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現在形の批評 #21(舞台)人気blogランキングへ・劇団八時半『完璧な冬の日』2月18日 精華小劇場 マチネ以下の劇評は初出『wonderland』演劇の再起をかけて1993年、鈴江俊郎が京都で旗揚げした劇団八時半公演『完璧な冬の日』を観た。この公演は、精華小劇場で開催中の精華演劇祭vol.3(2006年1月から3月)参加作品である。舞台を観ながら、私は「演劇とは何か」ということを考えていた。否、そんなことはあまりにも高尚に過ぎ、且つ一言では答えることのできない命題である。ではその問題をもう少し具体的に手触りのある「演劇をすることの必要性」と「集団を持つ/維持する」とは如何なるものかと措定してみたい。鈴江俊郎はこの舞台でその辺から演劇の再考を試みているように思われた。道路拡張工事のまさにど真ん中に建つ家に立てこもる男女三人。彼らは空港建設に反対している。道路は空港へ通じる長距離道路の事を意味する。折りしも、関西では神戸空港が開港し(2月16日)、関西国際空港・伊丹空港と共に3空港時代が幕を開けたばかりであるが、とりわけ空港反対自体に主眼は置かれていない。問われているのは、それを起点として織り成される男女三人の微妙な人間関係である。それは人間関係を「集団」の問題、さらに彼らを安全な立場に匿い、守っているアイデンティティ維持装置としての特定のそれを「劇団」という制度のメタファーとすれば、演劇の問題としてこの舞台を観ることができる。坂ノ下譲(鈴江俊郎)は父親から譲り受けた家を根城にして、遠井典形(葛西健一)・兼杉のりこ(長沼久美子)と共に日夜駅前でビラを配り、のぼりを持って空港建設反対運動を行っている。数多く参加していた同志の多くは既に退却し、この広い家で今や3人を残すばかりである。ここで注目するのは、舞台となる居間のような一室一続きとなる別の部屋と玄関に通じるドア(横軸)と道路(縦軸)の関係図である。前者は上・下手に、そして拡張される道路は舞台面から舞台奥へと延びる設定であり、それらの交点が舞台フィールドとなっているのだ。ここでは、道路の真ん中に位置する家はそれだけで反体制・運動の象徴として鉄壁の根城として存在する。それはまさに劇集団を想起させる。小劇場運動の勃興期を思い浮かべれば明白なように、人間が自明として無自覚に信じ、それゆえに馴致されいつしか支配されてしまうというパラドックスに楔を打ち込む運動体が劇集団の理念であった。それが新劇批判を出発点とする「演劇の運動」に留まらず、人間存在の根源を問い直し、社会全体への違和を思考することへと広がっていった。それがかつての革命者世代が「運動の演劇」と標榜した所以である。日常への侵犯としての共通の理念(反体制の理念)を共有している者同士が直截的に連帯し志を抱いて行動している限りにおいて、劇団は有機的に機能した。しかし、同士が去った今、がらんどうの広々とし、茫漠とした家=劇団に立て篭ることは保守的な位置に頑固に留まるという見方も成立する。彼らは自分達が行うビラ配り等の一連の活動がもはや自己充足化していることを知っていたはずである。上・下手をうろうろ行き来するだけの状態は、形骸化した集団が、当初掲げた理念との齟齬を来し何の効力も持てないでいることの戸惑いのように見える。舞台上で交わされるやり取りの一切は有機的な戦略を練る場としてではなく、その齟齬のいらだちと苦悩をぶちまける悪所としてしか存在しない。もはや立て篭ることが何らかの主張を持って存在することではなく、コミュニティの保身でしかない。防音個室を飛び出して日々行う街頭活動ももはや空しく虚空に消え去るのみだ。そもそもこの家は運動家である亡き坂ノ下の父親の所有であり、坂ノ下は自身の意志というよりも成り行きで引き継いだだけなのである。他の2人も理由はそうたいして変わらない。