c - Rakuten Inc
100万ポイント山分け!1日5回検索で1ポイントもらえる
>>
人気記事ランキング
ブログを作成
楽天市場
1659641
ホーム
|
日記
|
プロフィール
【フォローする】
【ログイン】
ぴかろんの日常
リレー企画 243
撮影ーその膜 足バンさん
いい朝とよくない朝があるとしたら
今朝は後者だろうか
脈絡のない夢が重なる浅い眠りから覚めてシャワーを浴び終わるまで
幾度意味もなく時計を見たことだろう
何かに心奪われているようで、何かに落ち着かない
しかしそれが不幸なイメージかといえばそうでもない
むしろ小さな高揚のようなものに繋がっていて…それがかえって気になる
これはジンの心情なんだろうか
それとも僕自信の気持ちなんだろうか
昨夜のシン監督との打合せは予想通りの内容だった
ミンチョルさんてさ、うまいのよ、何だか
うーん…何て言うのかな、自覚のない存在感
ほら、マイナス78度のドライアイスに触れると思わず「熱い」って言っちゃうじゃない?
そんな感じかな、ってわかる?わかんないよね
まぁ映画監督って人種の言うことはほとんどイっちゃってるから気にしないで
え?ジホ君と似てる?私が?ヤだなぁ
でね、今のとこミンチョルさんのそれがすごくいい方向で効いてるんだけどね
あのままで行ってくれるといいんだけどね
心配なのはこの先「演技」を意識し出しちゃったらってとこなんだ
もう少しうまくやろう、なんて思い始めちゃダメなのよ
まぁあの人大丈夫そうな気もするんだけど
だからくどいようで申し訳ないけど
スヒョンさんにはあの人をできるだけリラックスさせてあげてほしいんだ
うん、香水の件もそうなんだけどさ
私らはどうしてもイメージ追っちゃって口出しちゃうと思うんだけど
あなたに衝撃吸収材になってもらいたいって話なんだ
吸収材って言えばこのスニーカーの踵にもゲル素材が入ってるんだって
もうすごく快適
これ今回の撮影にってウィーバーの社長からの贈り物で
靴の話はどうでもいいんだけどね
で、今日の初々しい感じで一気に撮りたいんで
予定変更で明日ファーストキスまで行っちゃおうかなぁって思ってるの
ミンチョルさんには直前まで知らせないってのどう?
微妙に戸惑う感じなんか出せるかなって、大いなる打算なんだけど
スヒョンさん、アドリブでいいからがっちりヒョンジュを捕獲してね
もうね、本人それとは気づかずにヒョンジュは命がけの恋におちてるんだからね
その辺妙に演技になっちゃったりすると感じが違っちゃうから
あ、勿論ジンもよ
彼の場合は概念に囚われて形にならない不安を抱えてるんだけどね
まさにその「不安」を押し殺して僕は言った
ーご心配なく、ご期待に添うよう頑張ります
珈琲をいれようとしてキッチンに立って初めて
テーブルの上のバナナホルダーが「失業」していることに気づいた
ごみ箱の中に大量のバナナの皮を見つけて呆気にとられる
全部…食ったのか?
硝子のテーブルは部屋の床や壁に反射した朝の陽を水のように柔らかく映して
ホルダーのシルエットまでが優しげに映える
ばか…やっと使ってやったのに
ひたすらバナナを頬張っている誰だかを想像すると可笑しくなって
ひと晩中続いた憂いも軽くなったような気がする
ペンダントを首から外しホルダーに掛けてみれば
小さな憐憫の雫のようにきらめくそれは
「よくない朝」の色彩を柔らかい勇気に変えてくれた
本当にタヌキの人使いは荒い
夕べ遅くまで夜景の撮影だったというのに今朝は予定より早目に集合
その日の予定変更が容赦なく言い渡されスタッフが散る
まぁ長年この調子でやってきたんだけど
撮影ふつか目は夕方までほとんど屋外で
今日の大部分がジンとヒョンジュの接近を綴るシーン
他の役者といえば風船を飛ばす子役と
診療所でジンに「今日も彼と会うんですか?」と声をかける医師役くらいだ
公園はCM撮影の時と同じように晴れ渡っていて
お天気の巡り合わせは今回ツイている
現場に現れたミンチョルさんはけっこう余裕で
シン監督と音楽のことについて打ち合わせている
いったんアクションがかかるとそれ以後はミンチョルさんとの音楽打合せは禁止だから
その前に集中して済ませることにしたらしい
そういうとこを見てるとジホ君が言うほど「不器用」そうには思えないけど
スヒョンさんも比較的疲れた様子もなく爽やかに登場
でもこちらはいつもより無口かしら
またタヌキがプレッシャーかけて困らせてるんじゃないだろうか
公園にブリティッシュグリーンのベンチが置かれ
画面上の効果を狙った植え込みが丹念に据えられる
カメラテストは予めダミーの人物ではされていても
そこに実際ジンとヒョンジュが立てばバランスが違ってくるので
微妙な修正が加えられる
そういえば今日はジホ君がさっそく例のBHCさんの若者を連れてきた
そのチョンマン君にせっかくだから公園のエキストラになってみないかと言ったら
大喜びで了解してくれたらしい
どんな人物設定で歩きましょうと早速監督に食いついてるあたりは
さすが個性豊かなBHCさんだわ
ロングショットではふたりに適度にぶらついてもらうらしい
風景の一部のようなジンとヒョンジュ
とにかく遠く木漏れ日の公園を語りながら歩くふたりは垂涎もので
この感覚はてっきり私の趣味のせいかと思っていたら
スタッフの女の子たちも見とれていたからまともな反応なんだわ
