山田維史の遊卵画廊

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☆インタヴュー Vol.2



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シルフ 部屋を変えました。ちょっとお茶でも飲みましょうか。

 (ふたりはネットの双方でそれぞれお茶の用意をする。)

シルフ 先日、友人といっしょに兵庫県立美術館へ「モロー展」を観に行ってきました。

山 田 あっ、そうですか。

シルフ モローの実物をご覧になったことはございますか?

山 田 あります。えーっと、あれは1974年です。「モローとその弟子たち展」というのが、東京の東武百貨店で開催されました。それを観ました。たぶんモローの作品がまとまって渡来した、最初の展覧会だったのではないでしょうか。

シルフ 何点くらい来たのですか?

山 田 ちょっと待ってください。資料棚のなかにそのときの図録があるはずです。----あった、あった。----30点です。それに加えて弟子たちの作品が全部で78点来ています。

シルフ かなり大きな展覧会だったのですね。弟子たちって、どんな人たちでしょう。

山 田 シャルル・カモワン、アンリ・マンギャン、アンリ・マチス、アルベール・マルケ、ジョルジュ・ルオーです。

シルフ モローが画塾の教師だったとは意外です。

山 田 とても優れた指導者だったようですよ。ルオーが回想記のなかで「彼(モロー)は一般に考えられている意味で教師ではなく、親切な競争者だった」と言っています。

シルフ 私は展覧会を見ながら、シュルレアリスムとの関係を考えていたのですが。

山 田 アッ、それは鋭い。もちろんモローは19世紀末の画家ですから、シュルレアリスムとは直接には関係ありません。でもシュルレアリスムの中心人物、アンドレ・ブルトンがたしか16歳のときにパリのモロー美術館をたずねて大感激したと何かに書いています。モローは生前から巨匠として尊敬されていたけれど、いっぽうでその作品はあまりにも文学的すぎると強い批判を浴びていました。シュルレアリスムは文学運動の側面もありますから、そういう文学的絵画にまったく抵抗がなかったのでしょう。モローはいわば御先祖様あつかいだったと思います。

シルフ 彼の弟子たちはいかがですか?

山 田 マチスはちょっと別格ですね。センス(感覚)の勉強をするとき避けて通れないと思います。だけどここではルオーの話をさせてください。

シルフ なにか特別な思い出がおありですか?

山 田 そうなんです。1965年ですから、もう40年前です。そうか、そんなになるんだなァ。

シルフ (笑いながら)ひとりで感慨にふけっていますね。

山 田 (笑い)その年、東京の国立西洋美術館と大阪市立美術館で、「ルオー遺作展」が開催されました。前年にルーブル美術館で開かれた企画を、ほぼそのまま日本に持ってきたのです。これは「遺作展」というタイトルがついているように、ルオーの死後、彼のアトリエに遺されていた未完成の作品を日本はもちろんフランスでも初めて一般に公開したものです。

シルフ 展示作品がすべて未完成なのですか?

山 田 そうなんです。日本には約180点やってきた。

シルフ 私はいまなんだか鳥肌がたちました。

山 田 そうでしょう? 1965年というと私は法学部の2年でしたから、まだ画家になろうとは全然思ってもいませんでした。絵の勉強さえ始まっていなかった。ただ頻繁に展覧会に足をはこんでいました。お金がないのに、なんとかやりくりしてその費用をねん出してです。----で、「ルオー遺作展」ですが、図録に掲載されている作品がすべてモノクロで印刷してある。正確にいえば、巻頭の1点と図版の最初の1点だけがカラーです。----美術図録としてはきわめてめずらしい。なぜかといいますとね、たぶん未完成だからでしょう、遺言でカラー印刷を禁止してあるのです。

シルフ 美術展のカタログもですか?

山 田 そのようです。で、白黒写真だけの図録となった。ところがこのことが、それから2,3年後に始まる私の絵画実作修行に、おおいに示唆をあたえてくれることになりました。

シルフ どういうことでしょう。

山 田 絵画におけるバルールの問題を解く鍵をもらったのです。つまり色価ですね。色には視覚的、物理的に軽さ重さがある。それは訓練を積むと修得できるのですが、あふれるような沢山の色合いのなかに私たちは埋もれていますから、ふだんはそれらがどんな色の軽重をもって、われわれの視覚を刺激しているか気がつかないのです。ところが濃いサングラス越しに眺めると、アッと気がつくことがあります。あるいはプラスチックの黒い板の表面に映った景色が、まるでモノクロ写真のように見えることがあります。そしてそれは、固有の色彩が失われているけれども、白から黒にいたる豊富な諧調によって、なお風景としての形態を失っていない。それなんです、絵画のバルールの問題というのは。いわば画家は目で物を見るときに、固有の色彩を見ると同時に、それを白黒の色価に還元して見てもいるのです。そうしないでは、絵は主張してこない。絵としての存在すらボヤケテしまうのです。

シルフ なるほど、貴方はそのことをルオーのモノクロ印刷の図録から学ばれた!

山 田 そうなんです。私の記憶には、まだ鮮やかに色彩がのこっている。しかし目の前の図録の同じ作品は、白と黒の微妙な諧調に翻訳されている。私はそのとき、もう一つ、なるほどと思ったことがあります。映画監督の黒澤明さんが、サングラスを掛けていらっしゃるでしょう? ヘンな人だと思っていました。でもそのとき、これはバルールの問題なのだと思いましたよ。

シルフ それでは次の質問にまいります。

山 田 はい、はい。

シルフ 貴方の作品には、想像力豊かなさまざまな幻想絵画がありますが、イメージが浮んでから絵として具現化しているのですか? それとも描きながらイメージが湧いてくるのですか? 創作の秘訣についてお伺いしたいのです。これは、企業秘密ですか?(笑い)

山 田 半分企業秘密です。(笑い)

シルフ 半分?

山 田 だって、神秘性がなくなるじゃありませんか。(笑い)冗談、冗談。(笑い)----私の作品制作のモチベーションは、ほとんどの場合、社会問題に対する関心です。よくある、個人的な経験や苦悩は、全然問題にならないわけではないのですが、たとえば個人的恋愛問題などはそこに普遍性を発見しないかぎりテーマとしては関心外です。社会問題が自分の心の苦悩になっている。そういうタチなのでしょう。けっしてプロパガンダではありませんよ。----しかし、それが即座に絵画的イメージとしてあるのではありません。対象となる問題について、いろいろな方面から自分の回答をさがしてゆく。資料を調べたり、できるかぎりのことをします。意外にすぐに回答を発見することもありますが、何年も何年もかかる場合もあります。そうしながら、発酵を待っているのです。具体的な社会問題が、抽象化されてゆくのだと、私自身は理解しています。そして、イメージの核のようなものは当初からあるのですが、作品として耐え得るものじゃない。ああでもない、こうでもないと頭のなかや心のなかで、始終いじくりまわしています。すると、ある日、私が思いもかけないときにズドンとやってきます。

シルフ 目に浮ぶのですか?

山 田 ウ~ン、そうとも言えるし、そうじゃないとも言える。何か、細部まで明瞭なイメージをともなった思想のかたまりのようなものが、ズドンとやってくる。衝撃です。とても肉体的な感覚です。20代、30代の頃は、身体の血が逆流するようで、全身が痺れて動けなくなってしまうこともありました。いつ起るか予測がつかない。歩いていて、道端にしゃがみこんでしまうことさえありました。「みつけた!」と思うのです、そのとき。

シルフ いつも起るのですか、そういうことが。

山 田 残念ながらいつもではありません。特に注文仕事は、そんな発酵時間はありません。長年の職業的習性で、常にイメージを飼っているようなものですから、仕事相手との話合いの最中にピョコピョコ出てきます。それはですから、正直に言えば、ここをこうやればこうなると分っていることをやっているのです。

シルフ 絵を描くのは、毎日コツコツと描くほうですか、それとも一気呵成に仕上げるまで描きつづけるほうですか? その場合、最長どれぐらいアトリエに閉じこもりましたか。

山 田 私のメソッド(画法)は、かなり古典油彩技法に近いものです。ですから起筆してから1週間から10日目ぐらいまでは、とてもゆっくりした速度です。いろいろな仕掛けをほどこしたり、絵の具の乾燥をまっているのです。仕事していてもそんなに面白くはないんです。意欲を抑えていますからフラストレーションもあるし、精神状態は決してよくない。さて、その時期がすぎると、スピードがあがり、気持も快適で、仕事をしていることが嬉しくてしかたがない。誰にも邪魔されたくないから、俄然つきあいが悪くなる。どうしても断れない会合に出席しても、さっさと帰ってきます。油絵の具というのはちょっと始末におえないところがあって、特に細密画の場合ですが、一気呵成にとは行かないものです。でも気持は一気呵成なんです。

シルフ 注文のイラストレーションも同じ仕事ぶりですか?

山 田 あっ、それは少しちがいます。注文くださってから〆きり日まで、普通1ヵ月から2ヵ月の余裕がありますが、その期間、ずっとその仕事にとりかかっているわけじゃありません。他の仕事がすでに入っていますから実際の製作時間は、1週間から10日ぐらいです。だからのんびりは出来ない。そこで実験をくりかえして、イギリスのあるメーカーの速乾性油絵の具を使用することにしました。これは発色も、展性も、堅牢性も申し分ないものです。もちろん普通の油絵の具と併用もできます。

シルフ 一度描いた後、数年経って加筆したりしたことはありますか? それは何故ですか?

山 田 あります。たぶん、そんなに多くはないけど。理由は、細かくはいろいろあるけれど、一番は、やはり描きあげたばかりの時よりもっと他人の目になっているからでしょう。このイメージにはそぐわない色が使われているとか、女性のからだの線がモデルに近すぎるとか。

シルフ 誰をモデルにしたか、見る人が見ればわかるということですか?

山 田 いや、そうではありません。それはもう最初から気をつけている。私の作品のなかの女性は(男性もですが)、日常生活のアカを身に付けていません。これは、そう表現できたらいいなという私の思いなのですが、静かな意志を秘めて、あるなんとも言えない場所にいる。そういうことって、とても微妙なんです。ほんとうに1ミリ2ミリのところで、印象が全然ちがってくる。そこを見抜けるかどうかは、私自身のそのときの精神状態や、肉体的情況によることも多分にあります。----でも、正直言って、あとで気になっても、なかなか直せないものです。

シルフ どうしてですか?

山 田 私がだらけていて、めんどうくさい、もういいや、と思うこともあります。あるいは、これは何と言っても私がその時間をそこで生きて来た。それが訂正に使うエネルギーにブレーキをかけているような気がします。作品の完成度を目指せば、じつにくだらないことなのですが。


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