大義と自分達との齟齬は当初から存在していたのだ。30歳を超えても定職に就かずにギリギリの地点で踏ん張り続ける彼らは、ニートと呼ばれる人達に重なる部分がある。ズルズルと成り行きにまかせ、自分の意思をその時々に反映させている状態にある内は、失敗時も責任転嫁できる。このモラトリアム思考を促進させ、下降的なスパイラル辿る心情は、遠井が兼杉に向かって言い放つ「願望を抱く内は現実的な責務が伴わないから良い」という旨の台詞に如実に表れている。結果に到着するのではなく、いかにそこまでの過程を維持するかを彼らは望んでいるのだ。俳優達はこの哀しみを伴った捻じ曲がった主張を必死にぶつけ合う。時に滑稽な慰み合いとして結実するアンサンブルは観客へもがき苦しむ人間の本質を垣間見せる。特に、遠井を演じた、本来照明家である葛西健一が健闘していた。何も入っていないコップのコーヒーを飲む、口に含まれていない饅頭を食べる等、些細な仕草を丁寧に積み上げる説得力を持つ演技である。アフタートークのゲストである歌人の河野裕子氏は、登場人物1人1人に3人全員の人格の扉を持っている、と演技について語った。私も同感する所である。俳優の発する台詞を「集団を背負った言葉」でないとならないと述べたのは鈴木忠志である。集団を擁する劇団とは、「個」ではなく「孤」でしかない人間が、集団において自己の立場を能動的に確立させる行為を通して「個」を発見する所にある。集団総意の相貌が細部に散らばって諸要素に微分されているのであり、それを俳優・スタッフが各役割として割り振られて語るに過ぎない。そこに孕まれている表層以上の集団の理念が付与された強大な岩盤のような意志を再び舞台上で積分提示しなければならないのである。劇団の役割は「個」となった人間達による強固な意志の伝播を常に発生駆動させる装置のことだ。「孤」同士が公演時だけ集まるプロデュースシステムでは実現不可能な、劇団に備わった唯一の強みなのである。後半、3人の関係が破綻する。遠井が、遅々として進まぬ反対運動を離脱することを目的に、兼杉に告白し、結婚を迫る。先の見えない自分の姿を変えるきっかけを得、確かな生きる意味を見出そうとしたのだ。しかし、遠井は断られてしまう。その後、連続放火魔の嫌疑を受け(市側・推進派の陰謀を匂わすが真偽のほどは明らかにならない)た遠井はあっさりと荷物を残して出て行ってしまう。坂ノ下が、つらくとも居続けることで何者でもない自分を示せと説得するも虚しく響く。ラストは残った坂ノ下と兼杉が暗室の状態でパソコン画面を覗く中、ブルドーザーのような重機の響きが聞こえてくる。ついにはパソコン画面の灯りも途絶え暗転するこれは何を意味するのだろう。このラストの暗示は、演劇を成立させるための前提である「集団」と「劇団」の理念の瓦解、もっと言えば演劇への内向的な疑義を感じ取る。つまり完全なる敗北である。しかし、あまりにも諦念で溢れるこの舞台を一元的にそう捉えるには私自身抵抗を感じるし、鈴江もそうは思っていないはずだ。それは、「私たちは圧倒的に間違っている」がテーマの精華演劇祭vol.3の実行委員長を努める鈴江がパンフレットに書いた言葉からも明らかである。以下抜粋する。小さな差異ばかり気にしてきた僕らはいつのまにか時代の暴走に取り残されかけていないか? 時代はさらに狂っていく、と予感してるのに、手が届かないこととあきらめてはいないか? すべてが面倒になった時、『私たちは圧倒的に間違っている』とつぶやいてみたらすっとした。(中略)逆転大ホームランは『やや間違っている』とか『もしかしたら間違っている』って程度の悲しい位置からではなく、『圧倒的に間違っている』という途方もなく悲しいところから生まれるのに違いない、と。小さな優勝劣敗にこだわる必要のないその悲しい状態は、『そもそもなにがしたいの?』