ぴかろんの日常

ぴかろんの日常

リレー企画 186

千の想い 9 ぴかろん

「見てられないな…」

ギョンジンの声がした
俺は強い力でラブから引き剥がされた

「あーあ…」

そう言って俺の瞳を覗き込む硬質の視線

「目を合わせろよイナ」
「…合わせてるよ…」

ぱん…

いきなり平手を食らわされた

「ラブにこんな事するな」
「…」
「食うか?」

ギョンジンは俺にリンゴを差し出した
丸ごと一個

「…いらない…」
「ラブは?」

ラブは寝っ転がったままゆっくり震える手を差し出した
ギョンジンは優しい顔でその手にリンゴを乗せる
それを胸の前で握り締めるラブ
ギョンジンはラブの衣服を直してやってから俺の前に座り込んだ

「妙ちきりんなもの引きずってるな」

え…

「…なに…」
「自分でぶっちぎったの?」
「…」

なにがだよ…

「血まみれだしちゃんと切れてないし…もっともそれ…切れないモンだけどね」
「…なに言ってるんだよ…」
「捨てようとしても捨てられるもんじゃないってこと」
「…」
「お前が僕にそう教えてくれたんでしょうが!」

きつい口調でギョンジンが言った

「何大切なものを千切ってんの!捨てちゃいけないって僕に教えてくれたの、お前でしょうがっ!」
「…は…なんの…ことだよ…」
「…一口食え…」
「いらない」
「いいから食え!」

ギョンジンはリンゴを俺の唇に押し付けた
有無を言わさぬ勢いだ
頑なに口を閉じていたときシャリっとりんごを齧る音がした
ギョンジンが視線をやった方を見た
ラブが寝転がって涙を浮かべたままりんごを小さく齧っていた
無垢な子供が傷ついて泣きながら、それでも立ち上がるための糧を得ようとしている…そんな風に思えた
ギョンジンは俺の顎を掴み、前を向かせてまたりんごを押し付けた

「齧ってみろ…一口でいいから…」
「…」

俺は仕方なく一口齧った

「美味しいか…」
「…」
「甘酸っぱいだろ?」
「…」
「それはお前の心だ」
「…は…」
「簡単に捨てられるわけがない…そう僕に教えてくれたのはお前なんだよ」
「…」
「もう一口食ってみろ」

シャリ…

俺が齧る前にぼんやりとしたラブが齧る
唾を飲み込んで俺ももう一口齧る

「ぶっ千切ったつもりでも千切れやしないよ。…それを捨てて何を得たいの?ヨンナムさんの心?テジュンさんの温もり?両方か?あ?」

顔がひきつるのが解った
誰にも言わないって言ったのに…
俺はラブを睨みつけた

「こっち向けよイナ!ラブは何も言ってない。でもラブやお前の様子見てたら解るんだよ、僕にはね!」

じゃあみんなにも解っちゃってるの?
怖くなってギョンジンを見た

「僕はラブとお前に惚れてるからそれぐらいの事は解るんだよイナ…」
「…」
「僕の師匠がこんなになっちゃうなんてね…どうしちゃったの…なんで大事な物を粗末にすんの!お前の宝物だろ?」
「…」
「確かにラクチンだよ、悲しいとか苦しいとか感じなきゃ…」
「…なに…解ったようなこと」
「解ってるもん…ずっとそうやって生きてきたんだから僕は!知ってるくせに!」
「…あ…」
「仮面つけて生きてきた僕にほんとの自分を大切にしろってお前が教えてくれた。なのになんでお前が自分を捨てて仮面なんかつけてるんだ!」

…ヨンナムさんの鎧がいやで、無理矢理引き剥がしたのにな…
生身のヨンナムさん見て安心してたのにな…
その鎧を拾い上げて俺は…身につけてるんだ…

「何をやりたいんだか知らないけどさ…苦しくても悲しくても辛くてもできるだろ?…お前今までそうやってきたんだろ?なんで逃げ出す?
お前、何にでもぶつかって行く自分の事好きだろ?それって大事な事じゃないのか?そう僕に教えてくれたんじゃないか!」
「…好きじゃないよ…こんな…」
「どんな自分も好きでいてやれって、僕はお前から学んだんだ!だから今幸せを感じてる!生きてるって思える
昔の事思い出しても自分が可愛くて愛おしいよ!そう思えるようになったんだよ!僕は自分が大好きだよ、お前もそうだろ?!」
「…好きじゃない…」
「イナさん…」

小さな声でラブが言った

「イナさん…頑張ってる自分を嫌いにならないでよ…」
「俺…俺は…俺は…テジュンもヨンナムさんも両方欲しいんだもん!欲張りなんだもん…」
「イナさん…」

ラブが身を起こして俺の背中に後ろから抱きつく

「俺だってそうだったじゃん…ギョンジンもテジュンも欲しくて…」
「僕もだ!僕なんかもっと欲張りだ!弟もお前もラブも…ううん…もっと欲しい!みんな欲張りなんだ!違うか?」
「…でも俺は…ずるくて汚い…」
「それで逃げ出すのか?それでどうなるのさ!」
「あの二人が…笑って生きていけるなら俺は…俺なんか…どうでもいい…」
「お前が幸せじゃなきゃテジュンさんは笑えない!」
「…うまくやる…今ちょっと…辛いだけだ…暫くすれば慣れる…だろ?ギョンジン」

俺が俺の想いを斬り捨てて…ヨンナムさんの捨てた鎧を着て生きていけば…
あれはよくできた鎧だもの…ちょっとやそっとじゃ中身はわかんねぇもん…

「…うまくやる?慣れる?ああ、そうだな。慣れるだろうよ!…でもな、そうやって生きてきた僕はちっとも楽しくなかった
ちっとも幸せじゃなかった!お前見てただろ?弟のことも幸せにできなかった…自分をガチガチに押さえ込んで…そんなの生きてる事にならない!」

解ってるよ…ヨンナムさんにそう言ったのは俺なんだもん…でも…

「…もういい…ほっといてよ」
「ほっとけないよ!仲間なんだから!違うのか!僕には大事な仲間なんだから!」
「…」

…なか…ま…

「…イナさん…」
「イナ!」
「…」
「逃げるな。簡単な道を選ぶな。ろくな事にならない。それだけは言っておく」
「いいんだ…俺はどうなっても」
「お前だけじゃないよ!テジュンさんもヨンナムさんもみんなろくな事にならない!」
「…」
「ちゃんと自分と向き合え!それで苦しかったら僕達を頼ればいい。テジュンさんに言えないなら僕達に愚痴ればいい!『もういい』なんて言うな!諦めたら終わりだろう?」
「…」
「全く…また海に逆戻りなのか?もう一度溺れさせてやろうか!」
「…ギョンジン…」

