ぴかろんの日常

ぴかろんの日常

リレー企画 310 シャッフル5

シャッフル 5 ぴかろん


*****

「だからセンセがドンヒにキスなんかするからいけないんだよ。わかってる?」
「わかんない。僕、ウシクにキスしたんだと思ってたもん。間違えたんだもん」

先生とウシクとドンヒと俺は、公園での出来事を振り返っていた
先生とドンヒは戸惑いながら、俺は二人を観察しながら、ウシクの采配に従っていた

「どうやって僕とドンヒを間違えるのさ!」
「同じ顔だもん、間違えることもあるもん!」
「先生、可愛い子ぶるなよ。本当にドンヒとウシクとを間違えたの?」
「うん。だって優しかったから…」
「優しい?俺がいた時は喧嘩してたじゃん。ドンヒ、お前先生に何かしたの?」
「別に何も…。先生が泣いてらしただけで…」
「センセ、泣いたの?」
「わかんない。しらない。気づいたらウシクじゃなくてドンヒがいたんだもん!」
「…老眼と物忘れかよ」
「イナさん、茶々入れないで。センセ、ソフトクリームのことで僕と喧嘩したって記憶はある?」
「ある」
「じゃ、その後イナさんとドンヒのとこに行って色々ゴネたことは?」
「…うっすら覚えてる」
「ドンヒと喧嘩したことは?」
「何となく言い争ったような気がする。その後すっごく悲しくなって…そしたらBHC顔の…僕はウシクだと思ってたんだけど…BHC顔の優しい子が慰めてくれて、そんでキスした」
「キスしたことは覚えてるんだ…BHC顔だってのも解ってるんだね?センセ」
「うん」
「…先生さぁ、BHC顔だったら誰にキスしてもOKだとか思ってない?」
「ん?」
「…センセ、今ちょっと目が泳いだよ」
「え?いや、誰にでも…とは思ってない」
「…。例えばイナさんとかスヒョンさんとかラブとかだったらキスしても大丈夫とか思ってる?」
「…」
「せんせい!」
「思って…ない」
「怪しい」
「…積極的に彼らとキスしようとは…思ってないけど…その…あちらから来た場合とか…その…状況的にここはキスだろうって場合とか…そういう時には…基本的にBHC顔なら…まぁ…アリなんじゃないかと…」
「せんせいっ!先生がそんなふしだらだったなんて!」
「だってウシクだって隙あらば誰かとキスしようとしてないか?」
「してません!何言ってるのさ!すっごく失礼だ」
「あのさ、とにかくさ、先生はウシクとドンヒと間違えたってことでさ、ドンヒはとってもショックを受けてるんだよね、解る?先生」
「どうして?」
「…。どうしてって…ドンヒは」
「イナさん、もういいです」
「だめだよドンヒ」
「センセ、ちょっとこっち来て」

先生はポケッとしている。ウシクはカリカリしながら先生を廊下の隅に連れて行って説教してる
ドンヒは俯いて、もういいのに…と呟いている

「このまま有耶無耶にしてたらお前先生に壁作っちまうだろ?」
「…別に…壁なら始めっからあるし…」
「くぉら!」
「だってあるんだもん…」

ドンヒは膨れっ面の上目遣いで俺を見た

「取っ払え!すぐに取っ払え馬鹿野郎」
「僕は馬鹿じゃありません!それにそんな簡単に壁って取っ払えるもんじゃありません!」
「…ドンヒ…」

言い合いをしていると、涙を溜めた先生がやってきた

「ごめんね…僕の不適切な発言で君を酷く傷つけてしまって…本当にごめんねドンヒ。君とウシクとを間違えるだなんて、僕は…僕は…ううっぐすん」

先生はドンヒに謝っている。こっちにきたウシクに何を言ったのかこっそり聞いた

「センセにブチュウウってキスした後、マジな顔して『ソクさんじゃない…』って言ってやったの」
「ちょっと待て。何でソクが出てくるんだ?」
「え?僕、ソクさん好きだから」
「何?」
「センセの次に好みなの。ソクさん」
「な…」
「そしたらセンセ、すっごいガックリしちゃってさ。すかさず、センセ、ドンヒもそういう気持ちだったんだからねって言ったらめちゃくちゃ反省した」
「ウシク、お前、ソクってお前」
「大丈夫。僕は先生で手一杯。ソクさんは好みだってだけ」
「そ…そか…」

ああ驚いた。ウシクがソクとどうこうなったら、もう収拾がつかない。でも…でも…今後そーゆーことが無いとは言い切れない…
ウシクはニヤリと意味ありげに笑った

「君の気持ちも考えずに僕は…」
「…もういいですよ先生…。僕だって先生の雰囲気にポワッとなっちゃって…先生の唇に吸い込まれちゃって…あの…素敵なキスだったし…」
「ほんと?」
「はい…うっとりしちゃった…」
「え…僕、自信持っていいのかな…」
「勿論です。若い連中は皆先生に憧れてるんですよ。だから僕…」
「おいこらドンヒ、何か違う方向に行ってないか?」
「僕は本心を言っただけです!本心言えってイナさん言ったじゃないですか!」
「くふ。ウシク、聞いた?ドンヒ、僕のキス、素敵だったって…」
「…センセ、反省してるの?」
「してる。ぐすん。ごめんねドンヒ」
「あ…はい…」
「お詫びに心を込めてドンヒだと認識しながらもう一度キスを…」
「え…僕だと認識しながら?嬉しい、先生…」

瞳を潤ませて近づく先生とドンヒ
なんなんだこの展開は!

「先生っ!」「ドンヒ!」

先生はずるずるとウシクに引っ張られ、何か叫びながら事務室に連れ去られた

「お仕置きされるんだろうな…」
「先生、またの機会に是非…」
「くぉらっ!お前はもう。乗っかるんじゃねぇよ、ややこしい!」
「…イナさん…僕って単純なのかな?」
「へ?」
「…壁…取っ払えそうです」
「な…」

単純っていうより、切り替えが素早いというべきだろう

「僕が暴走しそうになったらイナさん、助け舟出してくださいね」
「…お前。俺の言う事、ちゃんと聞くのか?」
「…あのね」
「うん?」
「優しく言い聞かせてくれたら言うこと聞きます」
「…」
「僕って面倒なヤツですか?」
「ものすごくめんどくさい」
「すみません」

