ぴかろんの日常

ぴかろんの日常

リレー企画 198

リベンジ  オリーさん

ドンジュンさんは思ったより上機嫌で
僕の車に乗り込んでからずっと鼻歌を口ずさんでいた
僕たちはソウル市外に向かっていた
「その先生、市内にレッスン場とか持ってないの?」
鼻歌まじりのドンジュンさんが僕に聞いた
「さあ。彼からは簡単な住所もらっただけなんです」
「その他情報なし?」
「いい先生だって」
「それだけ?」
「それだけ」
「もしかしてあの人と喧嘩でもしてる?」
「ふふん、そんな生易しいものじゃありません」
「何それ?」
「闘争です」
「もしかして例のトレーニングの代名詞か?」
「必要以外は僕に近づきたくないみたいですね」
「超険悪じゃん、それって」
「大丈夫です。僕は遠慮なく近づきますから」
「ぷはっ!」
ドンジュンさんは大きく吹いた

「スヒョンさんは何て言ってました?」
「何てって?」
「今日のことですよ」
「このレッスンのこと?」
「喜んでました?」
「ふふん、実はさあ、まだ言ってない」
「言ってないんですか?」
「ひ・み・つ・・」
「歌やることも?」
「ひ・み・つ・・」
「どうして?」
「応援します、歌も歌います、とかって何となくしゃくじゃん」
「そうかあ」
「それよか、内緒で練習していきなり驚かせてやろうかなあなんてさ」
「ぷっ」
今度は僕が吹いた

昨夜腹筋トレーニングを済ませて寝る前に彼から紙を渡された
「明日の昼過ぎにドンジュンとここへ来てくれ」
「何?」
「ボイストレーニングをしてもらう。いい先生を頼んでおいた」
「何だか本格的だね」
「やるからには徹底的に。ミンの主義だろ?」
彼はそう言うとちょっと嫌な感じの微笑みを浮かべた
「とてもいい先生だから」
彼はさらに言うとそのまま背中を向けて寝てしまった
後ろから抱きついたら、痛いからやめろと言われた
機嫌がよくないのだった
ヒョンジュへの道は遠いね、と言ったら
ブランケットを頭からかぶってしまった

紙に書いてあるとおりに車を進めていくとソウル市外の高級住宅街に入っていった
「このあたりってさあ、昔ミンチョルさんの家があった辺じゃん」
「そうですか?」
「お前知らないの?」
「知りません。必要ありませんから」
「あっそ」
「ドンジュンさんこそ何でそんな事知ってるんです?」
「ずっと前イナさんが言ってたような・・昔イナさんがいかさま賭博した家が
平倉洞のアートセンターの近くでミンチョルさんの家の隣だったとか」
「そうなんですか」
そのことは彼の口からは一言も聞いていなかった
彼は昔の事はほとんど話さない
僕も聞かない
今まではそれで済んでいたから

しばらくすると瀟洒な豪邸の前に
彼が車のボンネットにもたれて立っているのが見えた
背広のボタンを開け腰に手をあてているその姿が
少しシャープになっているような気がした
「ねねっ、ちょっと効果あるんじゃない?」
「え?」
同じように彼に気づいたドンジュンさんが言った
「何となく線が細く見えるじゃん」
「まだまだこれからですよ」
「お前ってほんと妥協を知らない男だな」
「相手がウナッチですからね」
「そう言えば僕サインもらっちゃったよ」
「え?」

「この間ちょっと会ってさあ」
「ライバルにサインもらったんですか」
「ライバルって・・・」
「スヒョンさんの相手役ですよ」
「だってさあ、実際オーラきらきらの彼女が目の前にいたら、
そりゃあ、ぜひに一枚お願いしますですですってもんだろ」
「まったく堪え性がないんだから」
「ふんっ、お前だって絶対言っちゃうって」
「言いませんて」
「言っちゃうって」
「言いません」
「言っちゃうから」
「着きました」
「はいはい」
「返事は一回っ」
「はいなっ!」

「すぐにわかったか?」
車から降りた僕たちに彼は近づいて声をかけた
「ギョンビンの運転は完璧」
ドンジュンさんが答えた
「トレーニングと同じでバッチグー!」
ドンジュンさんの先制パンチ
彼はちらとドンジュンさんを見て、それからゆるりと豪邸に向かって歩いていった
なぜか正面の大きな扉ではなく、その隣の通用口から中へ入った
僕らは後から続いた
「ねえねえ、これってもしかしてミンチョルさんち?」
ドンジュンさんが屈託なく話しかけた
振り向いた彼はただ静かに笑うだけで何も答えなかった

玄関へ続く石段を登って彼がドアチャイムを押した
が次の瞬間にはドアが開き、中から大きな塊が飛び出してきた
そしてその塊が彼を抱きすくめた
「んもうっ!ご無沙汰なんだからぁ!」
僕らは唖然としてその光景を見つめた
「あれって・・」
「もしかして・・」
「「アンドレ先生?」」
大喜びで彼を抱きすくめているのはどう見てもあの祭りの時のアンドレ先生なのだった
ドンジュンさんが僕をつついた
「あの人って音楽もやるの?」
「知りません」

「連絡もらってから楽しみにしてたんだからぁ。さぁさぁ入ってちょうだい」
アンドレ先生は彼にとじりついたまま中に入って行った
続いて中に入ろうとした僕たちの目の前でいきなりドアが閉まった
ドンジュンさんと僕はもつれて後ずさった
「何だよ、僕たち入れてくれないの?」
「さあ・・」
顔を見合わせた僕らの目の前でまたドアが開いた
「あんたたちっ、何ぐずぐずしてるのっ!とっとと中へ入りなさいよっ!」
アンドレ先生が怖い顔で怒鳴るのだった
僕らはその勢いに押されてすみません、と謝っていた