彼女たちの間では早くもジン派かヒョンジュ派かで賑やかなことになっているらしい
少し寄ったショットは後からのカメラワーク
以前ふたりの後ろ姿の微妙な感じが忘れられなくて私が強く推薦したというわけ
何だろうな、あの触れそうで触れないリアルな距離感
物語のふたりにまさにぴったりの感じが自然に伝わる
ー詩のように撮ってね、でもメルヘンじゃないからね
タヌキめ何を難しいことを、と思っていたけれど、現場に入ってその意味が理解できた
手放しの幸せでいられない何かの予感が潜んでいるんだ
ジンの押さえ込んだ優しい表情と
信頼しきっているヒョンジュの少し甘えた表情に
言葉にできぬ薄い膜のような緊張が取り巻いている
これをあのふたりが演技でやっているのだとしたら凄いひとたちだわ
日だまりの公園
穏やかにくつろぐ人々
子供たちの遠い笑い声
ささやかな風の音
ベンチに腰を下ろし何ごとか話し続けるふたり
小さな子供の手を離れた白い風船
樹々の隙間をすりぬけるその思い出のような形を目で追うヒョンジュ
遠い目…遠い忘れ去った何か
その切れ端に何かが触れるヒョンジュ
小さなころ買ってもらった風船をわざと飛ばした
一緒に飛んで行きたかった
ジンの表情が変わる
ジンに握られたヒョンジュの手がゆっくりと指を絡めて応えた瞬間
そのなまめかしさに鳥肌が立った
押さえ込んでいたジンの想いが溢れ出し
ヒョンジュの気持ちが吸い込まれるように溶けていく
別の角度のカメラには
そのままジンが彼を抱きしめるのではないかと思うような切ない表情が切り取られていた
台本が邪魔しなかったら本当にそうしていたんじゃないだろうか
ちょっと…マジでどきどきするじゃない
「僕は今日、徐々にジンに惹かれていくんだな?」
朝、そう切り出したミンチョルを僕は思わずじっくり見つめてしまった
まるで業務確認のようなその感じが妙で
昨日の余韻を引きずって現場に来た僕もさすがに苦笑した
「そうらしいね」
「ロングの時の動きはアドリブでいいそうだ」
「ああ聞いたよ…難しいけどね」
「大丈夫だろう…いつものスヒョンとの感じでいいんだろう?」
「…」
「違うのか?」
「いつもの僕たち、じゃないでしょ、運命の恋におちていくんだから」
「…」
おどけた調子で覗き込む僕を
真面目になって見つめ返すミンチョルはまた子供のような顔
「そんな顔しなくていいよ、困らせたいわけじゃないから」
「スヒョン…僕は…どこか変か?」
「ん?」
「監督にはあまりの変わり身に驚いたと言われたし…ジホさんたちにも…妙に器用だとか」
「ふふ」
「笑い事じゃない、僕はできることをやってるだけだ」
「わかってるよ、みんな褒めてるつもりなんだよ」
「昨日スヒョンに言われたように…」
「僕だけを見てくれてる?」
「…うん…たぶん…いや…そうしようと意識してるわけじゃないけれど…」
「大丈夫だよ…そのままでいいって言ったでしょ」
「…」
「昨日だってちゃんとうまくいった」
「ん…」
そうやって素直に頷くおまえは
昨夜、綺麗な棘から恋人を守っていた男とは別人のようだ
「動きは任せます、ええとジンのセリフは独白で映像に被せるけどしっかり話しかけて
口元は映らないからある程度ニュアンス変えていいから」
「はい」
「あ、ヒョンジュは間違ってもハイハイ返事しないでね」
「わかってます」
「それじゃあとは適当にね~さぁ歩いて歩いて~愛を育んで育んで~」
監督の相変わらずの変なテンションに笑いが広がる
その日の素晴らしい天気は仕事であるとわかっていても心地よく
カメラから遠く離れればただ散歩に出たような気さえする
こんな風におまえと歩いたことは…
ああ一度だけあったかな
オックスフォードから大事なものが戻れなくなって
ひどく不安そうにしていたあの日
アクションの声を聞き
ジンはゆっくりと自分の話をはじめる
僕は…君に出会って変わったような気がする
僕はね…君が何かをなくしたとは思っていない
いちばん大事なものを持ってるから
君は…変わろうとしなくていいんだよ…そのままでいい
ね…そのままでいいって言ったでしょ
一瞬ミンチョルの顔になったヒョンジュが僕を見て微笑み、そして俯く
ひとを癒してきたような気になっていた自分が
本当にそうできていたのかわからなくなった
中途半端にひとの気持ちに入り込むのは
相手も自分も傷つくことになる
時折吹く風にふたりの香りが柔らかく絡み
寂しいと言えたら楽なんだろうか
でもそんな風に生きてこなかったし…
そんなことを言っても誰も信じてくれないだろうから
どこまでがジンの心情なのか次第に曖昧になっていく
僕はヒョンジュの伏せた睫毛を見つめて
少し間をおいてから言葉を続けた
ずいぶん前にね「ひとの心を読んでばかりいるといつか自分の足元をすくわれる」って
言われたことがあるんだ
それまで黙って僕の言葉を聞いていたヒョンジュが静かに振り向き
僕は立ち止まってその目を真っ直ぐ見る
そう…おまえに言われたのはいつだったろうか
その言葉がね…今ははっきりとわかる
自分のことは本当に手に負えない…情けなくなるくらいね
何かを言いたそうにしながら
ヒョンジュはただ僕を見つめ続けた
ようやくロングショットが終わっても
ミンチョルは交わされた会話について一切言及しなかった
しかし風船のシーンで
握りしめた僕の手に応えたあいつは