ドンヒはニコッと笑って頭を下げた
随分素直だな、これが奴の本質かどうか、まだわかんないけど…

「わかった。出来る限り優しく言い聞かせてやる」

我ながら偉そうなことを言っていると思ったが、それでもドンヒは嬉しそうに笑って俺に抱きついた
先生自身の問題は俺達が騒いだってどうなるものでもない
今、先生が変なのは確かだからそれにうまく対応していくしかないんだろう
くっついているドンヒの頭を撫でながら面倒な仲間達の顔を思い浮かべた

*****

「ありがとうございました」
「いえ」
「では僕はこれで」

生真面目そうな受付のお嬢さんに90度の礼をして僕は病棟の一角にあるナースステーションの部屋から退室した
たむろするナースたちに愛想を振りまきながらミンチョルさんの病室に戻ると心配そうな顔をした愛おしい弟が尋ねた

「兄さん、どうしたの?あの女の人、なんだか厳しい顔してたけど。事件のこと?」
「いや。ちょっとした質問を…」
「質問?」
「質問というより詰問かな」
「何?疑われるようなことしでかしたの?」
「何もしてないよ、買い物しただけだ、お前とミンチョルさんの下着とか…」
「頼んでないのに!」
「必要だと思って」
「自分で使いなよ。僕、こんなの履かないし」
「どして?いい柄じゃん。ミンチョルさんが起きたら見てもらいなよ、ヒョウ柄のぶーめらんぱん…」
「絶対履かない!バカじゃない?それより何を詰問されたのさ」
「んとね…これ…」

僕は愛おしい弟に愛らしいブタの鼻が描かれたメモを渡した

「ラブ君のサインじゃん。彼、来たの?」
「らしい」

僕は受付嬢との会話を再現した

…これを…
…これは…なんですか?
…思い当たるふしはございませんか?
…このサインは僕の同僚のものですが…彼がここに?
…イ・ミンチョルさんのお見舞いとのことでしたが本日面会できないことを伝えましたら貴方を呼び出すようにと
…そうなんですか?すみません、僕、買出しに行ってたから
…それで保安上二、三お聞きしたいのですが
…はあ
…BHCとは何ですか?初めて聞く機関名です
…機関って…あの…僕達の仕事場で…。あのぉ、ラブ…あの、このメモを描いた愛らしい男の子ですが、彼、貴方に名刺かなんか渡しませんでしたか?
…いいえ
…あ。そうですか…。えっと、BHCっていうのはその…ホ○トクラブでして…。僕達はそこのホ○トなんですよハハハ
…ホ○ト?…一般の方でいらっしゃる?
…はい
…ここへ搬送されたのは何故ですか?MI6のポール・ロジャースさんからの依頼だとホン女史から伺いましたが…
…ああええそうです。あのバカ絡みの事件に巻き込まれて二人が怪我したんで…
…バカ?
…ああ、ポール・ロジャースのことです。彼のことはご存知で?
…いえ
…じゃ、覚えておくといい。彼はバカです。関わらない方が身のためだ。女たらしです
…優秀なエージェントと伺いましたが
…けどバカです
…ええっと…、とにかく、ここへ搬送された方は一般の方であると?
…ええ。ポールかホン女史から連絡はきていませんか?調べていただければわかるはずです
…わかりました。BHCはホ○トクラブ名である、ということですね?
…はい
…これは、こほん…個人的な質問なのですが…そのBHCというホ○トクラブは…ご親族で経営されているのですか?
…は?いえ、違います。経営者はヘン○イ…あ…いや…フツーのオッサンです
…貴方とイ・ミンチョルさん、ミン・ギョンビンさんと今日来られた方、この四人はご兄弟もしくはご親戚ですか?
…ミン・ギョンビンと僕は兄弟ですが他のホ○トは他人です
…他人?全くの他人?
…ええ
…どうして同じ顔…
…そこがウリのホ○トクラブです
…わからないわ
…僕も詳しいことはよくわかりませんが、同じ顔をスカウトして集めたらしいです。是非一度店にいらしてください。名刺は…ああっと、今、持ってないや…
…ああ、結構ですわ、自分で調べて伺いますから…
…お待ちしてますよ
…けほん…ではこのメモですが
…はい
…メモを描かれた方、本当にホ○トなんですか?
…はいそうです
…お見受けしたところ…その…大変申し上げにくいのですが…
…チンピラに見えましたか?
…あ…いえ…その…
…ああ見えてとっても真面目な…いや、真面目じゃないか…とっても繊細でキュートで、それでいてゴージャスで色っぽくて放ってはおけないミラクルな女王様なんですよ、彼は…クフン
…女王様?
…あいや、素晴らしい人物なんですよはい
…一般の方…なんですね?
…一般も一般、庶民…いや、本当は御曹司なんですけど…まぁ普通の一般市民です
…ではこの、『プラグ受け』ですが
…はい?
…この絵です。これはどういう意味ですか?
…は?
…何かの暗号ではないのですか?
…へ?暗号?
…相当悩んでこれを描かれました。この絵に全てを込めた…といった印象を受けましたが
…え…そんなに悩んでこれを…ラブ…
…やはり何か意味が込められているんですね?!
…えと…それは…
…どこかに爆発物が仕掛けられているといった情報とか?
…ええっ?爆発物…爆発…けひ…ダーリンったら僕に会いたくて爆発しそうとか…けひん…ああん会いた~い
…どうなさいました?どこか具合でも悪くなりましたか?
…いえ、大丈夫です、きゃひっ
…やはり爆発物情報でしょうか…
…まさか!
…ではどういった意味が
…これはですね、『ばか!こんな時こそマメに連絡しろよ!みんな心配してるんだからな!入院先ぐらいちゃんと伝えろよ!どんだけ探し回ったと思ってんだよ!』といった意味だと思います
…え?
…口が悪いんです、ダーリン…彼は…くふん
…国家的な機密などではないと?
…は?
…上司とも話していたのですが、『プラグ受け』とは象徴的なマークだと…
…は?なんの?
…爆発物、テロ、盗聴…そういった危機が迫っているのだろうかと…
…はぁ?関係ありませんよ。これはプラグ受けではなく『ブタちゃんの鼻』の絵ですよ、お嬢さん
…は?ブタの鼻?
…そうですよ。ほら、よく見てください
…そう言われればそのように見えますね…
…あまりお勉強が得意ではないしお手紙なんて滅多に書かない子ですし、その上お絵かきも得意ではない子なのでこの絵に全てを託したのでしょう
…全てを?
…ブー
…ブー?
…不満。甘え。愛…ぐふん…きひひん
…そういった意味のブー
…はい…愛のブーです
…愛?
…あ。けひっ。お嬢さんには計り知れない世界かもしれませんねぐふふん
…そ、そうですか。なんとなくわかりました。ありがとうございました
…いえいえくふふん
…あの、連絡してあげてくださいね。明日も来られるとはおっしゃってましたが
…はい。ありがとうございます
…もうひとつだけ…。ポール・ロジャースさんやホン女史と貴方のご関係は…
…昔の同僚です
…昔…
…はい。ホ○トに転職したんです。弟もね。昔の仕事の悪縁であのバカと関わりあうことになっちゃって、こうです、まったく…
…バカ…ポール・ロジャースさんですね?
…ええ!僕達兄弟はもう一般市民なのに巻き込まれたんですよ、あいつに
…そうでしたか…お気の毒に…
…でしょう?貴方も気をつけたほうがいい。知ってますか?あのバカの愛用の下着は『ふるーつ・おぶ・ざ・るーむ』のものです!見せパンするならもう少し気取ったブランドを選べはいいのに。ま、あいつのことですから、そういうところで親しみやすさをアピールしてるんでしょうけど。貴方、ひっかかっちゃダメですよ。絶対苦労します!
…は…はぁ…あの…
…なんです?
…私、ポール・ロジャースさんはあまり好みではありませんので大丈夫です
…それは喜ばしいことです(^-^)
…では心配無用と上司に報告いたします
…ありがとうございました