「ほんとにアンドレ先生がボイトレの先生なのか?」
「だから知りませんって」
「そのくらい調べとけよっ」
「だって近づくと怒るんだもの」
「そんな内輪の話知るかよっ」
僕とドンジュンさんが玄関でもめているとまたアンドレ先生の怒声がとんだ
「とっとと入れっ!」

玄関を入るとすぐにリビングもどきがあって
アンドレ先生は彼を相手にしゃべりまくっている
「ささ、ミンチョル君こっちこっち。随分かわったでしょ?」
「悪いけど、前面改装させてもらったわよ」
「壁はねえ、ピンクにしたかったんだけどデザイナーに反対されちゃったの」
「あのごてごてした応接セットは撤去したわよ、趣味じゃないもの。
あの意味不明な白いピアノはあたしのスタインウェイと交換したし」
「二階はあたしの仕事場で、レッスンなんかは下でやるの」
「あ、ダイニングとキッチンは割りとそのままかしら」
彼は笑顔で先生の話を聞いている

「ねえ、やっぱここミンチョルさんちじゃないの?」
「そうかもしれませんね」
「意味不明の白いピアノって何?」
「さあ・・」
僕らはちょっととまどいながら、招き入れられた家を見回していた
室内はすっきりと白の壁でまとめられ、
リビングには大きな黒のレザーのソファとガラステーブル、
その右手には小さな書斎があってデスクの上にパソコンなどの機器が置いてある
左手の階段の奥の部屋にスタインウェイと言っていたピアノが置かれていた
ひととおり説明し終わったらしく二人はソファに腰かけた
僕らも少し離れて座った

彼が僕らを口を開いた
「先生、紹介します。カン・ドンジュンとミン・ギョンビンです」
「うふ。あなたの新兵器ね。よろしくね、ドンとミン」
アンドレ先生は僕らにウィンクした
「あの~、アンドレ先生ですか?」
たまりかねたドンジュンさんが口を開いた
「いやぁねえ。兄さんとあたしじゃ顔のサイズが全然違うでしょっ!」
「「兄さん・・」」
「先生のお兄さんはあのアンドレ先生なんだよ」
彼が楽しそうに言った

「そう、あたしは年の離れた弟よ。顔が兄さんよりシャープでしょ」
「「うう・・」」
「何かっ!」
「い、いえ何でもありません」
「はあ。ちなみにお名前は・・」
「あんたたちっ!アンドレときたら、ふつうオスカルに決まってるでしょっ!」
「「オスカル?」」
「あんたたちっ、日本の宝塚も知らないの?無知な子達ねえ」
「「宝塚・・」」
「ああっもうっ!ここは突っ込みどこなのにぃ。
ちょっとミンチョル君、このノリの悪い子達何とかしてちょうだいっ!」
「すみません、先生。こっちがカーデザイナーであっちが諜報部員なもんですから。
ちょっと芸能関係は疎くて」

「まったくっ。じゃあ教えてあげるから、いいわねっ!」
「「は、はい」」
「アンドレときたらオスカルに決まってるでしょ、と言われたら、
まさかぁ、そんなの冗談でしょうって返すの」
「「はあ」」
「したらあたしがね、そうよ冗談よ、アンドレとオスカルなんて出来すぎでしょって言うから
そうですよねえって相槌うつのよ」
「「はあ」」
「んでね、ほんとはロバートって言うのよ、って言うから、
ああ、素敵なお名前ですね、って返すの。わかった?」
「「はあ」」
「んもうっ!ノリが悪いったらありゃしない。ミンチョル君、何とかしてっ!」

「すみません。ミン、ドンジュン、こちらはアンドレ先生の弟さんでロバート・キム先生だ。
業界では知らない人はいないくらいの有名人。先生のレッスンを受けられる人間は限られてる」
「そうなのよ。あんたたちは超ラッキーなのよ。
ど素人のくせにあたしのレッスン受けられるんだから。わかったかっオラっ!」
「「はいっ」」

『時々ドスきかせるとこまでそっくりじゃん』
『ですよね。顔のサイズも区別つかないし・・』
『言われればこっちの方が若干若いかなって』
『そんなもんですよね。化粧の仕方も似てるし』

「オラっ、何こそこそ話してるんじゃいっ!
話しするヒマがあったら台所行って茶でもいれてこんかいっ!」
「「は、はあ」」
「ミンチョル君はコーヒーでいいの?あたしは紅茶?あんたたちは水、いいわねっ!」
「「は、はあ」」
僕らは追い立てられるように台所でお茶をいれたのだった
「何だか想像してたのと全然違うんだけど」
ドンジュンさんが言った
「そうですよね。まさか下働きから始めるんでしょうか」
「んなばかなっ!」
「ですよねえ」
「それにしてもそっくりだなあ」
「ほんとに・・」

お茶を飲みながらロバート先生と彼は話をつづけ、僕らはそれをずっと聞いていた
それでわかったことはやっぱりここは彼の家だったということだった
彼の家が売りに出された時ロバート先生がここを仕事場にするために買ったらしい
そして先生の住居用の家は、ここから3軒先にあるらしい、ということ

「何て金持ちだよ」
ドンジュンさんがあきれて言った
「ほんとですね」
「お前が言うなよ」
「え?」
「お前だってすごいとこ住んでるじゃん」
「あ、でもあれは実力じゃありませんから」
「まあそうだけどさあ」
「でも実力もちょっと入ってますよ」
「ラッキーってだけだろ」
「それを呼び込むには実力がいるって知らないんですか?」
「喧嘩売るなよ」
「そっちが先に仕掛けたんでしょ」