弱々しい声でギョンジンを諌めるラブ
海で…溺れたら…どうなるんだろう…
あの…四人で行った海を思い出した
テジュンの柔らかな笑顔が瞼に浮ぶ
あの時の俺は…どこに行っちまったんだろう…


千の想い 10 ぴかろん

俺の目を真っ直ぐ捉えたまま、ギョンジンが口を開く

「あの時お前、どうやって浮いたんだった?思い出してみろよ。今のお前、力みすぎてる」

力まなきゃやってけないもん…

「自分に正直なのがお前の取り柄だろ?」
「俺が自分に正直になったらあの二人が…」
「あの二人の事はあの二人に任せればいいだろう!自分の事もちゃんとできないくせに人の事まで考えるな!馬鹿!」
「…何も知らないくせに!何も解んないくせにっ!」
「お前が馬鹿な道を選ぼうとしてるってのは解ってる!」
「…ギョンジン…。イナさんは…ちゃんと自分に正直だよ…イナさんはあの二人を傷つけたくないんだ。それがイナさんの一番の望みなんだ。…だから影で泣いてるんだもん…。だから…無理して自分を誤魔化してるんだもん…」
「ハッ…。それでいいのかお前」
「いいんだっ!」
「そう…。だったら…」

ギョンジンは俺のシャツの襟を掴み自分の方に引き寄せた
海で…こんな顔をしていた…

「メソメソすんな!そう決めたんだったら腹括れ!人の同情買うような態度すんな!」
「…括ってるよ…」
「括ってない!」
「括ったから心を捨てたんだっ」
「捨てられるか!ほんとに心を捨てたいのなら今すぐ死んじまえ!」
「…」
「腹括って完璧にやり通せよ!どんな結果になろうとお前がそうしたいって思ったんなら自分を信じてやり通せよ!」
「…だから…やろうとしてるんじゃん…」
「なら心を元の位置に戻せ!心がなきゃみんな潰れるぞ!」
「…」
「その道を選んだのはお前なんだ!できないなら違う道を行け!方法は一つじゃない。迷ってもいいから逃げるな」
「…俺…俺…汚いんだもん…あの二人のためだって言いながら結局自分が何もかも欲しがってるんだもん…そんな俺が…嫌なんだもん…」
「イナ…汚くても惨めでもずるくても、全部お前だ。そこで逃げ出したら汚い奴のままだぞ。お前解ってるはずだ」
「…」
「一つ一つ片付ければいいじゃないか…その都度これだと思う事を選べば…」
「…そんな行き当たりばったり…」
「気持ちって同じ場所に留まってるものじゃないじゃん!捉え方で変わる。捉え方が変われば、対処法だって変わる
僕を見てきただろ?僕はそうしてきた!僕を信じろ。僕は今幸せだ」
「…」
「逃げるな…自分を信じろ…」

ああ…風船…
俺の頭の上で絡み合う風船…
浮いたり沈んだり…割れたり萎んだり…
ふわふわふわふわ…

「…お前は…ほんとに…」

ギョンジンが俺の頬を撫でた
知らないうちに涙が出ていたようだ…

「そういう弱っちいとこ見ちゃうと…ムラムラしちゃうよ」

潤んだ瞳で俺を見つめて唇を重ねるギョンジン
奴の重みで俺はベッドに倒れこむ
ラブの頭の隣に…

「…ばかぁ…」

ラブの甘えた泣き声がする
ギョンジンはそれでも俺から離れない
俺は…ラブに…見せつけるように…ギョンジンの首に腕を回して…その唇に応える…

「…ばかぁ…やだ…やめて…」

こうして…見せつけてやりたい…
俺とヨンナムさんがキスしてるとこ…
そしたらテジュンはどうする?
殴る?罵る?泣く?

嗚咽が漏れる
俺の喉から…
嫌な奴…俺って…なんて小さいんだろう…

「…泣かせちゃったなぁ…」

唇を離してギョンジンが呟いた
誰を?
俺を?ラブを?

「ばかぁ…嫌いだ…あんたもイナさんも…いやだ…嫌いだ…もぅ…」
「あは…ラブが妬いてるぅ…」

ギョンジンは俺の腕を押さえつけたまま、ラブの方に身を伸ばしてラブの唇に軽くキスをした

「もうちょっとだけ我慢してね…」
「ひっくひっく…」
「ちゅっ…」
「えっえっ…」
「これ以上ラブを泣かせたくないからなぁ…。おい、イナ。汚くて小さくて意地が悪くて嫉妬深くて見栄っ張りなキム・イナ
心配しなくても僕もラブもみんな同じだよ。イナ。可愛くて色っぽくて人の事ばっかり心配してて空回りが得意なキム・イナ
僕達、その程度の人間なんだ、立派でも高尚でもない。ただ頑張ってるだけなんだよ。だろ?…僕とラブが受け止めてやるから…安心しろよ…
テジュンさんに言えなくても僕達に言えばいい。それだけで気が晴れるだろ?
どんなお前でも僕は好きだから…ちゃんと『自分』でいてくれよイナ…」

強い瞳の奥に優しい光がある
お前ってこんなに…かっこよかったっけ?
自分で居る事…
嫌いになっても見捨てないでいる事…
崩れたらまた積みなおせばいい…
俺にしかできない『俺自身』の事

「人に…言うのは…簡単だな…。お前にも…他の人にも俺、クソ生意気な事言ってきたんだな…。自分でやろうと思うとこんなに難しいのにさ…」

ヨンナムさんに鎧を外せって言った
チップ、積みなおしてって願った
自分の人生を生きてって祈った

俺は
その鎧を身につけて
チップ崩しっぱなしで
自分を捨てようと思った

「なんて高慢だったんだろう…俺。解ったような事言ってさ…。ますます自分が嫌になる…」
「…なら『好きな自分』になればいいだろ?お前、僕にそう言わなかったっけ?」
「…やめてよ…俺が言った事なんてただのハッタリだ…」
「それでも僕は救われた」
「…」
「お前の想いが伝わってきたから…」
「…想い?…」
「仲間を想うお前の気持ちがさ…」
「…」
「自分を捨ててしまったら、その想いは伝わらない…気持ちが込もってなきゃどんなに素晴らしい言葉でも薄っぺらになる…僕はそう思う」

