄想してしまった…ケホン
そんな事はどうでもいいんだ!だありんが『油断禁物』に『油断』しているっ!
あっ!何か喋っているっ!
ああどぉして僕の耳には高性能集音機とかがついてないのぉぉぉ?!
あはんもちろんダーリンの声だけを集音するのよぉぉぉ!
…そしたら…小さな喘ぎ声だってくふ…聞き逃さないしぃ…僕の名前を呟くのだって…きひん…聞こえるんだしぃ…
ごくりっごっくりごくりんこっ
「あおあおあお~んっ!」
「…ギョンジン君?」
「…もしかしてハウス中?」
いけないっ!どうしても妄想してしまうっ!きっとオーナーの菌がはびこっているんだ!
でもっ…『搭載したいぞ高性能集音機(ダーリンの声にのみ反応)』
あ…でも…小さな罵り声も…聞こえちゃうのね…
僕をめちゃめちゃ酷く言うのも…ぐす…
やっぱいらないっ!そんな機能は搭載しなくていいわ、やっぱ…
あ…『油断禁物』が消えた
よかった…ダーリン戻ってくるかな?ん?
あおおおおん!なぜっダーリンなぜなのぉぉぉ?!
なぜ『油断禁物』の緩んだ後姿なんか見つめてるのぉぉぉぉ?!
…やっと戻ってきたダーリンに僕は一生懸命僕の引き締まった後姿をアピールした
でもダーリンはお客様との会話に夢中で…
「ラブ様がいなくて激しく欲情してたわよぉギョンジン君」
「全く…たまんないよこいつ…」
「ね、ね、ハウス中?」
「も…やだなぁマダムぅ…」
なんて事を話していて僕の鍛えられた後姿に気付かないっきいっ!
ああ…『油断禁物』はほんとぉぉぉにっ『油断禁物』…
あの顔ってやっぱし大っ嫌いっ!めそめそめそ…
冷たい夜 足バンさん
夕べはマイッタ…
無理矢理スヒョクさんに一杯付き合ってもらったはいいけど
やっぱりソクさんがくっ付いて来て一杯どころじゃなくなった
もちろん僕たちはソクさんを丸め込んでご馳走してもらったけど
調子に乗ったソクさんが僕にチョッカイ出そうとしてスヒョクさんに叩かれてた
でも仲良さそうに笑ってるふたりを見てると楽しい
最近ふたりはうまくいってるらしくてすごく落ち着いてる
ソクさんが席を外した時にスヒョクさんが肘でつついた
「俺おまえに謝りたかったんだけどさ」
「何?」
「憶えてる?陽の下に出たくない人間もいる、無理に人を照らそうとするなって言ったの」
「忘れるわけな~い」
「ごめん…あれは言い過ぎた」
「いいよその通りだもん」
「そこがおまえのいいとこだからな」
「ならいいんだけど」
「何だよおまえらしくない」
「でもよかったじゃない…ね…ソクさん優しいし」
「うん…あの人いろんな意味で不器用だから俺大変だけどね」
でも…一途じゃない…それって一番じゃない
そう言おうとしてやめた
せっかく何も聞かずに付き合ってくれてるスヒョクさんに
余計な心配かけたくない…って…もうバレバレかもしれないけど
僕たちはかなり遅くまで飲んで寮に帰った
酒と昼の単純作業のおかげでよく眠れた
で、今日もギスの資料室にこもる予定だったので
ギョンビンにもう1回付き合わないかと声をかけた
仕事を片付けたかったのもあるけど
ギョンビンのやつもひとりで目吊ってても虚しいかと思って
ひたすら仕事に没頭する僕たちの効率はすごいものがあって
ギスのスタッフが舌を巻いてた
とにかく何もかもを忘れてオニのように仕事をした
ギョンビンには僕からの進言でその場でギャラが支払われたんだけど
彼は”これでワインを買う、そして絶対に隠しておく”って言ってた
今日もドンジュンのテンションは妙に高い
日中はギスの会社に顔を出してるとかで連絡も来ない
店に出れば出たで久しぶりに散歩に出た犬みたいに騒いでる
お客様と喋りまくりリクエストに大サービスで応え
休憩時間はテプンたちに絡んだかと思うと
ギョンビンとジジ臭くお茶をすすったりしている
とにかく取りつく島がないのだが
そのドンジュンが帰り際に「今日はスヒョンちに寄る」とぽつりと言った
僕の家に置き放しの資料がどうしても必要だそうで