「ちょっと、あんたたちっ!うるさいからちっとお黙り。
ミンチョル君用事があるから先に帰るって。送ってくるから待ってなさいよ」
「「は、はいっ」」
「じゃあ、僕はこれで。後で店で会おう。先生のいう事をよく聞いて、いいね」
彼は僕とドンジュンさんをつっと見つめると立ち上がった
最後に一度僕を振り返りわずかに微笑んだ
昨夜のあのちょっと嫌な感じの微笑み・・

玄関先でも二人は話しこんで、最後はロバート先生が彼を抱きしめていた
僕はちょっと目が釣りあがったかもしれない

彼が出て行くとしばらく先生は見送っていたが、やっと戻って来た
がその顔は彼と話していた時とはまるっきりかわっていた
「飲み終わった食器はとっとと片付けんかいっ!」
「そうそう、割るんじゃないぜよ」
「終わったらこっちきてストレッチじゃ」
「何、不服そうな顔しとるんじゃい。発声の基礎はストレッチからじゃい」
「おらおら、ちゃんと筋のばして、首回さんかい」
「ええか、バラードちゃんと歌えんと韓国では相手にされんで」
「バラード歌うには歌唱力っちゅうのが必要なんじゃい、知らんのかい、ぼけっ!」
「ミンチョル君の頼みで仕方なくレッスンしてやっとんのじゃ。言うとおりにせんとしばくで、おらっ!」
二人とも声は腹から出すもんだと腹にパンチを入れられ、
反射的によけてしまった僕は生意気だと二倍殴られた

彼のあの微笑の意味がやっとわかった僕だった・・


回想  オリーさん

しばらく昔の家の前で佇んでいた
懐かしいというだけでは済まされない
重苦しい思いに飲み込まれそうになりながら
あの過去と決別し、本当に新しい出発ができるだろうか
おし寄せてくる不安とかすかな期待のはざ間で心が揺れた

キム先生に電話をするまで随分と悩んだ
先生は、まず歌手の声を聞く
そして気に入らなければ、どんな有名な歌手でも相手にしない
それが昔からのやり方だった
なまじそれを知っていただけに、僕はためらっていた
二人の声を聞かせて断られたらそれでもうアウトだ
キム先生に断られたという話が洩れれば、大きなダメージになる

それでも意を決して電話をしたのは
もし先生に認めてもらえたら、飛躍的に可能性は高くなるから
そしてある理由から、もしかしたら受けてくれるかもしれないという
一縷の希望があったからだった
迷った末に電話を入れたのは数日前だった
できるだけ端的に正直に状況を話し、
ボイス・トレーニングをして欲しい素人がいると切り出した
絶対に売り出したいのでぜひお願いしたいと

「んもうっ!聞いたわよ、ミューズの件。やっと復活ね」
電話の向こうでキム先生の嬉しそうな声を聞いたとき
思わず安堵のため息が出た
先生は僕の無理な依頼を承諾してくれた
そしてあの時、意外な形で励ましてくれた先生の姿を思い出していた

先生は僕の家の近くに住んでいた
近所だと言うのでかえって仕事の話がしづらく
積極的にコンタクトを取ったことはなかった
それでも大御所の先生だけに何度か仕事を一緒にさせてもらい
その度に新鮮な衝撃を受けたものだった
それでもなお僕からは積極的に仕事の依頼をしたことがなかった
だから父のあの事件の後、彼がいきなり僕を訪ねてきた時は正直驚いた

「今、あなたの家売りに出てるわよ」
彼は部屋に上がりこむなり開口一番そう言った
「そうですか」
「あたしが買うから」
「え?」
「レッスン用の場所が欲しかったの。あんたのとこは家からも近いしちょうどいいのよ」
「そうですか」
「知らない仲じゃないし、一応あなたに了解とっておかないとね」
「あの家はもう僕の物でも父の物でもありません。僕が口出しできる立場じゃありませんから」
「そう。じゃあいいわね」
「ですから僕はもう・・」

先生の真意がわからないまま同じ言葉を繰り返す僕を遮ってキム先生は続けた
「以前からちょっとあなたには関心があったの」
「え?」
「見出した新人をスターに仕立てるあなたの手腕、お見事だったわ。
でもあなたはいつも冷めてた。業界の頂点にいても、どこか冷めて目をしてた。
クールだっていう見方もあったけど、あたしはそうは思わなかった」

僕はますますわけがわからなくなった
「業界の人間はあなたのこと神の手を持ってるって噂してたわよね」
「そんな時もありました・・」
「でも、あなたはお父さんのスキャンダルですべて無くした」
「先生、僕が神の手と呼ばれたのは偽りです。
すべては虚構の上にあった。今はそれが元に戻っただけです」
「あなたの実力は認めてたけどあの呼び方だけは気に入らなかったのよ。
あなたは一人の男で、強烈なカリスマを持っていたけど神じゃない」
「・・・」
「あたしがどうしてあなたにこんな事言いに来たかわかる?」
先生は僕の瞳をまっすぐに捉えて言った

「あなたが冷めてたのは自分のために仕事をしてたわけじゃないから。
バークリーを出て強烈なオーラで皆を圧倒してたけど、それは自分を輝かせるためじゃない。
ただお父さんに潰されないように突っ張ってただけ。違う?」
「先生・・」

「いい機会じゃないの。ゼロに戻ったんだから。神の手がなくなっちゃったんだから
人間の男として帰ってらっしゃいな。そして今度は自分のために輝いてごらんなさい」
「・・・」
「人間だからこそ、落ちぶれたりのし上がったりできるのよ。
あなたがまたのし上がる時まで、あなたの住処を確保しておいてあげてもいいわ」