「…。疑われたんだラブ君。よっぽど挙動不審だったんだね」
「ああん、僕に会いに来てくれたなんてぇん。らぶぅ」

ちゅちゅちゅちゅ

僕はブタの鼻の絵にキスしまくった

「電話したら」
「あ、そうだった。ギョンビン、電話貸して。僕の電話、バカのせいで壊れちゃったから」
「怒りにまかせてぶん投げたんじゃないの?」
「けひ。お前の愛する人はみんな怒りにまかせて電話をぶん投げるよね?」
「愛する人は『みんな』だって?」
「ミンチョルさんもぶん投げるでしょ?」
「彼は確かに愛する人だけど兄さんは兄さんだよ」
「え?」
「兄さんはただ僕の兄さんってだけです。はい電話。でも今営業中なんじゃないの?」
「ああんそうだわ…ぐすん…」
「明日の朝まで貸してあげるよ」
「本当?わぁんギョンビン、愛してる。感謝のキスを…」
「いらない!それよりメールとか見ないでよ」
「お前宛のメール見るなんて、僕がそんな下品なことするわけないじゃない」
「へぇ、そんなこと言うんだ~。昔、検閲だとか言ってしょっちゅう僕宛の手紙とかチェックしてた人が」
「…あの頃の僕はお前の親がわりとしてお前を悪の手から守ろうと必死で…」
「とにかく、もし見たら絶交だからね」
「はぁん、わかってるってば。じゃ借りるね~ありがとクフン」

僕は廊下に出てラブの携帯電話の番号を押した(暗記してるもん♪)
やっぱり出ないわ、お仕事中なのね…
それにしてもギョンビンったら、お兄ちゃんを信用してないのね、プン
見るわけないじゃないのメールなんて…
見るわけ…

ミンチョルさんからの古いメール…気になるわ…
でも見ない見ない!そんなことしちゃダメ!
ん?
ラブからのメール?
え?ダーリンからギョンビンにメール?
あれ
結構いっぱい入ってる…え?どゆこと?なによなによ、何が書いてあるのよっ(@_@;;)
ああ、いけない…見ちゃだめよ…でもっでもっ…

ピッ…

僕はダーリンに弱い
ダーリンの名前を見ると居ても立ってもいられなくなる
ここ何日かダーリンのお顔を見ていないから余計ダメ…
ついにメールを開けてしまいまし…しまいまし…あれ?

「暗証番号をどうぞだって?」

ロックかかってるじゃん…

僕はため息をついて反省した
ああ…ダーリン…早く会いたいな♪


その日の営業は、とてもとてもハードに感じた
ミンチョル達三人がいないのはわかっていたが、なんとなくもっと人が足りないような気がした
多分あと二、三人は休んでいたはずだ。でなきゃこんなに忙しいはずがない!
イヌ先生に誰がいないのか聞いてみてもぼんやりしてるし(ほんとにボケたのか!)、テソンはカフェのことでテンパッててコワいし
ウシクは、大丈夫だよ、と言ったきり、俺の話を聞いてくれなかったし(穏やかそうに見えて実はキリキリしてたに違いない)
ドンヒはなんだか先生を意識してるし、ホンピョは相変わらず俺に無愛想だしっ
ソヌさんはマイペースに怖くて、チョンマンとシチュンはうるさくて、じゅの君はつつましくドジ踏んでるし、ソグは指でテーブルの長さを測ってるしっ
ジュンホ君はお客さんの質問にきまじめに答えてるし(これはいいか…)、テプンは店の中を無意味に走り回ってるし
ジョンドゥとビョンウは漫才やってるし(これはいつものことだ…)、スヒョクはギリギリに来たラブに密着してるし、テジンは接客しながらスハにスキンシップしてるしっ(ああこれもいつものことだっ!)
ドンジュンは…あれ?ドンジュン、居たっけな…居たような気もするけどあれ?どうだっけ…
スヒョンは…あれ?撮影だったっけ?え?居たっけ?
ジホさんは?…ジホさん…帰りがけに見たような気もするけどあれ?やっぱし撮影だったっけ?…

とにかく、目立たなかった奴等の記憶が無いぐらい忙しかった
『ふゆそなつあー』から流れてきた団体のお客さんが入ったせいだろうか?
店が終わってからウシクに、今日は忙しかったなぁと言うと

「別に。普通だよ」

と冷たく言われた
お前、キリキリしてないか?と訊ねると

「別に!普通だよ!」

とキツい口調で言われた
やっぱし先生がドンヒにキスしたこと、気になってるんだ、絶対…

店が終わると、昨日ヨンナムさんちに泊ったメンバーは再びスヒョクに拘束され、迎えに来たテジュンとヨンナムさんの車に分散させられてヨンナムさんちに運ばれた
ヨンナムさんのトラックの助手席には、昨日と同じくホンピョが座り、荷台にはラブとスヒョクが乗っていった
テジュンの車の助手席は当然俺…のつもりだったのに、何故かソクが我が物顔で座っていて、俺は後ろでドンヒに懐かれながらヨンナムさんちに向かったのだ

昨日と同じく『シャッフル宴会』が始まった。なんとなく昨日と同じ席順で飲み食いし、適当に風呂に入ったりしてた
ソクとテジュンは、二人だけの世界で何やら楽しそうに話している
俺はちょっと首を突っ込んでみたけれど、相手にされなかった。なんでだよ!てじゅのばか!
ラブが突然、もう一回シャッフルしよう…とか言い出してスヒョクと揉め始めた
ヨンナムさんが喧嘩を止め、それをきっかけにすっかり忘れていた重要な問題について皆で話し合った
重要な問題ってのはつまり、ミンチョル達のことだ
俺はラブに切り込んだ