荷物取ったらすぐに帰るからおかまいなくだの
まったく僕としたことが不覚だのぶつぶつ言っている
僕の車の後をアクターで追って来る
試しに一本手前の道に入ってみたらついて来ない
仕方なくそのまま少し遠回りで家に帰ると
先に着いていたドンジュンが睨んだまま立っていた
部屋に入るなりコートのままガサゴソと入り用の物を探し出す
その辺にあった物は昨日整理したから書斎の中だと言うと
ふくれて書斎をひっくり返している
「せっかく来たんだからゆっくりしていけば?」
「帰ってやること一杯あるから」
「珈琲くらいいいでしょ?昨日買ったんだけど…いつもの豆」
「…」
僕は返事を聞かずに豆を挽きはじめ
ドンジュンは腕にスケッチブックや何冊かの本を抱えて
コートのままダイニングの椅子に腰掛けた
豆を挽きながらわざと首を曲げて覗き込むとニッと歯をむいて笑う
「おまえさ…基本的に怒ってるでしょ」
「そんなことない」
「こんな風に忙しいとこれからまるきりすれ違っちゃいそうだな」
「…」
スヒョンが挽くミルの音がいつもより響く
見慣れた風景
小豆色の年代物のミルをゆっくり回すスヒョンの手と豆の香り
いつもはこのふんわりした時間が好きなのに今日は…
「ドンジュン…映画のこと話したいんだけど」
来た…
「わかってる」
「わかってないでしょ?まだちゃんと話してない」
「わかってるよ!」
「思ってることがあるんでしょ?」
「だから仕事っていう切り口でちゃんとわかってるってば」
「他の切り口では?」
「そんなもんないでしょ」
「あるよ…僕から言おうか?」
「いいよ」
「僕はどんなことでも言って欲しいんだけど」
「で?言ってどうなるのさ!」
そんな言葉を投げつけるなんて一瞬前まで思いもしなかった
いつもの落ち着いたスヒョンの声が無性にまどろっこしかった
「言ったらどうかできるっていうの?」
「言わなきゃわからないでしょ」
「じゃ…ミンチョルさんと映画出るのやめてよ」
それだけは言わないって思ってたことが…さらりと口から出た
まるでおはようとか元気?とか言うみたいに
「映画の出演もやめてよ」
「…」
「もうチーフもやめてよ…店も辞めて画廊でもやってよ」
「ド…」
「ミンチョルさんと話すのもやめて!ミンチョルさんを見ないで!
もうミンチョルさんと会わないで!ミンチョルさんのこと考えないで思い出さないで!」
「…」
スヒョンの表情が凍りついてる
僕の頭のどっかのネジがいきなりぶっ飛んだんだ…
「ちゃんと言ったよ…言ったってどうにもできないことってあるでしょ」
「ドンジュン…」
「僕の中身はそんなもんだ…どんなに取り繕って笑ってたってわかるでしょ
最後の最後は自分のことしか考えない、抱きしめたらわかるっ抱いてごらんよ」
ドンジュンは仕事の道具をガラスのテーブルにドサリと置き
立ち上がってコートを脱ぎ捨てた
僕は何も言えずただミルの取っ手を握っている
「ね…こんなもんだよ」
「…」
「ミンチョルさんのことでカッコよくしてろってのはエセ良い子
あの人のことでおろおろしてるスヒョンを見るのが悔しいから見たくない、それだけだ」
「ドンジュン…」
「映画のことも割り切れると思ったけどうまくいかない
スヒョンの仕事への真面目な気持ち理解したくて考えたけどうまくいかない」
「…」
「僕が何考えてるかわかる?スヒョンとあの人が見つめ合ってキスして
裸で抱き合ってるとこ…そういうロクでもない下世話なことばかりが浮かぶ
映画だとか作り物だとかそんなの全然関係ない」
スヒョンが眉を寄せて目をぎゅっと閉じ…
下を向いて辛そうなため息をついた
「こんなこと聞いたってどうにもなんないでしょ…自分でも持て余してるんだから
ギョンビンを励ましてる余裕なんてないんだから」
「…」
「僕は…」
「わかったよ…」
「…」
「わかったから…もう言わなくていい」
「…」
「悪かった…そこまで…」
スヒョンの優しい声がかえって僕を締めつける