何かを言ってくれたような気がする
ゆっくりと迷いつつ…
次第に吸いつくように絡んだ指
千の想い 203 ぴかろん
夜になってcasaと『オールイン』とBHCの配達に行った
イナのカバンを助手席に乗せた
Casaにはテス君がいて、ニコニコと水を受け取ってくれた
『オールイン』ではチュニルさんがお茶を振舞ってくれた
そしてBHC
水を二本抱える
カバンは…後だ…
厨房に行ってテソン君に挨拶する
イナは接客中で、柔らかな顔で笑っているのが見えた
その顔は、テジュンでなきゃ…
「イナシ、元気になったけど、まだ完全って感じじゃないんだよね~」
店内を眺めている僕に、テソン君は呟いた
「なんかひとつ寂しそうに思える。まだイナシの本物の笑顔じゃないんだ、ヨンナムさん」
ポンと僕の肩を叩いてテソン君はニッと笑った
「ふぅん…よく解るね。流石は『仲間』だね」
そう答えてイナの笑顔を見つめた
カバン…渡さなきゃ
「テソン君、イナの荷物、預かってくれる?」
「え?」
「車にあるんだ。取ってくる」
僕は裏口からトラックに戻り、助手席のイナのカバンに手をかけた
取っ手を掴んで持ち上げようとした
力が入らなかった
これを渡してしまえばもう…僕は用無しだよな…
*****
夕方店にパンを持ってきて配った
みんな嬉しそうな顔で受け取ってくれた
ウシクなんぞは渡した途端に口に入れてしまった
イヌ先生の「ストップ!」という声が虚しく響いた
先生は俯いて俺達に背を向け、いじけながらモソモソパンを食っていた
ジュンホ君は、かずがたりません、どうやってかぞくでたべましょうか…と悩んでいたので、お前の家族の分は今度作るから、それはジュンホ君一人で食べればいいと説明した
テプンは、チェリムに作り方を教えてくれ…いや、チェリムよりテジのが覚えがいいな…なんて言いながらムシャムシャ食べた
シチュンは、この柔らかさ、メイを思い出すぜと目を閉じてパンをフニフニ触っていた
チョンマンは、少し大きさの違う二つのパンの端と端をくっつけ、チニさん…と呟いて涙ぐんだ。と思ったらおもむろに大口を開けて二ついっぺんに口に押し込んでモゴモゴ食った
スヒョクとソクは互いにあーん…と食べさせあっていていやらしかったし、ドンヒとホンピョはお互いのパンを見比べて、そっちのが大きいから替えてくれとバタバタ走り回っていた
ソヌさんは、チョコ味じゃないの?ふぅん…と言ってパンを千切り、そっと口に入れてモグモグしていた
ソグは、このカーブが素晴らしいですねとかなんとか言いながらがっつり食べた
ビョンウは、無添加健康食品です!と元気よく言って両手に持った二つのパンを交互に食べた
ジョンドゥは、一口食べるごとに天を仰ぎ、ああ…なにかしら複雑な味がします…荒波を越えた静けさっつーかなんつーか…ああ…一つ小説が書けそうです…なんて、ちょっとイッちゃったような目つきでパンを食った
じゅの君は、一度クンカクンカ匂いを嗅ぎ、ほやぁと笑ってパクっと食べた。子犬みたい…
ギョンビンはドンジュンと二人できゃいきゃい言いながら食べていた。はしゃいでいるのにどこか緊張しているような気がした
テジンは、スハが休みらしく、虚ろな顔で機械的にパンを口に運んでいた。どうしたんだろう…
テソンはcasaで食ったらしく、できたて食べるともっと幸せな気分になるよ、とみんなに言った
ミンチョルとスヒョンは撮影で遅れるらしい
ついでにジホのおっさんも遅れるらしい
隅っこにラブとギョンジンの顔が見えた
二人で見つめあいながらチミチミパンを齧っている
ラブともゆっくり話さなきゃな…
それから店に出ていつものように営業をした
開店後しばらくして、ソクのいるカウンターに黒革に包まれた、男だか女だかわからない『華』が座った
お客様もホ○ト達も皆、その『華』に目を奪われた
『華』の紅い唇がなまめかしく動いて、それからギョンビンがカウンターに向かった
ギョンビンが隣に座ると、『華』は隠していた棘と蔓をギョンビンに向かって伸ばし始めたように思えた
二人の間からソクの顔が見えた
チラリと俺を見たソクは、片眉と口の端をちょっと上げて、それからぎゅっと目を閉じて俺に合図した
『ここは任せとけ』ってことかな…
『華』とギョンビンが美しい微笑みを交わしながら談笑しているのを見て、俺は俺の席のお客様に向き直った
ヨンナムさんが配達に来たら教えてくれとテソンに頼んでおいた
ジュンホ君とじゅの君のヘルプに入っている時に厨房からテソンがやって来て、ヨンナムさんがトラックにいると言い、パンの入った紙袋を渡してくれた
外に出た
駐車場に見慣れたトラックがあった
助手席のドアが開いていて、そこにヨンナムさんがいるのだと解った
そっと近づくとヨンナムさんは俺のカバンの取っ手を握って背中を震わせていた
*****
意を決してカバンを持ち上げようとしたとき、背中に重みを感じた
「…なんで…置いといてくんないの…」
震える声がした
「寂しいじゃんか…。もう会えないみたいじゃんか…」
もう…会う必要なんかないじゃないか
「俺、ヨンナムさんちに行っちゃいけないの?…友達になるんじゃなかったの?」
「…と…もだち…だよ…」
「俺に…頼ってくれるんじゃなかったの?甘えてくれるんじゃなかったの?!」
「…」
「寂しいくせに!だから俺、貴方から離れたくなかったんだ…」
「イナ…」