「んで?会えたの?きつね達に」
「えっと…、今日はまだ検査とかがあって、面会できなかった…」
「ギョンジンは?元気だった?」
「…えと…いなかった…」
「へ?」
「どっか行ってていなかった」

ラブがきゅっと唇を噛んだ。俺達はかわるがわるミンチョル達のいる病院のことを訊ねた

「電話かかってきてない?着信見た?」
「うん…ギョンビンから電話あったみたい…」
「ギョンビン?ギョンジンは?」
「ない」
「…ギョンビンにかけ直した?」
「うん…でも出なかった。もう消灯時間とか過ぎたんじゃないかな」
「直接病院に電話すればいいのに」
「だってもう遅いもん。それに明日また行くし」
「ラブ、メールは?来てない?」
「…来てない…」
「ギョンビンからも?」
「…うん…」
「ああんラブ、可哀想っ」

スヒョクがラブをぎゅっと抱きしめた。ラブは顔を引き攣らせて硬直し、スヒョクを嗜めた

「すひょくっ。ソクさんが見てるからっ」
「…見てないじゃん…テジュンさんに夢中じゃん…ソクさんはテジュンさんを狙ってるんだよ…」
「夢中って、狙ってるっておい!」

どういう意味だ?俺は慌ててテジュンたちを振り返った。確かに夢中でお喋りしてるけど、狙ってるとは思えない
スヒョクは何だってこんな事を言うんだろう

「どうしたんだい?スヒョク君。今日はずっとソクさんと一緒にいたんだろ?」
「はい。街中歩いたり公園に行ったり…。でも…ソクさん…ずっとテジュンさんに夢中なんです」
「は?!聞き捨てならない事を」
「お昼ご飯食べる時、テジュンさんに会いました」
「え?テジュも一緒に飯食ったの?」
「はい…。偶然を装って」
「「「へ?」」」

スヒョクの話はこうだ。ソクと二人、朝から夕方まで街を歩き回った。午前中はとっても幸せだった
お昼頃、ソクとスヒョクはバスに乗って新村に行った。何故新村に向かうのかスヒョクは疑問に思ったが、何か買い物でもあるのかと黙ってついて行った
にこやかで優しく、いつもより楽しげなソクを見て、スヒョクはとても嬉しくなり、二人はしゃぎながら歩道を歩いた
どこで飯を食べるのかと聞くとにっこり笑って指差したのは、こじんまりした喫茶店だった
中は落ち着いた雰囲気ではあるが、センスがいいとか小洒落ているとか…そういう言葉からは程遠い、ごく普通の、サラリーマンが好みそうな店だった
何か美味しいものでもあるのかと期待し注文した
美味いのだが華が無い、やはりサラリーマンが好みそうな味だと感じた
スヒョクはソクに、この店に来たことがあるのかと訊ねた。ソクは首を横に振った。じゃあどうしてこの店を選んだのかと少し強い口調で聞くと、ソクは唇を尖らせ、何怒ってるのさ…と首を傾げた
怒ってない、ただ、どうしてここなのか知りたいだけだと言おうとした時、店のドアベルがカランコロンと…そう、その店のドアには昔流行ったようなドアベルがついていたのだ…鳴り、客が入ってきた

ソクは客を見てにっこりと笑った。ソクの視線を追うと見覚えのある顔が二つあった
よう、イチャイチャカップルじゃないか、久しぶりだなぁと見覚えのある顔の一人が言った
あれ?どうしたの?ここらでデートでもしてたの?ともう一人の見覚えある、ソクと同じ顔の一人が言った
やあ、偶然だなぁ、ここを通りかかってなんとなく雰囲気がよさそうだったから入ったんだよ、昨日言ってた店がここだったとはな、一緒に座ろう…とソクが二人を誘った
ソクはとても嬉しそうだった…

「…てじゅとジャンスさん?」
「うん」
「…偶然を装うって?」
「…テジュンさん、その喫茶店でいつも昼ご飯食べてるって昨日聞いたんだって」
「ふぅん」
「…おかしくない?イナさん大丈夫なの?」
「へ?」
「…テジュンさん盗られちゃうよ、ソクさんに…」
「は?!」
「しっかり捕まえといてよ、テジュンさんのこと」
「…。スヒョク?何言ってるんだよ。てじゅがソクとどーのこーのなるって?!バカじゃない?!」
「バカじゃないもん!イナさん見てないからだよ!二人の…二人の…」
「何だよ!てじゅとソクがキスでもしたっつーのか?!」
「…」
「え?!…ましゃか…したの?!」
「…してないけどすっごく仲良くて…俺、入っていけなくて…。…ずっとジャンスさんと話してた」

どーゆーことだっ!『すっごく仲がいい』ってなんなんだ!あの二人は『俺をめぐって』のライバルなんだぞ!

俺は喚いた。するとラブが、じゃ、ギョンジンとテジュンも俺をめぐってのライバルだと言い、ラブ、そこには俺も入れといてよとスヒョクが言い、
イナだって僕をめぐってチョンエとライバルじゃないかとヨンナムさんが言い、その場がしっちゃかめっちゃかになった
俺は我慢できず、ソクのところへ行き、スヒョクの話が事実かどうか尋ねた

「うん。昨日テジュンに聞いてたからあの店に行ったよ。ジャンスさんと4人でご飯食べた。ね、テジュン」
「てじゅと異常に仲良しだったって?」
「普通だよ。普通に喋ってただけだよ。ね、テジュン」
「だってスヒョクが会話に入れなかったって…」
「あん?スヒョクはずぅっとジャンスさんと喋ってたんだぜ。ね、テジュン」
「うん。先輩、スヒョク君のこと気に入ってるみたいでさ。僕達無視して話してたよね。先輩、話し出すと止まらないし」
「なんか昔の遊びの話してたよね、ケンケン相撲とか押し相撲とか…。相撲系の遊びが多かったっけ」
「そうそう。先輩ったらスヒョク君と勝負したいとか言ってたよね」
「僕達も話に乗っかろうと思ってジャンスさんに話しかけたら」
「僕達の話を途中から先輩が持ってっちゃって…」
「ジャンスさん、スヒョクの話しか聞かないし…」
「それで僕達二人で話してたんだよね、ソク」
「ね、テジュン」