「何で…そこで謝るのさ…」
「…」
「アホかおまえはって怒鳴ればいいじゃない!」
「…」
「スヒョンはみんな受け入れる…誰にでも優しくて包んで拒まなくて
何でもわかってて隙がなくて大人で動じなくて海みたいに大きい」
「…」
「でも大き過ぎてわかんない…」
僕は今スヒョンを傷つけてる
目を伏せたままのスヒョンがどんなに哀しい気持ちだかわかってる
ごめんって言いたいけど言いたくない
こんなひどい自分が嫌だけどこれが僕の本音
わがままな僕の本音
何も言いたくないなんて嘘だ
言ってしまいたかった
言ってスッキリしてる自分がまた情けない
僕は少し震える手でテーブルの上の荷物を抱え込み
のろのろとコートを拾ってドアに向かった
背中に聞こえた「気をつけて」って言葉を振りほどいて
僕は必要以上に大きな音を立ててドアを閉めた
その途端…後悔で一杯になった僕の目から涙が溢れた
memories (by ドンジュン) れいんさん
誰かを 想わないで
涙が 溢れそうで
あなたの前だけでは
かっこつけたいのよ
傷つくだけでいい
傷つけたくはないよ
僕を これ以上
みじめにさせないで
ゆらり ゆらめいて
そうさ 僕たちの ラビリンス
歩き疲れても
もう あの日には 戻れない
ああ キラキラときらめく 微笑には
いくつの 愛を 秘めてるの
僕だけを 見つめて
心が 叫んでいる
あいつなんか
あいつなんか
あいつなんか
忘れたいくらいに
(
メモリーグラス
/ 堀江 淳)
あの素晴らしい♪をもう一度 ぴかろん
ミンチョルさんから電話があった
イ・グァンスに会いたいという
それも至急…
ああ僕のアメリカ行きはいつになったら実行できるのよ!
とにかく至急…
できれば今日にでもと物凄く押しの強い声で言われた
電話だったからまだよかったけど直接言われたら僕今頃失神してるよなぁ…
僕はグァンスと待ちあわせた喫茶店に向かいながらその状況を思い出していた
言葉の端々にピリピリとしたものが感じられた
だから直接会って話したらきっと…
あの眼力とあの前髪でまずウググってなっちゃうでしょ?
きっとじっと僕を見つめて、テーブルに両肘ついて両手を鼻の前で組んで目を強調するポーズだよ…
無意識に威圧するんだよな…あの人…
それにさ…間近で見たらきっと…ほんとのサイズよりずっとデカく見えると思う…威圧感もプラスして…
ん?何がって?
…顔が…
かなり威圧しておいて、ふっと涙ぐまれてみろよ!
一発で狂い死にだな…落ちないヤツはいないよ…あの人だもの…
ああ…直接頼まれなかったのがちょっと残念だったりもしたりもする…
けどでもだったら…いきなりグァンスに会っても絶対落とせると思うけどなぁ…
まぁ僕の友達だからって事で周りから固めていく作戦なんだろうな
がっちがちに固めてから勝負するんだきっと…
…ちっとズルいような気がする…
仕方ないか…きつねだもーん
なんて言ってる場合じゃない!
だってグァンスにいい返事貰えなきゃ僕のアメリカ行きのチケット、ジホ監督から奪い返して僕の目の前で燃やすって…
いや、そんな事言われてないけど…そんな事しそうじゃない?元チーフって…
はぁぁ…
やっかいだ…
ジホ監督ののらりくらりでエロエロな邪魔もやっかいだけど
元チーフの『僕は仕事やる気満々…だからお前協力して当然だろう!ぁあ?』な雰囲気もやっかいだ…
僕は…アメリカ行きの用意を…しておきたいっていうのにぃぃぃ…はぁぁ
それにグァンスだ…
いくら親友だからって…会うのはほんとぉぉに久しぶりだぞ…
僕が頼んだからってミンチョルさんに会うかどうか…
人見知りするからなぁグァンス…
よろよろと待ち合わせ場所に着いた僕はウィンドウを覗いて、むさくるしそうな男を捜した
むさくるしそうな男はいなかった…
まだ来てないかな?
店の中へ入っていくと奥の方でヒラヒラと手を振るサングラスの男を発見した
まさかあのこじゃれた男がグァンス?!