捨ててしまったら…その場その場を凌いで生きるだけ…か…
人に『やめろ』って言ってた生き方じゃないか…
…は…

「ギョンジン、お前…辛かった?感情隠してた時、辛かった?」
「今のが辛いよ。けど今のがずっと幸せだ…生きているって感じるから」
「…」
「もう一度言う。お前が幸せじゃなきゃ周りの人は幸せになれない。幸せっていつもいつも悦びを感じることじゃないと思う。毎日一生懸命生きて行く事だと思う。自分で選んで自分で決めて、失敗したらやり直して僅かな悦びを感じ取る事だと思う。後になって思い出すのはその僅かな悦びの方だ。辛い事は忘れてしまうよ。僕がそうだもん、僕を信じろよ。お前だってそうだったはずだ。お前自身を信じろよ、イナ」

僅かな悦び…
そうだな…辛かった事より嬉しかった事、覚えてるよな…

降り注ぐ言葉の雨…ギョンジンの気持ちが一杯詰まった雨…
…閉ざしてしまえば感じることの出来ない想い…
…隠してしまえば伝えることの出来ない気持ち…
ふと右手に触れるラブの指先
俺を想う二人の気持ちが流れ込む
仲間が…俺を…助けてくれる…

いつもそこに居てくれるか?
俺が迷ったら出口を示してくれるか?
そこまで自分で歩いていくから…

「…ギョンジ…ありがと…ラブ…ごめん…ごめんな…」
「…えぇっえっえっ…」
「ま、そんな簡単に解決できる問題じゃ無さそうだけどさ…僕たちがいるってこと、忘れるなよな」
「…ん…」
「今は辛くても…大丈夫だから…。沈んだら次は浮くしかないだろ?な?」
「…ん…」

温かい涙が零れる
柔らかな光に包まれる
ギョンジンはもう一度軽く俺にキスをして、それからラブと俺の間にするりと寝そべった

「くふーん…幸せぇ~。ラブとイナにサンドイッチだぁ」

ギョンジンの明るい声が有難かった
サンドイッチは一瞬で終わり、ギョンジンはぐずり続けるラブを覆うようにラブの顔を覗き込んだ

引きずってた心が元の場所に戻ってきた
またずきずきと痛みを感じた
生きてるから…一生懸命だから…
痛みも苦しみも辛さも感じる
その合間にある悦びも…裏側にある嬉しさも…
悦びを感じると同時に自分の厭らしさをも感じる
全部俺…そうだった…なにもかもが俺…
俺は俺の気持ちに素直に従えばいいんだ…

俺にしかできない
俺の気持ちを受け止める事…
汚い俺も小さい俺も俺なんだって認める事…
自分を裏切りたくない
他人に嘘をついてでも裏切りたくない
そうだった…俺だけが解っていればいい事なんだ…
姑息で卑怯な手段だとしても、俺自身を裏切らなければ…
二人を傷つけないようにしながら…素直になればいいんだ…俺の心に…

俺には…仲間がいる…
だからきっと…道がみつかる…きっと…

隣の二人を見た
ギョンジンがラブを愛おしそうに見つめて何か囁いている
ラブはギョンジンを甘えた瞳で覗き込み、小さく頷いている
囁きながら小さなキスを繰り返す二人…
俺もそんな風に…キスがしたい…

テジュン…
お前が恋しい…
ヨンナムさん…
あなたの話を…聞いていたい…

ふわふわと
きっと二人の間を
俺は漂い続けるのだろう…
また
風が吹くまで俺は
ふわふわと…


僕はまた泣いた 1 足バンさん

ジホのおっさんちの帰り
僕はRRHの下でギョンビンと別れた
「じゃあ」
「おやすみなさい」
ふたりとも帰り道に口にした言葉はそれだけだった

僕はその足で迷わずレンタルビデオ屋に向かう

シン監督の映画を捜した
あんまり思い詰めたマジな形相で店員に聞いたもんだから
バイトの痩せた兄さんはビクビクしながら案内してくれた

監督の7つの作品のうち4本があり借りる

僕はとにかく何かを納得しなくちゃならなかった

スヒョンを理解するためには
スヒョンのやろうとしてることを知らなくちゃなんない
僕のこんな想いを蹴散らすようなそんな確かな証拠が欲しい
一切の言い訳ができないそんな状況にならなくちゃなんない

暗い部屋で僕は何かの宣告を待つように画面を凝視する
正直言うと少しは期待してた
何をって…
どうにもなんないつまんない作品がツラ下げたら
真っ正面から偉そうなこと言える理由ができると思ってたから

でもそんなはずないことはわかってたし実際そうじゃなかった
3本目を見始めた頃
僕はほとんど観念しかかっていたのかもしれない

時に淡々と時に激しく語られる物語は丁寧に描かれていて
決して派手なものじゃないけど何かを感じる
ただ書きたい場面だけを繋げてる中身のない話じゃない

4本目の作品は桜がモチーフだった

長い看病と葛藤の末に奥さんを亡くした老人が
桜が雪のように舞う池のほとりで小さなステップを踏むラストシーン
杖を軽く振りながらその片腕に奥さんの幻を抱いてダンスをしているそれは
夢のように美しいエンディングだった

何ていう優しさだろ…何ていう温もりだろ…

僕は膝を抱えて泣いた
映画の余韻のせいか
もう行き場を失っちゃったためか…ぐちゃぐちゃでわかんない

参っちゃうよね
こんな作品を撮るおっさんだなんて
知りたかったけど知りたくなかった
この人といいものを創り上げたいって静かに言ったスヒョン
僕はもう何も言えないじゃない

 僕は…ミンチョルにやってほしいと思った
 あの役を彼がやれば作品の印象が変わる
 監督たちの求めてるものに限りなく近づけるような気がする

わかってる…わかりすぎてどうかなりそうだ

そのおっさん
何でスヒョンを見つけたのさ
何で僕のスヒョンを見つけたのさ

何もかもを捨ててもいいってヒョンジュを抱きしめるジンなんて
おまえを守りたいって海みたいな瞳で見つめるジンなんて
ついに届かない引き裂かれるような想いにのたうつジンなんて
まんまじゃん
何で僕のスヒョンを見つけちゃったのさ