二人は同じ顔で笑い、頷きあった
今までに無いくらい仲がいい。気持ち悪い!
俺は小さな声で、てじゅのばかと呟き、ヨンナムさんたちの輪に戻った
テジュンには俺の呟きが聞こえなかったようで、二人はまた、とっても仲良く話をしていた…

「スヒョク、やっぱしあの二人、なんか変だ…」

俺はスヒョクにそう告げた。だがスヒョクは、はいはい、とそっけなく答え、ヨンナムさんやドンヒやラブと、違う話題で盛り上がっていた
なんだよ、お前、ソクのこと、気になってたんじゃないのかよ!と言うと、静かにしてよ、ラブの話が聞こえないじゃない!とキツく言われた
仕方なく、一人輪の中に入りきれずにへの字口で皆を睨みつけているホンピョの横に行き、皆が今、何を話しているのか聞いた

「…。病院の話」
「病院ってミンチョルの?」
「病院の名前がわかったいきさつと、どうやって辿り着いたかと、どうして会えなかったかって話を色気小僧が語り始めた」
「そか!そりゃ聞かなくちゃ」

俺は話をしているラブに向き直り、手を上げて質問しようとした。しかしラブは俺を見ていない
俺に顔を向けたヨンナムさんは、しかめっ面をして手をおろせと合図した

「なんでさ!今日の話、俺も聞きたいじゃん」
「しっ!」

またスヒョクに注意されて睨まれた

「…。ドンヒ、ドンヒ。教えてくれよ、何がどうなって…」
「しいっ!聞いていればわかります!」

ドンヒにも睨まれた
ラブはスンスン鼻を啜りながら今日の出来事を皆に報告している
最初を聞きそびれたこともあり、俺はラブの話に入り込めなかった

皆はラブの話に真剣になっている
と思ったら一人だけそうでもないヤツがいるじゃん、あんまし仲良くしたくないけど…
俺はホンピョににじり寄り、昼からの配達はどうだったか聞いた

「…別に…」

奴は俯き、低い声で答えた。ヤな感じだ。でも俺はめげずに話しかけた

「お前って食器片付けとかできるんだな。感心した」
「…は…」
「もっとドンヒを手伝ってやればいいのに」
「…んなことしたらアイツ、気味悪がる」
「そんなことないよ。助かるさ。甘えてばかりじゃドンヒ、可哀想だろ?」
「…アイツにはアイツのやり方があるから…」
「やり方?」
「あるんだよ。キチンとした奴だから」
「…」
「前にもさ、後片付けしたことあるんだ…」
「ええっ?!」
「そんなに驚くことないだろ?…飯、食わせてもらってんだからお礼にと思って…」
「おれい?!」

ホンピョから次々と意外な言葉が発されている。俺はいちいち驚いて食いついた

「当然のことだろ?…いろいろ世話かけたから掃除だってしたし…」
「ええっ?!」
「けど、俺のやり方じゃ気に食わないらしくて、全部やり直された…」
「それ…ちょっとヤじゃん。でも今日はそんなことしてなかったぞ」
「ヨンナムの兄貴とキム・イナがいたからだろ。俺も今日は無断で押しかけたから洗い物だけでもしようと思ってやったけど…やり直されるのってなんだかツラくてよ…」
「…そりゃそうだな…」
「でもアイツはそういう性分なんだから仕方ない。そう思ったら気楽になった。で、俺、手伝うのをやめた。アイツが指示しない限り手出ししないって決めたんだ。その方がお互い楽だろ?」
「…お前って…意外と…気ィ遣う奴なんだ…」
「…普通だろ?」

ホンピョはそっけなく吐き捨てた
ふぅん。人ってやっぱりわからない。こんなワガママそうなホンピョがドンヒに気を遣ってるとは思わなかったな…
俺はホンピョに興味が湧き、奴自身のことをあれこれ聞いてみた
ホンピョはポツポツと答え、俺は奴が聞きもしないのに俺自身の話もした
奴はうっとおしそうな顔をしてずりずりと部屋の隅に移動した。俺は追い詰めるように話し続けながら奴にくっついて動いた
俺達二人は、ヨンナムさんたちの輪から完全に外れ、ヨンナムさんちの居間には三つのグループができていた

「…キム・イナ…、ドンヒさ…」
「あん?」
「大事にしてやってくれたか?」

得意の上目遣いで俺を見、ホンピョはドンヒのことを聞いた

「…大事に?うーん…普通…かな…」

いや…もしかすると普通以下だったかもしれない。しつこくしたり突き放したり…
俺もドンヒとの距離感がよくわからなくて戸惑ってたしな…

「大事にしてやってくれよ、あいつ、キム・イナのこと、好きみたいだし」
「好きって…」
「…あんなに人に懐いてるあいつを見たの、初めてだ」
「…」
「あいつ、意外と気難しいからよ」
「やっぱり?」
「ん?」
「やっぱり気難しいよな?どう扱っていいかわかんないよな?」
「…」
「なんかさー、素直だなーって思ってると突然拗ねだすし、明るいなーって思ってると突然引き篭もるし、急に迫るし」
「迫る?!」
「あ…いや…げほ…」
「…確かに、急に発情するよな、あいつ」
「げほっ」
「最近は無いけど、前はたまに襲われたぞ」
「襲…。そりは…どういう…」
「キスしてくるんだ。ほら、ずっと前にドンヒと俺で『双子のダンス』の真似したときあったろ?あの時も最後に濃厚なブチューっての、俺にかましたろ?」
「…あ…そうだったなぁ…」
「たまぁにそういう波があるみたいでよ。早く彼女作るといいんだよ、あいつ」
「…一時付き合ってた女の子がいたらしいけど?」
「…ああ…いたな…」
「お前が気になって付き合うの辞めたらしいけど?」
「俺?!」
「お前をほっとけないとかなんとか…」
「なんだそれ、俺のせいにしたのかよ!」
「違うのか?」
「知らねぇよ!俺は…俺は別に奴が誰と何しようと関係ねぇもん。女と別れたのだってどうせ体の相性が良くなかったからじゃねぇのか?!」
「い…」
「それともヤってすっきりしたから別れたとかな」

ホンピョは憎憎しげに吐き捨てるように言った
それは酷いんじゃないかと言うと、ああ酷いよと答える

「ドンヒじゃなくてお前だよ、なんでそんな事を言うんだよ」
「だってよ…だって…、そんな顔してたんだもん、あいつ…」
「…すっきりしたからもうオワリって顔か?」
「…付き合ってたのも数日だぜ…それによ、別れてすぐに笑えるか?」
「…」
「ヤることが目的だったってことじゃねえのか?」
「…。あいつがそんな奴だと思う?」
「…。思わねぇけど…」
「ならそんな酷いこと言うなよ」
「…思わねぇけど…、俺が一人ぼっちになるって気にして女と別れたんだとしたら、俺、俺…」