「なんで避けるの?…ずっと一緒だって言ったのに…」
堪らなくなって僕は叫んだ
「どうしていいのかわかんないんだもん!友達って…頼るって…甘えるって…僕…」
*****
振り返ったヨンナムさんは声を震わせて言った
「甘えたら…また逆戻りしそうで怖い…。望んでない事まで求めてしまいそうで怖いんだ!…暫くすれば慣れる。だから」
「なんだよ!俺に気持ちをねじ伏せるなって言ったくせに!」
「だって!」
一人で抱え込もうとしているヨンナムさんが悲しかった
ボロボロと涙が落ちた
「…泣くなよ…お前に泣かれると辛い…」
ヨンナムさんは俺の頬を両手で包んだ
瞳が濡れている
「ヨンナムさん…俺…」
「だめだ…」
ヨンナムさんが俺を抱きしめる
「ほら!ダメなんだ!お前の顔みたら僕…」
俺はヨンナムさんの背中をそっと撫でた
「…寂しくてこんな事してしまう。だから今は僕に近づかないで…」
「寂しいなら寂しいって言えばいいだろ?俺は貴方をひとりにしたくない」
「僕を惑わすな!」
「惑わしてない!ほっとけない!大切な友達だから…」
「…」
「俺達…『友達』だろ?」
「…。うん…。僕も…お前は大切な友達だ…」
「明日、昼飯食いに行こ。ね?」
「…」
「casaに迎えに来て。ね?」
「…」
「ゆっくり…友達になろう…」
「…イナ…」
「心の底にある気持ちは解ってるんだろ?」
「…うん…」
「貴方に寂しい思いはさせないから…」
「…ふ…。もう十分寂しい思いしてるよ、ばーか」
「…ヨンナムさん…」
「解った…いつも通り…明日は迎えにいく」
「俺、時々朝飯食いに行くから…。貴方んち泊まりにも行くから…。だからさ、俺のカバン…置いといてよ…ね?」
「…。邪魔だな…。テジュンの部屋に放りこんどきゃいいのか…」
「うん…それでもいいよ…」
「ヤだな…目の前でイチャつかれるの…」
「しないよ…」
「…ヤだな…ヤだ…けど…」
寂しいよりはマシか…
ポロリと涙を零しながらヨンナムさんが呟いた
「…キス…してもいいか?」
「…うん…」
「テジュンに怒られるかな…」
「大丈夫。言わないから…」
「内緒?」
「ん」
「悪い子だな…」
「共犯じゃん」
「…イナ…」
軽く唇を触れ合わせ、それから深く口づけを交わした
唇を離して額と額をくっつけた
「触れると解るんだよな…違うって…」
「ん…だから俺達、会わなきゃ…。思い詰めると曲がっちゃう…」
「ふ…ふふ…」
「ね?」
「うふふ。…うん」
ヨンナムさんは俺の肩に頭を乗せ、俺はヨンナムさんを抱きしめた
じゃあ明日迎えにいくぞ、いいんだな?と冗談っぽく言って、ヨンナムさんはトラックに乗り込んだ
「荷物…ほんとにいいのか?」
「うん。置いといて。あ、それとこれ」
俺は紙袋を渡した
「ん?なに?」
「パン。みんなに作ったの。感謝の気持ちを込めて」
「…ありがと…じゃあ…行くよ」
「うん」
ヨンナムさんを見送って店に戻った
セピアの残像 9 れいんさん
久しぶりに工房を覗いてみる気になったのは
多分ウンスのおかげだったと思う
工房の重い扉を開け、目を閉じて思い切り息を吸ってみる
ひんやりとした空気と濃密な木の匂いに変わりはない
とても懐かしい匂いでもあり、僕が好きな匂いでもある
そこにそうしているだけで
背筋がぴんと伸びるような、ちょっとした緊張感を感じ
腹の底から熱いものがこみ上げてきた
僕はまだ終わってない
僕の情熱はまだ底をついてない
そう思えて嬉しかった
足を踏み入れて、つらつらと中を歩き回ってみた
聴こえてくるのは、くるくる回るファンの羽根音だけ
窓から射し込む光は室内を光と影に二分していて
厳かな表情をした機械達は、自分達の出番を待つかのように黙している
その機械のてっぺんをつと指でなぞると、うっすらと積もった埃に一筋の線が残った
テーブルの上の工具箱をガチャガチャと開いてみた
その中には使い込んだ工具類がぎっしりと納まってる
ほったらかしにしてて悪かったな・・
誰に言うでもなくそう呟いた
普段、工房での作業を終えた後には、きまって工具類の手入れをしていた
それがその日の最後の仕事でもあり、僕の毎日の日課だった
そう、スハが去ったあの日までは・・
僕はその中の一本を手に取った
手のひらにずしりと重みを感じる
そのひやりとした感触も部屋の照度も室温も、更には僕の座る位置さえも
何もかもが同じなのに
何故か、激しい違和感を覚えた
絶対的な何かが欠けてる、そう感じてならなかった
その瞬間、このテーブルに頬杖をつくスハの残像が見えた
そしてそれは陽炎のように虚ろに揺れ、儚く消えた
針で刺すような痛みが、僕の身体を無数に貫いた
染みが広がっていくように、黒い空洞が口を開け、次第に大きくなっていく
僕は全身の力が抜けどさりと椅子に崩れた
取り落とした工具の金属音が空を切る
そうここに
スハはいつもここに座り、ニコニコと嬉しそうに微笑んでいた
僕が繰り返すその作業を、頬杖をついたまま、飽きもせず眺め続けて
あまりに穏やかに流れていたその光景が
当たり前だと思っていたそんな日常が
どれほど大切だったのか、その時の僕は気づきもしなかった
こんなにも僕の中にスハは存在していて
僕の記憶のスハは日を追うごとに鮮明になっていく
あの穏やかな日常に帰りたい・・
そんなささやかな願いさえ、今は虚しく散ってしまう
苦しいよ
苦しすぎるよ、スハ
思い出すのはおまえの事ばかり