僕はまた泣いた
思いきり軟弱に泣いてやった
思いきり大人げなく泣いてやった

もう早朝と呼べない時間になり
冬の陽が無遠慮に紺のカーテンに反射する
僕は桜舞うエンドロールをぼんやり見ながら疲れ切ってそのまま横になった

祭が終った
僕はホテルのスカイラウンジにいる
僕とギョンビンが振り向くとそこにふたりがいた

あいつとあの人がスローモーションで店に入ってくる
あいつはあの人をゆっくりと振り返り
あの人はあいつに微笑む

艶やかな影は僕たちの前を通り過ぎ
あの人は窓際のボックスシートに座った
あいつは前のテーブルに寄りかかりあの人を見下ろす
ふたりはダブルのグラスをカチリと鳴らした

でもふたりの向こうの窓には全く違う光景が映ってる
あいつは身体を捻り上から顔を近づけてあの人とくちづけを交わす
あいつの片手はあの人の髪に差し入れられ
あのひとの片手はあいつの膝を強く掴んでる

僕はそのふたつの世界を映画を観るように眺めていた

こんな筋書きだったんだ…なんてつぶやきながら

昼遅くなってのろのろと身体を起こした
頭がぼうっとして少し痛いかも
変な夢をみたような気がするけどまるで憶えてなかった

僕は洗面所で顔を洗い鏡に写った自分を見る
ひどい顔…ひでぇ…サイテー
おまえこんな顔じゃ仕事できないじゃんよ
夕方までにまとめなきゃいけないんでしょ
いい加減にしろばかドンジュン

でかいため息をつき
思い立って部屋から彩色用の水彩黒絵の具を持って戻る
まずは眉毛をムンッと力強く書いてみる
…うはははっ男組の隊長みたいになった

続けて眉の間にしわを縦に入れてみる
…きゃはははっチェミさんみたい
そんでこめかみに怒りのスジを2本
…ひゃーはははオールインのマイケルのオヤジだっ
んでもってほっぺにヒゲを3本づつ
…ぎゃはははっアホかおまえっ

けひ…

あほか…おまえ…

アホな眼からアホな涙がまたこぼれそうになって
それをこすったらほっぺが真っ黒になった 

スヒョン…どうよこんなやつ…
スヒョンを理解したくてしなくちゃいけなくて
それでもよくわかんなくてぐちゃぐちゃで
でも自分をごまかすことすらできなくて
スヒョンが困るのわかってても大人になれないこんなやつ

ね…こんなやつって必要なの?

僕はその濃すぎる顔のまま
カーテンを開け冷蔵庫や棚の中の適当なものを取り出した
こんな時にも腹の減る自分にちっとむかつく

パンを齧りながら
散らばってた4つのDVDをゆっくりと重ねてみる

そして…
このことでもう泣かないと決めた


Burden2 オリーさん

エントランスにその愛しい影が見えた
僕は暮れかけた空を見上げ、ふぅっと息を吐いた
そして彼に向かって歩き始めた
大きく笑ったつもりが、途中でこわばってしまった
ごまかすために声をかけた
彼は驚いた様子を見せたが、
その瞳の奥に優しい光が認められ僕を安堵させた

「どうした?」
「どうしたって、迎えに来てやったのに」
「迎え・・車は?」
「歩いて」
「歩いて?」
「そう、歩いて店に行こうよ。散歩がてら」
「結構距離があるぞ」
「車で来たの?」
「いや、送ってもらった」
「じゃあ、いいじゃない。歩こう」
「何かあったのか?」
「別に。何もないよ」

僕は彼の隣に並んで腕を取った
そして一緒に歩き出した
そう、たまには一緒に歩こうよ
一緒に・・

「昨日はジホさんとどうしたんだ?」
「どうしたって何が?」
「呼び出されたんだろ?」
「チョンマンさんがチケットの事で怒っちゃって遊んでくれる人がいないって。
それで手近なとこで僕らにつきあってくれって。ただそれだけ」
「そう・・か」

WTCの話を聞いただけで十分だった
シン監督がどんな十字架を背負っているかわかった
人にはそれぞれの戦いがある
彼も心に悲痛の騎兵隊を秘めた戦士
武器の代わりに映画という旗を振りかざす鮮血の戦士

「何か気づかない?」
「何?」
「今日グリーン先生のところへ行ってきた」
「一人で?」
「うん」
「運転したのか」
「したよ」
「無理するなって言っただろ」
「全然平気。抜糸してもらった。順調だって」
「あ、そうか、コートに両腕通しているんだ」
「今気づいた?」
「ん・・身軽な感じはしてたんだが・・」
「やっぱりね。でもほんとに身軽になった気がする」
「よかった」
「ねえ・・」
「ん?」
「ありがとう」
「何が?」
「色々面倒かけちゃったから」
「気にする事はない」
「でも・・ありがとう」

彼は立ち止まって僕の顔をじっと見つめた
深くてすぐに揺れる瞳で
僕は照れくさくなって横を向いた
そんな僕を彼は首をかしげてさらに覗き込む
唇の端に笑みを浮かべて
僕は彼の腕に腕を絡めて強引に歩きだした
彼が下を向いてクスクスと笑い出した

「それを言いにわざわざ来たのか」
「まあね・・」
「車もなしで?」
「歩いたっていいじゃない。いつもと違った風景が見える」
「そうだな。でそっちの車は?」
「店に置いてきちゃった」
「店から歩いて来たのか」
「うん。何だか歩きたくて」
「運動不足だったからかな」
「そうかもしれない」
「とんだとばっちりだ」
「くどいよ。それより知ってる?人間は再生する生き物だって」
「え?」
「傷ついた瞬間から再生を始める」
「防衛機能ってことか」
「ちょっと違うかな。出血したら止血しようとするし、壊れた細胞は蘇生を始める。
そういう力が自然に備わっているってグリーン先生が言ってた」
「なるほど。でミンはその力が強いって?」
「そうかもね。ほら僕は鍛えてるから」
「強気まで復活したか」

彼は楽しそうに言った
僕はそんな彼を見て思った
傷ついた瞬間から再生を始める体
心もそうだろうか
いつか彼の視線が僕を通り越してあの人に向かったら
僕の心は、体と同じように再生できるだろうか
それともその大きすぎる傷に押しつぶされてしまうのだろうか