という自問自答からの出発を許してくれるこの一節からは、鈴江俊郎による愚直なまでに「演劇」の必要性とそれを成立させるための「劇団」に拘ることの真っ直ぐな視線を感じる。かつての新劇とアングラとの鬼気迫る戦いの軌跡は失効し、今や両者の線引きが曖昧になった。それどころか今や、演劇はかつての文学的な舞台、エンターテイメント志向、それにコンテンポラリーと冠されたトータルパフォーマンスとが仲良く共存し、自足する状態にあって、鈴江はあえて「圧倒的に間違っている」と全否定してみせた。舞台には繊細で内向的・心情をストレートに表現する俳優と洗練された台詞という鈴江が演劇することに対して拠り所としてきた作風・方法論を余すところなく表現しつつも、それを最後に舞台上でぶっ壊した。はるか遠くに目指す目標を抱え込みながら、切実な現実に疲弊しきってもがき苦しむ登場人物は、まさに鈴江自身の疲れの表出である。しかし、今一度踏ん張ろうとする思想も強く逆証されてもいるのである。この舞台は逆証という手法を採りつつも、極めてアナクロニズムに拘ろうとする鈴江の演劇観を垣間見せている。
Feb 24, 2006
現在形の批評 #20(舞台)・チェルフィッチュ 『目的地』人気blogランキングへ僕達はこういう喋り方だったのだ。1月15日放送のNHK教育『芸術劇場』の舞台中継、チェルフィッチュ『目的地』をようやく観た。「だらだらしてノイジーな身体」「超リアル日本語」。なるほど、岸田國士戯曲賞作家・岡田利規とチェルフィッチュが紡ぎだす劇世界に冠せられたこの2つの新スタイルは舞台を観れば良く分かる。しかし、私はあえて言いたい。「それが何なんだ」と。約2時間の作品を3回に分けて観なければならなかった。というのも、寝てしまったからである。つまりあまり面白くなかったということである。それは何だったのかを「身体」「言語」の方面から検証してみよう。決して高所から切って捨てることなしに・・・・・・舞台は港北ニュータウン。ここに住む人たちによって交わされる内容は、妊娠したことについての夫婦同士分かり合えない心情吐露だったり、毎週日曜日に開催されるペットの里親探しに現れる人達の話など他愛のない事柄である。舞台はほぼ「なにもない空間」。椅子と自転車が時折持ち込まれるだけだ。舞台3面には途中で何度も流される映像。それは、港北ニュータウンの歴史を説明する字幕である。「では今から・・・・・・の話を始めます」「とまあ、・・・・・・のその時の気持ちをこれからやります」と前置きしてから登場人物による会話が始める。この内容もさることながら喋り方、身振り自体を「だらだらしてノイジーな身体」と称されるのである。「言語」においては指示語の頻出、同じ言葉の繰り返しでなんとも要領を得なく、通常の戯曲なら切り捨てても良いはずの言葉がこれでもかと組み込まれている。登場人物が喋り終わるまでの一つの台詞を原稿用紙に起こせば相当な枚数に当たるのではないか。では「身体」においてはどうか。これまた俳優は奇怪なことをする。手をブラブラさせる、打ち付ける、ステップを踏むといった単純な日常動作の反復を喋りながら繰り返し。ある部分を除いてはた登場人物は以上の「言語」と「身体」状態を保ちながら、延々と思われるくらい喋りそして動く。そして喋る内に語る主体がそのまま別人物へスライドし語り手が交代してゆく。舞台上で行われることは以上である。演じる俳優を見て私が思ったのは、『真剣10代しゃべり場』に出てくる若者の姿である。主張したいことは山ほどあるのに、人前でうまく会話できず、ディスコミュニケーション状態から脱しきれないもどかしさに汲々するあの若者である。繰り返す動作はそれの証左ではないかと。テレビで見たために余計にそう思う。『ユリイカ』2005年7月号において岡田がなぜ「だらだらしたノイジーな身体を」舞台に上げるかについて、「日常における身体は、演劇の身体としてじゅうぶんに通用するだけの過剰さをすでに備えている」と述べている。つまり、俳優訓練を行い、観客を非日常へと誘う身体をわざわざ措定する必要性がないという訳である。日常身体そのままで十分何事かを成し得るということなのだろう。目指す目論見は、日常身体同士が織り成す日常的反応をつぶさに観察することにより、人間を表層的に把握しようというものである。しかし、私はそれでは駄目だと思う。なぜなら、舞台で何かをするということ自体、演じることから逃れられなく「つぶさ」な人間性が表れることなどないからである。創られた=表現としての身体がどう現実を照射し且つ隠された真実を露呈させるか、それこそが舞台で何事かをするということである。「言語」と「身体」の不一致を目指したと岡田は言うが、それこそ2つをバラバラにすればするほど、限りなく現代人の身体的特徴を逆証するという「表現」へ繋がっていくのではないだろうか。ここで、浦雅春氏の『チェーホフ』(岩波新書)にチェーホフがスヴォーリンに宛てた次の一説を引用しよう。「芸術家は、自分の作中人物や彼らの話の内容裁判官であるべきではなく、ただ公平な証人であるべきです・・・・・・私の仕事はただ才能ある人間であること、つまり重要な供述と重要でない供述とを分け、人物に光をあてて、彼らのことばで話すことにあります。」一見、劇的人物ではなく、市井の人間をただ記述するだけで戯曲を書いたチェーホフと岡田の思考は同一に見える。しかし、サハリンへの旅を経て「中心の喪失」ではなく「中心の偏在」という真理を目の当たりにしたチェーホフは、それまでのロシア文学では表現できない新しい形式を持ち出す必然性があった。(現在形の批評#19参照)それは演劇史的にも社会史的にも革命であったのだが、岡田の方法は膨大に横たわる演劇史の重みを容易に無視し、単なるスタイルの新規さを探した結果生まれたものでしかないのではないか。確かにスタイルとしては全く新しいが、そこに岡田の人間存在への思想が透けて見えてこない。以上の理由から、私は睡魔に襲われたのである。舞台上の「死に体の俳優」から、そんなに簡単に演劇史って無視できるのか、人間をそんなに容易に信頼してもいいのかとの思いを抱いた。舞台中継後の岩松了との対談で、このスタイルの出所がアルバイトで経験したテープ起こしにあったことが明らかにされた。テープの中の語りはまさに無駄な言葉が横溢しているが、そこに豊かな人間性があったというのだ。確かに、私も幾度かインタビュー経験をし、再度テープを聞いた時には無駄な言葉、繰り返しがあったことを思い出すが、それを逐一台詞化すれば人間そのものが描けるかは別問題であろう。唐十郎は俳優には「痛み」という名の辱めと緊張が必要だと『特権的肉体論』に記している。異界である舞台に立つにはそういった覚悟を持たなければ演劇の真意であるはずの、観客を侵犯するほど見返す力、そこから逆照射されて発見される自己の在り得べき新側面という往還作業を舞台と観客との「あいだ」に創成する時空間を生み出すことは不可能なのだ。そういった意味では『目的地』にはナイーブな若者同士が慰め合うような悲しき親和空間しかない。年齢がそう違わない岡田のやりたいこと、やられていることが嫌というほど理解できるだけに反発してしまう。台詞の逐一に、語られる内容をあらかじめ提示するのは、ブレヒトの異化作用なぞではなく、そうしなければ言葉の洪水によって脳内麻痺を起こして破綻してしまうナイーブな人間性のための処方箋でしかない。追記・・・尚、岡田利規とチェルフィッチュについてはその後、『シアターアーツ』2008年春号(晩成書房)に論考を執筆しているので、詳しくは参照されたし)
Feb 14, 2006