ホンピョは唇を尖らせたまま俯いた
俺はドンヒを振り返り、こちらの話が聞こえていないことを確認し、ホンピョにグラスを渡してなみなみと酒を注いだ

「飲め」

ぐいっと酒を飲み干したホンピョの肩を叩き、もう一杯注いでやった

「お前のせいで別れたんだったら、お前はつらいよなぁ」
「んだからよ、俺のせいじゃないってば!」
「だけどお前、気にしてるんだろ?…なるほどなぁ、だからお前、そういう事言うんだ…」
「…そういう…事って…」
「なあ、俺にも注げよ」
「あ…ごめん」

ホンピョは俺のグラスに酒を注いでくれた。ドンヒよりコイツの方が素直なのかもしれない…
俺は酒を飲み干し、グラスをホンピョの前に突き出した。ホンピョはもう一度酒を注ぐ
酒瓶をいじくりながらホンピョはポツポツと話す

「アイツさ、結構その…イケイケじゃねぇかよ」
「イケイケ?」
「えっとその…我慢できないタイプっていうか、若いっていうか…」
「お前だって若いじゃん」
「俺は一度失敗してるから…」
「離婚?」
「…本能に従ったら子孫繁栄しちまったから…」
「あ~」
「そっからもう間違ってるだろ?」
「うーん…」
「俺のことはどうでもいいんだ。奴はさ、そういう方面ではその…いろんな意味で失敗がないっつーか…」
「…」
「俺と違って『恋愛上手』だからよ」
「ぶ」
「笑うな!」
「ごめん」
「だから…その…なんていうか、『短期間で恋を終わらせる』っつーのか?俺には考えられねぇんだよな…。女ができて、夜帰ってこなくて、そっから何日か過ぎてニカニカ笑ってもう別れたってよ…」
「…んふ。速攻王だからできるんじゃねぇの?なんちって」
「…ざけんな!」

ホンピョは真剣な顔で俺に強く言った

「…。ごめん…」

気まずくなり、俺は手酌で何杯か酒を飲んだ。奴もそっぽを向いて同じように酒を飲んでいた

「…あの…さ…俺、思うんだけどさ…」
「…なんだよ…」
「…その女の子よりもお前のが大事だったんじゃないのか?」
「へ?」
「やっぱしお前をほっとけなかったんだよ。だからヘラヘラ笑って酷い奴を演じてたのかもな」
「…。んなことさぁ…」
「そうだって絶対」
「んなことわかってるよ!」
「え…」
「…アイツさ、器用そうで不器用だからよ…、恋愛ってぇのとその…ゆ…友情?ってのとを…あー…いっぺんにこう…うまく…あー」

ホンピョは妙に照れて焦り、しきりに両手を動かして説明しようとしている

「恋愛と友情を両立できないタイプってこと?」
「…まぁ…そうだ…。おまけに気を遣いすぎる奴だろ?だから俺…嬉しかったけど申し訳なくてよ…」

なんてやつらだ。こんな見た目とかけ離れた性格だったなんて!しかもお互いにわかりあってるのに遠慮しあってるなんて!

「ああややこしい…」
「だろ?結構ややこしい奴なんだ」
「お前もだよ!」
「…」

ホンピョはまた唇を尖らせて俺を上目遣いで睨みつけた。いや、睨んではいないか…
コイツはもしかするとドンヒ以上に気配りのできる奴なのかもしれない。他人の気持ちを即座に察して期待通りに動くような…

「…どういう意味だ。ややこしいって…」
「どうりでお前がわからないはずだ、こんなややこしく入組んでたなんて!」
「入組む?」
「…はぁ…。…。まぁいいや。飲もう」
「何がいいんだよ」
「いや。俺、お前のこと誤解してたなぁって思ってさ」
「ふん」
「俺だけじゃないや、きっとみんな誤解してる」
「…。ヨンナムの兄貴にも言われた…」
「へええ、ヨンナムさん、鋭いじゃん!」
「…。てことはキム・イナも鋭いってことか?けっ。自分で自分、褒めてやんの」
「あはは~結果的にはそうなるかぁ、まぁ飲め」
「…ん…」

ホンピョは素直にグラスを出し、俺と酒を酌み交わした
最初はしかめっ面してたけど、徐々に笑顔も見せるようになってきた
そうなると可愛いもんだぜ

「…俺さぁ…」
「ん?」
「ドンヒよりお前のが付き合いやすいかも」
「げほっ…。そ…そんな事言うな!ドンヒが聞いたら悲しむ」
「お前のそういうとこ、好きだなぁ」
「げほっ。気持ちわりぃこと言うなってば!」
「だってさ、お前って、一つほどけるとすっごくわかりやすいもん」
「…」

ホンピョは困った顔をして酒をぐいぐい飲んだ
俺も奴のペースに合わせて同じように杯を重ねた
酒の力も手伝って、俺達はどんどん遠慮が無くなっていった


「お前、甘え上手なんだって?ドンヒが言ってたけど」
「ああ、まぁ…」
「うっそだぁ」
「え?なにが?」
「俺が思うに」
「うん」
「お前、甘え上手を演じてるだけだろ」
「げ」
「ドンヒはさ、自分が甘えるのへただって言ってたんだけどぉ」
「うん」
「あいつはぁ、実は甘え上手だ」
「げげ」
「と、俺は思う!うん」
「すげえ」
「当たってるか?」
「俺のことは当たってる。あいつのことは…そうだな、そうかもしれない…」
「そうだって!あいつさぁ、結構ワガママじゃないか?」
「うん。親切そうに見えて結局自分の思う通りにしなきゃ気がすまないみたいなとこある」
「だろだろ?なんかぁ、自分を抑えてます!ってのがめちゃめちゃ見えてさぁ」
「うん。相手に気ィ遣わせるんだよな、あいつ」
「だな?けひ」
「だけどさ、なんかさ、その…なんつーか…」
「ワガママを聞いてやりたくなる」
「そう!そうなんだよな。あいつがこうしたいと思ってるなら、そうしてやろうかって…」
「…ふぅん、そうなんだ。じゃ、背中トントンも実はあいつがしたがってるってわけか?」
「…あれは…俺が…してほしいから…」
「くふふ、やっぱしお前、素直ぉ~」
「…」
「可愛い~」
「や…やめろよ可愛いとか言うの!」
「あははは、照れてやんのぉ」
「もう!からかうなよ!せっかく…」
「ん?せっかく何?」
「…せっかくキム・イナのこと見直したのに…」