「契約は無事済んだ?」
「ああ、サインしてきた」
「そう・・」
「まだ反対か?」
「・・・」
「できれば・・」
「わかってる」
「ん?」
「しかたないでしょ。いつかバックアップするって約束しちゃったから」
「ほんとに?」
「だからしかたないって言ってるでしょ。だけど・・」
「だけど?」
「ラブシーンの時は見張ってるからね」
「ばか」
「ばかだよ」

僕は彼に体を押しつけて、絡めた腕を伸ばして彼の手を握った
彼の香りが夕暮れ時の冷気に混じってかすかに鼻腔をくすぐった
そして彼はその手をゆっくりと握り返してくれた
まだ大丈夫・・かな
まだ僕のところにいてくれてる・・

「監督ってどんな人?」
「一言でいうとプロフェッショナルだな」
「ふうん」
「抜けてるかと思うとそうでもない。かなりできる人だと思う」
「珍しいね、そんなに褒めるなんて」
「彼もきっと色々経験してるんだろう。彼の作品を見ておかないと」
「そうだね。でもあの後では作風も変わるだろうね」
「あの後?」
「いや、何でもない」
「彼の作品見たのか」
「ううん、見てない。そうだね、今度見ようよ」
「ああ」
「それと歌の練習はいつからすればいい?」
「やるのか?」
「やれって言ったじゃない」
「いいのか?」
「ギャラはしっかりもらうよ」
「わかった」

それから僕らはしばらく黙って歩いた
彼は僕の手を握って自分のコートのポケットに突っ込んだ
ポケットの中で僕らの手は暖かくなった
その暖かさが僕の胸まで届いた
こんな時がずっと続いていればいいのに

「ドンジュンはどんな様子だ?」
「あ、ああ。たぶん大丈夫。昨日だいぶ気晴らししたから」
「そうか。ならいいんだが、スヒョンがちょっと疲れてる」
「スヒョンさん、忙しいの?」
「それもあるけど、精神的にプレッシャーが大きいんだろう、主役だから」
「ドンジュンさんも車の事で大変みたい」
「そうか」
「心配?」
「ああ。イヌ先生にチーフ代行は頼んだらしいが・・」
「ドンジュンさんがきっとバックアップしてくれるよ」
「そうだな」

ジホ監督に僕らは完璧にやられてた
帰り道、同じ気持ちを抱えていたのはわかっていた
駄々をこねるなと監督は言った
そんな単純な事じゃないと反発したかったけどできなかった
監督の話が理解できないほど、僕らは鈍感でも無知でもなかったから
マンションの下で別れたドンジュンさんの薄い笑顔を思い浮かべたその時、
突然彼が立ち止まった

「どうしたの?」
「ミン・・」
「何?」
「・・・」
「何?」
「僕の・・僕のどこが・・」
「え?」
「ミンは僕のどこが好きなんだ?」
「急にどうしたの?」
「知りたい」

彼は僕を見つめてそう言った
その瞳がかすかに揺れていて僕はうろたえた

「何言ってるの・・」
「言ってくれないか。僕のどこが・・」
「わかってないね」
「ミン・・」
「言えるわけないだろ。すべてなんだから」
「ミン・・」
「変なこと聞かないでよ。僕を見るその目も、我儘言うその唇も・・
今握ってるこの手も、みんな愛してる」

僕はポケットの中の手を振りほどいて彼のコートの襟足を掴んだ
彼の瞳を見つめながら心の中で叫んでいた
僕は命に変えてもいいと思ってる・・・
その時は試されているのだと思った
だから気づかなかった
彼の揺れるまなざしの本当の意味を
自分の想いだけが先に立っていたから

襟足を引き寄せて僕は激しく彼の唇を求めた
彼は静かにそれに応えた
移りゆく季節の移りゆく時の狭間で、僕は長いこと彼に口づけをした

  僕がいつも愛していたことは
  彼に証することができる
  彼を愛するまでは
  ほんとうに愛することを知らなかったと

  これからもかわらず愛しつづけることを
  彼に誓うことができる
  愛は生命で
  生命は不滅だから

  これを疑うなら、恋人よ
  僕の見せられるものは
  ただカルヴァリーのほかには
  何もない

     *カルヴァリー 愛の十字架


替え歌 「あなたへの愛」 ロージーさん

もしも叶うならば ゆるされるならば
あなたのくちびるも あなたの瞳も
あなたのぬくもりも あなたの明日も
今に閉じ込めて ただ抱いていたい

誰にも負けない ああ
あなたへの愛を あああ
胸に抱きしめて ああ
今日まで来たのに ああああ…

あなたが望むなら あなたのためなら
命さえかけても 悔いのない想いを
言葉に換えるには 酷いほどの愛を
あなたに伝える ことができるなら

愛を引き止める ああ
鎖があるなら あああ
二人つながれて ああ
どこまで行きたい
愛を引き止める ああ
鎖があるなら あああ
二人つながれて ああ
どこまで行きたい

(沢田研二『あなたへの愛』) 


千の想い 11   ぴかろん

ギョンジンのベッドに横たわり、俺とラブはそのまま昼過ぎまで眠っていた
そろそろ起きて用意しろと促され、俺は一旦自分の部屋に戻った
シャワーを浴びて服を着替える
テジュン…また仕事に行ったか?
ヨンナムさん…酔い、醒めた?
俺はまた店に出る
俺の大切な仲間がいるところで働く
そうやって毎日を一生懸命生きて行く
二人の傍で生きて行く
少しの間、漂わせてくれよな
そのうち道が見えてくると思うから…

部屋のドアがノックされた
ドアの向こうにラブがいた

「そろそろ行こうよ…途中で軽くなんか食べようって」
「ギョンジンは?」
「先に下に行って車回してくるって…」

ラブの後についてエレベーターに乗った
ラブは少し膨れっ面だ

「…お前…不機嫌?」
「…」
「ラブ?怒ってるの?」
「…ふん…」
「言っとくけど、あのキスはギョンジンから仕掛けてきたんだぞ」
「…巻きつかなくてもいいじゃん…」
「…それでそんな膨れてるのか?」
「…。キスのケアなら俺がしてるじゃんか…ギョンジンとしなくってもいいじゃんか…それも俺の目の前で…」
「…あは…」
「…『あは』じゃないよ!…意地が悪いんだから…」
「だってさぁ…」
「ギョンジンが仕掛けたからって応えないでよ!俺が…俺がケアするから…」
「…だぁってぇ…」
「なによ!」
「巧いんだもん…ギョンジンのキス…お前よりぃ…」
「…!…」
「あは」
「嫌いっ!」