会いたいよ
会いたいよ、スハ・・
目の前の無人のスツールは、堪らなく僕を切なくさせ
処理しきれないほどの感情はとめどなく押し寄せてくる
堰をきったように涙が溢れて止まらない
僕は泣いた
肩を震わせ声を殺し泣いた
張り裂ける哀しみをどうする事もできずに
翌朝僕はスハに会うために列車に飛び乗った
会ってどうするつもりだなんて
先の事など考える余裕はなかった
ただ、会いたい
その想いだけが僕を激しく駆りたてた
敢えて車を使わなかったのは
スハが好きな風景を、スハが見たのと同じように感じたいと思ったからだ
懐かしさえ感じるこの古びた列車は
ガタンゴトンと規則正しいリズムを刻み、僕をスハの元へと運んでくれる
車窓を流れる景色を眺め
スハもこの景色を見たのだろうかと
目を瞑りその光景に想いを馳せた
渓谷にさしかかった辺りで乗客がまばらになっている事に気づいた
時折聴こえる話声や笑い声に列車の振動が溶け合っている
僕は深緑色をした硬い座席に腰掛け
手荷物の中からスケッチブックを取り出した
昨夜はほとんど眠らずにこれを描いてた
このマントルピースのラフスケッチは、スハの為に描いたものだ
スハはあの家をとても気に入っていたが
冬の朝のキッチンは寒くてかなわない、と、よくこぼしていた
だから僕はこの冬にマントルピースを作る計画を立てていた
ユーズドで購入したあの家には
以前の持ち主が使っていたものなのか
リビングの片隅にマントルピースの名残があった
すぐには使えそうもなかったが
手入れをして装飾を施せば、いい雰囲気に仕上がるのではないかと考えていた
とても容易な作業ではないだろうが、雪が降る前には完成させたい
そしてそれが完成した時
そこに最初に火を入れるのはスハであってほしい
そう思っていた
列車やバスを乗り継いでこの地に降り立った時には、既に日が高くなっていた
時代の流れには無関心だとでもいうように
ここは都会とは一線を画した別世界だった
山や木や草の匂いや、凝縮された澄んだ空気は、どこか帰愁を感じさせる
とうとう僕はここに来た
スハが好きなこの場所に
もうすぐスハに会えると思うと
高鳴る鼓動を抑える事ができなかった
ほとんど衝動的といってもいいくらいに
ここまでやって来たものの
一軒の家の前に辿り着いた時には、さすがに僕も躊躇した
ぬけぬけと顔を出せる立場なのか
何から切り出したらいいのだろうか
それよりもスハが僕に会う事を拒んだらどうする?
ぐるぐると色んな想像が浮かんできて、緊張は頂点に達した
ここまで来て何て様だ
何もしなかった後悔よりも
してしまった後悔の方がまだましだ
僕はゴクリと唾を呑み込み、意を決し、目の前の扉を叩いた
その時だった
背後でドサリと何かが落ちる音が聞こえた
咄嗟に僕は振り向いた
そこに見たのは
色も光も失い、呆然と立ち竦む彼女の姿だった
袋の中から林檎が一つころころと転がり、僕の靴先でコツンと止まった
僕と彼女の視線が一斉にその林檎に注がれる
僕は腰を曲げ、その林檎を拾い上げた
そして一歩彼女の方に進み出た
彼女の瞳の焦点はゆっくりと僕を捉えた
そして彼女は、はっと我にかえったようにしゃがみこみ、袋に手を伸ばした
同時に僕の手もその袋に伸びていた
彼女の手と僕の手が一瞬触れ合う
「「あ・・」」
彼女はふっと睫を伏せた
僕も、慌てて引っ込めたその手をどうしていいのか分からずに、頭を掻きながら立ち上がった
ぎこちない沈黙と研ぎ澄まされた緊張が辺りに漂う
彼女は静かに息を吐き、それからゆっくり立ち上がった
その瞬間、スカートの波打つ裾が柔らかに風に舞った
清楚なブラウスと細身のフレアラインのスカートは華奢な彼女にとても似合っていた
軽く会釈をし、僕は彼女にこう言った
「あの、すみません。一度お目にかかったと思いますが、ファン・テジンといいます」
「・・はい」
彼女の瞳の奥が微かに揺れる
「連絡もせず突然すみません。・・あの・・」
スハはいますか・・
スハに会うためにここまできたというのに
それを言えずに僕は俯く
その時、鈴の音色のような声が聴こえた
「こんな遠いところまでせっかくお越しいただいたのに・・あいにく、今、主人は留守しているんです」
憂いをたたえた彼女の瞳
その瞳に嘘はなかった
留守・・
そうか・・
そういう事だってあり得るのに・・
僕は、衝動的で浅はかだった自分の行動を呪い
これからどうしたらいいものか途方に暮れた
千の想い 204 ぴかろん
*****
裏口から店に入った
テソンが店への通路に立って店内のある一点を凝視していた
さっきの『華』を刺すように見つめている
カウンターの人数が増えていた
ギョンジンとそれからミンチョルがいる
ミンチョル、いつの間に来たんだろう…
撮影の疲れを感じさせない様子を見て、あいつはつくづく仕事人間なんだなと思った
それにしてもあの『華』の上空には不穏な空気が渦巻いているみたいだ
カツカツと控え室から歩いてきたソヌさんが、テソンの肩にカメラの望遠レンズを置き、『華』に狙いを定めて連写した
台になっているテソンも、カメラを構えているソヌさんも、微動だにしない
カウンターを離れたギョンジンを、毒のある視線で見送る『華』
その表情を撮り終えたソヌさんは、テソンにカメラを渡してニッと笑った
…僕がやっていいの?
…一番効果的なの、選んでね。キミ、得意でショ?