髪の毛が短くなってるからこじゃれたように見えるだけかな…
僕はその手のひらに吸い寄せられるように男のそばに行った
「チョンマン…久しぶりだね。君はちっとも変わらない」
「…グァンス?」
「うん」
頷いてサングラスを外した男の顔は、まぎれもなくイ・グァンスだった
僕達は再会の熱い抱擁を交わし、お互いの肩をばんばん叩きあい、笑いながら席に座った
「お前ってば随分キレイになっちゃったなぁ。髪、切ったの?」
「後ろで束ねてる。ホラ」
「あ…そんな技を…」
「こうするといろいろな服が着られるって妻が…」
「…結婚したんだ…。…セヒさん?」
僕達が知り合った頃、グァンスはセヒさんというバイオリンを専攻していた音大生と付き合っていた
彼女はグァンスの無実を信じ、冤罪を晴らすために一生懸命動いたんだ
その甲斐もあってグァンスは見事無罪放免になった
だから…その後もずっとセヒさんと暮らしているのだと思っていた
確かにずっとセヒさんと暮らしてはいたけれど、一年ほど前にセヒさんが今のグァンスの奥さんを連れてきて、そして自分はオーストリアに留学しちゃったそうだ
「どーゆーことよそれ…」
「んー…僕といるとセヒは僕の世話をしてしまうんだ…」
「は?」
「僕が捕まってた時も僕のためにやりたい音楽の勉強ができなかっただろ?一緒に暮らしていても彼女は僕の事を気にするんだ。それは彼女の性分でね…
僕が大丈夫だから、もういいから君は君のやりたい勉強をしなさいって言うだろ?はいって彼女は言うんだ。でも気がつくと僕の世話してる…僕のために何かしてる…
そういう人なんだ、セヒは…。それが気の毒で申し訳なくて…」
「でもそれは好きだからじゃないの?」
「もちろんお互い好きだったよ。けどね…彼女の奏でる音は素晴らしいんだ。僕一人が観客ではあまりにも勿体無くて…。それで留学を薦めたの
彼女自身も留学はしたかったらしいんだけどさ、僕のことが心配でなかなか決心つかなかったらしいのよ」
「…優しい人だもんな、セヒさん」
「うん。優しいからさ…今の奥さん連れてきたんだ、セヒ…」
「…お前の世話をさせるためにか?!」
「違うよ。そうじゃないんだ…。たまたま時期が重なっただけだよ。妻は僕達のところに来た時ね、ボロボロだったんだ
生きてるのか死んでるのか解んないぐらい精神的にボロボロでさ」
「…」
「なんでそんな子を連れてきたのかってセヒに聞いたらね、僕の曲を毎日聞かせてあげてって言うんだ…」
「…ああ…」
「…どうしてか解んなかったけど、僕は毎日セヒが言う通り、妻にピアノの曲を聞かせた」
「…解るよ僕…」
「え?」
「グァンスの曲を聞いてるとね…『生きよう!頑張ろう』って気になるんだよ」
「…うそ…」
「嘘じゃないよ!僕、初めてお前の曲を聞いた時、体の奥の方から熱い波が起こるような気がしたんだもん…
だから僕はお前を音楽監督にするって決めてたんだもん」
「…。うれしい…」
「毎日聞かせてあげてたら…快復してきたってわけか…」
「…そうなんだ…」
「妻が日毎生き返っていくのを見て、セヒは嬉しそうに笑ってさ、貴方には素晴らしい力があるわって言ってくれた」
「…うん…」
「そして妻に聞いたんだ…『この人の音楽をずっと聞いていたい?』って。妻はコクンと頷いてね、それを見たセヒは僕ににっこり微笑んだ
それから暫くして、少しずつ僕に話をしだした妻に聞いたんだ。セヒはしっかりバイオリンの勉強をしたいんだって事
だから僕はセヒに話をした。留学してみないかって…。何度も話し合ってお互いのためになる方法を選んだ…。僕とセヒの音楽って少し方向性が違ったから…
セヒは勉強してるんだ、オーストリアでね…。僕はこっちで、セヒが一生懸命作ってくれたあのCDやらちょこちょこ作った曲なんかの稼ぎでピアノバーを開いた
『貴方の音楽で人を勇気づけてあげて。貴方の音楽には力がある。貴方の音楽で人は癒されて勇気を貰うの。彼女を見て。活き活きしてるでしょ?』
そのセヒの言葉に支えられてここまで来た、僕も妻もね」
「…奥さんの事…愛してるの?セヒさんじゃないの?」