ラブは膨れっ面と涙目で俺から顔を背けた
可愛い奴だなぁ…
俺は奴の唇を指で軽く摘んでやった

「ラーブ」
「…」

ぷいっと頭を振って俺の指を払う
可愛い…ほんとにもう…
俺はラブの顔を覗き込んだ
あさっての方を向いているラブを後ろから抱きしめた

「やめてよっ!イナさんなんか嫌いだっ!」
「俺は好きだよ」
「…」
「…ラブ…ごめんな…」
「…ふ…んだ…」
「…ありがと…」

丁度入れ墨のある辺りに顔を埋めて俺はラブに礼を言った
言ったと同時に涙が込み上げてきた…
ラブはくるりと俺の方を向いて、そして軽くキスしてくれた
うふ…くふふと笑い合い、俺達はふざけて濃厚なキスをした
もうすぐ1階につく
ついたら扉が開く
ラブとこんな濃いキスするなんて初めてだ…
変な気分
俺もやめないしラブもやめない
お互いに同じ目的があったから…


はぁぁんダーリンたち下に向かってきたぁん
くふふん今日は両手に花だぁ
気分いいなぁくふん
イナもちょっち元気になったしおまけに久々にキッスしちゃったし
それにそれにくひひん、イナから巻きついてきたしっ…けひひーん…
あーケホン。僕にちっとは感謝してくれっかな?
何よりもダーリンのあの甘えた瞳がたまんなぁぁいくふくひっ
きっとダーリンも僕に惚れ直してるに違いない…
今夜あたりきっと…おほほ…おほほほほ
僕はエントランスに車を回し、エレベーターの前でダーリンとイナが降りてくるのを待った
階数の表示灯が1階を示し、スルスルと扉が開いた

「らぶぅぅ、何食べに行くぅ?僕ぅ?なんちってぇぇぇええ?えええええっけぇぇぇぇっ…」

はむはむはむちうちうちう

「らっ。いっ」

はむちうはぐはぐむぎゅはぁっれろっ

「いっ…」

はむっはむはむっちうちうっはむっ

「いやああああああ」


扉が開いた
バカがいた
イナさんと俺は濃厚なキスをますます濃厚に
密接なハグをますます濃密にして扉の前のたった一人の観客に見せつけてやった
バカは絶句し俺達の熱い抱擁に目を見張る
くふふくふふふ…
何度か言葉を止めた後、バカの「いやああああああ」という叫びを聞いた
イナさんが『閉』ボタンを押し、俺が『40階』のボタンを押す
するすると扉が閉まり俺達はもう一度上に昇る
上昇し始めた箱の中でキスしながらくすくすと笑いあった
くすくす笑いが段々大きくなり俺達は狭い箱の中で大声で笑っていた

「ははは…ははっはははっあーっはっはっはっ」
「ひひーギョンジンのあの顔ったら…あはは…今朝はすっごくかっこよかったのにさぁひーひー」
「あはは…あは…あは…」

イナさんはお腹を押さえて思いっきり笑っていた
俺もおかしくなっちゃっうぐらい笑った
息を整えてイナさんを見た
体を前に倒したまま動かない

「…どしたの?イナさん…」
「…ひっく…ひっく…」
「あん?笑いすぎて涙がでてきたの?」
「…ちが…」

エレベーターが40階に着き、扉が開き、俺はその扉を閉めてまた1階のボタンを押す
下り始めた箱の中でイナさんに近づく

「どしたの?」
「…ラブ…」
「ん?」
「…大好き…」
「…ん…俺も…大好きだよ、イナさん…」
「…さんきゅ…」

泣き笑いの顔で呟くイナさんは可愛くて色っぽい…

「…んー…わかるな…ちっとだけ…」
「…なにが?」

鼻を啜りながら掌で涙を拭いて笑顔を見せたイナさんの首に腕を巻きつける
イナさんは両眉と口の両端をくいっと上げて可愛い笑顔を見せる
目が色っぽいんだよな~

「ぅふん…ギョンジンが喰らいついたわけがさ…」
「…ふ…」

俺もおいしそうなイナさんに喰らいつく
口の端を上げて笑った顔で俺のキスを受けるイナさん

「んー本気出してぇ」
「本気?また?」
「んーもうじっきバカの泣き顔が拝めるよ」
「あー…拝みたいな…んじゃ…本気出すか」
「…そうこなくちゃ…ぁ…」

もう一度本気でキスした
変な気分…
俺の大事なイナさん…
俺の大好きなイナさん…
時々無性に憎ったらしくなるイナさん…

「…ねぇ…俺さぁ…」
「ん?」
「イナさんの事…愛してるな…」
「…かはっ…」
「『愛』してるんだよ…うん…」
「…ラブ…」
「…すっげぇ腹立つけど…」
「…」
「…ん…キス…」
「…ん…」

キスしたまんままた一階に着いた
また扉が開く
またバカがいる

「あああいやぁぁぁああんたたちずっときすしてたのぉぉぉいやぁぁそんな複雑怪奇な人間関係っ僕っいやぁぁぁぁぁあ」
「…く…くはは…」
「…ぶははは」
「「きゃははは…きゃーはははは」」

大笑いして、泣きながら俺に纏わりつくギョンジンと一緒にトンプソンさんに挨拶した
トンプソンさんはいつものように温かいスマイルで俺達を送り出してくれた
外の空気はまだ冷たい
俺は深く息を吸って少しだけギョンジンに身を預けた


二人を横目に見ながら後部座席に座った
ラブが俺の隣に乗り込み、そして俺の太腿に頭を乗せて横になった

「何よお前~。前に行けよぉ…それにこういう事はギョンジンにしてやれよぉ」
「あいつにこんな事したら無事に店に着けない…」
「…あー…」
「うふ…」
「…あっ…もしかしてお前さ…」
「ん?」
「テジュンの太腿枕…した?」
「…ん~…したしぃされたしぃ」
「…された?!」
「俺が運転した時ね…」
「…ふぅん…」
「…」
「…あれ…」
「ん?」
「…俺…妬いてるわ…」
「え?」
「…不思議…。…妬けるわ…」

フフっと俺達が笑った瞬間、電話が鳴った
テジュンからだった

『イナ…ちゃんと眠れた?』

俺を気遣う優しいテジュン

「うん…。お前は?」
『なんとかね…今会社にいる…今夜も遅くなりそうでさ…』
「うん。無理すんなよ」
『…会いたいよ…ずっと抱いていたいよ…』
「…ばか…」
『イナ…僕…寂しいよ…』
「…なんだよテジュン…弱気だなぁ…」
『…愛してる…』
「…ん…」
『…』
「…」
『ん。じゃあね』
「…うん…。あ…てじゅ…」
『ん?』
「…。好きだよ…」
『…うん…じゃあ…』

電話を切ってため息をつく
唇を噛みしめて目を硬く閉じる
俺の頬にラブの指が触れる

「俺達の前では我慢しなくていいよ、イナさん…」
「…ぅ…」

ラブは起き上がって俺を抱きしめてくれた
俺はこの友人の肩に顔を埋めて声を出す

「…あいしてるって…言えなかった…言えなかったよ…」

友人はただ俺の頭と背中を撫で続けてくれた…
愛してたのに…
こないだまで自信持って愛してるって言えたのに…
テジュン…

「それが今のイナさんの…正直な気持ちなんだろ?…『好きだ』ってのがさ…」
「…ぁぁ…」

テジュン…酷い男だな…俺って…
ラブの肩に顔を埋めながら、窓の外を流れて行く都会の景色を眺めた


君とイナ  足バンさん

夢をみた
君の夢だ
初めてみたんだ

ふわりとどこかに行ってしまう夢は何千回もみたけれど
あんなのは初めてだったな

僕の横に眠ってる君がほんわり目を開けるんだ
僕はもう幸せで幸せでこの腕に抱きしめてキスをした
ああ抱きしめた感触まで残っている
暖かい唇の柔らかさまで感じたんだ

どんなにそうしたかっただろう

いつも笑ってる君が最後に泣いてたのが気になるけど…
僕の気持ちの何が君を泣かせたんだろう

目を覚ましたら君じゃなくてイナが寝ていた
君の幻を引きずってたから
その背中に一瞬驚いちゃったっけな…ふふ

イナって…これがどうにもかわいい奴なんだ
あの馬鹿野郎のテジュンに一生懸命くっついてさ
テジュンは相変わらずだからけっこう苦労しててさ
寂しいくせに強がったりして
あの強がり方はどこか君に似てるのかもね

でもイナといるとすごく楽しい
若い奴らとの付き合いはけっこうあるけれど
あんなにストレートに僕を突っつく奴は初めてだからね
正直になれるような
つい話を聞いて欲しくなるような

飲みながら僕の夢を聞いてもらった
まだ誰にも話したことはなかったんだけどね
いろいろ話していたらいつか実現しそうな気分になった

そういえば君にいつだったか聞かれたっけな
あなたの夢は何?って
あの時は何て答えただろう
たぶんたいしたことは言ってなかったんだろうな
あの頃は君とテジュンの将来ばかりが浮かんで
自分のことなんかまともに考えられなかったような気がする

君たちが家庭を持って子供に囲まれてやたら賑やかで
そんな家族の風景を側で見ている自分を真面目に想像していた
本当にそれでいいと思ってたんだよね
そんな話したらまたテジュンに叱られそうだな
もしかしてけっこう僕もロマンティストだった?

イナもロマンティストなのかな
時々ふっと心が飛んじゃってるような目をするんだ
何かを夢想するように潤んだ目で遠くを見るんだ
それってロマンティストって言わないのかな

テジュンのことを考えているんだろうか
何か揺れているような感じを受ける時がある
悩んでるのかななんて思うけれど
もちろんあの馬鹿野郎の恋人やってて悩まないわけないけど
それ以上踏み込むわけにはいかないじゃない
テジュンと自分がどうであろうといいじゃないか
とか言われたことがあったもんな

そうあのオールインでだ
鎧着てるなんて言われたの初めてだったから驚いた
僕の中のどろどろのものが湧き上がってきた

あんな自分をさらけ出せたのは初めてだったんだ
だから今僕はイナにどこか安心できる
あそこまで見せられたから楽なのかもしれないな

それに…本当にイナはどこか君に似ている
強がるところと…どこだろう…無理に笑った時の目だろうか
もっとちゃんと笑っていられるようにしてあげたくなるんだ

僕とテジュンが何だかの話に夢中になっていると
君は間に割り込んできてテジュンの腕にまとわりついて
でも片方の手は遠慮がちに僕の袖をちょいと引っ張っていた
その辺もちょっと似てる?
いや、イナは袖引っ張ったりしないけどね
そんな感覚になることがある

イナも僕のことを少しは頼りにしてくれているだろうか
偽善の鎧が取れちゃったこんな僕でも
これからも話を聞いてくれるだろうか
そして僕も少しは自分をさらけ出しても
テジュンにも知られたくない弱い僕を見せてもいいだろうか

そんな風に自分を出せる日を重ねられたら
僕はいつか変われそうな気がする
君への想いをそのまま大事にしながら
それでも尚昔の僕に戻れる気がする

そうしたらまた恋もできるだろうか
ねぇ…どうだろうか


千の想い 12 ぴかろん

ギョンジンたちと軽く飯を食ったあと店に出た
ミーティングの時、スヒョンが疲れているように見えた
ああそう言えば映画の話…昨日聞こうと思ってたんだった…
ミンチョルが恋人役?
冗談だよなぁ…
イヌ先生の聞き間違いだ、きっと…
俺は当のミンチョルを見やった
ギョンビンの隣で普通の顔をしているように見える
目玉は…うーん…ガラスじゃぁ…ねぇよな…

営業中、手が空くとどうしてもスヒョンとミンチョルを見てしまう
…あの二人が恋人同士の役だってんなら…双子が黙っちゃいないよなぁ…
そう思って今度は双子を観察する
そういえば双子はここんとこいつも一緒?
いや…今日はギョンビン、ミンチョルと一緒にいるかな…
でも…ちょこちょこドンジュンと話してるしなぁ…うーん…わかんねぇ…

客が途切れた時、裏に行って厨房前のドアから店を覗いていた
スヒョンを見る
ドンジュンの方を見ている
なんだか思いつめた表情にも思えるけどな…
あいつは一人で抱え込みすぎだよ…
ドンジュンの方は全くスヒョンを見ない
意識してるのか?…そりゃ…そりゃ揉めるだろうな…恋人役の話が本当なら…
ミンチョルとギョンビンは時折微笑みを交わしている
いつも通りに見えなくもないし…深読みすれば普通を装っている?…俺のように?
そんな事を考えていたら突然目隠しされた
…この手は…しまった…油断してた…