…封印してんのに!やだな…。蝋燭つけようかな
…迅速にお願いね
…ラジャ
スパイのような会話を交わし、テソンはカメラを持って、厨房二階の『秘密部屋』に上がった
「…あの…ソヌさん…」
「僕にはビターチョコを混ぜ込んだパンを作ってちょうだいね」
「…」
「今日のも美味しいけど、僕は『Bitter & Sweet』がウリだから」
「…ら…らじゃ…」
「『美しい薔薇には棘がある』でショ?」
「へ?」
「『蜂のハリには毒がある』のょ」
「…はぁ…」
「久々に体が疼くのょ」
「え」
ふふん、と口元だけで笑って、ソヌさんは両手の指をポキポキならし、ジャケットのボタンを留めた
視線はずっとカウンターに向けられている
ワケアリの客か…
華奢な体
氷のような瞳
ツンとした鼻
冷たいけれど美しい顔立ち
時折蠢く紅い唇に妙な違和感を覚える
「唇だけ別人なのょね」
「…ぽてっとしてる」
「ぶ…ふふふ」
「あの唇が薄かったらかなり怖い」
「『瞳』と『唇』。ホントの『彼』はどっちだろうね?」
「『彼』?…オトコなの?」
「…。胸、ペッタンコでショ!」
「あ…」
ソヌさんと緊張の会話を続けていた時、2階からテソンが駆け下りてきた
「これ。どうかな」
「ふ。素早い上に流石の選択だね。いいじゃない?微妙な揺れを感じる」
「カメラマンの腕がいいんだよ。ナイスショットだ」
二人が眺めている写真を覗き込んだ
カウンターの『華』が動揺を見せた瞬間…かな…
「とても『人間らしい』でショ?」
「…うん…」
ソヌさんは口の端を上げて微笑んだ
目が柔らかだった
カウンター近くのボックス席にラブの顔が見えた
『華』を睨み付けていたが、ギョンジンがラブの傍に戻ってきて背中を擦ると、目を閉じてギョンジンに凭れ掛かった
ボックス席のお客様がきゃあきゃあ喜んでいた
それから俺は接客を続け、ソヌさんは内ポケットにその写真を秘めたまま、入り口近くに立っていた
『華』が帰った後、ソヌさんは厨房のテソンにウィンクして笑った
その後急にイヤぁな顔をした
ふと厨房を見ると、カメラを構えたジホさんがニカッと笑って片手を振っている
閉店間際にスヒョンが顔を覗かせた
ミンチョルと違って随分疲れているようだった
店が終わり、ジホのおっさんの撮影報告だか裏話だかを聞き、それからスヒョンが挨拶した
そそくさと店を出ようとしていたテジンを捉まえ、スハの分だと紙袋を渡した
テジンはサッと目を伏せて小さな声で有難うと言った
ケンカでもしたのかな…
それからまだベラベラ喋っているジホのおっさんにもパンを渡した
おおお、これは有難い。小腹がすいてたのよぉぉ、いっただっきまぁぁす…ん?んん?…そう…うんうん…そうなのね?わかった…いやぁよかったよかった、パンにもストーリーがあるんだねぇイナ君と、ハイテンションなリアクションつきで俺のパンを撫で回し、一口食べてはコメントしていた
スヒョンとなにやら話していたミンチョルが、ギョンビンの方へと歩いてきたところに紙袋を差し出す
「…なんだイナ…」
「パンだ」
「パンダ?…ミン、僕、目に隈ができてるか?」
「そのパンダじゃねぇよ!俺の作ったパン」
「…。…ミン…。受け取っていいのか?」
「構わないよ、疲れを癒すパンだから」
「疲れを癒す?イナの作ったパンが?本当か?」
「…。どうだか知らないけど、みんなに作った。よかったら食ってくれ」
「ありがとう」
「撮影、順調そうだな」
「ああ」
「…よかった…。じゃ」
「イナ」
「ん?」
ミンチョルは歩きかけた俺の腕を掴みんちょる…いや、掴んだ
そしてじいいいっと俺の顔を見つめた
「お前…大丈夫…なんだな?」
「…ああ…なんとかな…」
「よかった…んだな?」
「ふ…ああ」
「…確認するが…テジュンさんと…だな?」
「…」
「違うのか?!」
「ふ」
俺は答えずにミンチョルから離れた
「おい!はっきり答えろ!イナ!」
振り返ってニッコリ微笑んでやった
ミンチョルはホッとした、とでも言うような顔でフッと笑った
スヒョンを探して事務所のドアを開けた
「ごっ…めん…」
そのままドアを閉じた
驚いた…いや…驚く必要はない…あいつらは恋人同士なんだから…
スヒョンとドンジュンがくっついていた
垣間見たドンジュンの顔が天使を憐れむ聖母のように見えた
控え室に戻ろうとした時、カチャリとドアが開いて、いつもの顔をしたドンジュンが出てきた
「パンでしょ?」
「あ…お前から…渡して…」
「僕はもう帰るから」
「…」
「おやすみ、イナさん」
ドンジュンの背中を見送り、俺は事務室に入った
「どうした?イナ」
挨拶していた時よりはマシになったな…
ドンジュンのおかげか…
スヒョンはいつもの笑みを浮かべて俺を迎えた
「これ。パンなんだ。みんなに作ったからお前にも…」
「…」
「食欲ないか」
「…いや…。ありがとう…」
「癒しのパンだぜ」
「…ドンジュンが言ってた…柔らかで甘くて美味しいって…。後でいただくよ」
いつもの笑みの下で蠢いている感情が透けて見えるぜ、大天使
こんなお前を包み込む聖母は…相当キツいはずだ…
なのにアイツはいつも前を向こうとしている…
「頑張ってるな…大変そうだ」
「あ?うん…なんとかね。…難しいよ」
だろうな…
「お邪魔さま。ゆっくり休めよ。明日も撮影だろ?」
「うん…。あ…イナ…」
「ん?」
「…その…。別れたん…だって?…」