ホンピョは赤くなって俯いた。なんかめちゃくちゃ可愛く感じる。酒のせいだろうか
ホンピョを見つめていると、奴はいきなり必殺上目遣いでこっちを見た
それからすぐに目を伏せてため息をつき、あのさ、あのよ…と小さな声で呟いた
俺は奴に近づき、ぐいっと首根っこを引き寄せて抱きしめようとした

「てっ!痛ぇ!離せよバカ!」

ホンピョは俺の体を押し戻し、ヨンナムさんたちの様子をちらりと窺った
あ、ドンヒを気にしてンのか…。ホントにこいつってば…

「ドンヒの気持ち優先なのな~」
「え?」
「せっかくハグしてやろうと思ったのにさ」
「い…いらねぇよ、気持ち悪い!」

ホンピョは口を尖らせて小声で吐き捨てた

「ふん、嘘つきめ」
「…う…嘘じゃねぇよ!何言ってんだよ!」
「照れちゃって」
「照れてねぇってば!」
「ドンヒの様子窺って小声かよ」
「え」

ホンピョはびっくり顔で俺を見た
それから早口で、別にドンヒを気にしたわけじゃねぇから…と口走り、酒を一杯あおった後、だけどドンヒはキム・イナの事が好きだから…誤解させちゃいけないから…と呟いた

「…ほんっと、甘え下手」
「…」
「周りの期待に応えてわがままなふりして。損な奴。少しは自分の思う通りに動けよ、お前、素直で可愛い奴なんだからさぁ」
「可愛いって言うな。気持ち悪い」
「嬉しいくせに」
「嬉しくない!」
「意地っ張り」
「ふん」
「チャンスを逃すぞ」
「は?何の?」
「こういうチャンス」

俺はホンピョの背中にまわり、奴を後ろから羽交い絞めにした

「わっ。何だよっ、ちょ…やめ…ひゃひゃはははひゃは、やめっやめええっ」

奴の首の辺りで髪や鼻をサワサワと擦り付けた
思わず上げた奴の声に、ヨンナムさんグループが反応した

「ちょっとちょっと、そこの子供2人、何やってんの」
「イナさんってば、昨日ドンヒで今夜はホンピョ?」
「…浮気者ぉ、ホンピョ、逃げた方がいいぞ」
「ホンピョ!」

くすぐったがっていたホンピョが固まった
ドンヒの声が尖ってたからだ

「イナさんに何したんだ!」

ドンヒはホンピョのところに飛んできた

「…何って…お、俺は…」
「俺がホンピョをとっ捕まえてくすぐってんの」
「くすぐる?…ホンピョが何か気に障ることでもしたんですか?」
「違う。じゃれてんの。ホンピョと」
「え?」
「な?俺達、じゃれあってんだよな?」
「ちげ…ちげーよ!変な事言うなよ、放せよもうっ」
「やーだ」
「…イナさん…なんでホンピョとじゃれてるんですか…」
「ん?ホンピョが気に入ったから」
「…え…」
「キム・イナ!ぶぁかっ!変な事言うなっちってるだろがっ!」
「んふふ。からかい甲斐があるんだもーん」

ドンヒの顔が曇った。ホンピョは大暴れして俺から逃れた

「…ドンヒ…」
「…」
「俺、俺、あの…」

ホンピョが遠慮がちにドンヒに声をかけたが、ドンヒは無言のまま、部屋から出て行った

「ドンヒ!」
「ほっとけ」
「キム・イナ、酷い奴!ドンヒ、哀しそうな顔してたっ」
「うん。知ってる」
「…何考えてるんだ?」
「いやぁ、お前とドンヒ、大喧嘩させたいな~と思って」
「…なんで…なんでドンヒと俺が喧嘩しなきゃなんないんだよ!」
「一番仲がいいはずなのにお互いに遠慮ばかりしてさあ。気が休まらないんじゃないの?お前ら。言いたいこと言い合った方がいいぜ」
「大きなお世話だ!」
「ドンヒもお前も本との気持ち隠し続けてる。ここへ来て何ヶ月経つ?お前らの距離、全く縮まってないじゃんか」
「縮めなきゃいけないのかよ!」
「その方がいいだろ?」
「アイツがそんな事望んでないのに?」
「望んでないかどうか、お前、わかるの?アイツの気持ち、先回りして読んでるつもりか?お前の気持ちはどうなるんだ?」
「…わけわかんねぇ。もういい」

ホンピョはブスッとした顔で立ち上がった

「どこ行くんだよ、まだ話の途中だぞ」
「キム・イナに関係ないだろ?俺達うまくやってんだからよ!」
「へえ~。なんだかギクシャクしてるように見えるけどぉ」
「これが俺達なんだよ!」

そう言ってホンピョは逃げるようにドンヒの後を追った

「イナさ~ん」
「トラブルメーカーだ、イナさん」
「おせっかいだなぁイナは」
「また悪い虫がおきたのか?」
「いなっ!お前、あの2人とキスしたかったんだろ!」

皆が口々に俺を非難する中、テジュンの見解だけがちょっとずれていて可愛い
俺はテジュンにニッコリ微笑んで、だってお前がソクとばかり仲良くして、すっげぇ暇だったんだもーん、と言ってやった
ソクが、テジュン、今夜のイナには関わらないほうがいい、とかぬかしてテジュンを囲い込み、ヨンナムさんは、今回のパターンはいつもと違うようだな、と謎の言葉を吐いた

「なに?ヨンナムさん、それどういう意味?」

俺より先にラブが食いつきヨンナムさんに詰め寄っている。隣で、ああんもう、イナさんの話はどうでもいいからラブとギョンジンさんの対策を考えようよ、とスヒョクが言い、そうだな、イナと関わるとろくなことが無い、とヨンナムさんが言う

「いつものパターンと違うってどういうことさ」

俺はヨンナムさんに聞いてみた。ラブがウンウンと頷いている

「いつもは惚れちゃった奴をかき回して自分の方を向かせるのに、今回はあの2人をかき回して何かしようと企んでるってことだ」
「企むって何を?」
「知らん。お前自身がわかってるだろ?そういう事だ。終わり!で、ラブ君、明日はどうするんだい?」
「…イナさん、ドンヒとホンピョ、どっち狙ってるの?」

ラブだけが俺の行動に興味深々のようだ

「んーとね、俺としてはぁ」
「ラブ君、イナに関わるな、とばっちりを食う」
「でもヨンナムさん、もしかしたらこれは俺にとってチャンスかもしんないもん」
「チャンス?」
「うん。イナさんがドンヒかホンピョと妖しいことになったら、テジュンがフリーになるでしょ?チャーンス!」
「ラブ、だめだよ。テジュンさんはソクさんが囲い込んでるから」
「そんなのスヒョクが何とかすればいいじゃんか!」
「やだ!」
「まあまあスヒョク君もラブ君も。イナ!向こうへ行け!しっしっ」

ひどい!ヨンナムさん、今夜はずいぶん俺に辛く当たるじゃないか!