「セヒとは今では一番の親友だよ…。愛してるのは妻だ…。僕に自信をつけさせてくれた人だし…なによりも僕を必要としてくれてる…それに妻は僕に新しい音楽を作り出す力をくれる…。とても可愛くてとても優しくてとても愛おしい人なんだ。声がね…とても心地いい…。今は僕のピアノで歌を歌ってるよ」
「歌手?」
「歌手だけじゃなくていろんな事に挑戦中…彼女も僕もね…一緒にいると楽しい…」
「じゃ…セヒさんは身を引いたの?」
「…というより、本来の自分に戻ったっていうか…。彼女は音楽をやりたかった人だもの…」
「…ふぅん…。幸せ?」
「とても」
「くーこのヤロ!のろけやがって!くそー。…。僕は…お前のエリザベス・シューにはなれなかったんだなぁ…奥さんはエリザベス・シューに似てる?」
「僕のエリザベス・シューはチョンマンだけだよ」
「…」
「今の僕があるのは、お前のお陰でもあるんだ。お前が僕を信じて励ましてくれてなかったら、僕はとっくに死んでただろうな…」
「…グァンス…」
「ありがとう、チョンマン」
僕はグァンスの言葉に涙してしまった
俯いて涙を拭きながらふと、この状況ならミンチョルさんのいう映画音楽もやってくれるかも…と思った
涙が治まってから僕はグァンスに切り出してみた
映画の音楽をやる気はないかと…
グァンスはミンチョルさんから多少の話は聞いているようだ
「でも気乗りはしないなぁ」
「どうして?」
「商業ベースに乗るようなこと…したくないんだ…」
「ある程度はそういう流れに乗っていかないと…お前すぐに貧乏になるぞ」
「子供のころから慣れてるからいいよ…僕も妻も…」
「いや…貧乏とかじゃなくて…その才能を埋もれさすのが勿体無いんだ!」
「才能なんて無いよ」
「あるよ!お前の音楽は本当に人を癒すんだよ!それを、ほんの一部の人間しか知らないなんて…
…なぁ…お前の音楽が巷に溢れたらさぁ…傷ついた人も壊れそうな人もみんな前を向こうって思うんだよ…」
「そう言ってくれるのは嬉しいけどさ…」
「そのお前の音楽がきっと映画を活かすんだ!絶対だ!だって僕はお前を専属の音楽監督にしたかったんだもの…」
「…チョンマン…」
「な?やれよ!せっかくのチャンスだぞ!」
「僕は…映画音楽は…」
「なんだよ」
「映画音楽をやるなら…お前の映画のを一番最初にやりたいもの…それがお前への恩返しになるって…」
「…グァンス…」
「だから…断りたい…」
「僕が一人前になるのを待ってるつもり?」
「そうだよ」
「…そんな事…僕が映画を撮れるのっていつになるかわかんないのに!」
「構わないよ…生活に困ってるわけじゃない…僕は僕の好きな音楽をやりたい…」
「僕の頼みでもダメ?」
「チョンマン」
「絶対いい映画だよ。ダメ?」
「…」
「セヒさんのお願いは聞くのに僕のお願いは聞いてくれないの?」
「チョンマン…」
「僕、お前の事を世間に認めさせたいんだ!僕、近々アメリカに行って映画の勉強してくるつもりなんだ…。お前が頑張ってるって思ったら僕も向こうで頑張れる…きっとセヒさんだって同じこと思ってるよ…それにさ…一番最初の映画音楽じゃなくてさ…僕の映画の時には『最高の音楽』でいってくんないかな?」
「…」
「今からきつ…元チ…。ミンチョルさんって昨日電話かけてきた人が来ると思うから…話を聞いてみてよ。そんでさ…気に入らないなら本人に面と向かってそう言いなよ…なっ?」
「…でも…」
「とにかくさ…話だけでも聞いてみてよ、お願いっ!」
「…」
「僕がこんなに頼んでるのに…」
「解ったよ…話聞けばいいんだな?」
「できれば話を受けてほしいな…」
「…」
「きっと…断れないと思うけど」
「なんだよ…」
「聞いてくれるんだな?」
「うん…」
「よっしゃああ!」
僕はグァンスの手を握って上下左右に振り回した
そしてミンチョルさんに電話を入れた
ミンチョルさんは
「すぐ行く!」
と言ってパンっと電話を切った
(耳を挟んだに違いない…)
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