…。情報が遅いぞ、スヒョン…
「大丈夫か?」
大丈夫か?って聞きたいのはこっちの方だよ
「僕にできることがあったら言ってくれ。いつでも相談に乗るよ」
…ばかチーフ…
俺はスヒョンに近づき、肩に手を回して体をくっつけた
「…イナ…」
「…抱きしめて…」
そしたら…読めるだろ?俺の事なんか心配してる場合か…ばかだな…
スヒョンは俺を軽く抱きしめた
「…。きっと時間が解決してくれるよ…イナ…お前には僕達がいるから…」
スヒョンから体を離し、じっと『疲れきった天使』を見つめた
「…元気…出して…イナ…」
読めてない…
余裕皆無ってわけか…
「…キツそうだな…」
「…初めての事だらけだから…」
「疲れてるのに、ごめんな…」
「いや。こんな事ぐらいしかできなくてすまない」
「…。スヒョン」
「ん?」
「疲れてる時はそう言えよ。甘えていいんだぜ。俺達、仲間なんだからさ」
「…」
「おやすみ…」
ばかチーフ…
大馬鹿ドンジュン…
控え室でジャケットを羽織り、裏口から外に出た
待っていたテジュンの胸に飛び込む
涙を流す俺を何も言わずに包み込み、テジュンは俺をあやす様にトントントンと背中を叩いた
訪問者9 オリーさん
「いいわねっ、 ヘマしたら承知しないわよっ!」
「簡単でハモリやすい楽曲にしてもらったのよっ!」
「英語の発音は完璧にぃっ!あんたたち海外経験ありってホントなのっ!」
「わらっ、聞いてんのかっ!あたしの顔に泥を塗ったら承知しないわよっ!」
ドンジュンさんがキム先生のお宅を出たとたん物まねをした
「ってさあ、相変わらずテンション高いよなあ、あの先生」
「気持ち悪いほどそっくりです」
「そう?うふっ。それにしても、僕たち結構上手いじゃん」
「そうですか?」
「上手いと思うぞおぉぉぉ。ま、後ろに『素人としては』がつくけどさ」
ドンジュンさんはかっかっと笑った
僕も笑った
「でもレコーディングなんてすげー!よな?」
「そうですね」
「よお・・」
「はい?」
「お前、今日どうかした?」
「え?」
「何かノリ悪いんだけど」
「別に・・何も」
ドンジュンさんはやっぱり鋭い
「先生のケリもまともに受けてたし」
「よけると叱られるから」
「そっかあ?まあいいや、それよっか、まだ時間あるからお茶しない?」
「僕は店の前に用事があって」
「あ、そうなの。わかった、じゃ店でな」
「はい」
僕は嘘をついてドンジュンさんから逃げた
一緒にいると、何か勘づかれそうな気がして怖かった
一人になって考えたかった
考える?
何を?
今日起きたことを・・
僕は街へ戻る途中の
人気のない公園の駐車場に車を停めた
ホテルのカフェテリア
先生はあの学生のことは自分で処理すると言った
もう僕に会う必要はないと
唐突に席を立って行ってしまった
僕は取り残され、そして後悔した
先生は無理をしていたのだ
惨めだった
僕の中にある傲慢、無知、鈍感、
隠してある汚点に光をあてられたような気がした
ロビーの向こう側で
先生がエレベーターに吸い込まれるように消えていった
僕は席を立って先生の後を追った
何度かドアを叩いて先生を呼んでいるうちに
突然扉が開いた
僕は何とか自分の気持ちを伝えようと
夢中で言葉を並べた
この人に僕の気持ちを伝えたい
いきなり部屋に引き込まれた
先生は深い色の瞳で僕を見つめ
そして抱きしめた
その後、そうされるとわかっていた
でも僕はそうされることを拒まなかった
抱きしめられ、そして・・
先生は短い口づけで唇を離した
「すまなかった」
「いえ・・」
それでも僕はまだ先生の腕の中にいた
先生のカーディガンから漂う
アンバーグリスの香りに心が落ち着いた
「実は・・君のそんなところがとても気に入っている」
「そんなところ?」
「何でも律儀に責任を感じてしまう」
「そんなんじゃありません。ただ・・」
「あの事は仕方のないこと。私にとって君も大佐も大事な人だ」
「でも・・」
「いいんだ、私は大丈夫だ」
「先生・・」
「君こそ大丈夫かな?」
「え?」
「何か辛いことはない?
私の心配をしている君の方こそ、何かを抱え込んでいないかな?」
先生が僕の目を覗き込んだ
「ふたりで歩いていても、いつも晴れとは限らない。
ひとりで雨に濡れなくてはいけない時もあるだろう」
「・・・」
「そんな時は我慢しない方がいい」
納得したはずの僕の心が思い出した
僕が我慢しいてるのは・・・
『これは僕がスヒョンから預かった本だ。乱暴に扱わないでくれ』
『ミンがどう言おうと僕はヒョンジュをやる』
それはあの人と彼の・・
『スヒョンにはずっと見ていてもらいたい』
断ちがたいあの二人の・・
深いつながり・・
「私が傘になろうか」
「傘・・」
「わかりやすく言うと避難場所だ」
そんな言葉をどこかで聞いた
ああ、そうだ・・
『スヒョンは僕が辛い目にあったり、悲しんだりするのが嫌なんだ』
彼が説明してくれた
言葉を選びながらあの人のことを
僕は泣きながらそれを聞いていたんだ
『僕はそうなりそうな時は、スヒョンの所へ助けを求めに行く、甘えに行く』
『僕も同じだ。スヒョンが困ったら、僕が助けたい、支えたい…』
あの二人の間には
僕が入れない何かがあって・・
僕はそれを・・
ずっと
我慢している・・
僕は思わず目を閉じた
僕は辛い目にあってる?
僕はひとりで雨に濡れてる?