「え?」
「家っていうのはとても大事よ。あたしも苦労はしてるからそれはよくわかる。
誰でも帰れる場所が必要なのよ。帰れる場所が待ってるって思えれば頑張れるんじゃない?」
僕は思わず先生の顔を見つめた
「あなたはこれで終わる人間じゃないわ。
その時まであたしがあの家を預かってあげてもいいって言ってるの」
「キム先生・・」
あの事件以来、いやそれ以外でもこれほどの申し出を受けたことはなかった
僕は驚きと感動で胸が詰まった
かろうじて目の前の先生に言葉をしぼり出したた

「どうして、そこまでご親切に?」
「どうしてかしらねえ。あなたはバリバリの御曹司であたしは成り上がり。
正反対なのにねえ。まあひとつはっきりしてるのは、あたしはいい男が好きなのよ。
さて、それでどうする?」
「あの家は父の虚栄の結晶です。戻る家はこれから僕が自分で作らないといけない。
そう思っています。だからあの家を先生が買われても、どうか好きになさってください。
先生のお気持ちだけ、ありがたくいただいておきます」
すると先生はすっと立ち上がった

「わかったわ。じゃあ好きなようにさせてもらうわ。
ねえ、人間てね、落ちた時に試される、本性が出るのよ。あなたは合格だわ。
またそのうち会いましょう。待ってるから」
そう言うとさっさと部屋を出て行った
僕はしばらく動けなかった
意外な人からの意外な援助
そして意外な言葉の数々
気がついて後を追いかけると、先生は待たせておいた車に乗り込むところだった
僕は車が見えなくなってもずっとその場で先生にお礼を言い続けた

ロバート先生もアンドレ先生もかなり苦労されたのだと聞いたことがあった
極貧の中から這い上がってアンドレ先生が今の地位を築いた
そして音楽の才のある弟のためにかなり無理をして援助をした
だからキム兄弟はとても強い絆で結ばれているのだと

僕はあの時の事を、まるで昨日の事のように思い出していた

帰りしな玄関まで送ってきてくれた先生は僕に言った
「あの二人、案外いけるかもよ」
「本当ですか?」
「あなた、まさかあたしにカスをつかませたわけじゃないでしょ」
「もちろんです」
「それにあたしをなめてもらっちゃ困るわね。
マルかバツかくらいはぱっと見でわかるわよ。後は練習しだいね」
「ありがとうございます」
「あらら、誤解しないでね。あたしは沈む船には乗らない主義よ。
まずはあの二人がまともな声が出せるようにしないとね」
「それは遠慮なくお願いします。特に目が釣ってる方は体力ありますから」
「ふふ、まかせといて。あたしがたっぷりしごいてあげるから」
「よろしくお願いします」
「ミンチョル君」
「はい?」
「あんた、男になったわね」
「そうでしょうか。まだ先生の言われたようには・・」
「とにかく、あたしも楽しめそうだわ。じゃあ後はまかせて」
僕は先生に礼をしようと頭を下げた
そんな僕を先生はしっかりと抱きしめた
「いいわね、これからよ。これからが勝負よ」
先生はそう言って何度も僕を抱きしめた

そこまで思い起こして、最後にもう一度かつての家を振り仰いだ
そこにはロバート・キムの表札がかかっていた
それを見てなぜか安心して、車に乗り込んだ
もう二度とこの家を訪れることはないような気がした

やることは山のようにあった
ミューズのHPを企画に合わせて新しく変えなくては
リンクするBHCのHPも早急に立ち上げなくてはならない
車の中から、マヨさんに連絡した
例の件で打ち合わせしたいと
マヨさんはちょっと面倒くさそうにCasaで待ってますと言った

僕はしごかれているミンを想像して
ちょっと愉快な気分になりながらCasaへ向かった


CM  足バンさん

メインコピー「I Feel You」
サブコピー「Jin Blue」
クライアント:Brian Weaver
出演:チェ・スヒョン
監督:シン・ジソク

「思い出のソファ編」

小さな本の頁をゆっくりとめくる指
本を見つめる瞳
キッチンの流しに落ちる1滴の水(スロー)
蒼いセーターを着た男の背中
古い木製デスクの上の古びた封筒
本の文字をそっとなぞる指
黒いソファの肘掛けに腰掛ける男の全身
思い出に浸るように目を閉じる横顔
窓の外を横切る白い鳩、かすかな羽根の音
ふわりと目を開ける男
水の入ったグラス
何気なく唇に触れようとした指が止まる
ゆっくりと彷徨う視線
壁にかけられている古い写真
窓の外の柔らかい光
ほんの僅かに微笑んだかのような瞳
「I Feel You」
髪をかきあげる男(スロー)
「Jin Blue」
男のロングショット
画面暗転
「Brian Weaver」

「雨の窓辺編」

少し暗めの書斎(腰窓からの僅かな光)
ゆっくり振り返る男の顔
木枠の窓をつたう雨
窓に近寄り枠に手を掛けて外を見る男
窓をつたう雨ー男の表情(窓外からのショット)
室内の床に落ちる窓の影
何かを思い出したようにふと笑みがこぼれ
その表情が次第に寂し気に変わる
目を閉じ下を向く男
雨に濡れる窓硝子
画面左に窓、佇む男の全身
「I Feel You」
ゆっくり目を開ける男の横顔
窓に背を向け寄りかかる(上半身)
手前の木製デスクに合ったピントが
その向こうの窓辺に合っていく
画面中央
窓に寄りかかる男の全身シルエット(窓からの逆光)
「Jin Blue」
目を閉じ窓に頭をもたせかける男(胸上)
画面暗転
「Brian Weaver」