「だーれだっ♪」

ハイテンションなヨンナムさんだった…
ちくしょう…会いたくなかったのに…

「ぼーくだっ♪」
「…」
「何?まだ酒抜けてないの?それともまだ怒ってるの?」
「…。元気だね…」

俺は前を向いたまま不機嫌に言った

「お前は?」
「…」
「…怒ってるの?」
「…いつ来たの?」
「20分ぐらい前。テソン君にコーヒーご馳走になってた」
「…」
「…イナ…なんで不機嫌なのさ」
「…別に…」
「ねね、明日の朝さぁ、飯食いに来いよ」
「…明日はゆっくり寝てる予定だもん…」
「…テジュンもいるぞぉ」
「…」
「イナ?」
「配達終わったの?他、行かなくていいの?」
「…なんだよ…冷たいなぁ…僕そんな酷かったの?」
「…うん…」
「…ごめん…」
「はぁ…。しばらくヨンナムさんに会いたくない」
「なんで?!」
「…。そういう気分なんだよ」
「…イナ…」

俺はずっとヨンナムさんから顔を背けていた
ヨンナムさんの寂しそうな気配を感じる
くるりと背を向けてとぼとぼと出て行こうとしている…
ああもう…

「ヨンナムさん」

意志薄弱…これが俺…。我慢できなくて声をかけてしまう…

「…明日は行かない。あさっても行かない。いつかは行く。俺気まぐれだから約束できない」
「…うん…」
「行ったら飯、食わせてくれる?」
「うん」
「…いつ行くかわかんないんだぜ。いいの?」
「…うん…待ってる…」

一言毎にヨンナムさんの顔が明るくなる…
なんでだよ…ヨンナムさん…

「待ってなくていいよ」
「…飯でなくてもいいからさ…遊びに来いよ…な…」
「超ヒマだったらね!」

笑顔が見たいのに見たくなくて、俺は最後の言葉をぶっきらぼうに言い放った
ヨンナムさんはまた俯き、裏の戸を開けて出て行った
寂しそうな背中
俺を…誘わないでよ…
会いたくなる…
俺は我慢の利かない男なんだから…

落ち着かなくて俺は裏の戸を開け外へ飛び出した
ヨンナムさんが前を歩いている
何度も見た光景だ…
心が言う事を聞かない
正直になっていいの?
足が勝手に走り出す
俺の足音を聞いてヨンナムさんが振り返った

「…イナ…」
「…はぁはぁはぁ…」
「…どうしたの?」
「…はぁはぁ…そんな…寂しそうな顔しないでよ…」
「…別に…そんな顔してないけどな…」
「ヨンナムさんちでご飯食べようと思うと朝寝できないんだもん!…明日とあさってはゆっくり寝たいんだ俺」
「…うん…」
「いろいろ予定もあるしさ」
「…うん…」
「…だから…ふらっと…寄るかもしんないけど…いい?」

見たくないけど笑顔でいてほしい…

「ほんと?」
「毎日俺の朝飯作らないでよ」
「うん」
「待ってなくていいからね」
「うん解った♪イナ、ありがと」
「…ありがとって…あ…」

ヨンナムさんに抱きしめられた
どきどきする…
俺、これを期待してたんじゃないの?
ヨンナムさんに触れたくてわざと冷たくしたんじゃないの?

「待たずに待ってるからねっ来てねっ」

ヨンナムさんは爽やかに笑ってトラックに戻った
俺は微かに震えながら自分の腕を掴んだ…

「はぁ…」

その笑顔が見たくて、見るともっと好きになってしまうのに
どうしようもないな…
嬉しくて…哀しくて…辛くて…痛い

「はぁっ…」

裏口から中に入ってまた大きなため息をついた…

「びっくりしたぁ」
「わ…ドンジュン…」
「どしたの?またタバコ?」
「あ…いや…」
「指名入ったよ、イナさん」
「さんきゅ…」

いつもと変わらないように見えるドンジュンは、俺にそう言って控え室に向かった

「ドンジュン」
「ん?なに?」
「…お前とギョンビンって…スヒョンの映画の音楽やるの?」
「…。…わかんない…」

ドンジュンの顔が強張り、俺を振り切るように控え室に入って行った
一瞬後に店内に続くドアが開いて今度はギョンビンが裏に来た

「…ギョンビン…」
「ああイナさん」
「…お前とドンジュンって…スヒョンの映画の音楽やるってほんと?」
「はい」
「…ドンジュンは『わかんない』って言ってたけど…」
「僕はやりますけど」
「…そう…」

ギョンビンの表情はあまり変わらない…

「…どういう…映画なの?」
「…。詳しくは知りません」

一線を引かれた気がした
やっぱし双子たちは知ってるんだよなぁ…

営業中は接客に専念した
全て引き出しに仕舞って仕事をした
店が終わり、あの四人の事を考えている時に目の前をイヌ先生が通りかかった
俺は先生を捉まえてもっと詳しい映画の話を教えてくれと言った
先生は一言、ミンチョルはスヒョン演ずる男と熱烈に愛し合った男の役だと言った

…熱烈に愛し合った男?…ラブシーンもあるの?
…さぁ、そこまでは…

あってもなくても…『熱烈に愛し合った二人』をあの二人が演じる?
祭のときのあの四人が頭に浮んだ
張り詰めていたギョンビン
諦めたようなドンジュン
ラウンジの片隅で二人くっついてあいつらを待っていたあの双子…
スヒョンとミンチョルが柔らかい空気を纏いながらラウンジに現れたときの双子の白い顔…

『僕達は心で寝たんだ…』

心で寝た…あの状況がもう一度訪れる?

何を考えてるんだ!
いい加減にしろよ!
あいつら…祭のときで終わらせたんじゃないのか?!
…いや…これは…映画だから…でも…

俺の頭の中は四人の苦しげな顔で溢れかえる
仕事なんだから…本当じゃないんだから…でも…
なんであの二人が?どういう事だ?
おせっかいの虫が体中を這い回る
…ラブとテジュンが一つになった瞬間
…ヨンナムさんもテジュンも選べない俺
…テジュンの仕事を応援する俺
…テジュンだけを愛していたはずなのに…
俺自身の気持ちと、俺が想像するあいつらの想いが交錯する
ざわざわと音を立てて虫が体中を蠢いていた…








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