だとしてもそれは僕が選んだこと・・
愛しているから
愛しているから
彼を・・
でも
僕の心は・・
「君たちの仲に割って入ろうというわけではない。
ただ、君が疲れて誰かに甘えたい時、私を思い出してくれたら、と」
「甘える・・」
「おかしいかな」
「いえ・・」
「君のように強がるタイプは気をつけた方がいい。
過信して何かを溜めこむと、それが膨大な量になって突然キャパシティを超える。
氾濫してしまう。その時うまく収拾できればいいが、そうでないと・・」
「氾濫・・」
「取り返しのつかない事になってしまう時もある」
「・・・」
「その前に緊急避難することは悪いことではない」
「僕は強がるタイプ・・ですか」
「我慢強い、と言い直そう」
先生の深い声が、まるで
ああ、そうだ、カフェテリアで頼んだコーヒー
それに螺旋を描いて混じっていったクリーム・・
あのクリームのようにゆっくりと僕の胸の底に落ちていった
「誤解しないでもらいたい。私は好きこのんで避難場所になりたいわけではない」
「・・・」
「君とあの彼のことは理解しているつもりだ。
こんな屈辱的な申し入れをするのも、もちろん生まれて初めてだ。
しかも、もう会わないと突っ張ったすぐその後で・・だ」
目の前で先生の唇が動くのをじっと見ていた
僕は許されているのですか
あなたは僕を・・
そんな風に・・
「でも相手が君なら仕方ない」
先生の唇がそう言ってわずかに僕の唇に近づいた
その唇が動き出す前に
僕は・・
僕は自分から先生の唇を求めた
肩におかれた腕をふりほどき
先生の首に腕をからませ、しっかりとつかまえ
そして
夢中で先生の中に押し入った
先生は静かに僕を受け止めた
性急な僕を押しとどめるように
静かに僕を受け入れてくれた
舌が絡まりあうたびに
一枚づつ服を脱がされていくような気がした
すべて脱がされて、さらされていく
隠していた迷い、嫉妬、不安
すべての感情がむき出しにされていく
僕は今、先生にすべてをさらけ出している
どうしようもない羞恥心と同時に
かすかな快感が僕を襲った
そして、それが見る間に全身に広がった
僕は夢中で先生を求め続けた
先生
そんな風に思っていいんですか・・
甘えてもいいんですか・・
先生
僕は・・
長い口づけが終わった後も
僕は先生の腕の中で
アンバーグリスの香りに包まれていた
その後しばらく先生の部屋で過ごした
先生は何も聞かず、僕は何も答えず
ただ、先生とソファに腰をおろしてすごした
時折先生が僕の肩を抱きよせ
僕は先生の肩にもたれかかった
昼になり帰ろうとした僕を、先生は優しく押しとどめた
「あの学生には私から話そう。いいね?」
「はい」
「それと・・避難場所の件は、無理強いしているわけではないんだ」
「わかってます」
「ある程度の知恵はあるつもりだ」
「知恵?」
「神学者のニーバーが説教した時の祈りの言葉だ。初めてかな?
何年か前にマイケル・J・フォックスがラッキーマンに引用していた」
先生はその言葉を僕に聞かせた
「勇気、冷静さ、知恵・・」
「これが完璧ならば人生に怖いものなしだ。難しいがね」
「そうですね」
「時々思い出しては自分を励ましている・・そうなりたいと・・」
変えられないものを受け入れる冷静さですか・・
「僕にもできるでしょうか」
先生は僕を抱き寄せた
「できるよ、君なら。心配ない」
僕は先生の香りに埋もれ
もう一度先生の唇を求めた
なぜあの人を拒めなかったのだろう
なぜあの人を求めてしまったのだろう
僕の心はどうなっているのだろう
僕の心は安らいだ
先生に僕の不安を読み取られてしまったのに、安らいだ
もしかしたら彼はあの人にこんな風に・・
だとしたら僕にも誰かが
たとえば先生が・・
そうなのだろうか・・
先生が教えてくれた言葉を思い起こした
神様、どうか僕に
勇気と平静さと知恵をお与えください
またどこからか
アンバーグリスの香りがしたような気がした
神よ
変えることのできるものについて
それを変えるだけの勇気を我に与えたまえ
変えることのできないものについては
それを受け入れるだけの冷静さを与えたまえ
そして
変えることのできるものと、
変えることのできないものとを
識別できる知恵を与えたまえ
( ラインホールド・ニーバー)
God grant me the serenity
to accept the things I cannot change;
courage to change the things I can;
and wisdom to know the difference.
(Reinhold Niebuhr)
ジャンル別一覧
出産・子育て
ファッション
美容・コスメ
健康・ダイエット
生活・インテリア
料理・食べ物
ドリンク・お酒
ペット
趣味・ゲーム
映画・TV
音楽
読書・コミック
旅行・海外情報
園芸
スポーツ
アウトドア・釣り
車・バイク
パソコン・家電
そのほか
すべてのジャンル
人気のクチコミテーマ
楽天市場
★ドラマ「スノードロップの初恋」第1…
(2024-12-03 23:42:56)
ひとりごと
いいねをくださった方にお礼 と 楽…
(2024-12-03 22:55:15)
写真俳句ブログ
秩父夜祭
(2024-12-03 22:44:48)
© Rakuten Group, Inc.
X
共有
Facebook
Twitter
Google +
LinkedIn
Email
Create
a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧
|
PC版を閲覧
人気ブログランキングへ
無料自動相互リンク
にほんブログ村 女磨き
LOHAS風なアイテム・グッズ
みんなが注目のトレンド情報とは・・・?
So-netトレンドブログ
Livedoor Blog a
Livedoor Blog b
Livedoor Blog c
JUGEMブログ
Excitブログ
Seesaaブログ
Seesaaブログ
Googleブログ
なにこれオシャレ?トレンドアイテム情報
みんなの通販市場
無料のオファーでコツコツ稼ぐ方法
無料オファーのアフィリエイトで稼げるASP
評判のトレンドアイテム情報
Hsc
人気ブログランキングへ
その他
Share by: