mY HEART DRAWS A DREAM

第一笑


 「くそ。くそっ!」
 なんでこの町を抜け出さなかった?あの時、家族と一緒に出ていれば、こんなことには・・・。坂東 龍は後悔した。
 逃げる。なす術も無く。ただ走るしか無い。つまずきつつも、体中を痛めつけながらも。ただ、幸いにも、恐怖は無かった。なぜなら、追いかけてくるそれは、恋人だからだった
 服を見ればわかる。いつも会う時は着ていた服。これがお気に入りだと笑っていた。それに、誕生日にあげた、ネックレスをつけていた。
 悲しみしか無かった。いつのまにか、駆けながら涙を流していた。
 「有理・・・。」
 思いを振払い、駆ける。事件がまだ、起きて間もない頃、有理はこう聞いて来た。「もしも、私が事件に巻き込まれたらどうする?」と。坂東は答えた。「もちろん悲しむよ。」と。有理は言った。「いや、悲しまないで。私を助けてね。」と言っていた。
 涙を流しながら、藤平は逃げた。なにもできない自分に怒りを覚えた。悔しさも。色々な感情が胸の中に押し入って来た。そして、思い出が。しかし、やはり恐怖は無かった。なぜかはわからないが。
 ターン。一発の銃声が響いて、後ろの元有理が倒れた。どうせ、また起き上がってくるのだろうが。
「こっちだ!」銃を持った警察官らしき男は叫んだ。藤平は言われるがまま、ついていった。そこには、見なれた顔が何人もいた。恐怖、恐怖、恐怖。どの顔も、恐怖に引きつっている。その点、自分はなぜ恐怖を感じないのだろう、と坂東は考えた。まぁ、そのほうがいいのだろうが。
 「少しいいかい?」隣から、いきなり声がして、坂東は思わず声をあげそうになった。
隣をみると、少し初老の男が、顔に人のよさそうな笑みを浮かべている。
 「私は、民俗学者をしている、徳永 翔だ。どうぞよろしく。」
 「あ、こちらこそよろしく。」そう言いつつ、坂東は徳永という男を観察した。年は五十歳くらいであろうか。ただ、その顔には、坂東と同じように恐怖は無かった。
 「君に話があるんだが、聞いてくれるかね?」
 何故自分に?と思ったが、いつの間にか坂東は「いいですよ。」と返事をしていた。だが、その前に一応「何故自分に話を?」と聞いてみると、徳永は答えた。「君の顔には恐怖が浮かんでいない。今この状況に恐怖を感じていないだろう?」「えぇ。まぁ一応は。なぜかはわからないんですが・・・。」「それでいい。恐怖というものを感じないことが重要だ。こと今回に関してはな。」「え?どういう・・・」
 ガシャッ!ガラスが割れる音、そして悲鳴。振り返ると、そこには「あれ」が何匹かいた。逃げまどう人々。坂東は徳永を見た。徳永も坂東を見ていた。「とりあえず、逃げろ。いいか、恐怖を感じるな。絶対にだ。感じれば、終わりだ。別れて逃げよう。幸運を。」徳永は言った。
 「それは・・・」聞く間もなく、徳永は駆け出していた。この状況では、それがあたりまえの行動か。そう思いながら、坂東も走り出した・・・。



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