人気blogランキングへチェーホフを知る新書ながら非常に濃密なチェーホフ論。 「チェーホフが遭遇した時代の課題とは何だったのか、そしてチェーホフはその課題とどう取り組んだのか」(はしがき)を、浦雅春氏は19世紀のロシア・チェーホフの生い立ち・作品、この3つの視点を縦横に織り交ぜながら追求している。 チェーホフ作品、特に戯曲にはドラマがない。ギリシャ悲劇を引き合いにするまでもなく、1人のヒーロー=主人公が己の町を飢饉から救うために「行動」(目的)を起こす内、知ってはならむ出生の秘密を知らされ(受容)、挙句の果てに身を滅ぼす(カタルシス)というドラマ基本構造がない。その理由の1つは、先行するゴーゴリ・ドストエフスキー・トゥルゲーネフといった大作家達にと明確に袂を分かたなければオリジナルな作風が築くけなかったからである。「文学は道徳的、精神的涵養の手段」とされ、「ロシアにおいては文学はたんに文学であることを許されなかった。言語を保障する制度を有しなかったこの国では、文学は常に『文学+アルファ』でなければならなかった」(101頁)ことからの決別である。 チェーホフの「客観主義文学論」は以上の決意から形成された。スヴォーリン宛の手紙には「芸術家は、自分の作中人物や彼らの話の内容裁判官であるべきではなく、ただ公平な証人であるべきです・・・・・・私の仕事はただ才能ある人間であること、つまり重要な供述と重要でない供述とを分け、人物に光をあてて、彼らのことばで話すことにあります。」と記しているが、この言葉こそベンヤミンも述べる文学・戯曲解釈法ではないか。作者は神ではない。「公平な証人」としてただ「供述」するのみで、判断は「裁判官」である読者・観客に委ねるべきだという主張は当時においては受け入れられなかったようだ。 この独自の理論を確定させたのは流刑地サハリンへの旅である。殺人犯から強盗、政治犯までが収容されるサハリンの死刑囚達を取材し、チェーホフは「これまで自明とされてきたもの、当たり前と見えたものの意味が突如崩壊する。それは事物なり世界なりの意味を支えてきた共通の了解事項が失われること」(107頁)を知った。 「意味の崩壊」・「中心の喪失」と「中心の偏在」をサハリンの旅で目の当たりにした後のチェーホフの作風は「かみ合わぬ科白、相手に届かぬことば、意味を結ばぬ科白、成立しない対話。いくらことばをかえても、それらはすべて同じことを指している―『コミュニケーションの不在』あるいは『ディスコミュニケーション』」(182頁)を人間に見、確固たる<私性>というものの瓦解を余儀なくされた人間を描くことを徹底した。ギリシャ悲劇とも19世紀ロシア文学者ともことなる作風は、生前公に認められることはなかったが、確実に「二〇世紀の不条理演劇を予告」(188頁)しており、チェーホフの死後半世紀という時間を経て、サミュエル・ベケットが『ゴドーを待ちながら』(1953年)で見事完成させる。 19世紀の終わりと共にこの世を去り、20世紀、後年の演劇人達が引き継いだチェーホフの意思は21世紀になっても古びることはない。まとめの意味を込めて引用する次の文章に表れていよう。「チェーホフの作品は『大きな物語』が崩れ去り、単一の意味をもてなくなった現代の姿を一世紀も前に予示していた。『中心』を喪失し、『大きな物語』が崩壊した世界をありあわせの思想やイデオロギーで取り繕うのではなく、チェーホフはその解体していく世界を冷徹にながめる眼と、あるかなきかの希望の声を聞き取る鋭い耳をもっていた。」 チェーホフの「冷徹にながめる眼と」「鋭い耳」でもって描いた作品世界はまさに今日の日本や世界情況と恐ろしいまでに合致する。モラルハザード、若者の変化は滑稽なまでに世の中を混乱の渦に巻き込む。しかし、チェーホフはこういうことを引き起こす人々をこそ愛した。日常にいる滑稽な人間を「観察」し、そのまま「供述」し、「提示」する。一見ドラマがないのも当然である。意味不明な行動を起こすチェーホフ作品の登場人物達はそっくりそのまま我々自身だから。そうなれば悲劇を喜劇だと言い張ったチェーホフの真意も分かるというものだ。 もう一度『桜の園』(新潮文庫)から再読しようと思う。特に『ワーニャ伯父さん』についてはこれっぽっちも内容を覚えていない。本書で浦氏が要約した文章を読んでなっとくしたくらいである。読めばきっとだらだらと続く展開に飽き飽きするかもしれないが、それもまた己の鏡像だということに気づかされるはずだ。そういった意味では中原俊監督の『櫻の園』は本当に良くできたチェーホフ論でもあるのだと改めて思う。 人間、常にブレることなく明確な「目的」を持ったドラマを引き起こすほど有能ではないんだよ、というチェーホフの声が作品には溢れているように感じる。
Feb 11, 2006
人気blogランキングへ最優秀受賞作品・受賞者は以下の通り。 大賞・最優秀演出家賞 蜷川幸雄 最優秀作品賞 二兎社『歌わせたい男たち』 最優秀男優賞 浅野和之 最優秀女優賞 戸田恵子 最優秀スタッフ賞 金井勇一郎(美術) 杉村春子賞 井上芳雄 芸術栄誉賞 唐十郎 選考委員特別賞 仲代達矢 選考委員・・・ 小田島雄志 (東京芸術劇場館長、東大名誉教授) 北川登園 (演劇評論家) 永井多恵子 (ジャーナリスト、世田谷文化生活情報センター館長) 西堂行人 (演劇評論家、近畿大学助教授) 萩尾瞳 (映画・演劇評論家) 矢野誠一 (演劇・演芸評論家) 渡辺保 (演劇評論家) 最優秀を含む優秀賞はシアターガイドHP。 http://www.theaterguide.co.jp/news/2006/01/16.html 以上で今年の主な演劇賞の発表は終了。 演劇賞を再度見直してみると、やはり最優秀は他の賞でもきっちりと選ばれている。 蜷川幸雄は朝日舞台芸術賞の特別大賞、永井愛作・演出『歌わせたい男たち』は同賞のグランプリである。つまり、ダブル大賞のこの作品が文句なく1年間のベスト舞台ということになる。そして、作品が良ければ俳優も良いということか。出演の戸田恵子(アンパンマンの声優の人ね)は同賞の秋元松代賞も受賞。 これまでの歴史を鑑みて、年間をリードする特定の女優が表れる。2003年には大竹しのぶがそうだった(井上ひさし『太鼓たたいて笛吹いて』等)。各賞総なめに次ぐ総なめであった。華のある女優はやはり目立つ。 今年の男優はしかし思わぬ頑張りをした。そう、紀伊国屋演劇賞の男優賞とダブルを果たした浅野和之である。紀伊国屋の選考理由は「『12人の優しい日本人』などの演技」とある。群集劇であり、江口洋介や小日向文世といった人気者・実力者が他に11人いるにも関わらず、そこで光ったのはよっぽどである。私も早く観たい。 浅野和之という俳優はご存知だろうか?(画像) http://www.siscompany.com/02manage/14asano/ 私が知ったのは三谷幸喜作・演出の『You Are The Top ~今宵の君~ 』(02年)である。加賀丈史が本番直前降板してしまい、三谷氏が代役を探すため、愛川欽也から始まるタレント名鑑をア行から探していき、目を引いたのが浅野和之だったという。そんなわけだからおそらく三谷氏もよくは知らない人だったのかもしれない。しかし、5日間で膨大な台詞を覚えて演じきった姿に感動したに違いなく、すぐ『HR』(02~03年)に起用され、その後も『古畑任三郎 すべて閣下の仕業』(04年)と続き、受賞作『12人の優しい日本人』への出演となったのである。同時に、映画『THE 有頂天ホテル』にも出演中であり、すっかり「チーム三谷」の一員である。この人の活躍振りほど「好機はつ巡ってくるか分からない」を体現した人はいない。 かつては野田秀樹が率た劇団「夢の遊眠社」にも所属していたし、実力は備わっていたのだろう。 演劇賞から演劇界を総括する。こういう作業も大変興味深く楽しい作業だ。選考委員が異なる各賞で最優秀が重なるのも、眼識が確かな証拠であり、流石だと関心している。
Feb 5, 2006
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