「木漏れ日の公園編」

新緑の樹々の間をゆっくり歩く男の遠景
蒼いセーターと白いパンツ、ポケットに手
ゆらゆらと落ちる木漏れ日
遠くを走り行く小さな子供たち
それを何気なく目で追う男の表情
突然吹きつける風にふと立ち止まり風から顔をそむける男
ざわつく頭上の樹々
ゆっくり顔を上げ樹々を見つめる
枝の間に光る陽
そのまま目を閉じて空気を吸い込む
空に飛んで行く白い風船
立っている男の後姿
「I Feel You」
ふと目を開けて後を振り返り
一瞬誰かを捜すような表情(スロー)
誰もいない木立ち
少し苦笑
「Jin Blue」
俯き加減でゆっくり歩き出す
さわさわと揺れる新緑
画面暗転
「Brian Weaver」

「雨のやつもう少しセーターの色はっきりさせよう」
「全体の感じはいいんじゃないですか」
「うん、いい」
「で、ミンチョルさんにこのラッシュ見せるんですか?」
「うん、CM曲も頼むかどうかは協議中だけど」
「だけど?」
「これ見たら話の感じ掴んでもらえるでしょ…ウナさんにも見てもらうつもり」
「なるほど」

シン監督は今日はご機嫌なのかもしれない
なんてったって私のコントレックス(硬質水)をガブガブ飲むんだもの
いつもは「何だこのまずい水はっ」ってケチつけるくせに
もちろん私の渾身のカメラワークに文句はあるまい
超業界人のロンゲのCMディレクターも自信ありげだし
CMラッシュの出来にかなりご満悦かな

「色っぽいわねぇ…スヒョンさん…」
「くふふ」
「やだ監督いやらしい笑い方」
「メイクの子が言ってたよ…スヒョンさんメイク中に鏡の中でにっこり微笑みかけるんだって
 で、会話の中でさらっと褒めてくれるんだってさ…何気に嬉しくなっちゃうようなこと」
「へぇ」
「で、思わずいつもの何倍も丁寧に仕事しちゃったって」
「狙われたの?彼女」
「いや、それが誰にでもそうみたい、衣装さんも美術の”野郎”も言ってた」
「あら…私まだ言われてないけど」
「恐いんじゃない?」
「しばきますよっ」
「あれは天性だな」
「一歩間違えたらただのコマシなのに嫌味じゃないとこがさすがだわね」

「でもこのラッシュ見るとわかるじゃない…マジになると凄いよ彼」
「自分の世界に入り込んでましたもんね」
「うん、ゾクッとした」
「もう今から楽しみっきひっ」
「ユンさんも笑いがヤらしいよ」
「だって本格的なラブストーリィ久々なんですもん」
「去年他で撮ったじゃない」
「あの俳優さん色気ないんだもん」
「あ、モロ言ったな」
「今回は久々に”我が乙女心がときめく対象物を撮れる喜び”って意味です」
「うはは…ミンチョル君捕獲に行った時も目輝いてたもんなぁ」

監督の生き生きとした顔は久しぶり
9.11の件で死んだようになっていた頃は
もう二度と仕事はしないんじゃないかと思っていた

周りの励ましが彼を支えてきたのだろうけれど
一番の薬は”共感者”がいたこと
同じくWTCで息子さんを亡くしたウィーバーの社長との出会いで
監督の気持ちが大きく前に向いていったんだものね

やっと脚本に取りかかって地道に役者を捜して
ジホ君繋がりでスヒョンさんを見つけてきた時は大興奮
「ジンだジンっ!おいっおいっ見つけたぞっ!」って真夜中の2時に電話してくる?普通

ウナさんへのラブコールを承諾してもらえて
一番難航してたヒョンジュまで思いがけない所で見つかって
ナマのミンチョルさんに会った時の監督の目といったらもう!
すぐに私らにカメラ回しとけっ!て興奮しちゃって…くふっ楽しかった

「ジンはいいとして彼は難しいぞ」
「ヒョンジュ?」
「スヒョン君みたいには行かないでしょミンチョル君は」
「でもスヒョンさんに全面的にお任せすればいいんじゃないですか?」
「任せる?」

あらやだ…監督まだよくわかってないのかしら
この間の読み合わせの時もあんなにオーラ出てたのに
って…意識してないとわかんないのかな
思わずニヤついちゃうのよね、あのふたり見てると
「スキナタイプノオトコでしょ!」と詰め寄りたくなるんだわ

まぁ実際は何がどうであるにせよ
プライベートで繋がってるふたりを話の世界で描写するって
撮られる方も撮る方も難しいんだけど
そこをかいくぐってそのふたりならではのいい表情を切りとるのが醍醐味
うまく行けば演技を越えた空気が全体を変えちゃうからね
今回ちょっと腕が鳴っちゃう理由はそこにもある

「んふ…大丈夫ですよっ」
「妙な自信だな」
「まぁ…女の勘とカメラはあなどれないってことです」
「自覚ゼロのあの”天然の色気”をがっつり引き出すから…撮り逃さないでよ」
「ラジャ!」

さていよいよだわ
序盤から飛ばすわよっ


La mia casa_32  妄想省mayoさん

はるみは少し開いた工房のドアの前の椅子でコロン@..と丸くなっていた..
それが..ムクッ..っと起きあがり..「みゃぅ~~ん..」ひと声啼いた後..

>>>>>@@<<<<<…
前足を揃え..お座りをし..耳をピン!..っと立て始めた..

……ぶぉ~~るるるるぅぅぅぅぅ~~~~..

細い路地の向こうから実に遠慮のないエンジン音は[おべんつ]..

「お狐様ご来訪だな..」
「へへ..そうみたいだね..」

……ひゅるるるぅぅぅぅ~~~~..