「チョンエが冷たかったんだな?」
「うるさいっ!チョンエの名前を出すな!」

図星…

「おせっかいな男は一人で遊んでろ!ぶぁか!」
「ふん!そんな意地悪だからチョンエに冷たくされるんだぞ!」
「ばかやろー!」

ヨンナムさんがでかい声を出した。よっぽど冷たくあしらわれたんだろう…
俺は立ち上がってホンピョとドンヒがいるだろう裏口の方へ向かった


裏口の扉に耳を当てて外の様子を窺う
何も聞こえない
あれ?ここじゃなかったのかな…

そっと扉を開けて覗いて見ると、ホンピョとドンヒは押し黙ったまま突っ立っていた
俺はその場に蹲って2人の様子を見ていた
やがてドンヒがため息をつき、ホンピョを静かに詰り始めた

「…なんだよ…なんで僕の後、追っかけてくるんだよ…」
「俺、別にキム・イナと仲良くなんかないからな」
「…イナさんはお前を気に入ってるって言ってたじゃないか」
「そ…それは…ウソだってば!」
「…昼間はお前の文句ばっかり言ってたのに…」
「だろ?」
「…上目遣いでイナさんを落としたのか」
「なに?」
「…いいよな、お前は甘え上手でさ。自分勝手に行動しても憎まれないもんな」
「…」
「黙り込むなよ、気持ち悪い」
「…」
「今日のお前、おかしいぞ。昼間だって食器洗ったし…」
「…だって…悪かったと思って…」
「今後そういう気持ち悪いことするな!調子が狂う」
「…」
「それと…お前、出て行くとき、何て言ったんだよ」
「え?」
「ヨンナムさんと昼からの仕事に行く時、玄関で…」
「え…と…ありがとうって…」
「気持ち悪い!」
「…礼を言ったんだぞ…」
「言うんなら大きな声ではっきり言えよ!何言ったのかずっと気になってたんだからな!」
「…」
「やりなれない事言ったりしたりするな!」
「…なんだよ…礼言ったのになんで文句なんだよ」
「いつもと違う事、するな!」
「もうしねえよ!二度と礼なんか言わねぇ」
「ああ!そうしろ!」

あー、ドンヒったらワガママ~。ホンピョ、もうちょっと怒れよ
なんて思ってたらドンヒが戸口に向かってきた!ヤバい!
俺はとっさに戸口の横の部屋に隠れた。ドンヒは俺に気づかず、ドスドスと足音をさせて居間に戻って行った
それを見届けた後、まだ裏に居るホンピョのところに行った

「ふぇ~、えらくご立腹でしたな、『きちんとさん』は」
「…」

ホンピョは黙って俯いていたので、泣いているんじゃないかと覗き込んでみた

「悪趣味だ、キム・イナ。覗きなんて…」
「気になる奴の事は徹底的に知りたいもん。んなことより、お前、大丈夫?」
「慣れてっからよ」
「いつもああなのか?ドンヒは」
「予定外の事をやると怒る」
「難しい奴。俺も気をつけなきゃ」
「大丈夫だ。俺に限って…だから」
「へ?」
「他の人が予定外の行動しても奴は怒ったりしない。俺だけだ」
「…ふぅん…」
「全部聞いてたんだろ?」
「うん…間に入ろうかと思ったんだけどドンヒの勢いに気圧された…」
「入ってこなくて正解だ。キム・イナが来たらあいつぐちゃぐちゃになる」
「けどお前、言われっぱなしでさぁ…。まぁ最後には啖呵切ってたけど?」
「ふ。俺らしいだろ?」
「あ。そういう事か、あいつの考えるホンピョ像を演出したっていう…」
「…ふぅ…。俺、戻るわ」
「んじゃ俺も…」
「だめだ。一緒に戻っちゃまずい」
「なんで?」
「また繰り返す」
「何を」
「何をって…わかんねぇのか?」
「わかんない」
「…。とにかく、キム・イナはもうちっとここに居てくれよ。そうだな、俺が行って百数えてから戻ってくれ」
「…」
「よろしくな」

そう言うとホンピョは扉の方に向かった

「ホンピョ」
「ん?…あ…ちょ…」

俺は奴を呼び止め、奴の腕を引き抱き寄せた

「なな、何する…」
「いいから」
「よよ…よくないっ」
「いいからじっとしてろ」
「離せよ!離してくれってば!」

ホンピョは俺の腕の中でじたばた暴れた。奴の頭が俺の顎に当たった

「でっ!」
「あ…ごめん…」
「チャンス!」

奴が怯んだ機を逃さず俺は奴をがっちり抱き締め動きを封じた

「なっ!なんだよ気持ち悪い」
「イイコイイコ」
「なに…やめろよ…」
「ヨシヨシ。イイコだな、ホンピョ」
「…バカか…キム・イナは…」

何度も頭と背中を撫でてやると、奴は大人しくなった
暫くすると奴は黙って俺の胸をグイと押した

「…もういい…」
「遠慮するな。ドンヒは部屋に戻ってるんだからさ」
「…んでも…もう…戻らないとアイツ…」

ホンピョは俺を上目で見て呟いた
あんまり困らせるのも可哀想なので、じゃあ行けよ、俺は百数えて戻るからと言ってやった
奴は扉を開け、それからこちらを振り向いた

「…キム・イナ…」
「ん?」
「…あんまりドンヒを苛めないでくれよな」
「わかった」
「それと…」

ホンピョは俯いてもじもじしている

「何?」
「あの…あの…よ…」
「うん」

弾かれたように扉から離れ、奴は俺にしがみついた

「な…何だよおい!」
「…あり…ありがと…」

ぐりぐりと頭をすりつけ、小さな声で礼を言うと、俺を突き飛ばすように離れ、扉の向こうに走って行った
面食らった俺は暫く呆然としていたのだが、我に返ると頬が緩んだ

めっちゃくちゃ可愛い…
なんだか野良の子犬に懐かれたみたいな気分だ

「んふ…んふふ」

俺は一人でヘラヘラと笑っていた









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