「ミンチョルさぁ~ん..」

工房の脇でエンジン音が止まると同時にテスは腰高窓から顔を覗かせた

「向かいの駐車場..Cherokeeの隣が空いてるからそっちに車停めてくださぁ~い
 悪戯されたら困っちゃうでしょ?大切なお・く・る・ま#」

お狐様はちょい首を傾げたが..さっ…っと前髪を祓った後..

「そ?..ありがとう..テス君..」

ときらりん☆白い歯を見せ..また遠慮のないエンジン音で向かいの駐車場へ[おべんつ]を乗り入れた..

……カツ..カツ..カ…ックン..カツカツ..ックン..カツカツカツ..ツツッッツ..カツ..ツン..

お狐様は時折足をもたつかせ..手と足が同時に出てしまうのを
前髪をさらりと風に靡かせる仕草で優雅に誤魔化しながら駐車場から店の方へ歩んで来た

テスに促され..
お狐様はガレージ側の入り口からお入りになられ..少し開いた工房のドアから顔を覗かせ..
「こんにちわ」と挨拶のお言葉を述べられた..

俺とテスが笑顔で答えると..
その後..お狐様は鼻の穴をMAX!でお広げになり..
上質スーツJKをお召しになられていても確認出来るほどに胸の筋肉をグワシ#..と膨らませ..
焼きたての香ばしく..甘いパンの匂いを存分に取り込んでおられた..

「…」
一瞬..息を止め..ちょいと軽く涙ぐむ..

「は..」
お狐様は深く短くため息をお漏らしになられた..

@×@..
はるみは切なげに俯くお狐様を憐れんでいるのか..笑いを堪えているのか..
前足を口許に当てたままお狐様を見上げていた..

トントントンと螺旋階段を下りてきたテソンはお狐様を出迎え..
はるみを抱き上げたテソンとお狐様は2Fへ上がった..

工房の隅に備え付けてあるモニターのスイッチを入れPWを入力する..
防犯も兼ね..店には何ヶ所かにカメラを据え付け..2Fのリビングのみとを繋いでいる
回線のPWはcasaの4人しか知らない..
~~~~~~~~~~
「広いんだね..意外と..」
2Fへ上がったお狐様は物珍しそうにリビングを眺め..
キッチンカウンター上のMagic Bunnyの耳をスッコンスッコン上げ下げしている..

「RRHとは比べ物になりませんよ..はは..」
テソンはキッチンで紅茶を淹れながら答えた..
はるみはお狐様の足下で「みゃん」と啼いた後..
タッタッタ...とリビングへ小走りに進み..ソファにタン#っと乗り..座面をトントンと叩いた..

『おきちゅねしゃま.どうじょ..こちりゃへ..(^o^)』

っとでも言っているのだろう..
お狐様はまぁるく目を見開き..ニコリ微笑みを返し..ソファに腰を落とされ..
片足をスィっ@っと上げた後..足を組んでお座りになられた..

@_@...
はるみは優雅なお狐様のお姿をぽか~ん..っと見ていた..
テソンは紅茶のカップ&ソーサーをソファの前のテーブルにサーヴし..向かい側のソファに座った

「彼女まもなく戻りますから..」
「忙しいようだね..彼女は..」
「すいません..出版社に呼ばれたみたいで..」
「そう..」

リュルは最近何かにつけ..会社に..プライベートオフィスに..と闇夜を呼びつける..
闇夜も抱えている仕事上..断る理由もないのだが..
リュルにしてみれば闇夜の些細な情報が欲しいのである..

実際..リュルは闇夜の情報でまた事業を展開することになった..
ファッションビルのワンフロアの権利を手中に収めてたリュルはどう使おうか思いあぐねていた..
闇夜は北欧のインテリアメーカーが極秘でasiaで最初の出店地を捜している..とリュルに伝えた..
日本よりも早くasiaで最初の発信基地になる筈..という闇夜の情報にリュルは飛びついた..
直ぐさま北欧へ飛んだリュルは商談を済ませ..契約を結んだ..

「最近は”もぉ~..一日が36時間ならいいのに#..”って..ぶつぶつ零してますけどね..」
「ふっ..そう..」

お狐様は『僕も忙しい..』とちょい言いたげに眦を細められた..
テソンの淹れた紅茶の香りをくんくん嗅いだお狐様..

「これは..どこの?..」
「露生まれの仏育ちのKousmichoffです..」
「へぇ..初めてだな..」
「英の紅茶よりも渋みが少なめなんです..それに..」
「…??」
「せめて紅茶くらいは..甘い方がいいと思ったんですケド..」

紅茶のカップを見つめ..お狐様は小さく肩を落とし..ごっくん..と紅茶をお飲みになられた..

コツコツコツ..とガレージから忙しない靴音が聞こえた..
髪をひとつに纏め..黒のマオカラーのパンツスーツの闇夜が「ただいま..」と工房のドアから顔を覗かせた..

「ぉい!..お出ましになってるぞ..早く2Fへ行けっ#..」
「ぁぅ..お待たせしちゃったか..」
「ぷっ..ぉぃ..大層な余裕だな..闇夜..」
「^^;;...」
「mayoシ~..昼まだでしょ?」
「ぉん~..」

昼飯を食べ損ねた闇夜の為にテスが粗熱の取れたパンを何個か籠に入れて闇夜に渡した
闇夜は片手にブリーフケース..片手にパンの入った籠を持って2Fへ上がった


千の想い 51  ぴかろん

店が終わってロッカーから携帯電話を取り出した
メールが来ていた
テジュンからだった

『夜、お前に会いたい』

たった一言だけ書かれた文
テジュンの気持ちがまるで見えない
俺の決めたことできっと
俺はテジュンを傷つけてしまうのだろう
あの夢のようにテジュンを跡形もなく壊してしまうかもしれない

テジュン
俺が壊れるから
お前を壊さないように
俺が壊れるからテジュン

店の裏口のドアを開け、路地から通りに出ると
駐車場に車を停め、タバコをふかしているテジュンがいた

テジュンだ
ヨンナムさんじゃなくて
これは紛れもなくテジュンだ

俺は笑顔を浮かべてテジュンに近づく
一言も言葉を発さず
テジュンは助手席のドアを開けた

車に乗り込んだ俺
黙って運転するテジュン
何をどう切り出せばいいのか解らない
けれど俺の心は落ち着いていた

テジュンは街中のホテルに俺を連れて行った
ツインの部屋を頼み、部屋に向かった
どうしてここを選んだのか
テジュンもまた、俺と同じ答えを持っているのか
そんなはずはない…テジュンは何も知らないのだから
廊下を進んで行く
俺達はまだ一言も口をきいていない

部屋に入りドアを閉め俺達は抱き合った
貪りあうように抱き合った
言葉のない、静かな空間の中で
俺達は絡み合っていた
テジュンが落とすくちづけのひとつひとつを
俺は心に刻み付けた
決して忘れないように
俺の記憶に刻み付けた

やがて俺達はひとつになり
俺は今まで感じた事のない悦びを与えられた
真っ白な光の中に放り出され
宙を漂う俺

ああ…
俺の体から金色のかけらたちが
キラキラと剥がれ落ちて行く

少し経って現実に引き戻された俺は
二度目の快楽に身を任せていた
いつもと違う
いつものテジュンとは違う
そして
いつもの俺とは違う…

どうして…
今日に限ってこんな…
ああ…

お前を忘れない
決して忘れない
俺を愛してくれたお前を忘れない
俺はこんな馬鹿な男だけど
お前を愛していた

俺達が今夜
初めて発した言葉
高まる感情と悦びの中で
途切れ途切れにお互いの名前を呼び合い求め合う
ただお互いの名前を
ただ声に出して見つめ合う
お互いの心の内は何も見えていない
俺はテジュンの想いを知らないし
テジュンは俺の気持ちを知らない
俺達は愛し合っていた
今まで何度も一つになった

これが…
最後だ…
テジュン

テジュン…テジュン…

イナ…イナ…イナ…

精魂尽き果てたように俺達は同時に意識を手放した
そんな事は初めてだった
なぜ今日に限って俺はこんなにも感じたのだろう

意識が戻ってふと隣を見た
テジュンの姿がなかった
身を起こすと微かにシャワーの音が聞こえた
俺はそろそろと立ち上がり、テジュンのいるバスルームへ入って行った
シャワーの飛沫を頭から浴びているテジュンに纏わりつきキスをする
俺のキスに応えるテジュン

テジュンは唇を離して優しく微笑み、黙ってバスルームの外へ出て行った
俺はため息をつき、シャワーの雨で汗を流した

バスルームを出るとベッドに俯いて腰掛けているテジュンがいた
俺は彼の隣に腰掛け、唾を飲み込んだ

「テジュン…話がある」
「…」

テジュンは俯いたまま、俺の話を聞いていた
あの夢の話、ヨンナムさんの家でのこと、そして昨日の夜の話
俺は淡々と全てを話した
テジュンは静かに俺の話を聞いていた

「テジュン…今までありがと…。俺、俺は…」
「…」
「ヨンナムさんが好きだ…」

隣のテジュンが震えているような気がした

「隠し通すつもりだった。お前を傷つけたくなかったから…。でも俺にはできない。こんな気持ちのままこれからお前と一緒になんて居られない
それに…お前だってそうだろ?こんな俺、許せないだろ?だから…」
「別れたいの?」

震える声でテジュンが言った

「うん…。終わりに…しよ…」

熱い塊が込み上げてきた
失いたくなかった
俺は
俺は欲張りだから
ヨンナムさんもテジュンも
二人とも好きなんだ…
けどヨンナムさんに想いが通じないからって
平気な顔してテジュンに戻れない

完璧に隠したかった
完璧にできるはずだった
俺が頑張れば
二人に気づかれないまま
この時をやり過ごせるはずだった

でもできない
俺は自分を裏切れない
隠し通してお前とうまくやるなんて
俺にはできない
だから

「さよなら…しよう…」
「イナ…」
「別れてくれないか…もう二度と会わないようにしよう…」
「いやだ…」
「…テジュン…」
「かまわない…」
「…」
「お前が誰を好きだろうと構わない」
「テジュン…」
「僕を嫌いでも構わない。傍にいさせてくれないか。こんな風に抱き合わなくてもいい。話なんかしなくてもいい。ただ…お前と関わらせてくれないか…」
「やめてよ。俺は…俺はお前を裏切ってるんだぞ!」
「僕だってお前を裏切ったじゃないか!」
「ちゃんと話聞いたのかよ!俺はヨンナムさんを好きになったんだぞ!ヨンナムさんなんだぞ!」
「ああ」
「…。お前に…彼女の時と同じ事してるんだぞ!俺はあの事知ってるのにそうしてるんだぞ!そんな俺をどうして」
「イナ…」
「…」
「お前の気持ち、知ってた」
「…え…」
「お前がヨンナムを好きだって言う事…僕は知ってた…」
「…」

心が張り裂けそうになった

知ってた?
どういう事?
いつ?いつから?

なんと言ったのか覚えていない
俺はテジュンに向かって激情をぶつけていた

自分がいけない事をしているのに
テジュンのせいにしている

なんで今まで黙ってたのさ!
どうして怒らなかったのさ!
なんで…なんで…

テジュンは泣き叫ぶ俺に静かに語りかけた
知ったのはこの出張に行く前の日だと
「抱きたい」と言っていたあの次の日だと
台所で泣いていたヨンナムさんをそっと抱いている俺を見たのだと
そう静かに言った
俺の全身がヨンナムさんを好きだと叫んでいたと
その瞬間を見たと
そう言った

「頭がおかしくなりそうだった
勢いでラブを襲いかけて、ギョンジンに殴られた」

俺の知らないところで
テジュンはもう
ズタズタになっていたことを
俺は今初めて知った

ああ
だから
ギョンジンは俺に噛み付いたのだ
あのキスが結びついた

ああだからお前はあんなメールを寄越したのだ
あのメールが結びついた

ああだから俺はあんな夢を見たのだ…
そしてきっとテジュンも同じ夢を見たのだ…
全てが結びついた

自分への腹立たしさと悔しさと情けなさでいっぱいになった
俺はもう
テジュンを切り刻んでしまっていた…


あああ
ああああ
ごめんっ
ごめんテジュンごめん…
俺…俺…ごめんっ


悲鳴のような声をあげるイナを抱きしめた


La mia casa_33  妄想省mayoさん

紅茶をまた口にされたお狐様の喉仏がぐぐっ..っと動いた..
手元のカップ&ソーサーをテーブルに置くとお狐様がテソンにお聞きになられた..

「テソン..誰の好みなのかな?..」
「…?..」

テソンが首を傾げると..お狐様は軽く絡めて膝の上に置いていた両手を解き..
テーブル上の幾枚かのCDから1枚を手に取られた
今リビングに流れているのは[ Obrigado Brazil ]だ

テソンは口を綻ばせ..お狐様に答えた..

「僕と..彼女です..」
「そう..」
「意外ですか?..」
「いや..いつもこんな感じなのかな..っと思って..」
「その日によって違いますし..気分で変わりますよ..」
「そう..」
「替えましょうか?..」
「いや..いいよ..このままで..」

「casaで一番ヘビーな♪を聞くのは..はるみなんですよ..」
「へぇ...」
「はるみはアナログなRockが大好きで..」
「ほぉ..」
「踊るんですよ..」
「あはは..」

お狐様は楽しげに大口でお笑いになり..また目をまあるく見開きながら

「そうなの?..是非見たいなぁ..」
とはるみにお言葉を述べられ..笑顔をお見せになった..

「みゃぁ〃(*^o^*)〃..んっきゃ#..どうしみゃしょう..はじゅかしいでしゅ..」
ってな感じではるみは両前足を自分のほっぺにくっつけ..可愛らしく笑う..
そしてお狐様に頭をナデナデされ..はるみはふさふさの尻尾をふった..

~~~
「ひーひゃっひゃ#..ちぇみぃ~~..はるみちゃん..ブリブリ爆裂~..」
「ぷっはっは!..まったくだな..」
はるみはお狐様のスキを見計らい..モニターの俺とテスに向かってニヤリと笑った..怪猫である..

「ぁ..(*^_^*)..戻ったみたいです..」
「…!」

テソンはトントン…と階段を昇る足音が聞こえると..そそそ...っと闇夜を迎えに廊下へ進んだ..
BHC開店当時から不安定なテソンを見続けてきたお狐様にとって
穏やかな笑顔を見せる今のテソンは微笑ましく写ったことと思われ..
お狐様は廊下から歩いてくる2人の姿を横に首を微かにかしげ..
唇をニィ~~~っとされ..にこやかにご覧になっていた..

その後..お狐様の左眉がピっクン#...背筋と首が”にょぃ~ん”っと伸び..鼻の穴がまた広がり始めた..
どうも..テソンが闇夜から受け取ったパン籠に反応を示されたご様子..
テソンがダイニングテーブルのあたりでお狐様に声をかけた..

「ミンチョルさん..」
「ぇ?..ぁ..な..な..何かな?..」

お狐様の声はか細く掠れておられた..
パン籠への過度の反応..そして自分の空腹を見透かされたことに焦りを感じたのか..
お狐様の視線は散り始め..またそれを悟られまいと(無理だっちゅーにぃ!?..)さっ..と指で前髪を整えられた..

「ランチまだですよね..食べていきませんか?」
「え?..ぁの..僕は..その..いい..」
「昼食を抜くつもりですか?..」
「ぁ..ぃゃ..そういうつもりでは..」
「食事を減らすのも結構ですけど..肌カサカサじゃないですか..」
「ぁぅ..」
「今に倒れてしまいますよ?精神力だけで仕事が出来るわけないでしょう?」
「て..テソン..(;_;)..」

声を荒げる訳でも無く..あくまでもソフトに言い切るテソンに
お狐様はちょい恨みがましく視線を向けられている..


~~~
「ぅわ..テソンさん..ミンチョルさんに強気だぁ~..ちぇみぃ~」
「んくっ..お狐様の..ほれ..目許のクマ見りゃぁ..テソンは黙ってないわな..」
「へへ..そうだね..」
「ん..」
~~~

すりすり〃
みゃぅみゃぅ..@_@..

はるみがお狐様の腕を撫で..御慰みの仕草をし..昼飯を促す..
お狐様..観念のご様子..
テソンは柔らかな笑顔でお狐様に言った..

「大丈夫ですよ..」
「…??..」
「ギョンビンさんにメニューとカロリー詳細を報告しますから..」
「ぁぉ..す..すまない..」

お狐様の安堵の顔を認めたテソンは闇夜の背をトン#と叩き..キッチンへ向かう..
闇夜はダイニングテーブル上のノートPCを抱え..
ソファの前のテーブル置くとオットマンを引き寄せ座った..
闇夜がPCを開くと..お狐様は組んでいた足を解いた..









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